ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




三ツ喜ビル。中央区銀座7-6。1987(昭和62)年5月31日

前の道路は並木通りで資生堂本社の向かい。この建物は火事を出した後、現在のノエビア銀座ビルに建て変わった。
『近代建築ガイドブック』(東京建築探偵団著、鹿島出版会、昭和57年)には「川喜田煉七郎、昭和初期」として載っている。木造の洋風7軒長屋のようだ。長屋といっても銀座の街並みにしっくりといくしゃれたファサードだ。店舗は写真から、「ギンザジャルダン(花屋?)、(2階に)洋服店、GINZA歌吉、Chryso Zephyr(シャッターにGOLD SILVER ACCESSORY)、鳥居ドラッグ」が認められる。


1987(昭和62)年5月24日

まちもり通信」という伊達美徳という方の運営するサイトがある。都市計画が専門の人らしいが、そこに「創宇社、山口文象そして竹村さんのこと」という小論があって、創宇社に関して書いているが、「三ツ喜ビルは仲田定之助(美術評論家、バウハウスを日本に紹介した)の持ち物で、山口文象に屋根裏部屋を提供したので、創宇社のたまり場になった」ということらしい。また、三ツ喜ビルの設計者は山口文象、石本喜久治、川喜多練七郎と諸説がある、とも書かれている。
川喜田煉七郎に関しては「分離派建築博物館」の「商都東京の街並みを巡る」の「Ⅲ.店舗設計の開拓者―川喜田煉七郎」がある。

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