来年はドンナ・エルヴィーラをやるので、ドン・ジョヴァンニのヴォーカルスコアをパラパラと見ているが、合唱の出番がものすごく少ない。確か「魔笛」も少なかったな。そして、蕁麻疹レベルのつまらなさだと思えた。
歴史的な天才にこんなこというのはどうかと思うけど、モーツァルトのオペラって、テノールだけではなく合唱に対してもお粗末だと思う。
市民オペラの演目を見て感じるのは、やたらモーツァルトが多いということ。
「モーツァルトは基礎」という指導者もいるし、ソリストの男女比もイタリアオペラほど偏っていないためかと思う。
あくまで合唱目線でいくと、ヴェルディのオペラの方が、出番は多いし、立場も「村人」ではなくて、ドレスを着て貴婦人のような服装をさせてくれる、しかもソリストに緊張感を与える役目まで果たしているではないか。
けど、モーツァルトのオペラ合唱は、ほんの少しの大して楽しくもない出番ために、名前を覚えられることさえなく、時間を拘束されて・・・
モーツァルトのオペラ合唱をやったこともないソリストが「オペラ楽しいよ!」って、本当にイラっと来るのだ。合唱相手にドヤ顔するヒマあれば、「さすがソリスト!足元には及びません」という歌が歌えるように努力すれば良いのだ。
これで、「敬愛するソリスト様のために雑用や運営のお手伝いをして、同じ舞台に出れる誇りを・・・」なんて思うのは、まるで●隷のような・・・、あまりにも素直で謙虚な心根の方であろうと思う。もっとも動機は人それぞれだと思うから、他の人をディスる気はないけどね。
何度も本番を公演している演目の譜読みばかりずっと繰り返しても、何の進歩もないでしょ。
どうせ合唱をするのなら、合唱曲専門の合唱団の方がずっと面白そう。宗教音楽とか第九とか合唱組曲とか・・・
しかしながら、原語でオペラを演奏する複数のアマチュア団体の合唱を渡り歩いている人も存在するということを知った。同じ演目を色々な団体で歌う、練習は直前だけ、ということらしい。
なるほど、オリジナルオペラの団体にはいないタイプですな。
オペラ合唱は、すごく自宅から近くて、かつ原語でやらせてくれ、さらに時間的・労力的余裕があるのなら考えても良いかも。