南ドイツ・スイス旅行4日目、「ノイシュヴァンシュタイン城」観光の続きです。
「マリエン橋」からの絶景に感動した後、いよいよ「ノイシュヴァンシュタイン城」の城内の見学です。
豪華な城内の風景のほとんどが撮影禁止で、残念ながら一部の紹介しかできません。
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「ノイシュヴァンシュタイン城」の城門を見上げた風景です。
「ノイシュヴァンシュタイン城」は、1869年に建設が始まったとされ、石の重厚さと、レンガの配色に同時代の明治の歴史的建造物を連想します。
門の上には大きなバイエルンの獅子の紋章が見られます。
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「ノイシュヴァンシュタイン城」のパンフレットに掲載の案内図の一部分で、歩いた順路を番号で表示しています。(地図の方角は南が上です)
「ノイシュヴァンシュタイン城」の城門は城の北西の道から北に廻り込んだ(5)の場所です。
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パンフレットの表紙に素晴らしい「ノイシュヴァンシュタイン城」の風景が掲載されていました。
東に向いた城門の奥に秀麗な城が高くそびえ、後方には森に囲まれた青いアルプ湖が神秘的な雰囲気を漂わせているようです。
ゲルマン伝説、騎士伝説に影響を受けたルートヴィヒ2世は、伝説を夢見てこの城の建設に没頭したものと思われます。
白鳥が遊ぶ後方のアルプ湖はかなり離れていますが、望遠レンズ効果で間近に見えるようです。
■タビトモ ドイツ ロマンテック街道(ジェイティビィパブリッシング出版)より
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ルートヴィヒⅡ世の夢の跡
1869年にバイエルン王国の国王ルートヴィヒⅡ世の命で着工された「新白鳥城」。中世騎士道物語への憧れとワーグナーのオペラへの情熱がつまった城だが、1886年、王の死によって工事は中止された。この未完の名城は、その優美な姿で今も人々を魅了している。
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「ノイシュヴァンシュタイン城」を建てたバイエルン王国の王ルートヴィヒ2世(1845~1886年 在位1864年~1886年)です。
わずかに撮影が許可された「ノイシュヴァンシュタイン城」の一部の場所に展示されていた写真です。
下記のルートヴィヒ2世の経歴にもありますが、16歳の時に白鳥の騎士が登場するワーグナーのオペラ「ローエングリン」に感動したことが「ノイシュヴァンシュタイン城」の建設の発端になったようです。
ルートヴィヒ2世がワーグナーに心酔し、城に招き、多額の費用で厚遇したことなど添乗員さんからの話を思い出します。
又、敬愛するフランス王ルイ14世が建設したヴェルサイユ宮殿を模して「ヘレンキームゼー城」「リンダーホーフ城」の建設を進めたことなどで、バイエルン王国の財政は危機に瀕したようです。
しかし、狂王と呼ばれたルートヴィヒ2世の夢の城「ノイシュヴァンシュタイン城」は、未完成ながら年間百数十万人の観光客が訪れるスポットとなっており、彼の夢の城の素晴らしさが証明されたということでしょうか。
■タビトモ ドイツ ロマンテック街道(ジェイティビィパブリッシング出版)より
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城の建築に生涯を捧げた ルートヴィヒⅡ世 HlSTORY
ミュンヘンに生まれ、シュヴァンガウで育ち、18歳で王位についてから波乱に富んだ人生を送ったルートヴィヒⅡ世。政治には関心を示さず、ワ一グナーと築城に情熱を傾けたその生涯をたどる。
(1845年)
8月25日、バイエルン王マクシミリアンⅡ世とプロイセンの王女マリーの長男としてニンフェンブルク城で誕生。少年時代には毎年ホーエンシュヴアンガウ城で過ごしていた。
(1961年)16歳。
ワーグナー作の歌劇「ローエングリン」を観劇してワーグナーに心酔する。
(1864年)19歳。
父王の死によって第4代バイエルン王ルートヴィヒⅡ世として即位。王となった後、すぐに行方不明になっていたワーグナーを探し出して呼び寄せた。
(1867年)22歳。
バイエルン公安ゾフィーと婚約を発表するが、わずか10カ月で解消。理由は王がゾフィーの姉エリザへート(シシィ)に思いを寄せていたためといわれている。
(1868年)23歳。
ノイシュヴァンシュタイン城の築城を公布。翌年起工。
(1874年)29歳。
リンダーホーフ城を定礎。王が建設した3つの城のなかで、唯一完成した城。この時期、ヴェルサイユ宮殿などを訪れたルートヴィヒⅡ世の築城熱はヒートアップ。王室の財政は逼迫する。
(1878年)33歳。
ヘレンキームゼー城を定礎。ほとんど未完となっている。
(1883年)38歳。
ワーグナーがヴェネツィアで死去。
(1886年)41歳。
王の築城熱が国家財政を逼迫させたため、6月12日、病気を理由にノイシュヴァンシュタイン城で拘束され、ベルク城に幽閉される。翌13日、付き慕いの医師とともにシュタルンベルク湖畔で謎の水死。18歳で即位したときは長身で美貌の持ち主として女性たちの憧れの的だったが、晩年のルートヴィヒⅡ世はやや太り気味だったという。
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城門をくぐりながら正面を見上げた風景です。
