橡の木の下で

俳句と共に

草稿08/28

2013-08-28 09:03:24 | 一日一句

鉦もゐてひと夜念仏の虫しぐれ  亜紀子


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「緑陰」平成25年『橡』9月号より

2013-08-28 09:02:40 | 俳句とエッセイ

  緑陰     亜紀子

 

浮御堂涼風受けて橋なかば

涼しさや御堂を洗ふ湖の波

梅雨晴れて千の仏が湖へ向く

水無月の湖鈍色に近江富士

すずめうりほどな西瓜が蔓の先

生きものの葉裏にやすむ梅雨青し

蜜蜂の小さきエンジンひもすがら

泰山木象牙の珠のひらきそむ

日陰蝶いわむろに湧く神の水

はたおりや星合神事待つ真昼

梅雨明けの星を並べて寝静まる

忽と逝き緑陰ひとつ残さるる

緑陰に紫煙をのこし別れけり

声落す五位に門限有りや無しや

熊蝉の沸騰窓を焦しをり

装ひを凝らしし足に蚋の跡

満月や夜濯ぎの衣影垂らし

 


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「木陰」平成25年『橡』9月号より

2013-08-28 09:01:54 | 俳句とエッセイ

  木陰    亜紀子

 

 十四年前に今の家に引っ越して来た。車はすれ違いができぬ細い横丁が東西に通り、この隘路に面し、我が家を含め並びの家々は壁を接するように建っている。当時はうちの子供たちが一番年若く、隣り近所のお兄さんお姉さんのお世話になった。このお兄さんお姉さんたちは越して来たばかりの我々に、朝出がけに会えば「行ってらっしゃい」、帰ってくれば「お帰りなさい」と挨拶をしてくれて驚かされた。いや、大人も子供も、この界隈では皆古くからの友人のように気軽に挨拶を交し合うことがすぐ了解された。実際のところ多くは古くからの住人で、地付きの人と呼ばれる。十四年の間にはお兄さんお姉さんは大人になり、家庭を持って外へ出ていったが、折々にその子供、すなわち孫たちを連れて帰って来る。我が家の子供の自転車などをその子たちに使ってもらう。新しい小さな世代もまた、この地域の交流の輪のなかに容易に溶け込み、変わらぬ雰囲気が受け継がれていく。

 横丁を出ると、信号のある少し広い通りが南北に走っている。ここでも人々の交歓風景は同様である。学区の通学路になっているので、朝の決まった時間帯は小学生の集団登校のグループが次々通って行く。歩道の塵を掃いている沿道の住人と子供たちが挨拶を交す。

この沿道の掃除をする人に男性が多いことも越して来た当初驚いたひとつである。そうした男性陣は年末の大掃除の網戸洗い、玄関の戸の拭き掃除なども引き受けている。男がよく動くというのがこの地域の文化らしいと合点していたが、女性もまた働きものが多い。芥の収集日には集塵場所を整理、掃除して、リサイクルの売上げになるアルミ缶を婦人会の活動資金にしている。独居老人のための給食会や、手芸の活動を通じて、女性陣はさらに地域の連携を深めているようだ。だれもが皆まめなのである。

 南北の通りは北側でさらにもう少し広く、車の通行量の多い道路に繋がる。この通りは辛夷とアメリカハナミズキの並木道になっている。花の頃は花を楽しみ、紅葉の頃は紅葉を楽しめるのはもちろんである。面白いのは、各々の木の根本の幾ばくかの土面に植えられた植物だ。その木の前の家の住人が自由に花を育てている。市には街路樹愛護会というボランティア団体があって、街路樹下の植え込みの手入れや清掃を行っているが、それとは別のようで、個人的な活動らしい。晩秋の落葉掃きも住人が率先している。

 地付きの人であるMさんの家は南北の通りに建っている。通りに面した畑兼花壇の庭には人の腰の高さの簡単な囲いがあるだけで、道行く人が季節ごとの花を眺めていく。奥さんが元気だった頃は花の手入れは奥さん、外の歩道を掃くのはMさんの役だった。奥さんを亡くされてからも朝の掃除は欠かさなかったが、順々に咲く珍しい花の名を尋ねてもご存知なかった。草花はどれも奥さんが植えたもので、ご自分は手もかけないのだけれど、零れ種で毎年また花が咲くんだと笑っていらした。家の近くに一本の古い桜の木があり、Mさんはその木陰で煙草を吹かすのが習慣だった。家の中が煙草臭くならぬようにという奥さんのお達しだったようだ。一人になられてからも煙草を吸う時は必ず桜の木の下へ出てこられた。通りすがりの誰もが挨拶し、Mさんは誰にも笑顔で応えられていた。馴染みの人たちは木陰に入って話し込み、子供たちも挨拶して通る。私も雨の日でもない限り、一日に一回は声を掛合った。時にはただちょっと手を挙げるだけだったが、Mさんもいつもの笑顔で手を挙げて応えてくれるのだった。

