MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

お知らせ

来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

Facebookはこちらです。

Pochhacker週間終わる

2008年11月27日 | 通訳・翻訳研究

土曜日の講演会のあとの寿司パーティは遠慮したが、日曜日は学会理事との懇談会と歓迎会、月曜日は鳥飼さんの授業でのレクチャーに「枯れ木」として参加したあと翻訳チームとの懇親会。非社交的な人間なので気が進まないのだが、参加者が多ければOKである。Pochhackerさんはいい人でした。ブリーフィングもくわしくやってくれたし、英語も明快でした。Pochhackerさんのミニ講義の動画はここで見られますが、これは実はプロンプターを見ながらしゃべったとのこと。

これでようやく会誌の編集作業に本格的に取り組むことができる。12月7日翻訳研究分科会なのでお忘れなく。


講演会報告

2008年11月23日 | 催し
昨日のPochhackerさんの講演会は250人という、これまでで最も多い参加者があり、大盛会でした。講演後ロビーで行った翻訳書のサイン会も長蛇の列で、みすず書房が用意した本も売り切れたそうです。通訳「研究」についての講演会なのにこんなにも聴衆が多かったのがちょっと不思議です。

ポェヒハッカー「通訳学への招待」講演会迫る

2008年11月18日 | 催し

というわけで今週の土曜日です。詳しくはこちらをごらん下さい。始めに鳥飼さんが「持続可能な未来に通訳学はどう貢献するか」と題して、PPT10枚ほどの短い講演をし、その後ポェヒハッカーさんが「An Invitation to Interpreting Studies」というタイトルでPPT60枚の講演を行います。中身は『通訳学入門』の1章から5章が扱う問題が中心かな。

この講演会では渡辺京子さんと同時通訳をすることになっていて、その前にやらなければいけない授業2コマの準備もあって大わらわです。(そうは言っても日、月と伊香保温泉に行ってきたんですが。)「RW通訳翻訳(基礎)」という授業では『通訳学入門』を読んでいるわけですが、今回は第6章の後半で、実質的にはこれでほぼ終わりというところ。記憶、言語産出、入力変数、方略と、本来なら(というか僕が書くなら)それぞれに一つの章を充ててもいいぐらいなのを一回でやらないといけない。それはそれとして、『通訳学入門』では「言語産出」の項は1ページしかない。確かに研究は少ないのだが、これはいくら何でも短すぎないか。内容はLeveltのモデルを数行で説明し、あとはSetton, Kees de Bot, Gerverの名前を挙げているのみ。ここで気がついたのが、Settonのモデルではスピーチ産出(訳出)段階と作動記憶が切れていること。Leveltの産出モデルでさえ作動記憶が不可欠なのだから、これはおかしい。産出はほぼ自動的という含みか?そんなことはないだろう。どちらの方向への通訳でも自動的に行かないことはいくらでもある。また、Settonのモデルの産出部分をよくよく見ると、Leveltのそれとは対応していないことに気づく。SettonのFormulatorはLeveltのConceptualizerに対応し、LeveltのFormulatorはSettonのParser以下、Articulatorの前までに対応することになる。SettonのFormulator内のMicroplanning TL unitsがlanguage of thoughtでないなら、Formulatorが2つあることになってしまわないか。いずれにせよProductionの部分はもっと理論的に詰める必要がある。


カラスヤサトシ、フィギュア

2008年11月13日 | 雑想
■『月刊アフタヌーン』11月号に「ああっ女神さまっfeat.カラスヤサトシ」のフィギュアの付録がついていたので買ってしまった。「アフタヌーンの最高峰と最底辺の夢のコラボ」だそうである。女神様の方は捨てようと思ったが、一体成形でだめだった。

