橡の木の下で

俳句と共に

「マスク」令和2年『橡』4月号より

2020-03-27 12:52:06 | 俳句とエッセイ

 マスク        亜紀子

 

 年末に帰省した娘が派遣のアルバイト登録をして一ヶ月の間に何度か仕事に通った。早朝家を出て、市営地下鉄と私鉄を利用し職場の最寄り駅で他のアルバイト人員と集合。そこからは皆一緒にバスに乗せられ作業場へ。大きな配送会社で朝から夕方まで伝票に従い段ボール箱に商品をひたすら詰めるという業務。二月のバレンタインデー用の雑貨がほとんどだと言う。うまく箱に収めるにはそれなりの工夫が要るそうで、八時間から九時間、思ったほどには退屈しなかったそうだ。

 時節柄、風邪やインフルエンザが心配だからとマスクをかけて出かけた。一日目を終えて帰宅した娘のマスクを捨てる時に目を疑った。マスクの外側は真っ白なのに、内側に真っ黒の汚れが三カ所。一瞬考えて、即納得。鼻の穴の形のが二つ、口のサイズのがその下に。マスク越しに吸い込んだ塵を内側に吸着したらしい。作業は広い倉庫の中で行い、周囲はひっきりなしに大型トラックが往き来しているそうなのでおおかたディーゼルの排ガスではないかと思う。長居しちゃいけないよと。翌日からは午前、午後用にと二枚以上のマスクを携行して出て行った。午前、午後ともにマスクの内側は真っ黒の模様付き。分かったのは、そこが鉄鋼メーカーの町で、黒い塵は排ガスではなく製鉄所から出るものらしいということ。同じバイトのベテランの言では半年続けていたら目がアレルギーになったそう。

 マスクは風邪の予防にはならないよとは聞かされていたが、コークスだか、鉱滓だかの粉塵がいとも簡単に透過するのだから細菌やウイルスは言わずもがな。またそれ以来信号待ちの交差点に立っていると、目にはさやかに見えねども、往来の車の排ガスも辺りに充満しているように感じられ、息をするのが憚られるような気持ちになった。

 そうこうしている間に休暇を終えた娘は家を去り、あとには新型コロナウイルス感染の大騒ぎが始まっていた。中国湖北省の武漢で十二月初旬に最初の報告がなされて以来、中国もWHOもまごまごしている間に蔓延。当局が事の重大性に気付き市民の移動を制限した時既に遅く、春節の人民大移動の第一波五百万人は武漢を離れてしまった後だった。世界中に飛び火するのは必至。当初、中国、WHO共に株式市場を眺めながら情報を小出しにしてたんじゃなかろうかと勘ぐりたくなる。

 いったい、この感染は収束するのかどうか、令和二年三月あたま、この文章を書いている時点では先が見えない。季節の流れで収まっていくだろうか。このところ従来のインフルエンザすら季を忘れて流行するのだから分らない。というより、温暖化で季節の方が狂っているのかもしれないが。専門家の推奨する予防法は人混みを避け、手洗いをしっかり行い、十分な睡眠、食事を取って普段から養生するというごく当然のこと。マスクの予防効果はどうも不明。罹患して咳が出るなら必要だろうが、そもそもその状態で人の中へ入っては駄目だろう。

 使い捨ての紙マスクはどこを探しても品切れ。ウイルスには効力がないにしても、花粉症としてはちょっと困った。この春は花粉の量が少ないらしいというのは不幸中の幸い。

 

マスクして往診しをり遷子の忌 星眠(青葉木菟)

医師迎ふ子豚の顔や流感期   星眠(営巣期)   

 

 橡集三月号にマスクの別の使い道としてこういうのもあった。

 

マスクしてカルロス・ゴーン逃亡す 片岡嘉幸

 

ゴーンさんも新型ウイルスの前では遠くなった感があるが、山河集には

 

外つ国へ逃げるが勝ちか除夜の鐘  原田清正

 

これは何ごとかと思いきや、ゴーンと除夜の鐘。笑いは免疫力を高めるというから、朗らかに行こう。

 

 

 


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選後鑑賞令和2年「橡」月4号より

2020-03-27 12:49:11 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞    亜紀子

 

調律の指一本や春浅し   水本艶子

 

 コンサートピアノなどはその折々に調律するのだろうが、小中学校や家庭のピアノは一定期間内の決まった時期があるのだろうか。それが季節的に浅春の頃が向いているのかどうか私は知らぬが、調律師の指が弾き出す音に、窓下のクロッカスや水仙の花が相和しているような。これから始まる良い季節への期待。

 