 七月の暑い日、Mさんは熱中症であっけなく帰らぬ人となった。今朝学校へいく時おじさんに会ったよと息子が言う。買物の行帰りに挨拶したんですよと近所の婦人が言う。誰も信じられない風だった。通夜には大勢が集まり、送迎のバスに乗り切れないほどであった。その夜、冬の最中でも桜の下で煙草を吸ったMさんに奥さんは本当に良い遺言を残されたと話し合った。おかげで誰もがMさんと繋がっていられたと。古くからのお仲間の男性はMさんにあやかりたいというのが正直な気持ちですよと語った。Mさんが大正十四年の生まれで、ガラスメーカーの技術畑一筋に邁進されていたこと。引退後は夫人との旅行を楽しまれたことなどこの時初めて知った。

 桜の木は今も変わらずひとり立っている。夕蝉が鳴きつのる。やがて季節は変わり、それが自然であることは知っている。それでもそこを通るたび、Mさんが一服していてくれたらと思う。


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選後鑑賞平成25年『橡』9月号より

2013-08-28 09:01:13 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞  亜紀子

 

人参の芽生えちらほら小暑なる 釘宮幸則

 

 人参の育て方を調べてみる。人参は冷涼な気候を好み、生育適温は摂氏十五度~二十度。小さい間は比較的気温のストレスに強いようだが、成長すると暑さによる弊害が出るとのこと。春に種をまき、盛夏になる前に収穫、初夏に種まきし秋口に収穫、夏まきして冬の間に収穫というのが日本での栽培方法のようだ。栽培期間によって作る人参の種類も異なるようである。一般的には夏まき・秋冬どりが育て易いそうだ。さらに何より、人参は芽の出にくい植物で、発芽させるための工夫が大切らしい。

 今年の小暑は七月七日、掲句は六月終りに蒔いた種の発芽だろう。詳しい人参栽培の知識がなくとも、人参の芽の姿を思い浮べることができれば、ちらほらの語にその愛らしい様子、芽出しを待ち望んでいた畑人の心持ちが伺えて楽しい。小暑という語もよく効いている。

 

二階まで子らの朝顔咲き登る 半田春江

 

 子供たちは小学校の六年間、毎年何かかにかの植物を育てる課題をもらってきた。理科や総合学習の教材であったようだ。チューリップ、朝顔、ゴーヤやオクラなど学年ごとに異なる。高学年になると稲のバケツ栽培というのもあった。一学期に校庭で育てた鉢を夏休みには家に持ち帰り、世話をしてその観察日記をつけ、二学期にまた学校へ持って行く。界隈の軒先に似たようなプラスチック製の植木鉢があれば、その家に何年生の子供がいるかが分った。植物が盛んに生長するのはまさに夏休みの間である。世話のし甲斐がある時だが、我が家は二学期までにからからに枯らしてしまうことも多かったのを思い出す。

 掲句の朝顔は大事に育てられ、ぐんぐんと二階まで伸びている。竹竿を伸ばしたのか、紐を張ったのだろうか。下から眺め、二階から眺めして歓声をあげる子供たちの姿が見えてくる。

 

山椒喰ひりひり山気しみにけり 吉田葉子

 

 この六月、伊勢神宮の杜のなかで山椒喰の声を聞いた。梅雨干ぬ間の一日、緑滴る神域の梢をわたる鈴の音であった。山椒喰は夏鳥として飛来し、広葉樹林に生息。高空を飛び、高木に止まり、木々の間を飛びながら昆虫を捕食するそうだ。じっくり姿を見ることは稀とのこと。私も姿を見たことはない。ひりひりんという声を、山椒は小粒でぴりりと辛いの諺にあるように、辛くてひりりと鳴いていると聞きなしての命名。掲句も汗のひいてゆく山気横溢する途次で声のみ聞いたようだ。ひりひり山気しみにけりの語が、この鳥の鳴く山路らしさを、命名の妙までをも含めて表現している。ちなみに山椒喰はかつて里山では珍しくはない鳥であったそうだ。現在は高木の広葉樹の森の減少とともに、その数もずいぶん減っているようである。

 

船頭に喉撫でられて鵜の籠へ 釘宮多美代

 

 釘宮さんとは七月の宇治吟行でご一緒させていただいた。暑い一日であった。宇治川では六月中旬から九月末にかけて鵜飼が催されている。川のほとりに鵜飼観覧の屋形舟が舫っており、鵜の檻もあって、口をあけ喉を震わせながら数羽の鵜が暑に耐えていた。宇治川の鵜匠は二人の女性で、若く見目麗しい女鵜匠の観光ポスターが貼られていた。その日の吟行会は夕方前に散会となったから、鵜飼に関する当日句はどれも昼間の手持ち無沙汰の舟や鵜や、空っぽの鵜籠を詠んだものであった。あれから、再び宇治川に挑戦され、今度は夜の鵜飼に臨まれたのだろうか。やさしく鵜匠に喉を撫でられ気を鎮めた鳥が大きな竹籠に仕舞われる。ショーを終え火の消えた、やがて悲しき鵜舟を最後まで見届けられたようだ。


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