梅雨明くる 亜紀子
登園の子ら待ち合はす燕の巣
子はふたり椋鳥の食卓騒々し
梅雨晴間干しあり蜘蛛のハンモック
真直なる雨や青野に音もなく
脱ぎすてし夢のなごりの蟬の殻
馬術部や夕日に梅雨のにはたづみ
夕蟬やなほ余念なき騎馬乙女
長梅雨や湿るばかりの選挙戦
蟬藪蚊わつと湧くなり梅雨明くる
咲き初むる金水引の涼しさよ
下町や皆もの干せる台風過
足並はばらばらと梅雨明けにける
片陰やさすがの野良ものびてをり
熊蟬も舌噛むけさの暑さかな
一晩で蟻の引越し完膚無き
梅雨明くる 亜紀子
登園の子ら待ち合はす燕の巣
子はふたり椋鳥の食卓騒々し
梅雨晴間干しあり蜘蛛のハンモック
真直なる雨や青野に音もなく
脱ぎすてし夢のなごりの蟬の殻
馬術部や夕日に梅雨のにはたづみ
夕蟬やなほ余念なき騎馬乙女
長梅雨や湿るばかりの選挙戦
蟬藪蚊わつと湧くなり梅雨明くる
咲き初むる金水引の涼しさよ
下町や皆もの干せる台風過
足並はばらばらと梅雨明けにける
片陰やさすがの野良ものびてをり
熊蟬も舌噛むけさの暑さかな
一晩で蟻の引越し完膚無き
地域猫 亜紀子
梅雨明け間近となる。午前中は日が遮られている狭庭の物置の屋根の上で二匹の猫が眠りを貪っている。四角い金属製の平らな頂は半分ばかり青蔦に覆われて多分涼しいのだろう。いつもの虎と、最近は見かけなかった白黒のぶち。どちらもこの界隈で育って、赤ん坊の時から知っている。
どちらかと言うと猫は得意でない。少し前まで両隣には犬が居たので、野良たちは真ん中の我が庭で狼藉を働いた。糞は見つかれば処理できるが、見つからないといつまでも臭う。おしっこはその時は分らないが、草花を枯らしてくれるので始末が悪い。ワン子たちは寿命で居なくなった。タイムの叢の一所が茶色に枯れているのは二匹のいずれの所業だろうか。他にも仲間の猫がいる。野良といっても半分は飼い猫、地域猫とも言うべき存在で邪険なことはできない。庭に侵入したらなるたけ早く自主退出してもらいたい。或る日庭箒を振り上げて脅そうとした瞬間をちょうど隣りのTさんに見られてしまった。Tさんは動物園の飼育員。全ての生き物に優しい。爾来箒は捨て「猫ちゃん、出て行きなさい」の叱り声のみで追うことにしている。その時は渋々姿を消すが、すぐまた玄関の敷物や、カバーを掛けた自転車の下でごろりと横になっている。
Tさんの家の二軒先のMさんが野良の面倒を見ている。家猫も二匹外へ出さずに飼い、野良たちは去勢を施して付かず離れずの世話をされる。Mさん宅にも最近まで犬がいた。夜、杖をついたMさんが犬の散歩に出ると後ろから猫たちが尻尾を上げて付いて来る。Mさん曰く餌が貰えると思っているんでしょうということだったが、月の下、不思議な光景。
Mさんのワンちゃんも居なくなり、猫たちはMさんの家の前を居場所にしている。通りがかりの小学生に撫でてもらったり、買物途中のお年寄りに見つめられたり結構な人気である。そんなファンの中に餌(おやつ?)をやる人が男女一人づつ、何処のどなたかは分らない、が居ることも最近知った。
もう一人、やはり野良を面倒見ている人が近所にいる。彼女も犬を飼っているし、ご夫婦で喫茶店を切り盛りして忙しいのだがお腹を空かせてふらりやって来た猫を世話している。店の性質上自分の軒先には置けないので、道一本隔てた反対側の家の人に頼みこみ、猫つぐらを置かせてもらい時々様子を見ている。ちょうどその野良ちゃんが自分の塒を認識した頃に話を聞いた。つぐらから顔を出している姿に大層喜んでいた。
面白いのは、軒先を猫に貸した家だ。縦に寝れても横には寝られないだろうと思われるような、細い狭い敷地に建った家。おじいさんが一人で住んでいる。我家よりさらに狭い庭に植えられた木々が大きく育ち、梅、みかん、無花果が撓わに実る。いつも掃除が行き届いている。家の中も整理整頓されているに違いない。みかんにしては大振りな実について質問したことがあり、温州みかんについて植物の遺伝から解いて整頓した説明をしてくれた。きっと家の周りは汚されたくないだろう。箒が似合いそうなおじいさんなのだが、豈図らんや、私と違って心優しい人であった。
