MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

お知らせ

来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

Facebookはこちらです。

大東同窓会など

2009年04月28日 | 雑想

24日(金)は大東文化大学大学院の通訳コースの同窓会。久しぶりに近藤先生や染谷さんにも会う。(染谷さん、髪型変です。)卒業生も、通訳者、翻訳者、国際機関職員、大学講師、大学職員など、それぞれの分野で活躍中のようで何よりです。
新宿の東口でやったのだが、昔と違ってだいぶこぎれいになっていた。

明日、神戸女学院で集中講義をするため、今日はこれから神戸方面に向かいます。


CETRA Target 20周年記念国際会議

2009年04月23日 | 通訳・翻訳研究
The Known Unknowns of Translation Studies:  International Conference in Honour of the Twentieth Anniversary of CETRA and Target (1989-2009) という会議が8月28、29日の両日、ベルギーのLeuvenで開催される。Keynote speakersは、Hans J. Vermeer, Susan Bassnett, Daniel Gile, Mary Snell-Hornby, Anthony Pym, Yves Gambier, Andrew Chesterman, Christiane Nord, Maria Tymoczko, Michael Cronin, Harish Trivedi, Miriam Shlesinger, Kirsten Malmkjaerと、翻訳研究のWho's Whoのようである。abstractsも大体出来ている。ただ、プログラムを見るとパラレルセッションでやるために、半分しか聞けないようだ。発表する会議ではないが、初めて国際会議に参加する人にはいいのでは。私は行きませんけど。

日本通訳翻訳学会第10回年次大会ポスター

2009年04月20日 | 通訳・翻訳研究

やっと作りました。こちらをごらん下さい。最近はhtmlをいじることはまずないので、手順をほとんど忘れてしまい、えらい苦労しました。(去年作ったはずなのにjpeg画像の作り方を忘れて茫然としてしまった。誰かやってくんないかな。)発表申込み締切は8月1日。厳守のこと。ついでに学会誌の投稿しめきりも同じ日です。

生田長江に『英語独習法』(明治43年、新潮社)という著書があって、その中の「直訳と意訳」という項目でこんなことを言っている。

「例へば、The man who met your father in Asakusa yesterday, was my brother's employee till last month.と云ふ原文を、近頃の普通に行はれる意訳でやると「昨日浅草にて汝の父に出逢ひし所の人は、先月まで我が兄弟の傭人なりき」となる。成るほど斯う訳しても大体の意味は通ずる。しかし文法上の構造は無視せられ、原文特有の味は解らなくなつて仕舞ふ。それではどうしたらばよいかと云ふに、気が利かないやうだけれど、矢張り従来の直訳で行くより外はない。即ちwhoはThe manとmet your father in Asakusa yesterdayとを結付ける関係代名詞故、原文の文脈を尊重しようとするのには、どうしても「人その人は昨日浅草にて汝の父に出逢ひし所の人は、先月まで我が兄弟の傭人なりき」と訳して見なければなりますまい。」

現在では異様に見えるが、かつてはこういうものを英語学習上の「直訳」と言っていたのである。もちろん長江は、学習者はさらに「意訳」に進み、「意訳の訳読をも或る時期に達すればやめるのです。つまり訳読をしないで書物を読むやうにならなければなりませぬ」とも言っている。
面白いのは、「漢文和訓の次第次第の容易に且つ手際よくなり来つた歴史を見ると、今日の欧文直訳も、追々上手になつて行くに違ない。また一方では其直訳文の影響を受けて、日本語日本文が一歩一歩欧文脈に接近して行く、それ故、現在の直訳に多少の弊害があるとしても、全然これを排斥し去ると云ふやうな無謀な議論は通るべきものでない」と論じていることだ。生田長江の翻訳論は『サラムボウ』序文しか知らなかったが、ここにも彼の翻訳に対する意識が伺える。ただし『サラムボウ』訳については辰野隆が「むしろ創造的でない名訳が欲しいと思うほど読みにくい訳文であった」と言っている。


