大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・50『指令第2号』

2019-10-25 07:18:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・50  
『指令第2号』     




 わたしには分かった。
 窓辺に寄った瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。

 その夜、潤と二人のテレビの収録があった。

「ねえ、真夏。たまにはうちに遊びにおいでよ。お父さんも会いたがってるし」
 収録を終えた楽屋で、潤が気楽に言った。
「うん……でも、お母さんがね」
「いいじゃん、仕事で遅くなったって言えば。大丈夫、泊まっていけなんて言わないから」
 どうやら潤は、準備万端整えているようだった。お母さんに電話したら「あ、事務所の人からも電話あったから」と言っていた。

「うわー、ほんとにそっくりなんだ!」

 玄関を入るなり、潤のお母さんが叫んだ。おかげで、お父さんに再会する緊張感はふっとんでしまった。
「女の子は、父親に似るっていうけど、ここまでソックリだと、母親のわたしでも区別つかないわよ。ほんと真夏さん。よく来てくれたわね!」
「やだ、わたし潤だよ」
「あ、そかそか、アハハ、とにかく楽しいわよ。ま、手を洗って。食事にしましょう」
 わたしはパーカーを脱いで分かった、潤からもらったパーカーだった。
「そんなパーカー見てやしないわよ。お母さんのボケは天然だから」
 うちのお母さんも暗い方じゃないけど、ときどき言うジョークなんかシニカルだったりする。潤のお母さんは、ちょっとした面影はお母さんに似ていたけど、ラテン系の明るさだった。キッチンへお料理を取りに行く間にも、お父さんのハゲかかった頭を冷やかしながら、先日の大雪についてウンチク。足にまとわりつくトイプードルに「あんたにユキって名前付けたの間違いだったわね」とカマシ、壁の額縁の傾きを直しながら、ガラスに映った自分に「ナイスルックス!」
 キッチンにお料理を取りに行くだけで、うちのお母さんの五倍くらいのカロリーは消費しているように思えた。

 お話を聞くと、学生のころイタリアに留学していて、そのときにイタリアのラテン的な騒がしさが身に付いた……と、本人はおっしゃっていた。

「あれは、留学から帰ってきてから撮った写真ですか?」
 向かいの壁にかかった、ご陽気なサンバダンスのコスで、顔の下半分を口にして太陽のように笑っている写真に目を向けた。
「ああ、あれは、日本で地味だった頃のわたし」
「え……!?」
 あきれたわたしのマヌケ顔に、テーブルは大爆笑になった。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」

 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。
「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」
 感心しながらスクロールしていると、急に潤がバグったように動かなくなった。
「潤……」
 潤だけじゃなかった、エアコンの風にそよいでいたカーテンもモビールも止まっている。半開きのドアのところではトイプードルのユキが固まって……覗いたリビングでは、潤のお母さんも、お父さんもフリ-ズしていた。
 わたしは、予感がして、潤のパソコンに目を向けた。

――指令第2号――

 あの時といっしょだ。そこで意識が跳んだ……。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« まどか乃木坂学院高校演劇部... | トップ | せやさかい・083『コタツ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

真夏ダイアリー」カテゴリの最新記事