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橡の木の下で

俳句と共に

「腰痛」平成28年『橡』12月号より

2016-11-27 07:14:10 | 俳句とエッセイ

 腰痛        亜紀子

 

 もともと有るには有った腰痛。ようやく涼しくなって気持ちの良い季節が巡って来たと喜んでいたら、突然に様相を変えてやって来た。前日の晩は十分の睡眠を取り、普段どおりに起床。皆を送り出し、ひと片づけ終わり、さてとテーブルの前に腰掛けて新聞やら、昨日の書状やら、メールチェックなどしてお茶の一杯。今日も今日とて波風もなく。しばらくそうこうしているうちにインターホンの音に立ち上がろうとして、あら、痛い。突然の出会い頭という感じ。手で体を支えながらゆっくりと動いて何とか事なきを得た。動き始めると別段痛みもなく、かつて体験したぎっくり腰ともちょっと違うような。

 それからは朝の起き抜けや椅子から立ち上がる折、立った姿勢を屈めたり曲げたりするたびに危うい事態に至りそうな気配が漂う。しかし体を動かし続けていると痛みは失せて何ということもない。その様を見ていた浪人中の息子は、先は長いんだからしっかり頼むよと。腰でなくて、どこか内臓がおかしいんじゃないと、娘。やはり診てもらった方がいいかしら。いい加減たってからとり敢えず近所の整形外科を受診した。

 すぐにレントゲン撮影。多少加齢による脊椎骨の変形があるけれどさほどの事ではないらしい。動き初めが痛むんでしょうと指摘されて、はい、その通り。これ読んでねと渡された腰痛対処方の冊子。どの頁を繰っても納得するばかり。外出先で急に痛くなった時の対処の仕方の一つ、どうしても移動しなければならない際には壁に背中を付けて横へ蟹歩きせよとある。まだ体験はないけれど、きっとその通りだろうと身体の奥から合点する。ただ添えてあるイラストが可笑しい。その姿のお母さんに会ったら、俺知らない顔するからねと薄情なる息子。笑いごとではないのだが。

 一回りほど歳上の知人とそんなこんなの話をして、つい昨日まではよそ事に気の毒だなあと思っていたことが、今はまさに自分の問題になっていると言うと、本当にそうなのよと肯く。その人は十年ほど前に狭窄症に悩んだそうである。自己流でさまざま運動を始めて筋肉でカバーすることに成功し、現在はほぼ改善、回復。いわば自らの体内にコルセットを常備している態だと言う。私の椎骨も変形を戻すことはできないだろうから、他で補いながら上手く付き合う方向が正解なのだろう。ちなみに次の受診はどうせまた放射線を浴びるだけだろうと、キャンセル。そういえば、腰痛持ちだった父を思い出す。句を見るとやはり季節の変わり目がいけなかったようだ。

 

わが身にも魔女の一撃冬に入る   星眠

薔薇の芽や紐ゆるみたるコルセット 星眠

腰痛の右肩下がり虫の秋      星眠

ありと聞く腰痛地蔵秋の風     星眠

 

 ところで身体もさりながら、この頃は物忘れや勘違いが気になっている。ことに単語を忘れることが間々起こる。以前ならいつの間にか思い出すこともできた筈なのだが、記憶の道筋を辿ってみても戻れない。さして重要事項ではないが、思い出さないといつまでも気にかかる。忘れた言葉よりも、忘れたという事態が気になるのかもしれない。多分、忘れたことを忘れるのが良いのだろう。

 来春父の三回忌が来ると丁度その翌日に私は五十八になる。実は一昨年自分の年を五十八と勘違いして過ごしていたので、そのままであれば還暦になる筈がようやく五十八ということに、少し若返るような心持ちで居られる。とはいうものの、今は呑気だがさらにそのずっと先に同じ気持ちでいられるかは分からない。何となく分かってきたことと言えば、人生には抜手を切って真正面から立ち向かわねばならぬ波もあるが、身をゆだねた時にこそ解放される波がたくさん寄せて来るのだということ。

 


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選後鑑賞平成28年「橡」12月号より

2016-11-27 07:11:49 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞    亜紀子

 

出て見たくなる台風の目玉かな  沖﨑はる子

 

 年々台風が大型になり、日本襲来の数も増している。今年はさらにこれまでに無かったコースを取り、各地に甚大な被害を与えた。気象変動の証なのだろうか。過去最大級の、という形容を度々聞かされた。恐ろしい限りである。その恐ろしい嵐の最中、ふと風が静まったのはこれが台風の渦の中心、目玉であるかと妙に納得している作者。外に出てどんな目をしているのか見てみたいと言う。そう言われるとそんな気もしてくるが、こんな台風の句は見たことがない。

 

白壁の土蔵続くや棗の実    深谷征子

 

 古き良き町並。白壁の土蔵。たわわに下がる棗の実。棗はこうした古い家並にかつては一軒に必ずひと本は植えられたものかと思う。甘酸っぱい味は郷愁の味。  

 

別れ行く子と食うべたる棗かな  遠藤正年

 

社家町や小流れひびく郁子の垣  太田琴尾

 

 京都上賀茂神社を司る社家。代々世襲の神職の住まう町並。神域のならの小川から引かれた絶えることなき流れが家々を水路で繋ぐ。風格のある土塀が続いている。そこに結ばれた郁子垣とは、いささかの野趣。紫の実も結ばれているのだろう。水はあくまでも清らか。

 

