イスカ 真説邪気眼電波伝・43
『佐伯さんのアバター』
ネトゲを検索すると、トップにネトゲ廃人、二番目にネトゲ嫁が出てくる。
これで分かるように、ネトゲに対する世間の目は厳しい。ゲーマーだと分かったとたんに、中世のペストの保菌者を見るような目で見られる。中世だから、そういう伝染病の罹患者は焼き殺される。ネットで知ってカミュの『ペスト』を斜め読みしてビビったのは中二の時だった。ネトゲーマーは焼き殺されることは無いが、学校という社会の中では精神的に隔離される。もともと人交わりが苦手で、友だちはおろか、口をきいてくれる友達も少ない。そんなオレがゲーマーだと知れれば社会的に抹殺され学校にも行けなくなる。
そのネトゲをスリープにしていたパソコンが起きてしまって佐伯さんに知られてしまった!
終わってしまった…………。
「きれい…………」
佐伯さんは、有ろうことか、モニターに映し出されるバーチャルな風景に見入っていた!?
ログアウトしても、ゲームそのものをオフにしなければ、ゲームのアレコレをPV風に流していく。PV風はカスタマイズできて、バトルシーンとかにもできるんだけど、オレはゲームの中の景色のいいところをチョイスしてランダムに流れるようにしている。
いわば『幻想神殿名所百選』みたいなもので、バーチャルであるがゆえに、この世のものとは思えない美しさがある。
画面にはお気に入り、第一層のアーガス丘陵が夜明けを迎えたところだ。上りきらない太陽が浅い斜めにさしかかり、微風にそよぐ木々からの木漏れ日になって、チラチラと朝露を載せた下草たちを宝石のように煌めかせている。
「いまのCGってすごいのね……」
佐伯さんが見入っているところを、丘の向こうから馬に乗った三人がやってきた。姫騎士と竜騎士と白魔導士のようだ、徹夜で狩りをしての帰りだろう、満足げに談笑し、やがて上りつつある朝日にため息し、胸の前で十字を切ってお祈りの風情になった。
「なんてきれいな人たち……」
夕べは獲得経験値三倍の狩のイベントがあったはずだ。大猟だったんだろうけど、この祈りの姿勢はハンティング疲れでチャットする元気もなくなってしまって、コマンドを『祈り』にしたまま離席している。トイレに行ったかコンビニに朝ごはんを買いに行ったか、ひょっとしたら着の身着のまま寝落ちしているのかもしれない。姫騎士と竜騎士というのもアバターの話で、リアルは何者か分かったもんじゃない。
「それ、アバターだから……」
佐伯さんの夢を壊さないように遠慮気味に言う。
「この人たちプレイヤーなの? CGアニメかと思ったわ」
ほとんどデフォルトの三人だけど、デフォルトならではの完成度がある。佐伯さんに憧れの目で見られているプレイヤーのネタバラシをしてやりたくなった。
「簡単だよ、こういう具合に……」
アバタープロダクト画面を出した。そして、さっきの姫騎士のイメージで美少女を作り上げる。時間はたったの三十秒。
「すごい、魔法みたい!」
で、調子に乗ってしまった。
「これじゃ、さっきの姫騎士のまんまだから、ちょっと手を加えようか」
「うんうん🎵」
髪形を佐伯さんと同じ内ハネのシャギーにして髪艶を少し上げた。
「あ、トリートメント直後ってこんな感じ! 胸は少し小さく……」
「自分でやってみる? このメニューをクリックしたら詳細設定ができるから」
「あ、うん、やってみるね」
ツボにはまったのか、佐伯さんは目を輝かせて熱中しだした。勉強している時とはちがって、楽しい緊張感が嬉しくなってきた。優姫に邪魔されたくないので、オレは自分でお茶を入れにキッチンに下りた。
「あ、いま淹れようとしてたのにい」
いつの間に買いに行ったのか、テーブルの上にはコンビニのケーキが三つ並んでいる。これはムゲには断れない。
で、兄妹二人、お茶とケーキを持って二階に上がる。
「ワー、すごい! 佐伯さんそっくり!」
入るなり優姫が感動した。
「すごいのは、このゲームよ。首から上だけでも百以上エディットできるのね、なんだか楽しくなってきちゃった!」
「もっとすごいんですよ♪」
優姫は佐伯さんの隣にいくなり操作を開始した。
「きゃ!」
F8ボタンを押したのだ、アバターが裸になって、佐伯さんは小さく悲鳴を上げた。
「ボディーもこと細かに設定できるんですよ~」
なんでそこまで知っている優姫?
「ふ、服着せてください~(^_^;)」
「あ、ごめんなさい。お兄ちゃん、あっち向いて!」
「う、うん」
後ろを向くと、ガールズトークが始まった。瞬間驚いた佐伯さんだが、エディットが面白くなって、前を向くお許しが出たのは十分後だった。
「お兄ちゃん……ごめん、上書きしちゃった」
「え、あ、また上書きすればいいんだから……? 優姫、固定のボタンクリックしたか?」
「え、あ、保存した……んだけど?」
オレのアバターは佐伯さんのまま固定されてしまった、下手に作り直すと経験値もスキルも消えてしまうことに五分後に気づいたのだった……。