息子が「猫になりたいなあ」と言う。右左を窺わず、思うまま、自由に、のんびり生きたいということだろうか。誰しも望むところだろう。ご近所猫を見ていると確かにそう思う。もっともそれはご近所さんの心が広いからではある。受け入れる側の態勢が整っているから猫の安心がある。誰も安心が大切なのだ。
父星眠は犬を可愛がっていた。特別に犬好きというわけでもなく、自分の飼っているその犬が好きということで、猫も嫌いではなかったようだ。句集を見ると結構たくさん猫を詠んでいる。毎日診療を一緒にしていた伯父の家に猫がいた。ペルという白猫。やはり白毛の子が一匹、名は忘れた。伯父のところも犬を飼っていたが、当時はどこでも犬は用心棒でペットではなかった。もっとも猫も鼠対策だったろう。
猫捕器待てどかからず恋の闇 星眠
猫の俘虜冬満月に放ちけり
公園の聖樹下猫の夜会あり
杉攀ぢて子猫鴉に落とさるる
選後鑑賞 亜紀子
下駄を穿く素足の五指をのびのびと 倉橋章子
梅雨明けて猛暑。このところの暑さはもうどうやっても対処の仕様がないようで、はなからお手上げ気味。しかしながら掲句の涼やかさは気持ちが良い。頭、首、頬、掌、そして足。外気に触れている部分を冷やすと、身体の芯を冷ますのに効果的だそうである。冷やされた血液が体内へ巡っていくのだそうだ。素足に下駄履き。昔からの自然な、知恵ある習慣。のびのびという素直な措辞が一層効果的。
アマリリス元気な声のナース来る 西岡礼子
入院中のエピソード。明るく大きな赤い花の印象と共に、溌剌とした看護士の声が聞えてくる。読者も励まされているような、前向きな気持ちが湧いてくる。
夏暁の桂ほのかに香りそめ 布施朋子
青葉の季節。桂の葉のハート形の柔らかな緑。樹形も美しい。その青々とした葉が夜明けの光のなかで仄かに甘く香っている。千金の一刻。
桂の葉は紅葉や落葉の頃もっともよく香る。青葉も香るというのは掲句で知らされた。最近、庭木として桂を植えている洋風な家をよく見かける。一度嗅いでこよう。
バス待つか小暑の町を歩かうか 藤原省吾
吟行の、それも帰り道ではないかと想像した。バスの運行数も限られているような場所。待つにしても、歩くにしても中途半端な時間と距離。暑くなってきた頃であるし、いささか悩む。しかし、おそらく句帳を手に歩かれたのではなかろうか。一句の楽しそうな気分がそう思わせる。
老僧の威儀正さるる夏衣 奥村綾子
法事に臨まれる僧侶であろう。正装の夏衣。袈裟や袖を捌きながら座に着かれた折り、その衣の薄い様が意識されたようだ。有り難いお坊さまと見える。
川べりに丸太の椅子や蛍の夜 奥岡妙
人里で蛍の見られる地は少なくなった。自然環境の保護、地域振興のために人が手を貸して蛍を守る運動が盛ん。掲句の蛍はどうだろうか。丸太のベンチが設えてあるところ、やはり保護の手が差し伸べられているのでは。座って静かに光の舞を愛でる。
菱の花鷺の長脚分け来たる 岡田まり子
水面を覆い尽くした菱の群落。小さな白い花がそこここに。大鷺だろうか、長い足でゆっくりと進んでくる。緑に白のコントラストが美しい夏の水辺。
両の手に朝顔市のもどりかな 鈴木龍子
入谷鬼子母神界隈の朝顔祭り。たいへんな賑わいを見せたことだろう。二鉢求めて、両の手に提げての帰宅。いかにも朝顔市らしい情緒が、何というわけでもなく一句全体から感じられる。
遺されし牧野図鑑や梅雨戻る 宮地玲子
遺品となった牧野日本植物図鑑。故人は植物を愛する、真面目で、もの静かな方だったのでは。偲んでも偲び切れぬ思いを抱いて、梅雨じめりする図鑑を手にする作者。
鵯の難無く巣立つ梅雨最中 遠藤静枝
鵯が庭先にでも巣をかけていたようだ。営巣の動向が日々目にとまっていたのでは。いよいよ巣立ちの時、生憎の雨の中。人間の心配をよそにあっけなく飛び立った。難無くの語に、実際を目にした人の力がある。
薄明に妻着替へをり白露けふ 星眠
(樹の雫より)
早起きの母は先に一仕事すませ、寝坊の父の着替えを用意していたというのは実際。
掲句には読者各々独自のイメージがあると思う。 (亜紀子脚注)