ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




左:ナンバーナイン。墨田区墨田3-2。2013(平成25)年4月5日
右:『東京 懐かしの街角』より

東武伊勢崎線(現スカイツリーライン)東向島駅から高架の線路に沿って北へ、大正通り-いろは通りを超えて日の丸クリーニング店の横から1本東の裏通りに入る。その南北の通りは戦後にできたカフェー街(新玉の井)のひとつで、「花園通り」といった―『玉ノ井 色街の社会と暮らし』(日比恒明著、2010年、2800円)―。通りというより路地に近い道幅で、北へいくと東武線とは離れていき、隅田湯に突き当たる。その左右は東京大空襲での延焼を免れたと思われる範囲に含まれる。通りの名称は「玉の井カフェー組合」が付けたのだろうか? また、どのくらい通用したのか不明である。
上の写真の家はもちろん今は住宅だが、「ナンバーナイン」は既出の本の「昭和28年頃のカフェー街」にあった店名。はっきりとカフェーだったと判る、今や貴重な1棟である。白く塗りつぶされているが、飾りの柱にはタイルが張られている。昔の航空写真を見ると戦前から建っていた家とも考えられ、外観は戦後にカフェーとして使うために改修したものと思える。
右上の写真は『東京 懐かしの街角』(加藤峯夫、河出書房新社、2001年、2500円)からお借りした写真。「昭和43年8月●墨田区墨田3-2/玉ノ井」のキャプションがある。赤線が廃止されて10年後の写真だ。花園通りの南の始点に近い辺りから北を撮っている。写真中央の「荒木革漉所」がナンバーナインの隣で、その看板の後ろの四角い建物が、今でも「アムール」として営業している店の建物。カフェーだった店がバーなどに転業している。



らむーる。墨田3-2。2013(平成25)年4月5日

コメントに寄せられた情報によると、ラムールは『東京 懐かしの街角』の写真のプランタンの手前で営業していたが、昭和29年頃に現在地に移ったという。建物はそのときに建てたものかもしれない。その昭和43年の写真では「アリスバー/ラムール」の看板が写っている。

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