Eur-Asia

西洋と東洋の融合をテーマとした美術展「ユーラシア(Eur-Asia)」の開催を夢見る、キュレーター渡辺真也によるブログ。

キュレーターとして意見をいうこと

2006-10-05 09:58:00 | Weblog
最近、キュレーターという肩書きを、とりあえずでも名乗っている身として、アーティストや美術作品、または展示そのものに対して批評をすること、批判的であることが困難に感じることが増えてきた気がする。

ある程度の読書量がある人の間では、文章として成立している批判を受け止めることに関して十分理解があるのだが、必ずしもそういうキュレーターやアーティストが多いとも限らない。また芸術は、最終的には表現の問題になってくるので、必ずしも文章として成立する批判そのものが優れているとも言えない。難しい所だ。

ものごとに批判的であることは、ものごとの質を高めていく上で大変重要だと思う。しかし、同時にキュレーターはアーティストや他の人や機関との接着剤のようなものなので、リスクを負ってまでアーティスト、またはそれに関連する人や機関に対して批判的であり続けることは、極めて難しい。特に友人のアーティストの作品に対して真面目に批評をし続けることは、友人関係をこわしかねないので、怖くもある。しかし、本当の友人は、それができる人だと信じて、リスクを負ってでも批判し続けていくしかないと思う。

また、NYにて親しくしている友人が、労働ビザが降りず、今後の将来の見通しが立たなくなってしまったことを聞いて、大ショック。私もアメリカでビザを取得するまで大分苦労したが、ビザの問題は本当にナンセンスだと思う。あれだけ仕事のできる人に労働ビザを下ろさないというアメリカの方針は、結果としてこの国の労働の質を下げることになるだろう。それにしても、とにかくショックだ。

太陽がいっぱい

2006-10-03 09:27:24 | Weblog
土曜日は、コロンビア大の一馬さんに紹介してもらった、琉球舞踊のパフォーマンスを見てくる。マシュー・バーニーの映画にも出ていた伊藤さちよさんのカンパニーによる舞踊だったのだが、これが抜群によかった。

やはり沖縄の紅型の美しさには惹かれる。あれだけ美しい伝統工芸は、世界的に見てもそうないと思う。とにかく、あの色使いが奇跡的に美しいのだ。この紅型を生み出したのは、沖縄の地理と歴史の蓄積以外の何者でもない。一般市民が、皇族の人たちのみが着ることを許された、黄色い紅型を着たダンサーがNYにて踊るのを見ているのが歴史の皮肉でもあるのだが、とにかく、美しいものには打たれる。本当に綺麗だった。

バルセロナの町並みに溢れる色鮮やかなものたち、それにも大変惹かれたが、やはり色彩と太陽光は密接な関係があると言えよう。

昨日、友人宅のパーティにて、インド系オーストラリア人の人たちと話が盛り上がったのだが、北半球と南半球では太陽の色が違う、という話でもりあがった。

昔、アルゼンチン人の友人が「アルゼンチンの太陽が一番だ!」ということを随分と気持ち良さそうに話していて、私もなんだか嬉しかったのを思い出す。その時は、アルゼンチンという言わば先進国でない国の人間が自国について言っていることだから、こういった発言に好感が持てるのか、と考えたのだが、もしかしたら太陽光と地理的なものは本当に密接な関係があるのではないだろうか。6月末のスペインに行った際に、日本ではありえない、あまりの日差しの強さにビックリしたが、アルゼンチンにはアルゼンチンの太陽があるのかもしれない。