橡6月号選後鑑賞 亜紀子
里山は薄絹ぐもり桜東風 宇井真沙子
寒さ厳しかった東北にも、柔らかな東風に乗ってようやく春が巡って来たようだ。桜の花が綻び初める頃である。沙を掛けたように薄曇る里の山々。薄絹ぐもりとは作者の造語と思われる。桜東風と呼応し、美しい言葉で鄙の雅を優しく言い取っている。ここが福島と知れば、作者の古里に寄せる思いにいっそう共感するのである。
かまきりの卵枝に揺れ復活祭 関口佐和子
蟷螂の卵は草地や河川敷でよく見かけた。低木の枝や丈の高い草にぴったりと産みつけられている。上五中七の素直な自然描写が、日差しの中に春の喜びを感じる復活祭の語と響き合い、早春の野の景が眼前に現れてくる。復活祭の染卵(イースターエッグ)や、野原を駆ける復活祭の兎(イースターバニー)が自ずと連想されるのも楽しい。
ちなみに蟷螂の卵が孵るのは復活祭も過ぎた五月、六月頃。卵嚢からこぼれ出てくる小さな小さな赤ちゃん蟷螂の、ぞろぞろの宙づり姿が可愛いらしかった。
頭に飾るリボン真白や知恵詣 前田美智子
四月八日、大阪ボア句会・ボア倶楽部・住友病院句会の合同吟行会に参加。四天王寺前夕日ヶ丘界隈を歩く。折しも灌仏会、十三まいりで知られる大平寺の門には花御堂が据えられ、お詣りに来た子供達は先ずお釈迦さまに甘茶を注いでから中へと入っていった。花の見頃で御堂にも桜が葺かれているのが目を惹いた。
十三歳になる子供が虚空蔵菩薩に加護を願い、知恵を授かるという十三まいり(知恵詣で)の行事は、生れ育った関東にも、現在住む東海にもなく初めて見聞きした。この時女の子は初めて本裁の着物を作ってもらい、肩上げしてお参りするそうである。その日どの子も佳い御召しで私たちは目を楽しませてもらった。なかに真白のリボンを髪に留めた子の、母親に買ってもらうお数珠を選んでいる様子がことのほか愛らしかった。
遂に得し掃除ロボット万愚節 町野由美子
掃除ロボットというのはたいてい円盤形で、充電式即ちコードレスでスイッチを入れれば勝手に室内を動き回り、障害物も回避しながら床を掃除してくれる自動掃除機。値段、機能等各社比較し検討を重ね、最もわが家に相応しいと思われるものを購入されたのだろう。念願かなって手に入れた、道具のような愛玩動物のような機械の使い勝手はいかがであろうか。遂に得しと高々と詠い出し、万愚節と閉じるユーモアの呼吸が軽妙。
復活祭眩しき朝日拝みけり 風戸わか
キリストの復活を祝い、再生の季節である春の到来を祝う復活祭の夜明けを、作者は遠く欧州オランダに在る。巷には早くから復活祭の気分が溢れていたことと想像される。欧州生活も長きに渡り、この季は作者の日常既に親しいものとなっているだろう。そうして迎えたその朝の太陽を拝む姿に、なぜか日本的な真情の深さを感ずる。あるいは、イースターの起源にある、農耕民族共通の心情であろうか。朝日のもとに感謝を捧げる心根に共感するのである。
同時に拝みけりという詠嘆に、作者の郷愁の余韻をも感じられるのだ。
たんぽぽのほほえみ尽し絮飛べり 島崎珠子
たんぽぽはまことにこやかな花である。ほほえみ尽し飛んでいくとは、なるほどと思う。暖かな野の道を行きながら、見慣れたたんぽぽの花に微笑みを見てみよう。