「英語が使える日本人」という幻想

2009年04月18日 | Weblog
ちょっとしつこいが、江利川春雄『日本人は英語をどう学んできたか:英語教育の社会文化史』(研究社)に「「英語が使える日本人」幻想」という一節があり、この問題が明治以来連綿と続いていることを教えてくれる。明治期をはしょると、1921年にH.E. Palmerが来日してオーラル・メソッド普及に努め、1934年にはラジオの「英語会話講座」が始まる。1945年9月、『日米会話手帳』発売、360万部売れる。ラジオの「カムカム英語」聴取率32%を記録。1956年、日経連が「役に立つ英語」を求める要望書を出す。同年、アメリカ財界の援助でELEC発足。C.C.Friesが来日しオーラル・アプローチが一斉を風靡する。60年代に入るとLL教室やテープレコーダーが導入される。しかし、1971年に五十嵐新次郎(早稲田大学教授、髭に袴で有名だった人で松坂ヒロシ先生の先生)は文藝春秋誌上で次のように書いている。
「われわれはなぜ外国語に弱いか。理由は実に簡単である。われわれにとって、外国語は生活の必需品ではないからである。(中略)筆者は、ある少数の才能にめぐまれ、外国語の負担にも耐えられる人たちに徹底した語学教育をしてみてはと思う。」
『日本語が亡びるとき』の著者が言っていることなどちっとも新しくないことがわかる。もちろん五十嵐に対しても、「それってどういう人たちよ?」という批判があてはまる。
江利川の本には、この他小学校英語についての歴史的な考察なども含まれている。同じ歴史でも齋藤兆史のような英語名人だけを扱ったものよりは遙かに面白い。

引っ越しの準備をしていたら大学時代のノートが出てきた。内容から見てたぶん二年生の頃のものだろう。決して頭が良さそうには見えない字でポルトガル語と日本語が書いてある。Da mesma forma,(同様に)se(もし)o nome alemao (ドイツの名前)という具合。そしてその後に15頁ほど翻訳論の翻訳が書いてある。こんな調子である。「理論的に言えば、翻訳の最も大きい妨害の数々はある単一の言語の中に表示を持つだけの概念によって形作られる。たとえば"Saudade"ということばはポルトガル語に特有なものだが、また仏語のtoiletteということばは他のいかなる言語にも完全な等価語がない。」
下手である。添削してみよう。「理論的に言えば、翻訳で最も難しいのはある一つの言語にしか表現が見あたらないような概念を翻訳することである。たとえばSaudadeということばはポルトガル語に特有であるし、フランス語のtoiletteは
他のどんな言語にも等価なことばがない。」
原文が何だったかは分からない。いずれにしても1969年以前に書かれたものだから、文中に引用されているのはOrtega y GassetやHerderなどである。小見出しとして「翻訳できないものを翻訳する」、「直訳と文体の効果」とあるように、内容的には翻訳(不)可能性や直訳と文体の問題を扱っている。引用はないがVinay and DarbelnetやCatfordのような対照言語学的議論になっている。この翻訳であるが、どうも課題ではなく、自発的に訳したようだ。この頃から多少は翻訳の問題に関心があったものと見える。

緒言や凡例は何を語っているか

2009年04月14日 | 翻訳研究

あるプロジェクトのために古い翻訳の序や緒言、凡例などから訳者の翻訳の態度や意識をさぐっている。翻訳の方針がすっきりと分かりやすく書いてあるものもあるが、そうでないものもある。あるいはプーシキンのある翻訳に見られるように、訳者が冒頭で明らかにした翻訳方針が実際の翻訳では守られていないものもある。したがってどうしても訳文を多少なりとも見ておく必要があるようだ。
ひとつだけ例を挙げておこう。
明治19年の竹内余所次郎反訳、シェキスピーヤ原著、チャーレス・ラム翻文「シエキスピーヤ筋書 一名西洋歌舞伎種本」から、まず凡例にある訳者の翻訳方針。
「訳者は此書を反訳するに当り、成る可き丈原書の意味文勢を変更せざらんことを務めたり。蓋し原書は当時諸学校の学科課程の中にも入り居ることなる故、殊に初学者の為めに便せんことを欲してあり。」
次に「リヤー王」の冒頭部分。
「英国王リヤーといへるに三人の女あり。長はゴネリルとてアルバニー公の内室、次はレガンとてコルンウオール公の内室なりしが、其次はコルデリヤと名づけ年尚ほ若く未だ処女にてありしかば、仏国皇帝・バルガンデー公の二人之に懸想し、如何にもして娶らんと思ひければ、此時リヤーの朝廷に留り居ぬ。
 リヤー王は早八十歳の上を超え大に衰老したるが上に、政務の労も少小ならねば自ら之に与らず、諸事壮年のものに任せ置きしが、頓て死期も遠からざるべければ退て老を養はんと思ひ、三人の女を招き寄せ、姉妹のものがいかばかり其父を愛するやらん各其口より之を言はしめ、愛情の深きと浅きとによりて王国を分ち与えんと其旨をぞ命じける。」
Lambの原文。
Lear, King of Britain, had three daughters: Goneril, wife to the Duke of Albany; Regan, wife to the Duke of Cornwall; and Cordelia, a young maid, for whose love the King of France and Duke of Burgundy were joint suitors, and were at this time making stay for that purpose in the court of Lear.
The old king, worn out with age and the fatigues of government, he being more than fourscore years old, determined to take no further part in state affairs, but to leave the management to younger strengths, that he might have time to prepare for death, which must at no long period ensue. With this intent he called his three daughters to him, to know from their own lips which of them loved him best, that he might part his kingdom among them in such proportions as their affection for him should seem to deserve.
神代種亮の解題(『明治文化全集第22巻翻訳文芸編』日本評論社)には「して見れば、文学上の翻訳書と見るよりも、語学書の一種と見なすべきものかも知れぬ」とあるが、初学者への教育的配慮をほどこしたにしては色文字部分の対応関係が微妙だ。初学者にはやや高級な(難解な)訳かもしれないと思うが、どうだろうか。


