選後鑑賞 亜紀子
みちのくの復興希ひ種下ろす 根本ゆきを
辺りの山々に辛夷の白い花が点じられ、農の一年が始まる。種おろし、すなわち籾蒔きをして苗床を作る。福島は有数の米の産地である。毎年永々と繰り返される農の作業。その当たり前の一つ一つが、復興への深い祈りと希望そのものなのである。震災から早三年を経過している。
手話の子ら花もひらひら舞ひ来たり 宮田早智子
春の遠足の景であろうか。花のもとに集う子供たちは皆手話でお喋りしている。子供らの可愛い華奢な手指がひらひらと会話すると、桜の花も呼応するかのように舞い降りて来る。小さな人たちの屈託のない表情が見えてくる。
開かれて花人あふる乾門 山口外枝子
この春、天皇の傘寿を記念して皇居乾通りの桜が一般公開された。四月四日から八日の期間中、延べ三八万人以上が訪れたそうである。花も人も溢れんばかり。常に歴史に翻弄されてきた皇室が開かれて六十九年目、陛下も無事に傘寿を迎えられたことはまことにめでたい。世界との調和の上を歩んで来た我が国の道のりの結実。
きびなごの撒き餌に鰹群がれり 平石勝嗣
ぴちぴちと眩しく輝く生きの良いきびなご。これを撒き餌に鰹の群を水面へとおびき寄せる。たばしる水泡、初夏の光り。勇壮な一本釣が始まる。
歌劇の街刺もくれなゐ薔薇芽吹く 三宅三知代
宝塚歌劇団の街、宝塚市。華麗な衣装に身を包み、歌と踊に日常を忘れさせてくれるタカラジェンヌはまさに花。葉の真紅の芽吹きのみならず、刺もくれなゐの措辞がこれから開くであろう大輪の薔薇の花を想像させて心憎い。
轟きて渦潮の芯くぼみけり 中村喜代子
写真入りで鳴門海峡の渦潮が見頃との新聞記事が出ていた。干満の潮位の差が大きく、かつ南風が吹く春に大きな渦ができやすいという。自然条件の組み合わせによって起こる現象であるから、観潮船に乗って繰り出せば必ず渦が見られるというわけでもないようだ。幸運の作者は大きな渦に出会うことができた。船が出来るだけ近くに寄る。潮が渦巻く音、巻き込まれた海水の芯を大写しにして迫力がある。
隠沼の鴨もいつしか帰りけり 太田順子
探鳥会などで水鳥を観るときは、多くの鳥の集まる名の知られた湖沼を目指す。しかし何気ない山歩きの際に渓流の小さな淀に数羽の鴨を見つけてはっとすることがある。掲句の隠沼は作者の住まいの近くだろうか。枯れ葦の茂った隙に水が見える程度の人知れぬ沼ではあるが、毎年鴨が渡って来て親しい所である。久しぶりにその辺りを歩いてみると、あの鳥たちはいつの間にか飛び立っていた。柳をはじめ岸辺の木々の緑が芽吹き初めているのである。
ざぶと入る汀に揚羽遊びをり 吉田暢子
作者がざぶと入ったのは川だろうか、海だろうか。その汀に遊ぶ色鮮やかな揚羽蝶。蝶は地の水分を吸っては体温調節をしたり、ミネラル分の補給をしたりするそうである。じゃぶじゃぶ水浴びをする人に構わず、吸水しては飛び立ち、また降りては吸水する様子であろう。