拒絶理由通知を受けた場合に弁理士が留意すべき事項
1.拒絶理由の検討
弁理士は、審査官の拒絶理由の認定が妥当であるかどうかについて検討すべきである。
(1)拒絶理由の根拠なった引用例の検討
① 引用適格があるかどうか(日付等)
② 引用例との関係において拒絶理由となるかどうか(技術内容面)
(2)拒絶理由に該当すると判断した場合
① 拒絶理由の解消策の検討
② 補正、分割等の要否
2.意見書の提出
(1)審査官に反論する場合
① 審査官の認定に誤りがある旨を主張する。
② 拒絶理由が進歩性がないとするものであれば、進歩性があるという主張をする。
()進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行う。
()具体的には、請求項に係る発明及び引用発明(一又は複数)を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、請求項に係る発明と引用発明を対比して、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を特定するための事項との一致点・相違点を明らかにした上で、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。例えば、請求項に係る発明が、引用発明からの最適材料の選択あるいは設計変更や単なる寄せ集めに該当するかどうか検討したり、あるいは、引用発明の内容に動機づけとなり得るものがあるかどうかを検討する。また、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。
()論理づけの具体例
⒜ 最適材料の選択・設計変更、単なる寄せ集め
(イ)一定の課題を解決するために公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。
(ロ)発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。
⒝ 動機づけとなり得るもの
(イ)技術分野の関連性
発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
(ロ)課題の共通性
課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
(ハ)作用、機能の共通性
請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
(ニ)引用発明の内容中の示唆
引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
⒞ 引用発明と比較した有利な効果
引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。
()意見書等で主張された効果の参酌
明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。
()選択発明における考え方
選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいう。したがって、刊行物に記載された発明とはいえないものは選択発明になり得る。
刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。
()数値限定を伴った発明における考え方
発明を特定するための事項を、数値範囲により数量的に表現した、いわゆる数値限定の発明については、実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であって、通常はここに進歩性はないものと考えられる。しかし、請求項に係る発明が、限定された数値の範囲内で、刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物に記載された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。なお、有利な効果の顕著性は、数値範囲内のすべての部分で満たされる必要がある。
請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき、すなわち、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、有利な効果について、その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求される。しかし、課題が異なり、有利な効果が異質である場合は、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない。
(2)拒絶理由の対象となった請求項を補正した場合
① 意見書において、当該補正が要件を満たしていることを主張する。
② 補正後の請求項に係る発明が拒絶理由に該当しないことを主張する。
(3)分割又は変更の新出願をした場合
その事実を審査官に知らせる目的で形式的な意見書を提出することもできる。
3.補正書の提出
拒絶理由の対象となっている請求項を補正することにより、拒絶理由を解消することもできる。
補正をする際には、以下の事項に留意しなければならない。すなわち、最初の拒絶理由通知である場合には、新規事項の追加に該当しないことが必要とされ(特17条の2第3項等)、最後の拒絶理由通知である場合には、特許法17条の2第3項から5項までに規定する要件を満たすことが必要とされる。
なお、誤訳訂正書により補正をする場合には、特許法17条の2第3項は適用されず、特許法49条6号が適用される。
(1)新規事項(特17条の2第3項)
① 願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項そのもののほか、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項も願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項として取り扱う。
