■「月に囚われた男/Moon」(2009年・イギリス)
監督=ダンカン・ジョーンズ
主演=サム・ロックウェル ケビン・スペイシー
●2009年英国アカデミー賞 新人賞
※ネタバレ注意
渋いねー。世間はド派手なSFX満載のSFに毒されている中、こういう特殊効果極力控えめのSF映画を製作することは、ある種のチャレンジ。しかし特撮なんぞ多様せずともSF映画は成立しうる。映画史上、数々の映画(特にイギリス映画)がそれを成し遂げてきた。例えばフォランソワ・トリュフォー監督の「華氏451」、クリス・マルケル監督の「ラ・ジュテ」(しかも静止画の映画という野心作)、アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」、最近なら子供が生まれなくなった未来社会を描いた「トゥモロー・ワールド」、そしてダンカン・ジョーンズ監督の父デビッド・ボウイが主演した「地球に落ちてきた男」。またイギリス製SF映画は社会を皮肉った作品が多いのも特徴だ。「月に囚われた男」を観てよぎるのは、過去のそうしたSF映画たちの影。ジョーンズ監督は自分が影響を受けてきた多くの映画を念頭に撮ったとインタビューで答えている。
月で鉱物を採掘する会社ルナ鉱業に勤める主人公サム。月で働くのは彼一人。相棒はコンピュータのガーティのみだ。ある日彼は採掘現場に向かう車で事故を起こしてしまう。目覚めると基地には彼以外の人間がいた。しかもそれは自分自身・・・。サムはこの事態に困惑するが、次第に真実が明らかになっていく。彼が最後にとった行動は・・・。
ダンカン・ジョーンズ監督はSF映画の形をとりながら人間ドラマを描く映画がお好きだそうだ。「月に囚われた男」もまさにそう。目覚めた彼が出合うのは彼自身。しかも彼ももう一人の彼もクローンだった。採掘のためにオリジナルのサムからつくり出されたクローン人間。ハードなSF映画的シチュエーションであるが、ここで描かれるのは非人間的な行為で事業を展開する人・企業のエゴだったり、自己存在への掘り下げというテーマ。前述の作品たちだけでなく、人造人間の復讐を描いた「ブレードランナー」や「サイレント・ランニング」、「2001年宇宙の旅」の影も見えてくる。映画を見続けている人ほどいろんな気づきがある映画。こんなに暗くて淡々としている映画なのに画面の前でワクワクしてしまう。
ケビン・スペイシーが声の出演をしたコンピュータ、ガーティの存在が実にいい。「2001年宇宙の旅」のHALのように敵になるかとハラハラしてしまったが、意外にも人間くさい。企業側に立つのではなく、反乱を起こそうとするサムを守ろうとする。それもプログラムとも言えるだろう。だが、映画の最後にサムが言う「俺達はプログラムじゃない。」という台詞は相棒としてガーティを認めるいい場面だ。映画愛が込められた観ておくべき秀作。映画館という閉鎖的な空間でみたらさぞかし集中できて面白かったろうなぁ。