第四回学生通訳コンテスト 概要決まる

2009年04月08日 | 催し

東京外国語大学通訳研究会主催 第四回学生通訳コンテストの概要が固まったとのこと。日時は6月27日(土)13:30~16:00です。現在参加者・観覧者を募集しています。詳しくはこちらをごらん下さい。

引っ越しの作業をしている。今日は小型の台車に荷物を載せて500メートルほど先の移転先まで往復4回。それと、本を整理、というか資源ゴミとして捨てている。いくら捨てても一向に減った感じがない。どうしても捨てがたいものは借りている倉庫(トランクルーム)に運び、倉庫から同量の不要な本を運んで、やはり資源ゴミとして捨てている。いつまでかかることやら。


Trans-lated

2009年04月07日 | 翻訳研究
Faiq, Said (2007) Trans-lated: Translation and Cultural Manipulation (University Press of America) というこの本、ごらんのように明らかに形が変だ。著者はタイトルのハイフンについては、「翻訳につきまとう操作と、それが引き起こす亀裂を示す」ためにわざとそうしたと言っているが、本の形については何も書いていない。この本のメインテーマである優位にある文化と劣位にある文化の間の翻訳の歪みを象徴するための変形断裁(型抜き?)なのか、それともただの断裁の失敗なのか分からない。見開きにしたときどうなるかというと、文字列(行)は水平だが、左右の余白は下に行くほど狭くなり、上の余白は中央に近づくほど広くなり、逆に下の余白は外側に行くほど広くなる。なんとも不思議な感じだ。ついでに背文字もない。中身はまあポスト・コロニアル翻訳論なのだが、native-foreigner(フランス語で書くアラブ人)の作品について、そのアラビア語への翻訳をpseudo-translationとしている点は目新しい。しかし、この種の議論はプロレタリア文学みたいになって、どうもなあ。

Claudia Monacelliの「同時通訳における自己保全」

2009年04月05日 | 通訳研究
John Benjaminsの新刊の中に、Claudia MoncacelliのSelf-Preservation in Simultaneous Interpreting: Surviving the roleという本がある。ちょっと気になったのでMonacelliの他の論文を見てみた。ネット上に以下の論文があるので、この論文の内容を簡単に紹介する。

Claudia Monacelli (2006) The ideology of interpreting through a system dynamics perspective, TRANS Nr. 16

・通訳者はつねに文脈的制約の中に置かれている。たとえば自分以外の者が設定したスピーチのスピードについていかねばならないなど。かくして通訳者は絶えず自分のサバイバルが目的となる。通訳者は自己のサバイバルを脅かすような制約をFTAとみなし、それについての気づきoperational awarenessから、通訳者の主導的原則である動的均衡dynamic equilibrium(問題があった場合に、システム全体の統一性を維持するように解決されるような、絶えず変動する状態)を求めるのである。
・この論文では通訳のイデオロギー(社会グループとしての専門職の間で共有されている暗黙の想定ないし信念)を研究する。
・この目的のために、相互作用における言語的ポライトネスを検討する。言語的ポライトネスのシフトを分析することにより、通訳者のイデオロギーを明らかにすることができる。
・始めに、システム論的視点から通訳者が媒介する会議の参与枠組みを論じ、次にマイクロテクストのレベルでポライトネスのシフトを見る。具体的にはダイクシス、モダリティ、ヘッジ、threatのテキストへのコード化(省略omissions、付加additions、弱化weakeners、強化strengtheners)である。
・通訳者の行動を導くものとしての動的均衡dynamic equilibriumに留意しつつ、イデオロギー的行動を示すような一貫した傾向を見つけ出す。
・会議の参与枠組みはもちろんゴフマンを元にしている。著者がここでやっていることは、発話者speakerの談話と、それを中断する行為(議長やフロアから)を一人の通訳者がどのようにフッティングをシフトさせながら処理しているかを分析することである。また、通訳者がスピーカーの連続する談話を通訳しているときに、議長やフロアから中断が入ると、通訳者はスピーカーの談話を完結することが難しくなったり、失敗したり、訂正を余儀なくされる可能性がある。これは通訳者のプロとしてのfaceにとって脅威である。こうしたFTAに対して通訳者はどのように反応するか。これを分析することによっても通訳者のイデオロギーが明らかになる。
参与者は、1)ST Speaker, 2) Chairperson, 3) 通訳チームメンバー(I, II), 4) TT Receiver 5) ST Receiver(通訳を聞かず直接STを聞く聴衆など)。Overhearerとしては、6) technicians, 7) conference organizers and staff, 8) professional interpreting associationsがある。
・結論として、通訳者が目標言語において行った体系的な選択(通訳のイデオロギー)は、起点言語の発話内効力を緩和する効果を生み出すことであった。そこでは通訳者の立ち位置は「距離を置くこと」と「非人称化」である。