② 当業者にとって、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項のいずれか一つのものが単独で、あるいは複数のものが総合して、補正後の明細書又は図面に記載した事項を意味していることが明らかであり、かつ、それ以外の事項を意味していないことが明らかである場合には、補正後の明細書又は図面に記載した事項は「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項」であるといえる。
③ 周知慣用技術についても、出願当初の明細書又は図面に記載した事項が当該周知慣用技術を意味することが明らかで、かつそれ以外のことを意味しないことが明らかでない限り、その周知慣用技術は当業者が直接的かつ一義的に導き出せない事項であるから、周知慣用技術であったとしても、それ自体を明細書又は図面に追加することはできないことに留意しなければならない。
④ 優先権証明書は、明細書及び図面に含まれないので、新規事項が追加されているか否かの判断の基礎とすることはできない。
⑤ 新規事項となる例
当初明細書には「弾性体」という記載があるのみで、その具体例がまったく記載されていない場合において、「弾性体」との記載を「ゴム」と補正することは、たとえ「ゴム」が弾性体として周知であっても、弾性体には「ゴム」以外に「バネ」等も含まれるため、当初明細書又は図面の記載に基づき「弾性体」との記載が「ゴム」でしかありえないことが明らかでない限り、「ゴム」は「弾性体」という記載から直接的かつ一義的に導かれるものではないこととなり、補正は許されない。
⑥ 新規事項とならない例
()発明の詳細な説明中に、「弾性体」の例として「バネ」が記載されている場合には、「バネ」は当初明細書又は図面に記載した事項の一つであるから、特許請求の範囲の「弾性体」との記載に替えて「バネ」との記載にする補正は許される。
()当業者に誤記の存在が分かるだけでなく、その誤記が何を表現しようとしたものであるかが、当初明細書又は図面の記載から明らかである場合には、誤記を訂正する補正は「直接的かつ一義的」に導き出せる事項として許される。
(2)特許請求の範囲の補正
① 補正により減縮された特許請求の範囲に記載された発明が、出願当初の明細書に記載された上位概念(下位概念)の下位概念(上位概念)であるからという理由だけで、その発明が出願当初の明細書に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せるものであるということはできない。
② マーカッシュ形式などの択一形式で記載された請求項において、補正により一部の選択肢を削除した場合には、補正後の請求項に記載された事項が、出願当初の明細書又は図面に記載した事項であるかあるいは出願当初の明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である場合は当該補正は許されるが、そうでなければ、当該補正は許されない。
③ 数値限定を追加する補正は、その数値限定が出願当初の明細書又は図面に記載した事項である場合、又は出願当初の明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である場合を除き、当該補正は許されない。
④ いわゆる「除くクレーム」とする補正は、新規事項の追加には該当しないものとして取り扱う。「除くクレ-ム」とは、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特29条1項3号、特29条の2又は特39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書・図面に記載された事項(当該記載された事項から直接的かつ一義的に導き出せる事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。
(3)請求項の削除(特17条の2第4項1号)
請求項を削除する補正のみならず、請求項を削除する補正に伴い、他の請求項を形式的に補正することも、請求項の削除を目的とする補正として扱う。例えば、請求項の削除に伴って必然的に生じる、削除された請求項を引用する他の請求項の引用番号の変更、従属形式から独立形式への変更は、1号を目的とする補正として扱う。
(4)請求項の限定的減縮(特17条の2第4項2号、5項)
① 特許請求の範囲の減縮であること
()特許請求の範囲の減縮に該当しない具体例
・直列的に記載された発明特定事項の一部の削除
・択一的記載の要素の付加
・請求項数を増加する補正(下記の例外を除く)
()特許請求の範囲の減縮に該当する具体例
・択一的記載の要素の削除
・発明特定事項の直列的付加(限定にはならない点に注意)
・上位概念から下位概念への変更
・多数項引用形式請求項の引用請求項を減少するもの(特許請求の範囲の記載「A機構を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のエアコン装置」を「A機構を有する請求項1又は請求項2に記載のエアコン装置」とする補正)
・n項引用形式請求項をn-1以下の請求項に変更するもの(特許請求の範囲の記載「A機構を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のエアコン装置」を「A機構を有する請求項1記載のエアコン装置」と「A機構を有する請求項2記載のエアコン装置」の二つの請求項に変更する補正)
② 発明を特定するための事項の限定であること
()補正前の請求項における「発明を特定するための事項」の一つ以上を、概念的により下位の「発明を特定するための事項」とする補正
()マーカッシュクレーム等、発明を特定するための事項が選択肢として表現されている請求項においては、その選択肢の一部を削除する補正
③ 補正前と補正後の発明の解決課題と産業上の利用分野が同一であること
()補正前後の発明の課題が一致する場合のほか、補正後発明の課題が補正前発明の課題と技術的に密接に関連している場合にも、発明の課題は同一であるとする。
なお、特36条4項の委任省令の運用では、従来の技術とまったく異なる新規な発想に基づき開発された発明又は試行錯誤の結果の発見に基づく発明等のように、もともと解決すべき課題が想定されていないと認められる場合には、課題の記載は求めない。