FORUM 最新号

2008年11月11日 | 通訳研究

KSCI(韓国会議通訳学会)とPresse de la Sorbonne Nouvelleが出しているFORUM: Intournational Journal of Interpretation and Translation/ Revue internationale d'interpretation et de traduction のVol. 6 No. 2 (2008)が届いた。どちらも紹介ページを設けていない(というかKSCIなんかウェブサイトが消滅している)ので、やむを得ず紹介する。
Retour et relais - un defi et une realite quotidienne pour les interpretes de conference su sein des institutions europeennes (Ivana Cenkova)
Simultaneous Interpreting of Numbers: An experimental study (Andrew K. F. Cheung)
Correlation between Directionality, B Language Acquisition and Topic Difficulty (Choi, Jungwha)
Local Cognitive Load in Simultaneous Interpreting and its Implications for Empirical Research (Daniel Gile)
Sight Translation and Written Translation. A Comparative Anaysis of Causes of Problems, Strategies and Translation Errors within the PACTE Translation Competence Model (Amparo Jimenes Ivars)
'Creative' Creativity in Translation - A case of tourist brochure translation (Lee, Chang-soo)
The Art of Public Speaking and the Art of Interpretation (Lim, Hyan-Ok)
Why Judge Deviate from Direct Speech in Interpreter-mediated Court Settings (Tina Paulsen Christensen)
Progression in SI Training (Robin Setton)
On the Intertextual and Intercultural Competence - What literary and functional translation can learn from each other (Chuanmao Tian)
Non-Standard Translation Practices in Post-Bellum Korea (Esther Torres Simon)
Consecutive Conference Interpreters' Perception of Their Rola as Intercultural Mediators (Aladdin al-Zahran)
あまり食指が動かないものが多いが、Gile論文はちょっと面白かった。基本的には努力モデルと綱渡り仮説の延長上にあるが、今回はローカル・レベル(センテンスあるいは独立節)の認知負荷の問題を取り上げている。「話し手の新しいセンテンスの始めの部分を聞きながら、通訳者はまだ前のセンテンスの最後の部分を短期記憶から検索し、それをどのような目標言語にするかを決定しなければならないかもしれない。それがすでに済んでいれば、その目標言語の訳を産出し、同時に自分の訳出をモニターしなければならないかも知れない。新しいセンテンスの処理に追加されるこうしたタスクは「インポートされた認知的負荷」を生み出す」というのである。この問題意識はまったく新しくないのだが、ローカルなレベルに目を向け直したことは評価できる。Gileによれば、インポートされた認知的負荷(別の言葉で言えばキャリーオーバーが生む負荷)はいわば「負債」であるが、文脈(メンタルモデル)による理解の促進は「資産」である。Settonの議論がこういう形で取り入れられているわけだが、Gileはそうはいっても認知的飽和はしばしば生じるから、ローカル・レベルの検討は不可欠であると言う。(ちなみにセットンの同時通訳論の欠点のひとつは、通訳がうまくいかないことについて説得力のある説明ができなかったことだ。全体としても何か新しい知見を提示したとは言えない。)さらにGileは「語用論的マーカー(Setton 1999)や、コミュニケーション状況と話し手の意図に関する通訳者の知識に基づく予測可能性にもかかわらず、言語に固有の差異は大きい」
と主張している。これは正しい。Gileがなぜ今頃こういうことを書いたのかは不明だが、好ましい方向だと思う。
 この論文でGileは努力モデルの4つめのコンポーネントであるCoordination Effort (調整努力)をBaddeleyらの中央実行系と関係づけようとしているが、「それとは違うものだが対応する」という、よく分からないことを言っている。努力モデルには言語の理解・変換・産出システムと作動記憶系が混在しているのだから、このままでは対応付けも不可能である。それにこういうトピックを提示しながらなぜか作動記憶による説明はしていない。単に短期記憶が飽和すると言うにとどまっているし、このトピックなら当然引用されるべきShlesingerやLiuへの言及もない。それは今後の課題ということか。


三ツ木道夫(編訳)『思想としての翻訳』

2008年11月05日 | 翻訳研究
日本通訳翻訳学会会員で同志社大学教授の三ツ木道夫さんが翻訳・編集した『思想としての翻訳-ゲーテからベンヤミン、ブロッホまで』(白水社)が来月刊行される。白水社のサイトによると「ベンヤミンの翻訳論において「最良のもの」と評されたゲーテ及びパンヴィッツの論考を含め、全10人15本の基礎文献を収録。翻訳とは何かを考える上で必須の、翻訳関係者待望の翻訳論集」とのこと。どこでも読めなかったパンヴィッツが読めるようになるのはもちろんだが、 英語でしか読めなかった(*)シュライアーマハーの翻訳論も日本語で読めるようになるのは嬉しい。日本の翻訳研究の大きな財産になるだろう。(刊行は三ツ木さんによると12月中旬とのこと。)

(*)厳密に言うと三ツ木さんによってすでに邦訳されていたのだが、大学の紀要に発表されたので入手すべく努力しないと読めなかったのである。

Translation in Global News

2008年11月04日 | 通訳・翻訳研究
Bielsa, E. and Bassnett, S. (2008) Translation in Global News (Routledge) が面白そうなのだが、じっくり読む時間が取れないので、例によっておざなりに紹介。

The mass media are of paramount importance in the formulation and transmission of messages about key developments of global significance, such as terrorism and the war in Iraq, yet the key mediating role of translation in the reception of speeches and addresses of figures like Osama Bin Laden and Saddam Hussein has remained largely invisible. Incorporating the results of extensive fieldwork in key global news organizations such as Reuters, Agence France Press and Inter Press Service, this book addresses central issues relating to the new pressures on translation arising from globalization, analyzing new texts from major news agencies as well as alternative media organisations. Co-written by Susan Bassnett, a leading figure in the field of translation studies, this book presents close readings of different English versions of key Arabic texts circulated in Western media to demonstrate the ways in which a cultural and religious Other is framed in different media.