以上、ごく簡単に内容を紹介したが、この論文の限りでは、「動的均衡」を求める行動とイデオロギーに発する行動の区別が大変わかりにくいものになっている。また文脈的制約に認知的制約が含まれるのか含まれないのかもあいまいなのだ。違うものだとすると、論文中で分析されている省略などは認知的な「サバイバル方略」と解釈することもできることになり、変数の交絡の問題が生ずる。このあたりのことは(博士論文を基にしたと思われる)新刊で明確になっているのかもしれない。なおゴフマンの枠組みだけでは物足りない論文になってしまいがちだが、この論文では語用論の道具も使って言語的な分析の比重が大きくなっており、全体として面白い論文だと思う。参与枠組みの概念を対話(リエゾン)通訳ではなく、会議通訳(その一部ではあるが)に適用した点は新しい。


『未だ王化に染はず』

2009年04月02日 | 

それは1986年に福武書店から発行された、中原清一郎の『未だ王化に染はず』という本である。400頁を超す重厚な長編小説であり、狩猟民族の末裔を軸にした複雑な物語を美しい文体で綴っている。その文学作品としての質は相当に高いと思われた。様々な文学賞受賞作品のレベルを凌駕していると言ってもいい。ところが、この作品がどのような評価を受けたのか、作者はどのような人であるのか一向にわからないのである。第2作を発表した形跡もない。以後20数年、この本と作者のことはつねに心のどこかにあったと思う。そういうわけで、先日、小田光雄『古本探求』の冒頭に「『未だ王化に染はず』の真の作者は誰か」という章があることを知った時は、そうか、あれはペンネームだったのかと、虚を衝かれた思いであった。
さて、小田さんも「作者、編集者、出版社のそれぞれに何らかの事情と思惑が絡み、作者は作品の背後に身を潜め、編集者や出版社も…売り出すことを差し控えているような気配があった」と、ずっと気になっていたという。結局小田さんはそのように「ひっそりと刊行された事情」はこの作品のテーマにあり、「『パルチザン伝説』事件」がその背景にあるのではないかと推測している。そして最後に、真の作者について否定しようもない証拠を提示する。20数年来のひっかかりは、なるほど彼であったかと、解消されたのであった。
ただ、刊行をめぐる事情については若干異論がある。「『パルチザン伝説』事件」は、作者の桐山襲には気の毒なことだったが、その内容のためというよりは新潮社が煽ったせいで起きた事件であると言える。まして中原の作品は、(おそらく思想的には無効な)天皇爆殺計画のような事件を扱っているわけではない。「『パルチザン伝説』事件」との関連は薄いのではないか。それよりはむしろ、この「真の作者」が所属していた大組織の中での自分の置かれた位置や立場といった、やや俗っぽい理由からだったのではないのか。真の作者を同定した証拠文書が1977年、小説の刊行が1986年であり、この10年の間に真の作者の立場が学生から企業人へと、複雑なものになっていたとは考えられないだろうか。あるいは、デビュー作の他にこの作品を書くことによって、文学の世界から去るという強い意志があったのかも知れない。
「真の作者」は一体誰なのか、隔靴掻痒の感を覚えるとは思うが、ここで明らかにするわけにはいかないので、知りたい人は小田さんの本を読んで欲しい。(読んでも知らない人が多いと思うが。)なお、タイトルは、日本書紀の景行天皇の巻にある蝦夷についての記述、「撃てば草に隠る 追へば山に入る 故(かれ) 往古(いにしえ)より以来(このかた) 未(いま)だ王化に染(したが)はず」に由来する。

*『古本探求』の「なか見!検索」で、「真の作者は誰か」が6頁分読める。ストーリーがほぼカバーされている。『未だ王化に染はず』も『パルチザン伝説』もまだ古書で入手可能。