とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

二羽のハクチョウ

2010-09-02 10:02:13 | 日記
二羽のハクチョウ



 どこへ行ったのか、あの新建川に居ついたハクチョウは……。姿が見えなくなってから私は落ち着かなかった。
三日に妻と宍道湖の河口付近の北土手を歩いて探した。数キロ歩いたが、それらしき鳥はいなかった。
 五日に一人で車で出かけた。やはり北の土手道を下っていくと、南岸の葦の繁みに見え隠れしている二羽を見つけた。傍では誰かが釣りをしている。私は急いで車を向こう岸に回した。途中茅が茂っている未舗装の狭い道を通った。ザーッと何度も車体が枯れた長い茅の株に接触した。行き止まり! 慌てて引き返し、また別の道から土手道に上がった。
 カメラを持って車から出て、土手を降りていった。葦の浮島の上に乗っかると、ちょうど一羽のハクチョウが顔を出した。今だ! シャッターを切ろうとしたが、スッと姿を消した。しまった! そう思った途端ズルズルと体が沈み始めた。
 やっとのことで土手道に這い上がると、二羽のハクチョウは川の真中へ出ていた。私は、憑かれたようにシャッターを切った。ホッとして車に帰り、車のボディーをよく見ると、全体に掻き傷のような白い線が何本もできていた。新車なのに……。ひどいものだ。私は向こう見ずなおのれを猛省した。
 そうまでしてどうして写真を撮らねばならなかったのか? 衝動的とも思える私の行動の原因を考えてみた。
新建川河口。そこは、一昨年他界した弟が好んだ場所だった。早朝に来て、宍道湖の朝日を撮り続けていた。「仕事を早く辞めて、シジミ捕りや魚釣りがしたい」。河口からシジミ捕りの舟が出るのを見ながら、弟はそう思っていた。
 ……そこに居ついた二羽のハクチョウ。私は、無意識のうちに、普通のハクチョウとは違う、と心の底で思っていたかも知れない。(2005年投稿)


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