鮎雑炊舟子を求む散らし有り 古川桜子

 

 岐阜の名物長良川鵜飼の鮎。その鮎を食べさせる店に鵜舟の水夫の求人ちらしがあったのだろう。長良川鵜飼は江戸期には尾張藩の保護下に、明治維新後は宮内省の管轄となった。現在も宮内庁の御料場での御料鵜飼の鮎は皇居へ献上される。この千三百年の伝統を誇る由緒正しき鮎漁の世界も寄る年波に高齢化、人手不足ということだろうか。長良川の漁師(鵜匠)は世襲だが、舟を操る船頭は掲句にあるように外の人間を頼むようだ。

 ところで、雑炊は冬の季語だが、鮎雑炊というのは鮎の旬の時期、夏のもののようである。きずものの鮎を美味しく食べる工夫で、腹出しして塩焼きし骨を抜いた鮎を、米から炊いた雑炊の炊き上がりに青ねぎと共に加える。さらりとした雑炊と鮎独特の旨味の取り合わせが絶妙。(農文協『聞き書岐阜の食事』参考)

 若い頃の足で稼ぐ吟行は叶わぬ身となった今も、変わらぬ好奇心と観察力、言葉の斡旋力。 

 

歌ひ継ぐ子等の合唱阪神忌  小谷真理子

 

 阪神淡路大震災の発生は一九九五年一月十七日。二十五年前になる。今合唱する子供等は皆震災後の生れ。「しあわせを運べるように」を歌い、震災の記憶と、希望の継承。

 

節分の豆がころころ朝寝坊  後藤久子

 

 節分の翌日、立春の朝、ころころ転がったままの鬼遣らいの豆。この豆を詠む句はあれこれと散見するが、朝寝坊は初めて。鬼も福も共に笑っているような。

 

首垂れ雪乞ひ神事厳かに   朝倉恭子

 

 暖冬で雪国はどこも極端に降雪量が少なかったようだ。気象庁の累積降雪量一覧を見ると多いところで平年比の五〇%から七、八〇%、おおかたは半分以下の値。雪頼みの産業地域は相当に困ったろう。山形もしかり。首を垂れての雪乞いの様に切実さが伝わる。

 

蜘蛛の糸消えては現るる春の風 吉沢美智子

 

 蜘蛛は糸を出して風に乗って移動する習性がある。ことに晩秋の小春日和と、春先の暖かな日和に、集合していた子蜘蛛がこの方法で分散していく。気流に乗る蜘蛛の風船。きらきらと、次々と空中に煌き流れる糸。作者も蜘蛛の子と一緒に春風を捉えた。

 

目も鼻もなくて筒つぽ奴草  寺澤美智子

 

 ヤッコソウは椎(シイ族)の木の根に寄生する寄生植物。四国や九州地方に分布し、北限は徳島県。葉緑素を持たぬ白い体、十一月頃に花が咲く。本物は見たことがない。図鑑の写真で見れば、まさに筒っぽの奴さん。そういえば折り紙の奴さんも目鼻がなかった。是非とも本物を見たいものだ。

奴草村人に冬来たりけり  米谷静二

 

絶え間なく御慶光れりツイッター 仲上順子

 

 ケータイのメールでの年賀状をあけおめメールと言うそうだ。ツイッターでもあけおめメールを投稿できる。深夜零時、暗い部屋の中でツイッターの自分専用のページ「ホーム」にログイン。フォロワーからのあけおめ投稿が時系列で次々と入ってくる。まさに「御慶光れり」の感じ。最新の年賀事情。

 

 


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令和2年「橡」4月号より

2020-03-27 12:45:34 | 星眠 季節の俳句

春暁や鳰の決闘見とどけて  星眠

            (青葉木菟より)

 

 春夜明けの鳰の縄張り争い。声高く、湖面を蹴立てて。星眠先生は決闘の証人を務めたようだ。果たして結果は。     (亜紀子・脚注)


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草稿03/27

2020-03-27 10:16:34 | 一日一句

四十雀来鳴くや春の雨も佳き  亜紀子


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草稿03/26

2020-03-26 10:01:21 | 一日一句

鶺鴒の足濡らす水温みたる

鵯を追ふ鵯の波乗り風光る

初燕今朝街川も慕はしき

虻止まるぴたりと己が影の上

木洩れ日を出で入る小さき鳥の恋

春落葉鵤どこかで声もらす

籠り居や青木が花を咲かせをる

ひさかきの香にくすぐらる花粉症

甲羅ぼし光陰なきと亀鳴けり

二分咲けば二分の花にもカメラマン

前撮りの二人で吹けるしやぼんだま

 

 


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