橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成25年『橡』4月号より

2013-03-27 10:00:02 | 俳句とエッセイ

選後鑑賞   亜紀子

 

初釜や結いしばかりの四つ目垣  古屋喜九子

 

 新しい年の初めの茶事に師家を訪ねた折であろうか。すべて一年の幕開けに相応しい趣向がのぞまれる筈である。ぴりっと引き締まる朝の気のなか、目に鮮やかな青い竹垣。晴れた冬空の色も想像される。迎える側ではまだ暗いうちから、万端滞りなきよう準備がなされていたと思われる。

 

雪嶺や窓に寄り合ふ車椅子    小林一之

 

 病棟か、リハビリ施設であろうか。各部屋から出て、皆が集まれるロビーや休憩室のような場所。大きなガラス窓から、遠く輝く純白の山並みを臨む。患者は一人一人その背景に持つものを異にしているのであろうが、同時にまた同じ境遇にいる仲間でもある。寄り合ふの語に、その心の内を伝えている。

 

カンジキを穿きて涅槃の墓参り  村山八郎

 

 涅槃雪と言えば、雪の名残り、淡雪のことになるが、掲句は真の雪国。今日は降る雪こそなく墓参日和なのであろうが、積った深雪の上はカンジキが必要なのだ。

それでいて涅槃の語にどことなく春の気の想像を誘われる。雪国の生活、人々の微妙な心持ちへ導かれる句だ。

 

焼芋にふさぎのこころゆるびけり 岩本あやこ

 

 一読ユーモアの暖かさに包まれる。ふさぎのこころゆるびけりと、おっとり上品に言い取ったところ、一層諧謔味を増している。

 

沖高く見ゆる坂の上アロエ咲く  菅原ちはや

 海の見渡せる漁村の路地の坂の上。遠く沖の波が高い位置に見えるのだろうか。赤いアロエの花も高く薹を立てて咲く。このアロエの語が穏やかな暖かな海辺を想像させてくれる。

 

雪来ると鵯の鋭声や実朝忌    香西信子

 

 雪催いのなか、高く響く鵯の声。赤い南天の実に降る雪の白さ。一月二十七日、今日は折しも鶴岡八幡宮で暗殺された源実朝の忌。緊迫した一幅の画面。

 

寒暁の三日月舫ふ避雷針     布施朋子

 

 冷え込んだ朝まだき。いまだ皎校と冷たい光を放つ三日月。その氷ついた小舟のさまを避雷針に舫うと見て詩になった。

 

早春の海の音のみ友逝けり    中川信子

 

 親しい友人との別れ。周囲の音が心に入る余裕はない。ふと、耳だけが我に返り、そこに浅春の冷たい波音が聞こえてきた。繰り返される潮騒はやがて作者のこころを満たし、こころそのものになっていく。上五中七と下五の関連性が結ばれていく。

 

早春や瀬音はなやぐ紙屋川    倉橋章子

 

 京都鷹峯の山中に源流を発し,北野天満宮の西を通り天神川とも呼ばれる紙屋川。平安の昔この川のほとりで朝廷御用の紙を漉いたという。そうした史実に依らず、ただ春の瀬音の明るさ、萌え出た岸辺のさま、はなやいだ心持ちが、紙屋川という固有名詞に自然のうちに乗るようである。

 

早春の風が髪梳く船首像     辻井悦二代 

 

 船首に取り付けられた彫刻は魔除けから、装飾的な物から様々あるようだが、いずれも帆船時代のものであろう。現在見られるのもそうした特別な船かと思われる。美しい帆船の舳先で春風に髪をなびかせるのは、これもまた美しい女神像と思われる。

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