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冒認出願と特許権移転登録請求  (18.5.30)

2006-05-30 08:16:52 | Weblog
東京地裁判決平成14年7月17日(平成13年(ワ)13678)

1.判決のポイント
 特許法は、冒認出願をして特許権の設定登録を受けた場合に、当然には、発明者等から冒認出願者に対する特許権の移転登録手続を求める権利を認めているわけではないと解するのが相当である。そうすると、原告が本件特許発明の真の発明者であり、被告が冒認者であるとしても、そのことから直ちに、原告の被告に対する本件特許権の移転登録手続請求を認めることはできない。

2.事案の概要
 本件は、原告が、本件特許権の特許権者として設定登録されている被告に対し、本件特許発明の発明者は原告であり、被告は冒認出願をして本件特許権を得たものであるとして、本件特許権の移転登録手続を求めた事案である。

3.裁判所の判断
 被告は、いわゆる冒認出願により本件特許権の設定登録を受けたことになる。そこで、冒認出願に対する発明者等の保護に関する特許法の諸規定及び特許権の設定登録の効果について検討する。
 特許法は、発明者が特許を受ける権利を有するものとし(特29条1項柱書)、冒認出願に対しては拒絶査定をすべきものとしている(特49条7号)。また、冒認出願は先願とはされず(特29条の2かっこ書、特39条6項)、新規性喪失の例外規定(特30条2項)を設けて、冒認出願がされても発明者等が特許出願をして特許権者となり得る余地を残し、発明者等の特許を受ける地位を一定の範囲で保護している。冒認出願者に対して特許権の設定登録がされた場合、その冒認出願は無効とされている(特123 条1項6号)が、特許法上、発明者等が冒認者に対して特許権の返還請求権を有する旨の規定は置かれていない。さらに、特許権は、特許出願人(登録後は登録名義人となる。)を権利者として発生するものであり(特66条1項)、たとえ、発明者等であったとしても、自己の名義で特許権の設定登録がされなければ、特許権を取得することはない。
 このような特許法の構造に鑑みると、特許法は、冒認出願をして特許権の設定登録を受けた場合に、当然には、発明者等から冒認出願者に対する特許権の移転登録手続を求める権利を認めているわけではないと解するのが相当である。そうすると、原告が本件特許発明の真の発明者であり、被告が冒認者であるとしても、そのことから直ちに、原告の被告に対する本件特許権の移転登録手続請求を認めることはできない。
 この点について、原告は、本件が平成13年最高裁判決と同様の事案であるから、同判決の法理に基づき原告の請求は認められるべきであると主張する。しかし、本件は、以下のとおり、移転登録請求を認めた平成13年最高裁判決とは事案が異なり、原告に本件特許権の移転登録手続請求権を認めるのは相当でない。
 第1に、平成13年最高裁判決事案では、上告人は、自ら他の共有者と共同で特許出願をしていたのに対して、本件事案では、原告は、自ら特許出願をすることはなく、被告のみが、当初出願及び国内優先権出願をした点において相違する。
 最高裁判決は、「本件特許権は、上告人がした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって、上告人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し、それが変形したものであると評価することができる。」と判示し、真の権利者が特許出願をしたことを前提として特許を受ける権利と特許権との間に連続性があると評価すべきであるとしている。すなわち、特許法は、特許権が特許出願に対する特許査定(又は審決)を経て設定登録されることにより発生するものと定めており、このような特許法の特許権の付与手続の構造に照らすと、最高裁判決の事案において、自ら特許出願をした真の権利者である上告人に対して特許権の持分の移転登録手続請求を認めて権利者の救済を図ったしても、真の権利者が既に行った特許出願に対して特許がされたとみる余地があるから、特許法の登録制度の構造における整合を欠くことにはならいない。
 これに対し、原告に本件特許権の移転登録手続請求を認めることは、自ら特許出願手続を行っていない者に対して特許権を付与することを認めることとなり、特許法の制度の枠を越えて救済を図ることになって、上記の登録制度の構造に照らして許されないというべきである。
 第2に、最高裁判決は、上告人が特許出願をした後に、被上告人が、上告人から権利の持分の譲渡を受けた旨の偽造した証書を添付して、出願人を上告人から被上告人に変更する旨の出願人変更届を特許庁長官に提出したという事案に関するものであり、同事件においては、発明が新規性、進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず、専ら権利の帰属が争点とされていた。このような事案においては、特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項ということができる。
 これに対して、本件は、私人間の権利変動ではなく、真の発明者が誰かという正に特許庁の専門分野に属する事項が争点とされている事案であって、最高裁判決とその争点の性質が大きく異なる。
 第3に、最高裁判決は、「上告人は、本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの、特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても、本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され、本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって、それが不当であることは明らかである」と判示し、移転登録手続請求を認める以外には、上告人に生じた不都合を是正する他の救済方法が存在しなかったことを理由の一つに挙げている。
 これに対して、上記のとおり、原告は、本件特許発明について冒認出願がされたことを知った後、遅くとも平成11年4月までの間に自ら本件特許発明について特許出願をしていれば、被告のした当初出願又は国内優先権出願を排除することができ、本件特許発明について、自ら特許権を取得することができたものといえる。そうすると、原告には自ら本件特許発明について特許権を取得する機会があったといえる。したがって、本件においては、真の権利者であるにもかかわらず、特許権を取得する方法がないという不合理な結果が生じたということはできないから、例外的に特許権の移転登録請求を認めて真の権利者の救済を図る必要性は、極めて低いというべきである。
 上記に述べたところを総合すれば、本件は平成13年最高裁判決とは事案を異にするということができるから、原告の上記主張は採用できない。