tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

集団的自衛権は憲法解釈の問題でしょうか

2014年06月14日 10時48分34秒 | 国際政治
集団的自衛権は憲法解釈の問題でしょうか
 本心を言えば、こんな問題は書きたくない、書かないで済むような外交を政府がきちんとやってほしいというという所ですが、残念ながら書かせて頂きます。

 集団的自衛権の問題は、憲法の解釈で決めるような問題なのでしょうか。法律というのは検事と弁護士という職業があるように、多様な解釈が可能なものでしょう。 
 この問題はどう考えても、法律解釈の問題ではなく、「日本人の心」は本当のところどこに在るのかという問題ではないかと、最近のニュースを聞くたびに思ってしまいます。

 問題の本質は、戦後60余年、戦争によって人を殺傷することなく、世界から「安全な国日本」という評価を漸く作り上げてきた日本が、再び戦争によって人を殺傷する国になるかどうかを選択するという極めて重い、深刻な、世界史的にも重要な問題であるはずです。

 自衛隊が血を流すかどうかといった論議もあります。戦争の現場と言いうのは「狂気」そのものです。殺すか殺されるかの選択しかないのです。当然人を殺傷することになります。
 その事態にまで行かないようにすることが外交であり、日本人の知恵の発揮の場です。

 武器を以って人を殺傷することを、日本は、賢明にも、戦後、一貫してやりませんでした。そういう国が世界に存在することは、世界平和を目指す人類社会として、世界史的にも大きな意味があるはずです。

 この「積み上げてきた努力」をなし崩しに消し去る道を選択すべきでしょうか。縄文文化にさかのぼれば、日本人は、もともと争いを好まないということが知られると思います。
 
 この問題を法律論争で「法律をこう解釈すれば、武器で人を殺傷してもいいんだよ」ということで片付けようとすることこそが、基本的に誤りであることにすべての日本人が早く気付くべきでしょう。

 戦後日本人の真面目さで積み上げてきた究極の平和追求の姿という実績を、我々は、改めて自ら評価し、歴史観にたった冷静な判断をすべきではないでしょうか。

 ことを急いでいる人もいるようです。ここはまさに正念場です。
 日本には昔から「濡れぬ先こそ、露をも厭え」と言いう諺もあります。


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