とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

ある人物

2012-07-01 23:46:50 | 日記
ある人物



フェルメール作  「ターバンの娘」 (1665年制作 マウリッツハイス美術館 ハーグ オランダ)

 この絵は今日本で公開されている名画である。「真珠の耳限りの少女」と一般には呼ばれている。真珠に注目するかターバンに注目するか。それがこの絵の鑑賞の分かれ目ではないかと思っている。全体的なモチーフとしてはターバンの方にウエイトが置かれている。「バロック時代はカラバジョ、レンブラントなどに見られるように、光と闇の対比によって、劇的な効果を出す絵画が主流であった。(中略)ターバンは、オスマン帝国に戦いを挑む際に、敵が身につけていたものであるが、当時は遠い異国をかもし出す、エキゾチックなものであった。」(ヴァーチャル絵画館の解説より)この解説を読んで私は納得している。それにしても愛らしく初々しい顔立ちである。


 冴子さんから突然電話がありました。何か深刻そうな声だったので、話中の女性が気になりだしました。


 店に入ってきたときは、私は、綺麗な顔立ちの五十前くらいの女性だとしか考えていませんでした。

 ええ、で、その方のどんな・・・。

 突然、小室新之助をご存じですか、と話しかけられたんです。

 小室さんですか・・・。

 そうです。・・・その方の名前は父から、いや、祖父からかも知れませんが、以前聞いていました。

 どんな方ですか。

 確か破門されたかつての祖父のお弟子さんだったと思います。

 破門された・・・?

 そうです。

 何かあったんですか。

 一回だけ祖父の落款を無断で使ったんです。

 自分の絵に捺したのですか。

 ええ、そうです。祖父はひどく怒って・・・。

 そりゃ、そうです。分かります。でも、洋画家でも赤落を使うんですか。

 ええ、色紙に描いたりしますから。

 ああ、そうですね。で、その方と小室さんとはどういう関係ですか。

 娘さんでした。美術雑誌の編集をしているそうです。

 で、どういう目的で・・・。

 それがはっきりしないんです。

 と言いますと・・・。

 祖父の作品の前に立って、じっと見つめていました。

 それで・・・。

 いや、何も言わないんです。ですから、どういうご用件ですか、と聞いたんです。

 で、・・・。

 立派な作品ですね、とか言って、次は京子さんの作品を見てました。

 取材とか、そういう・・・。

 私もそんなことを聞きました。でも、黙っているだけでした。・・・しまいにはいらいらして・・・。

 ええ、ええ、そりゃそうですね。

 ・・・しまいには、お帰りください、と言いました。

 で・・・。

 私を横目でちらっと見てから、黙って出ていきました。

 そうですか。その方何しにきたんですかね。

 分かりません。・・・その小室さんはその後陶芸で相当な腕を身につけられたと聞いています。

 それはよかった。・・・でも、不思議ですね。

 ええ、私、怖くなりました。

 冴子さんの声がうわずっていることがよく分かりました。

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