正林寺御住職指導(H23.5月 第88号)
日蓮大聖人は慢心について『撰時抄』に、
「慢煩悩は七慢・九慢・八慢あり」(御書869)
と仰せです。
仏教では「七慢」「八慢」「九慢」と慢心について説かれています。「七慢」とは七つの慢心をいい、慢心とは、他をあなどる心、自ら驕り高ぶる心をいいます。「七慢」とは、慢・過慢・慢過慢・我慢・増上慢・卑慢・邪慢をいい、『倶舎論』や『品類足論』などに説かれています。
一番目の「慢」は、自分より劣った者に対して「自分は優れている」と自負し、同等の者に対しては「同等である」と心を高ぶらせることをいいます。
二番目の「過慢」は、自分と同等である者に対して「自分の方が優れている」と思い高ぶり、自分より優れている者には「同等である」と侮ることをいいます。
三番目の「慢過慢」は、自分より優れている者に対し「自分の方が優れている」と自惚れて、他を見下すことをいいます。
四番目の「我慢」は、今では「耐え忍ぶ」というような意味で使われていますが、仏法本来の意味は、自我に執着し、我尊しと自惚れ、それを恃むことです。
五番目の「増上慢」は、未だ悟りを得ていないのに、「自分は悟った」と思うことをいいます。
六番目の「卑慢」は、自分よりはるかに優れている者に対して、「自分は少ししか劣っていない」と思うことです。
七番目の「邪慢」は、自分に徳がないのにも関わらず、あると思い「自分は偉い」と誇ることをいいます。
慢心を起こさないように、常に題目を唱えつつ、自分の信心生活を謙虚に反省していくことが成仏には大切でしょう。