白熊も敷物のごと秋暑し    河村実鏤

 

 いかにも、である。いつまでも暑さ続き、白熊でなくとも皆のびてしまいそうな今年であった。

 

寿美子姉の謡ふ月宮仰ぎけり  中山正子

 

 十月、月光は澄む。その一日に寿美子先生が長逝された。中山さんは東村山句会の古くからのお仲間だろう。寿美子先生は謡をよくされた。喜多流の「月宮殿(鶴亀)」を何かおめでたい席で謡われたことがあったのだろうか。また別の謡曲「羽衣」では天女は月宮殿の舞を舞い終えて宮殿へ帰っていく。月宮はこの人間の地とは別の世界。作者の胸裏には寿美子先生の思い出が溢れているのだと察せられる。敬慕の念ひとしお。

 

別れありまた別れあり虫のこゑ  窪田郁子

 

 誰しも遠藤正年先生と鈴木寿美子先生の訃を思われるだろう。重ねたくないが、重なる、偶然のようだが、有る意味必然の別れ。こうした別離に出会う境に我々自身が踏み入ったということだろうか。虫の音に心おさめる作者。

 

掛稲に山日移ろふ棚田かな    水野ひさ子

 

 山の日の移ろいは早い。特別な言葉を使わず、稲刈りも終った頃の谷あいの風情がしみじみと描き出された。

 

あのあたり一文渡し荻の風    大津みさを

 

 昔、一文の渡し場があったということか。今は碑さえなく、わずかに地名にそれらしい跡を辿る。河原に一面の荻の風が渡るのみ。作者はその風の音に耳を澄ませている。あのあたりという詠い出しの音感に、茫と広がる水と河川敷の様子を想像させられる。

 

秋水の銀一条や屏風岩      水本辰次

 

 屏風岩と名のつく岩場は全国の山の所々にあるかと思う。この岩がどの山かは分らないが、滝とまでは呼べぬ一条の水。黒地の屏風に銀泥の趣きだろうか。


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平成28年『橡』12月号より

2016-11-27 07:07:56 | 星眠 季節の俳句

灯を得たる待降節の鳥獣  星眠

            (テーブルの下により)

 

 十二月の軽井沢。弥撒の窓明りを慕い来る野の生き物たち。

 鹿、栗鼠、小鳥、梟などなど、雪の庭の幻想。

                   (亜紀子脚注)

 

 


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草稿11/26

2016-11-26 11:13:39 | 一日一句

花八手老いて親しき姉いもと  亜紀子


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藤田重信句集『鳴き砂』紹介

2016-11-25 21:26:12 | 句集紹介

句集『鳴き砂』

平成28年11月11日発行

 

著者 藤田重信

発行 揺籃社

定価 2,500円

 

著者:

昭和13年 横浜生れ

「橡」同人

俳人協会会員

 

問合せ:〒234−0051

    横浜市港南区日野3−4−12−809

    藤田重信

    電話:045−847−5038

抄:

襟立てて丸ビル在りし空仰ぐ

引越しの荷の中に聞く初音かな

戯れに妻と引き合ふ相撲草

板の間の座布団涼し五合庵

行く春や雨情生家の蓄音機

子供の日酒断つ人の集ひをり

獅子舞の足にも酒を振舞ひぬ

雪下し半ばに暮るる湯治宿

砲響く富士の麓の野を焼けり

虎杖の花に隠るる関所跡

好物の筍飯を余す母

鳴き砂に足を乗せをり赤とんぼ

オリオンへ坂駆け昇る秩父山車

武蔵野や八十八夜の畑黒き

坂なして灯の耀へり風の盆

鈴懸の影の涼しきシャンゼリゼ

白日傘重なり合ひて渡し船

父母揃ふ写真一葉終戦日

道化師の鼻に筍流しかな

塀朽ちて小町文塚竹の秋

こふのとり貧しき村に巣立ちけり

国境の橋を叩きて夕立来る

寡黙なる男選りをる毒茸

きのこ山人声散りて絶えにけり

ワインコルク卓に転べる夜長かな

孵化場の水を囮に鮭捕ふ

ほろ苦き通草の煮物出羽の旅

落葉焚く波郷の墓や昼の酒

みちのくの零下の闇に雁の声

里狂言せりふ忘るを囀れり

鰰の雷連れきたる面構へ

蟇合戦ひたすら蘆辺濁しをり

海開き太陽族は古稀越えぬ

ラ・マンチャの土に塗るる西瓜売り

信玄の棒道塞ぐ花芒

カーネーション子の名忘れて母笑まふ

金色のハレムの出窓花石榴

コーランの読誦流れて夕永し

鷹匠の眼光隠すハンチング

虜囚にて死せる父の忌七日粥

梅にほふ白杖の人色問へり

仮設住宅一ノ一より賀状来る

春昼や老いの落ち合ふ数寄屋橋

帆綱引く乙女らの声風薫る

秋深し波郷手擦れの二眼レフ

鎌倉の尾根ゆく我と赤とんぼ

逆しまに梅眺むるも猿の芸

なきがらの紅やや濃きや蓮の花

夏至の雨傘さしかけて棺出づ

切れぎれに母恋ふこゑか梅雨鴉

ノーベル賞得たる青き灯聖樹にも

はくれんの風と乾杯交はしをり

銀杏枯る代々木は父と別れし地

平等を説く諭吉の碑天寒し

鳴き砂に親潮春の歌奏づ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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