大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№62『夏の思い出……たぶん』

2017-08-21 16:19:22 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト№62
『夏の思い出……たぶん』
       


 あれは、夏の思い出……たぶん。

 もう、五十年以上前のことなので、たぶん……というぐらいにおぼろな記憶しかない。

 あれは参観と懇談を兼ねて母が学校に来た日なので、後の自分の教師の経験からみても五月頃のことである。
 え、いま、夏の思い出と言ったばかり?
 そう、この、ささやかな記憶の発端は、この五月あたりにある。

 休み時間に、クラスの友だちと滑り台で遊んでいた。
 僕は人交わりが下手なせいか、滑り台を逆上がりしていた。K君が滑り台の上にいた。
「逆上がりしたら、あかんねんで」
「かめへん、滑ってこいや」
 そんな、子どもらしいやりとりのあと、衝撃がきた。
 左手が折れたように痛かった……で、実際骨折していたのだが。

 滑り台での衝撃の記憶の次は、保健室のベッドの上で、泣いていたこと。

 おそらく、その間、友だちが「センセ、大橋クン滑り台から落ちた!」「ええ!?」というようなやりとりがあり、先生(たぶん担任のN先生)が地べたで虫のように丸くなって泣いている僕を見つけて保健室へ連れて行った。そして骨折しているので病院に連絡し、技能員さんが手を空くのを待って病院へ連れて行く算段になっていたのだろう。それまでは放っておかれたような気がする。

「いたい、いたい、カアチャン、カアチャン、いたい……」
「泣いててもカアチャンは来えへん」
 保健室の女先生との、その部分の会話だけ覚えている。

 今なら、こんな状態で子どもを放置しておくことは許されない。すぐに救急車を呼び、関係した児童の事情聴取をやらなければならない。

 そうこうしているうちに、授業参観が始まってしまった。
 息子の姿が教室に見えない母は、トイレまで、わたしを探しに行ったそうである。その姿を見かねたのであろう、N先生は「実は……」と授業を中断して説明。その足で、母は病院に行ったようだ。

 そのあとの記憶は技能員さんにおんぶしてもらって、家まで帰った玄関先。

 大阪弁で「うろがきた」という。今風に言うと「テンパッタ」母は家の鍵が見つからず、技能員さんが母にことわって、ガラスを破り、手を中に入れて鍵を開けてくれた記憶がある。小柄で良く日に焼けた技能員さんであったような気がする。
 学校から家まで、小走りで技能員さんは行ってくれたような気がする。今の大人とはちがう、一途な懸命さを感じた。年格好から言って兵役経験のお有りになる方だと思う。足腰の確かさ、歩調の力強さは兵士のそれであったように思う。

 話が横道に入るが、「ひめゆりの塔」などの戦争映画を見ると、確実に昔の方がいい。
 兵隊が本当に兵隊らしく、個人としても集団としてもたたずまいがいい。無駄に力まず、適度な緊張感で敵と対峙している。今の戦争映画の兵隊さんは、ただヒステリックで、騒々しく、それでいて目標としての敵を感じさせない。やはり、元現役の兵隊である人がほとんどであったせいだろう。

 技能員さんは、鍵を開ける途中で手の甲を切られたように覚えている。流れる血を手ぬぐいで拭っておられた。
「玄関先に血い落としてすんまへん」
 そのようなことを言われたような気がする。わたしの親らしく人交わりの苦手な母も、この技能員さんとは、ほとんど口をきかなかったような気がする。
 この技能員さんの、最後の印象は、学校に戻られるときのお辞儀である。
 両脚をピタリとくっつけ、足の間は六十度ほどに開かれ、両手をズボンの縫い目に合わせ、腰のところで三十度ほどにクキっと折り曲げ「ほんなら、お大事に」であった。

 しばらく市民病院に通った。戦災をまぬがれたようなボロな病院だったが、治療は丁寧であった。少し触診したあと、ギブスのチェックと包帯のまき直し……それだけ。
「じゃ、また来週」
 それで、一カ月あまりが過ぎて、母は、病院を見限った。
「ラチあかへんわ」

 それで、病院とは逆方向の電車道沿いの、柔道の道場を兼ねた「骨接ぎ屋」さんに行くようになった。
 
 ほとんど母といっしょに行ったはずなのだが、記憶がない。
 三つ違いの姉が連れて行ってくれた記憶がある。
 治療室は道場の一角で、いかつい丸刈りのオッサンが、なにか怪しげなガラス管の中にピカピカと、まるで小さなカミナリさんが稲光するようなもので患部をさすり、固まりかけた間接を、かなり強引に曲げられた記憶である。
 患者さんは多く、いつも二三十分は待たされた。待合いには怪しげな雑誌やマンガが置かれていて、そのどれもがおどろおどろしかった。
 墓場の死人の目玉だけが這い出てくるマンガがあって、怖くて最後まで読めた試しがなかったが、姉に読んでもらったタイトルは覚えている『墓場の鬼太郎』 そう、『ゲゲゲの鬼太郎』の原本である。思えば鬼太郎も目玉オヤジも穏やかになったものである。

 ある日、骨接ぎ屋さんへの通院の途中。姉がこう言った。
「むつお、ジュース飲むか?」
「うん」
 わたしは遠慮無く、そう答えた。

 十円を入れてボタンを押すと、上から十円分のジュースが落ちてくる。そんな仕掛けであったが、幼い姉弟は、そこに紙コップを置かなければならないことを知らなかった。
「あ、ああ……」
 言ってるうちに、ジュースは無慈悲にも排水溝へ吸い込まれていった。
「もっかい、やってみよか」
 今度は、ちゃんと紙コップをセットして、ボタンを押した。
 暑かった記憶はないのだけれど、いかにも粉末ジュースを溶かしましたというジュースは美味かった。

 姉は、僕が美味しそうに飲んでいるのをニコニコと笑って見ていた。そして、姉が飲んだ様子がない。
 その時は不思議にも思わなかったが、母から預かったのは、治療費の他は、ジュース二杯分の二十円だけだったのだろう。

 爽やかだったけど、あれは夏の思い出……たぶん。

 その姉も、この秋には六十四歳になる。
 姉の手には、不思議なことに生命線が無い。そして、いまのところ良性ではあるが膵臓に腫瘍がある。人の倍働き、人の倍結婚して、人の倍離婚して、心ならず独り身になりながら大橋には戻れない。

 この夏、父の三回目の盆になる。秋には三回忌。親に似て小柄な姉は、あいかわらずニコニコやってくるだろう。

 そして、いつかまた思い出すんだろう

 爽やかだったけど、あれは夏の思い出……たぶん。



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