()補正前後の発明の産業上の利用分野が同一であるとは、補正前後の発明の技術分野が一致する場合及び補正前発明の技術分野と補正後の発明の技術分野とが技術的に密接に関連する場合をいう。
④ 独立して特許可能
()特17条の2第4項第2号に該当する補正と認められても、補正後の請求項に記載されている事項により特定される発明が特許可能なものでなければならない。この要件が課されるのは限定的減縮に相当する補正がなされた請求項のみであり、これに相当しない「誤記の訂正」又は「明りょうでない記載の釈明」のみの補正がなされた請求項及び補正されていない請求項については、独立特許要件を満たしていないことを理由として補正を却下してはならない。
()適用される条文は、特29条、特29条の2、特32条、特36条4項又は6項(4号は除く)、 及び特39条1項から4項までとする。
(5)明りょうでない記載の釈明(特17条の2第4項4号)
①「明りょうでない記載」とは、文理上は、それ自体意味の明らかでない記載など、記載上の不備を生じている記載である。
()「明りょうでない記載」とは、請求項の記載そのものが、文理上、意味が不明りょうであること、請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じていること、又は、請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうであること等をいう。
()「釈明」とは、それらの不明りょうさを正して、「その記載本来の意味内容」を明らかにすることである。
② 拒絶理由通知で指摘していなかった事項についての補正によって、すでに審査、審理した部分が補正され、新たな拒絶理由が生じることを防止するため、「明りょうでない記載の釈明」は、拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限られている。
(6)誤記の訂正(特17条の2第4項3号)
「誤記の訂正」とは、「本来その意であることが明細書又は図面の記載などから明らかな字句・語句の誤りを、その意味内容の字句・語句に正す」ことである。
4.分割出願
請求項が複数あって、拒絶理由の対象となっていない請求項がある場合には、拒絶理由の対象となっている請求項に係る発明を分割して、争うこともできる。この場合は、もとの出願に係る発明については、拒絶理由の対象となっていないため、ただちに特許査定を受けることができる。
分割出願については、あらためて出願審査の請求(特48条の3)をして、実体審査を受けることが必要となる。
5.変更出願
特許出願により権利取得が困難であって、図面に意匠が記載されているような場合には、意匠登録出願に変更することもできる(意13条1項)。
なお、拒絶理由が進歩性がないとするものであっても、実用新案登録出願へ変更すること(実10条1項)は適切とはいえないと解される。なぜなら、基礎的要件を満たせば、実用新案権の設定の登録を受けることはできるが、その後、実用新案登録無効審判(実37条1項)において進歩性がないとして無効にされる可能性が高いからである。すなわち、考案の進歩性と発明の進歩性の判断には、実質的な差異はないと考えられる。
1.拒絶理由の検討
弁理士は、審査官の拒絶理由の認定が妥当であるかどうかについて検討すべきである。
(1)拒絶理由の根拠なった引用例の検討
① 引用適格があるかどうか(日付等)
② 引用例との関係において拒絶理由となるかどうか(技術内容面)
(2)拒絶理由に該当すると判断した場合
① 拒絶理由の解消策の検討
② 補正、分割等の要否
2.意見書の提出
(1)審査官に反論する場合
① 審査官の認定に誤りがある旨を主張する。
② 拒絶理由が進歩性がないとするものであれば、進歩性があるという主張をする。
()進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行う。
()具体的には、請求項に係る発明及び引用発明(一又は複数)を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、請求項に係る発明と引用発明を対比して、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を特定するための事項との一致点・相違点を明らかにした上で、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。例えば、請求項に係る発明が、引用発明からの最適材料の選択あるいは設計変更や単なる寄せ集めに該当するかどうか検討したり、あるいは、引用発明の内容に動機づけとなり得るものがあるかどうかを検討する。また、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。
()論理づけの具体例
⒜ 最適材料の選択・設計変更、単なる寄せ集め
(イ)一定の課題を解決するために公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。
(ロ)発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。
⒝ 動機づけとなり得るもの
(イ)技術分野の関連性
発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
(ロ)課題の共通性
課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
(ハ)作用、機能の共通性
請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
(ニ)引用発明の内容中の示唆
引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
⒞ 引用発明と比較した有利な効果
引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。
()意見書等で主張された効果の参酌
明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。
()選択発明における考え方
