橡の木の下で

俳句と共に

「春すすむ」令和2年『橡』5月号より

2020-04-25 19:20:05 | 俳句とエッセイ

 春すすむ   亜紀子

 

人知れず町を出てゆく鶇なり

太腹の鯉の一群れ水温む

薬園に先づ山茱萸が目覚めをり

木蓮に忽と明るき並木路

水漬きたる楊をめぐる鳰の恋

山茱萸の枯木に花を咲かせたり

初蝶や籠りがちなる戸が並び

人を避け手を洗ひ春すすみをる

ぼたぼたと木蓮くたるウイルス禍

いかり草咲いて三つ四つ虫柱

花また花上り列車に咲き進む

花の風三三九度の盃に

竹香る豆腐にひとり酌む春夜

木洩れ日を出で入る小さき鳥の恋

春落葉鵤どこかで声もらす

 


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「新型コロナウイルス感染拡大中」令和元年『橡』5月号より

2020-04-25 19:16:56 | 俳句とエッセイ

 新型コロナウイルス感染拡大中    亜紀子

 

 お母さん、日本は大丈夫?こっちでは皆心配してるよというメールが娘から届いた。新型コロナウイルス感染がいよよ世界中で爆発、我が国はまだ持ちこたえていると信じ、カナダはバンクーバーに一人滞在している娘の身を案じていた日々でのこと。あちらの皆が言うには、日本もカナダも死者数にはさほどの差がないのに、感染者数は日本の方が格段に少ないのはおかしい。当局はなにか隠しているんじゃないかと噂しているよと。それを聞いて私は我が国の医療事情が向こうに比して悪いことの表れではないかと心配になったが、そういうことではないようだ。

 四月一日現在の両国の感染状況をホームページで検索してみる。我が国の感染者二千百七十八人、カナダは九千五百九十五人。日本における死者五十七人、カナダは百九人。日本の感染者数はカナダの四分の一以下だが、死者数は二分の一以上。さて検査人数は日本は五万六千六百六十八名、カナダ二五万六千九百三十三名。カナダの検査実施件数は我が国の四倍半以上。

厚生労働省のお役人だって我々庶民と変わらない。自分の命も、家族の命も守ろうと働いている。何も隠しているわけではなくて、検査態勢の不備が問題のよう。

 ちなみにカナダ保健省のホームページは発生状況の表が一目瞭然で、厚生労働省の方は読むのに骨が折れる。わざと分りにくく目眩まししてるのかと思ってしまうが、これも故意ではなくて、日本人ならこれくらいは読めるだろうということかも。カナダは最初は英語もフランス語もまったく話せぬ、それこそ我が娘のような、移民の国であるから誰にも分り易いということが大切なのだろう。

 ここで納得していてはいけない。この感染対策の基本は一に検査、二に検査、そして隔離、今のところそれしか対策はなく、そしてこれが一番効果的という。検査の不備で実際の感染者数が甘く見積もられているとしたら、我々一人一人の危機感が違ってしまう。娘の話ではシーズン最盛期のスキー場が閉鎖、やがて図書館、プール、公園も閉じられ、スターバックスはテイクアウトのみ、ブティックの品物は片付けられて無期休業。名古屋の地下鉄より混雑していた市中電車は空っぽ。人との距離は二メートル取ること、レジの前に二メートル間隔の目印のテープ。今は向こうから人が来たらどっちへ行くか目で合図して引き返したり、避けたりするのが当たり前になってるそうだ。罰金を科せられるので、それくらい神経質にもなるそうな。それでもカナダの医療現場は一杯一杯で、日本領事館から若者の単独滞在者向けに、自力で帰れるうちにと、帰国を促すメールが届いたとのこと。ビザや学業の絡みもあり、娘は残留することを選んだ。カナダのハンサムな首相はエリート社会しか知らないボンボン政治家と言われ人気は最低と聞いているが、コロナ対策は頑張っているようだ。今無理して帰国するより、そちらが安全かもしれないと娘とは話している。

 名古屋も学習センターなどが休館になり、三月初旬の句会は中止になったが、下旬に予定されていた市内吟行句会は会場も開いていて開催できた。桜の名所山崎川のほとり、且つての大商人の山荘で現在は市の管理する東山荘。明治様式を残す大正期の建物に幾つかの庭園。御日柄も天候も良く、結婚式の前撮りのカップルが一組。Oさんが式の日取りを聞くとまだ決まっていないが写真だけ撮るとのこと。Oさんの茶々「決めとかないと、逃げられちゃうよ」

