橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成26年『橡』4月号より

2014-03-27 10:28:55 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞    亜紀子

 

気嵐に総員見張る操舵室  平石勝嗣

 

 北国の冬、気温が下がり且つ風の少ない静かな朝、海水の温度と空気の温度差から水蒸気が冷やされ霧となりまるで温泉の湯気のように濛々と立ちこめる現象を気嵐(けあらし)と呼ぶ。昔、カナダの厳冬期に市内を流れる川面から上がる白煙とも見えるこの霧を見て暮したが、当時は気嵐という言葉は知らなかった。立ちのぼる白い霧の量はかなりのもので壮大な景色であった。掲句は船舶走行中のこととて、呑気なことは言っておれない。操舵室の乗組員全員で目を凝らす緊迫感はさもありなんと納得される。作者は南国串木野の人であるが、漁船の俳句をよくものされているので、これも北方での漁のことかと思われる。

 

凍滝に行く道も凍てたぢろげり 武藤ふみ江

 

 寒中吟行会であろうか。滝が凍ったと聞けば、氷結して時も閉じ込められたかのような瀑布のさまを物見に行くのが俳人だ。滝へ続く山路は羊歯の茂る常湿った道であろう。季節が違えば緑の涼しいところであるが、今日は足場も凍って危なきことこの上ない。たぢろげりの語がこの場の情景を伝えてくれる。果たして皆無事に氷瀑を見ること叶ったであろうか。

 

水掛け不動忽ち頭より氷りけり 根本ゆきを

 

 水掛け不動といえば、大阪の法善寺が有名だ。掲句の不動尊の頭はあっという間に氷り付くというのであるから、寒い地のお不動さま。作者は福島の人。猪苗代湖岸の樹氷「しぶき氷」も思い浮かぶ。お不動さまに願を掛けながら水を掛けるのであるが、そもそも水は供物の意であるという。また浄水を掛けることで餓鬼の乾きをも救う仏の慈悲を示しているとも。あの震災から三年を迎えようとしている。

 

入院や母の綿入荷に加へ   岡田貞子

 

 娘のために母が手ずから拵えてくれた綿入れ。母親は既にこの世にはなく、自分も綿入れも年経てきた。エアコン完備の病院に果たして綿入れが必要かどうかは分らぬが、心細い身の支えとして荷の一つに加えたのである。

 

焼芋屋我がふるさとの訛りあり 千葉フミ

 

 曵き売りの焼芋屋が軽トラックで街を回っている。スピーカーで「ほっかほかの」と流す宣伝は録音テープ。始終同じ調子である。ちょいと試しに呼び止めてみれば、運転席から出てきた親爺さんは我が同郷の人。久しく耳にしていない、自身でさえめったに使うことのない訛り言葉。思いがけず懐かしさひとしお。

 

瓢湖まつり撒き餌に鴨の犇けり 阿部琴子

 

 新潟県阿賀野市にある瓢湖はラムサール湿地条約にも登録され、ハクチョウや鴨の飛来地として名高い。ヒシ、マコモ、ハス等の植物が生育しており水鳥の他にも多様な生物が観察される。野性のハクチョウの餌付けが日本で最初に行われた地だという。ここでは町起こしのイベントとして四季おりおりに祭りが開催されているようだ。二月初旬の祭りはハクチョウや鴨が主役。ハクチョウたちは日中は田畑に採餌に出ているので、湖に観光客の集まる時間帯は鴨が多いようだ。手厚く保護された地の鴨たちは安心しきって撒き餌に集合。

 

豚の子の耳は日の色下萌ゆる  井上裟知子

 

 子豚は童話の主人公を連想させて可愛い。日の光を透くようなピンクの耳の色。辺りに緑萌え初むる頃、子豚たちはこれからどんどん育っていくのだ。

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