選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいう。したがって、刊行物に記載された発明とはいえないものは選択発明になり得る。
刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。
()数値限定を伴った発明における考え方
発明を特定するための事項を、数値範囲により数量的に表現した、いわゆる数値限定の発明については、実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であって、通常はここに進歩性はないものと考えられる。しかし、請求項に係る発明が、限定された数値の範囲内で、刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物に記載された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。なお、有利な効果の顕著性は、数値範囲内のすべての部分で満たされる必要がある。
請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき、すなわち、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、有利な効果について、その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求される。しかし、課題が異なり、有利な効果が異質である場合は、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない。
(2)拒絶理由の対象となった請求項を補正した場合
① 意見書において、当該補正が要件を満たしていることを主張する。
② 補正後の請求項に係る発明が拒絶理由に該当しないことを主張する。
(3)分割又は変更の新出願をした場合
その事実を審査官に知らせる目的で形式的な意見書を提出することもできる。
3.補正書の提出
拒絶理由の対象となっている請求項を補正することにより、拒絶理由を解消することもできる。
補正をする際には、以下の事項に留意しなければならない。すなわち、最初の拒絶理由通知である場合には、新規事項の追加に該当しないことが必要とされ(特17条の2第3項等)、最後の拒絶理由通知である場合には、特許法17条の2第3項から5項までに規定する要件を満たすことが必要とされる。
なお、誤訳訂正書により補正をする場合には、特許法17条の2第3項は適用されず、特許法49条6号が適用される。
(1)新規事項(特17条の2第3項)
① 願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項そのもののほか、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項も願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項として取り扱う。
② 当業者にとって、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項のいずれか一つのものが単独で、あるいは複数のものが総合して、補正後の明細書又は図面に記載した事項を意味していることが明らかであり、かつ、それ以外の事項を意味していないことが明らかである場合には、補正後の明細書又は図面に記載した事項は「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項」であるといえる。
③ 周知慣用技術についても、出願当初の明細書又は図面に記載した事項が当該周知慣用技術を意味することが明らかで、かつそれ以外のことを意味しないことが明らかでない限り、その周知慣用技術は当業者が直接的かつ一義的に導き出せない事項であるから、周知慣用技術であったとしても、それ自体を明細書又は図面に追加することはできないことに留意しなければならない。
④ 優先権証明書は、明細書及び図面に含まれないので、新規事項が追加されているか否かの判断の基礎とすることはできない。
⑤ 新規事項となる例
当初明細書には「弾性体」という記載があるのみで、その具体例がまったく記載されていない場合において、「弾性体」との記載を「ゴム」と補正することは、たとえ「ゴム」が弾性体として周知であっても、弾性体には「ゴム」以外に「バネ」等も含まれるため、当初明細書又は図面の記載に基づき「弾性体」との記載が「ゴム」でしかありえないことが明らかでない限り、「ゴム」は「弾性体」という記載から直接的かつ一義的に導かれるものではないこととなり、補正は許されない。
⑥ 新規事項とならない例
()発明の詳細な説明中に、「弾性体」の例として「バネ」が記載されている場合には、「バネ」は当初明細書又は図面に記載した事項の一つであるから、特許請求の範囲の「弾性体」との記載に替えて「バネ」との記載にする補正は許される。
()当業者に誤記の存在が分かるだけでなく、その誤記が何を表現しようとしたものであるかが、当初明細書又は図面の記載から明らかである場合には、誤記を訂正する補正は「直接的かつ一義的」に導き出せる事項として許される。
(2)特許請求の範囲の補正
① 補正により減縮された特許請求の範囲に記載された発明が、出願当初の明細書に記載された上位概念(下位概念)の下位概念(上位概念)であるからという理由だけで、その発明が出願当初の明細書に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せるものであるということはできない。
② マーカッシュ形式などの択一形式で記載された請求項において、補正により一部の選択肢を削除した場合には、補正後の請求項に記載された事項が、出願当初の明細書又は図面に記載した事項であるかあるいは出願当初の明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である場合は当該補正は許されるが、そうでなければ、当該補正は許されない。
③ 数値限定を追加する補正は、その数値限定が出願当初の明細書又は図面に記載した事項である場合、又は出願当初の明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である場合を除き、当該補正は許されない。