 裏山は手入れが届かぬのか、団栗と落葉の堆積に自然林の趣き深い。ぐるりと庭を歩き、外へ出て川のほとりを散策。戻って来ると自前の椅子に座って待っていたOさんがその折りたたみ椅子を団扇にして、前撮りカップルが吹き合うシャボン玉を煽り写真に興を添えていた。「バイト代が出る」そうな。皆で揃って昼食をとった近所の蕎麦屋はKさんがこの辺にあった借りあげ社宅に住んでいた頃に利用していた店。爾来三十年振りとのこと。再び山荘に戻り、大理石の枠のある電気式壁炉を備えた洋室で句会。誰にも分るように、且つ事の本質を突き、五七五最小の定型に詩の心を込めんと四苦八苦。

 感染拡大中。富める国、飢える国、紛争の最中の民、難民、エリート、世界中の誰彼に状況は時々刻々と推移する。辛くも開くことのできたこの吟行会の一日が、遠く届かぬ思い出の一つとなって仕舞わぬように。 

 


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選後鑑賞令和2年「橡」5月号より

2020-04-25 19:14:13 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞    亜紀子

 

集落の春は黄の色あぶらちやん 永塩菊江

 

 早春の山里。清冽な渓流の水音。あたりはまだ枯れ色の中、ぱっと目を射るあぶらちゃんの黄の花。人影は見えないけれど、村人たちがそこここで動き出している気配。溌剌と始まる季節。

 

畑中のソーラーパネル初雲雀  古川桜子

 

 畑一帯の一区画、発電ソーラーパネルが空を向いて並んでいる。あれ揚雲雀。パネルが一斉にそちらを見たような。

 

卒業写真妹と男子の裏ピース  豊田風露

 

 写真を撮られる際にピースサインを出すようになったのはいつ頃何がきっかけだったか。若者ばかりでなく、結構な年代層でも、もう当たり前のように反射的にVサインしてしまう人も多いのでは。裏ピースという言葉は初めてお目にかかった。掌を自分の方に向けてピースを出すこと。お別れの日の集合写真。写真屋さんの写す公式のものではないと思うが、わいわいと、しかし案外真面目に揃って。シャッターが切られる瞬間にピースを出す仲良しの二人。卒業写真の語が肝。(注)海外で他人に裏ピースするのは挑発のサイン。

 

春星やビルのはざまも悪からず 小泉茂

 

 頬なでる風やさしく、はおる上着は軽く、灯は朧。見上げた空に潤む星々。今宵この時、本当にビルのはざまもまた佳きかなである。

 

小休みにちやうどよき石福寿草 南雲節子

 

 リハビリに励む作者。日差しに誘われるままに日々の距離も伸びているようだ。中休みにちょうど手頃な石がベンチ代わり。みれば辺りには福寿草の花が笑っている。

 

笑みさそふマスクの刺繍猫の髭 荻原英子

 

 新型コロナウイルス禍。マスク不足は深刻。誰も見えない敵、見えない先行きに不安。店頭になければ手作りでと、マスク作りが盛んである。自家用、あるいは施設などへ寄付するために。鼻先に猫ちゃんの髭のあるマスクに思わず微笑。こういうときこそ、笑みの効用。

 

マスクして他人のマスク疑へり 新井保美

 

 自分は予防のためにマスクをしている。健康に自信はある。だが、向こうから来るあの人のマスクは果たして。症状があるからマスクをしてるんじゃなかろうか。マスクの防御効果はさほどでないとも言われる。うつされたらどうしよう。不安な世情における我々の心理を突いた句。たいていあちらの方も同じことを考えている。

 

雪残る信濃の湯宿雛飾る    長谷川喜美

 

 春遅い地方では雛祭りをひと月遅れで行うところもある。暖冬の今シーズンはとまれ、雪深い信州の郷の雛祭。他郷と同様に三月であれば、なおさら雪深い。そうはいえど、桃の日。日差しの明るさが感じられ、かえって趣き深く感じられることだろう。鄙びた湯宿に由緒ある御雛様の頬笑みが想像される。

 

玄関に風呂敷広ぐ和布売    深谷征子

 

 和布は何と言っても春。新和布の干したものを山里で売り歩くのだろうか。玄関先で広げた大きな風呂敷に、海光と潮の香り。

 

 


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令和2年「橡」5月号より

2020-04-25 19:08:47 | 星眠 季節の俳句

復活祭雪嶺を靑き天に置く  星眠

          (火山灰の道より)

 

 真青の空、真白に輝く日本アルプス。時は春、まさに復活の季節。歓喜の楽りんりんと。

                 (亜紀子・脚注)        


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草稿04/25

2020-04-25 09:05:39 | 一日一句

窓開くる今朝気持ちよき松の芯  亜紀子


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