MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

通訳者の適性と作動記憶スキル

2019年06月06日 | 通訳研究

Interpreting (Vol.21 No.1, 2019)のRosiers他によるInvestigating the presumed cognitive advantage of aspiring interpretersという論文は、タイトルだけ見たときはまたこれかと思ったが、案に相違してまともな論文だった。簡単にまとめるとmasterとしての訓練を始めた段階の通訳の学生と高度な言語使用者(2グループ)の作動記憶容量と実行機能(executive function)の対照研究をしたら、三つのグループ間にはほとんど差がなかったというものだ。何が重要かというとこれまでの研究では通訳者とバイリンガルを比較して、通訳者の方が作動記憶容量と実行機能に優れているというだけで、その差が通訳訓練によるものかどうかについては何も言えなかったのだが、それにもかかわらず作動記憶のスキルに優れていることが通訳訓練の前提とされ、入学試験では作動記憶容量を計ることも行われているからである。ここからRosiersらは選抜試験の内容の見直しを提言している。
さらにもうひとつねじれがある。仮に通訳者の作動記憶スキルが優れているにしても、それが通訳に役立つかどうかはわからないのである。今でも(日本の通訳学校も含め)記憶力強化訓練のようなものが行われているが、それが作動記憶スキルを伸ばすかどうかはわかっていないし、通訳に役立つかもわからないのである。私自身は記憶訓練や(おそらくその一環であろう)reproductionのような訓練は苦痛でしかなかった。効果はたかが知れていると思う。作動記憶容量が増加するわけではないし、「頭はよくならない」のである。実際のところ、通訳者の優れた作動記憶スキルなるものも、チャンク化の効率化とか、タスクの自動化によるものである蓋然性は大きい。(Hervais-Adelmanら*に至っては、通訳訓練が脳(尾状核)の構造変化を引起すと言うが、それも自動化された学習や運動によるものと思われる。)人間に記憶の制約があるのは大前提なのだから、通訳訓練の本筋は、普通の記憶力しかない学生が記憶の過負荷にどのように対処するのか、その管理方法や方略、すなわち訳出方略を教えることだろう。それをせずに一般的な記憶力強化訓練をするのは本末顚倒ではなかろうか。(*Hervais-Adelman, A., Moser-Mercer, B. and Golestani, N. (2015). Brain functional plasticity associated with the emergence of expertise in extreme lnaguage control. Neuroimage, 114: 264-274.)


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