④ いわゆる「除くクレーム」とする補正は、新規事項の追加には該当しないものとして取り扱う。「除くクレ-ム」とは、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特29条1項3号、特29条の2又は特39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書・図面に記載された事項(当該記載された事項から直接的かつ一義的に導き出せる事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。
(3)請求項の削除(特17条の2第4項1号)
請求項を削除する補正のみならず、請求項を削除する補正に伴い、他の請求項を形式的に補正することも、請求項の削除を目的とする補正として扱う。例えば、請求項の削除に伴って必然的に生じる、削除された請求項を引用する他の請求項の引用番号の変更、従属形式から独立形式への変更は、1号を目的とする補正として扱う。
(4)請求項の限定的減縮(特17条の2第4項2号、5項)
① 特許請求の範囲の減縮であること
()特許請求の範囲の減縮に該当しない具体例
・直列的に記載された発明特定事項の一部の削除
・択一的記載の要素の付加
・請求項数を増加する補正(下記の例外を除く)
()特許請求の範囲の減縮に該当する具体例
・択一的記載の要素の削除
・発明特定事項の直列的付加(限定にはならない点に注意)
・上位概念から下位概念への変更
・多数項引用形式請求項の引用請求項を減少するもの(特許請求の範囲の記載「A機構を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のエアコン装置」を「A機構を有する請求項1又は請求項2に記載のエアコン装置」とする補正)
・n項引用形式請求項をn-1以下の請求項に変更するもの(特許請求の範囲の記載「A機構を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のエアコン装置」を「A機構を有する請求項1記載のエアコン装置」と「A機構を有する請求項2記載のエアコン装置」の二つの請求項に変更する補正)
② 発明を特定するための事項の限定であること
()補正前の請求項における「発明を特定するための事項」の一つ以上を、概念的により下位の「発明を特定するための事項」とする補正
()マーカッシュクレーム等、発明を特定するための事項が選択肢として表現されている請求項においては、その選択肢の一部を削除する補正
③ 補正前と補正後の発明の解決課題と産業上の利用分野が同一であること
()補正前後の発明の課題が一致する場合のほか、補正後発明の課題が補正前発明の課題と技術的に密接に関連している場合にも、発明の課題は同一であるとする。
なお、特36条4項の委任省令の運用では、従来の技術とまったく異なる新規な発想に基づき開発された発明又は試行錯誤の結果の発見に基づく発明等のように、もともと解決すべき課題が想定されていないと認められる場合には、課題の記載は求めない。
()補正前後の発明の産業上の利用分野が同一であるとは、補正前後の発明の技術分野が一致する場合及び補正前発明の技術分野と補正後の発明の技術分野とが技術的に密接に関連する場合をいう。
④ 独立して特許可能
()特17条の2第4項第2号に該当する補正と認められても、補正後の請求項に記載されている事項により特定される発明が特許可能なものでなければならない。この要件が課されるのは限定的減縮に相当する補正がなされた請求項のみであり、これに相当しない「誤記の訂正」又は「明りょうでない記載の釈明」のみの補正がなされた請求項及び補正されていない請求項については、独立特許要件を満たしていないことを理由として補正を却下してはならない。
()適用される条文は、特29条、特29条の2、特32条、特36条4項又は6項(4号は除く)、 及び特39条1項から4項までとする。
(5)明りょうでない記載の釈明(特17条の2第4項4号)
①「明りょうでない記載」とは、文理上は、それ自体意味の明らかでない記載など、記載上の不備を生じている記載である。
()「明りょうでない記載」とは、請求項の記載そのものが、文理上、意味が不明りょうであること、請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じていること、又は、請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうであること等をいう。
()「釈明」とは、それらの不明りょうさを正して、「その記載本来の意味内容」を明らかにすることである。
② 拒絶理由通知で指摘していなかった事項についての補正によって、すでに審査、審理した部分が補正され、新たな拒絶理由が生じることを防止するため、「明りょうでない記載の釈明」は、拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限られている。
(6)誤記の訂正(特17条の2第4項3号)
「誤記の訂正」とは、「本来その意であることが明細書又は図面の記載などから明らかな字句・語句の誤りを、その意味内容の字句・語句に正す」ことである。
4.分割出願
請求項が複数あって、拒絶理由の対象となっていない請求項がある場合には、拒絶理由の対象となっている請求項に係る発明を分割して、争うこともできる。この場合は、もとの出願に係る発明については、拒絶理由の対象となっていないため、ただちに特許査定を受けることができる。
分割出願については、あらためて出願審査の請求(特48条の3)をして、実体審査を受けることが必要となる。
5.変更出願
特許出願により権利取得が困難であって、図面に意匠が記載されているような場合には、意匠登録出願に変更することもできる(意13条1項)。
なお、拒絶理由が進歩性がないとするものであっても、実用新案登録出願へ変更すること(実10条1項)は適切とはいえないと解される。なぜなら、基礎的要件を満たせば、実用新案権の設定の登録を受けることはできるが、その後、実用新案登録無効審判(実37条1項)において進歩性がないとして無効にされる可能性が高いからである。すなわち、考案の進歩性と発明の進歩性の判断には、実質的な差異はないと考えられる。