MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

宇野浩二『わが文学遍歴』

2010年02月11日 | 翻訳研究

宇野浩二(1891-1961)といえば、長い顔の、インバネスに帽子という風貌で、「根気だ根気だ、ただそれだけだ」と言っているようなイメージしかないのだが、この本は面白い。よくある文学的自伝ではなく、明治末から大正時代の文学的雰囲気を知るのに役に立つ記述が含まれている。「外国文学の影響」と「昔の訳詩」という章があって、翻訳研究の資料としても使えるのだ。たとえば昇曙夢については、

「(昇の翻訳は)そのころの文学書生にもつとも愛読された。それは、私などは(私の知ってゐる人はたいてい)、そのころの雑誌を手にすると、創作よりさきに、翻訳物を読んだほどで、そのなかでも、昇の翻訳した作品が私たちの心をひいたほどである。さうして、私は、牛込の神楽坂のちかくの下宿にゐたとき(明治末年ころ)、夜になると、友人と一しょに、神田まで歩いて「趣味」(雑誌の名)、「新小説」、その他、昇の翻訳の出てゐる、古雑誌を買ひ出しにいつたものである。」

こういうエピソードだけでなく、昇の翻訳を神西清の翻訳と比較したり、内田魯庵と米川正夫の訳を比較したり、広津和郎の翻訳まで取り上げている。

ところでこの本、昭和24年刊なのだが、戦争に負けたせいか、紙質、製本がかなり粗悪で、補修しないと読めなかった。たまたま明治31年刊の『ニューナショナル第五読本直訳』というのを買ったのだが、こちらは表紙こそ触れると薄片が落ちるように解体寸前なのに、本文はしっかりしていて、宇野の本よりも紙が白いのである。これについては明日。


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