正面の壁の上はテラスになっており、その向こうに建物がそびえています。
右手に城内への見学入口がありますが、外観が素晴らしかっただけに期待が高まります。
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建物正面の風景です。
中央の窓をはさんで大きな壁画があり、右手は幼いキリストを抱くマリア像の下に二人の天使像、左手は馬に乗った騎士が長い槍でドラゴンを倒した場面のようです。
これも騎士伝説にあこがれたルートヴィヒ2世の想いが込められたものと思われます。
屋根のてっぺんに据えられているのは獅子像(写真左上に拡大写真)で、バイエルンの紋章にちなむものと思われます。
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「ノイシュヴァンシュタイン城」の入場券です。
上半分が表、下半分が裏です。
見学グループごとに入場時刻が割り当てられ、日本語ガイドの案内で城内を廻りました。
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城内の廊下の窓から見下ろした北西側の雄大な風景です。
「フォルクゲン湖」の手前に集落が見えもロマンチック街道が左右に貫いています。
自然の湖に見える「フォルクゲン湖」は、春先の雪解け水による洪水を防ぐ人工の湖で、南にアルプスが迫るこの地方ならでの湖の風景だったようです。
ルートヴィヒ2世は、完成間近の城に延べ170日間滞在したとされていますが、人工湖「フォルクゲン湖」が造られる前の風景を見ていたのかも知れません。
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案内パンフレットにあった「玉座の間」の写真で、城の建物の北端にありました。
「玉座の間」の名称ですが、王の死により工事が中断し、玉座が据え付けられることはなかったようです。
上段は、玉座側を背にして見た風景、下段は、玉座が置かれるはずだった一段高い場所の風景です。
ここが最も豪華で印象的な部屋でした。
■タビトモ ドイツ ロマンテック街道(ジェイティビィパブリッシング出版)より
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王冠のシャンデリア 玉座の間
城内で最も豪華といわれる広間。
大理石の階段の先に玉座が置かれる予定だったが、王の死により玉座は未完のままに。玉座の上の壁
絵にはヤシの木の間には6人の王が、その上にはキリスト、マリア、ヨハネが描かれている。
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城内の見学ガイドが終わり、一階の出口に向かう途中にあったキッチンルームです。
多くの人々が働く城だけに大きなキッチンルームでした。
近代的なデザインの銅製の鍋や、設備が並び、見学した城内の中世的イメージとはかなりギャップを感じました。
■タビトモ ドイツ ロマンテック街道(ジェイティビィパブリッシング出版)より
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最新の設備が整った台所
1階にある調理場は当時のまま。真っ白なアーチ型の天井は化粧漆喰と御影石を使った柱で支えられ、温水の出る給水設備や自動回転式のグリルは当時としては最新の設備だった。煙突のストーブの熱は、プレートウオーマーの横を通り抜け、その熟で食器が温められるようになっていた。調理場は1884年から1886年まで使われていた。
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城内の売店付近に「ノイシュヴァンシュタイン城」の模型が展示されていました。
上段の写真が北東の城門側から見た風景で、下段は北から見た風景です。
城門塔以外に四つの塔があるかなり凝った建物です。
上に掲載したバイエルン王国の王ルートヴィヒ2世の写真は、この部屋の壁にあったものです。
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城内の見学を終え、案内図(6)の場所から見上げた「ノイシュヴァンシュタイン城」の風景です。
後方の急峻な岩山は、私には水墨画に描かれる風景に見えてしまいます。
ここに白鳥の騎士にあこがれ、夢の城を描き、完成間近で早逝したルートヴィヒ2世の生涯に思いを馳せ、山道を徒歩で下って帰りました。
ルートヴィヒ2世が16歳の時に見たとされるオペラ「ローエングリン」に興味が湧き、里中満智子さんのマンガ名作オペラシリーズ「トスカ - マノンレスコ-/ロ-エングリン」(里中満智子著 中央公論新社発行)を読んでみました。
ブラバンド公国大公の娘エルザが大公の死後、弟が行方不明なったことで疑われ危機に陥った時、白鳥に曳かれた小舟に乗って現れた聖杯守護の騎士ローエングリンに救われ結婚し、最後には魔法で白鳥の姿に変えられていた行方不明の弟が元の姿に戻り、騎士ローエングリンは去って行くあらすじでした。
里中満智子さんの漫画のイメージにピッタリと思われるロマンチックな物語でしたが、この時代のヨーロッパの文化の一端に触ることが出来ました。
城内の部屋にオペラ「ローエングリン」の一場面と思われる壁画があったことを想い出しましたが、撮影禁止では想い出も薄れてしまいました。
これでドイツでの観光を終え、スイス観光へ向かいました。