アーケード・3
《アーケーズ》
畳んだ鎧は拍子抜けがするほど小さくなる。
身長175センチの甲が着用していた赤具足は、羽毛布団を入れるくらいの大きさの段ボールに鎧櫃ごと入れられて、鎧屋の屋号が描かれたワゴン車に収まっている。
「じゃ、行ってきます」
運転席のきららは、師匠の甲太郎に挨拶すると、穏やかにアクセルを踏み込んだ。ワゴン車は歩行者専用時間前の商店街を東に走り、民俗資料館と西慶寺に挟まれた順慶道に入った。
「おはよう、おはようございます」
ちょうど西慶寺の山門から出てきた花子が、ワゴン車のきららと甲に挨拶した。今朝の花子は僧侶の衣ではなくアイドルの制服のようなナリをしている。
「あら、アーケーズも出るんだ!?」
きららはブレーキを踏んで笑顔の花子に応えた。
「ええ、露出しておかないとモチベーションもスキルも維持できないし。なによりみんな好きだから」
「てことは、うちのこざねも?」
助手席から身を乗り出して甲が聞く。
「うん、あ、ほら後ろ」
バックミラーに花子と同じコスを着たこざねがアーケードを東に向かうのが見えた。なんだか猫が集会場所に行くように気配が無い。
「ハハ、恥ずかしんだこざねちゃん」
「そういう年頃ですね。こうちゃん、今日のステージは見てくれるんでしょ?」
「うん、今日は納品だけだから」
「嬉しい! じゃ、サクラお願いね」
そう言うと、花子はコスのスカートを翻してこざねの後を追った。
「間に合うようにチャッチャッとやりますか」
ワゴン車は国道に入り国府市のショッピングモールを目指す。
赤具足は国府市の大型ショッピングモールの依頼で作った新造品というかレプリカというか、以前の鎧屋からすればゲテモノであった。
真田ブームにあやかった客寄せのための等身大五月人形とでも言うべきもので、大河ドラマなどで使っている衣装としてのヨロイと大差ないものである。
胴も鉢も鍛えは一切ない軟鉄で、本当の戦に使ったら鉄砲玉どころか矢でもプスリと貫通しそうなもので、甲太郎に言わせれば『アルミで作った戦車』のようなものでしかない。
関東地方屈指の甲冑師である岩見甲太郎が、こういうものを作るようになったのは、それだけで一本のドラマができるほどの葛藤があったが、今は年若い女弟子の草摺きららの働きが大きかったとだけ述べておく。
「いやあ、さすがは岩見さんの作品だ、風格が違いますねえ」
特設会場に飾り終えた赤具足を見て、感心しきりの支配人である。
「鍛えはありませんが、機能的には完品です。こちらの甲くんが具足駆けをやって、実証済みですから」
「ほう、そうですか!」
感心はしているようだが、具足駆けの意義などは分かっていない様子の支配人。
「では、撤収の時に伺います」
「よろしくお願いいたします」
一礼すると、甲ときららは、ショッピングモールのフードパークを目指した。
「こうちゃん、早いか美味いか?」
これだけで意味が通じる。
「うん、両方!」
「ハハ、あたしといっしょだ」
二人は海鮮丼のコーナーに向かった。早くて美味くて牛丼ほど熱くもない。とんぼ返りで商店街に帰りたい二人にはうってつけだ。
思ったより40分早く戻ることができて、リハーサルの最後に間に合った。
商店街東詰めの白虎広場には特設ステージが組まれていて、白虎フェスタのリハーサルが行われている。
「じゃ、アーケーズ、よろしく!」
進行責任者である仁木楽器店若主人・仁木祐樹がキューを出す。商店街のテーマ曲に乗ってアーケーズのメンバー9人がステージに上がった。
「こんにちは、みなさ~ん!! 白虎通り商店街看板娘たちで結成したアーケーズで~す! ありがとうございます。わたしたちアーケーズは早いもので結成3年目を迎えました、とりあえず元気いっぱい歌います! 白虎通り商店街応援ソング『365日のお買い物』です!」
花子が寺の娘とは思えないテンションで一気に雰囲気を盛り上げていく。
ここ3年聞きなれた『365日のお買い物』は仁木楽器店若主人・仁木祐樹の作詞作曲で、すっかり商店街のテーマソングになり、ローカルではあるが相賀テレビのヒットチャートのトップになったこともあり、地元で愛される名曲になっている。フリも3年の間に改良され、今日の白虎フェスタでは、その新バージョンが発表される。
「なるほど……」
甲たちリハーサルに参加した商店街の面々は一様に感心した。
「子どもだと思っていたら、いつのまに……」
喫茶ロンドンの泰三祖父ちゃんなどは涙ぐんでしまった。
午後の本番も大盛況で、甲は花子に頼まれたサクラを務める必要もなかった。
そうして、4日前の具足駆の熱気などはあっと言う間に忘れ去られてしまった。