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日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

四、総本山や末寺に参詣できないなど、信仰のあり方が変わった創価学会に疑問を感ずる

2004-05-12 | 折伏教本

 日蓮大聖人の仏法を信仰する者が、大御本尊を恋慕することは当然であり、その本門戒壇の大御本尊がおわします富士大石寺を渇仰することはきわめて自然のことです。

 また総本山の流れを受けた日蓮正宗の末寺は、三宝が整足された信心の道場ですから、そこに参詣し、正しい法義を聴聞して信心を磨くことは、日蓮大聖人の仏法を信仰する者の本来の信心姿勢です。
 しかし創価学会は、平成二年の暮れ以降、日蓮正宗の教えに背く数々の謗法を犯すようになりました。そのため、宗門は創価学会に対してたびたび注意・勧告し、善導を試みましたが、いっこうに聞き入れることがなかったため、平成三年十一月二十八日に組織としての創価学会を破門に付しました。
 しかし、いまだ個々の創価学会員は日蓮正宗信徒ですから、末寺への参詣や末寺をとおしての添書登山は可能だったのです。その後も創価学会はさまざまな大謗法の行為を繰り返したため、日蓮正宗は宗規を改正して平成九年十二月以降、他の宗教団体に所属する人は日蓮正宗の信徒と認めないことにしたのです。このため、それ以後、創価学会が、総本山や末寺に参詣することができなくなりました。
 また創価学会は、破門以降、『ニセ本尊』の作製、観念文の改変、友人葬の執行など信仰のあり方を次々と変えました。さらに、学会発行の書籍の中で都合の悪い文言を削り、法人の規則を変更するなど、宗教団体としての従来の方針も大幅に転換しています。
 このような、従来のあり方をそのときの都合によって変更する創価学会が、正しい宗教団体であるはずはありません。総本山や末寺に参詣できなくなったことに疑問を感ずるあなたは、正しい信仰のあり方を忘れていないのでしょう。それならば創価学会の宣伝にだまされることなく、日蓮正宗に帰依し、日蓮大聖人の正しい信仰に戻るべきです。

【資料】
◇「なんといっても、御本山に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心にはなれない。こんなありがたい御本尊様を、わずかな御開扉供養で拝むことのできるのは、当本山であればこそであり、まことにもったいないことである。今後も、できるだけ多くの会員を登山させるよう、計画を立てたいと思っている」

(戸田城聖全集三―四〇九㌻)

◇「御本山へ尽くすことはあたりまえのことなんだからね。それが自慢のようになっては、もう、信者としては資格がない」(戸田城聖全集四―二三七㌻)

 

第四章 五、創価学会の首脳は、創価学会の信仰が本当に正しいと思っているのか

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