昔に出会う旅

歴史好きの人生は、昔に出会う旅。
何気ないものに意外な歴史を見つけるのも
旅の楽しみです。 妻の油絵もご覧下さい。

太田神社(福山市藤江町)の由来

2007年01月03日 | 山陽地方の旅
案内板では天保12年(1841)本殿を焼失、嘉永3年(1850)再建されています。太田神社の祭神は「太田誉田別神武御槌神」で、明治2年神仏分離政策で神社名を「黄幡明神」から改称したとされています。
祭神について太田・誉田別神・武御槌神と切って考えてみました。「誉田別神」とは応神天皇で、全国の八幡神社の祭神です。「武御槌神」は「武甕槌」(タケミカヅチ)と思われ、出雲の国譲り神話で経津主(フツヌシ)と共に大国主命に国譲りをさせ、茨城県の鹿島神宮や、奈良の春日大社に祀られている神様です。「太田」については不明ですが、いくつかの神社を合併させたものと思われます。
下段の写真で拝殿裏の本殿の前に狛犬がありました。よく見ると左右が反対のようでした。右に口を開けた狛犬があるのが普通ですが、何かいわれでもあるのでしょうか。

太田神社の大クスノキ

2007年01月03日 | 山陽地方の旅
唐樋門の後、福山市藤江の太田神社に行きました。
神社は、県道47号を藤江郵便局から約200m南を右折した丘の上にあり、神社拝殿の横に根周り9.15m、樹高23m、推定樹齢は500年の巨大なクスノキがそびえていました。根元近くから六つに枝分かれしているため、余計に根周りが太いようです。真冬でもさわやかな緑色の葉で、黒い実がたくさん付いていました。
大木に近寄るとなぜか親しみや、たのもしさを感じました。
日本一のクスノキは鹿児島県蒲生町にあり根周り33.57m、広島県では三原市糸崎町の糸崎神社に根周り13.0mが最も大きいようです。いずれも神社の神木で、古くから大切に守られていたものです。

福山市草深の唐樋門

2007年01月03日 | 山陽地方の旅

福山市沼隈町草深樋ノ上の唐樋門に行ってきました。
約300年前に作られた建物で、案内板説明を記します。
「草深の唐樋門は、江戸時代初期の寛文年間(1661~1672)に磯新涯が干拓造成されたのに伴って造られたものである。樋の堂と呼ばれる建物とその床下の樋門の部分からできており、当初は木造りであったが、元禄9年(1696)と安永3年(1774)の二度にわたる大がかりな修理によって、樋門の門扉以外は石造に改められた。樋の上の地名をもたらした由緒ある唐樋門は、瀬戸内海沿岸の干拓造成の歴史を研究する上で大変貴重な産業遺跡である。福山市教育委員会」
建物の中には巻きろくろがあり、ロープを巻いて樋門を開けるようになっています。
下の写真を撮った土手に、地元の人が生活ゴミを焼却している跡がありました。広島県の文化財なのに、まったく何をしているのやら。強風で火事にでもなったらどうするのでしょうか。