この本は翻訳者や通訳者というよりはジャーナリストの役割に焦点を合わせているようである。(実際、翻訳者への言及はない。)著者たちはニュース翻訳の過程で起きるのは言語的転移transferではなく、目標言語の読者の要求に合うように情報を転位transpositionすることであるという。同じ目標言語への転位でも違いが生まれる。フセイン元大統領の裁判の報道の例が面白い。(しかもあたかもtranscriptionのような「翻訳」である。)本当はどんなやりとりだったのだろうか。

JUDGE: Profession? Former president of the Republic of Iraq?
SADDAM: No, president. Current. It's the will of the people. (Independent)

JUDGE: Are you the former president of Iraq?
SADDAM: I am Saddam Hussein, president of Iraq?
JUDGE (to the clerk): Put down 'former' in brackets.
SADDAM: I am the president of the republic so you should not strip me of my title to put me on trial. (Telegraph)

通訳者の役割についてほんのちょっとだけ触れているが、特派員の取材のための通訳者だけで(毛沢東死去の際、通訳者が泣き出してしまい、特派員が特ダネをのがしてしまう話)、放送通訳の存在は著者たちの視野に入っていない。著者たちの視点からすれば取材用通訳者はおそらく「導管」conduit のような存在にすぎず、導管から出てきた情報の「操作」manipulation はもっぱらジャーナリストの仕事となる。本書の主張としてはそれで一貫する。しかし、放送通訳者の場合は「操作」と「操作の否定」の両方を実行する可能性を備えていると言える。もちろん放送通訳者も放送ジャーナリズムの規範と報道方針という名の拘束力に規定されるが、その規範や拘束力が及ばないケースもありうるのだ。ひねくれた視聴者としては、そこに放送通訳の魅力を見る。放送通訳者の言語的転移について言えば、あまりにも放送言語の型(規範)にはまった訳出や編集という名の自由訳はつまらない。もちろんジャーナリストの「操作」など論外である。ジャーナリスト(=記者)による操作には実況中継の通訳を中断して自分がしゃべり始めることも含まれる。ちょうどアメリカの大統領選挙の投票が行われているようだが、こういうときには通訳者にやらせておけばいいのに、ジャーナリストがしゃしゃり出てつまらぬ話を始めるときなどは憤りさえ覚える。(分かる人だけ分かると思うが、8年前の大統領選挙のあの時のことを言っている。)(オリジナルの放送が特定の視角から「操作」されている可能性は前提として)聞きたいのは今何が言われているのかなのだ。今年、放送通訳者たちは「ただの現在」を伝えてくれるだろうか。


新しいCompanion to TS

2008年11月02日 | 翻訳研究

たぶん今月中に Munday, J. (Ed.) (2008) Routledge Companion to Translation Studies という本が出る。300ページ強でペーパーバックなら4千円を切る。同種の本としてすでに Kuhiwczak, P. and Littau, K. (Eds.) (2007) Companion to Translation Studies (Multilingual Matters) があるが、こういうものは何冊あってもいい。編著のため、特定のテーマについて専門家が研究の現状をレビューしてくれるので便利なのだ。たとえばMundayの Introducing Translation Studies のような単独著者による入門書は、よくできてはいるのだが、どうしても分野ごとの得手不得手が記述に現れてしまう。新著の目次は以下の通り。その著者、そのトピックはどうなのよ、というのもあるが、まあいい本でしょう。Kuhiwczak, P. and Littau, K.もいい本なので、両方そろえるのが望ましい。
1 Issues in translation studies (Jeremy Munday) 2 The linguistic and communicative stages in translation theory (Peter Newmark) 3 Translating text in context (Basil Hatim) 4 Translation as a cognitive activity (Amparo Hurtado Albir and Fabio Alves) 5 Translationas intercultural communication (David Katan) 6 Translation, ethics, politics (Theo Hermans) 7 Translation and technology (Tony Hartley) 8 Issues in interpreting studies (Franz Pochhacker) 9i  Issues in audiovisual translation (Delia Chiaro) 9ii Translating audiovisual products (Delia Chiaro)

尿路結石その後。薬のせいか激痛はないが、数時間ごとに鈍痛がある。階段をどかどか降りたりしてはいるが、石は簡単には出ないだろう。
今日ようやく学会誌の投稿論文の査読結果を執筆者に返した。2人の査読者の意見を一本化して文書にまとめるのだが、えらく時間がかかった。論文だけで20本、その他に各種報告やら講演の記録、書評などがある。要するにまだ編集作業は始まったばかりで、今後の作業量を思うと暗澹とした気分になる。