山形の過去、現在、未来

写真入りで山形の歴史、建物、風景を紹介し、併せて社会への提言も行う

ボカア(ボクは)幸せだなあ

2008-02-28 21:12:38 | Weblog
 2月もいよいよ末だが、節分が過ぎたら逆に降雪と低温の日ばかりが続き、地球温暖化などウソの話みたいだ。この家の住人(家主は我輩)は“学識”をひけらかして、寒冷化も温暖化の一環だなどとわけのわからないことをしゃべっている。
 ともかく外の雪景色は飽きたので、もっぱら暖かい部屋で眠ることにしている。
 まぶたの中にはタンポポの花が咲き乱れている夢模様が映っている。
 いい気分だ。幸せだ。

◎シリーズ「こご、ドゴだべ?」の回答
・(15)1月25日・・・天童温泉のウェディング用のチャペル群
・(16)1月28日・・・宮城県村田町の店蔵の街並み
・(17)1月30日・・・光禅寺(鉄砲町)の遠州流庭園
・(18)1月31日・・・北山形駅西側(旧皆川町)の旧家
・(19)2月6日・・・・西山形方面の丘陵地帯 手前の三角の山が富神山
・(20)2月9日・・・・山辺町の安達峰一郎(ハーグの国際司法裁判所所長)の生家
  ※ 是非もう1回見でけろ(ご覧ください)!
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クラクラする白亜の蔵屋敷

2008-02-26 23:49:36 | 建物
 ↑ 「上」旧羽州街道沿道の旧長谷川家の蔵店 「下」同裏門

 近年まで家電会社の事務所が入居していたが、閉鎖されて何かの工事がなされようとしていたため、城下町山形のシンボルともいうべき豪商の華麗な蔵店もついに解体かと心配されたが、どうやら“化粧直し”の工事であることがわかり安堵したところであった。
 でも、装いも新たになってしばらくなるが、未だに“閉店”の状態である。
 風聞では、中心市街地の町興しに役に立つ施設として再出発を待つ段階らしい。
 今までは、この旧羽州街道沿いの蔵店の部分しか見られなかったが、現在は裏側の外観も眺められるようになった。これも道路特定財源の暫定税率のお陰のようである。
 というのも、裏側に“要るのか要らないのか不可解な都市計画道路”が新設され、この豪商屋敷の裏側部分も削りとられたからである。
 それにしても表に2棟(店蔵)、中ほどに1棟、裏手に2棟の計5棟の巨大な土蔵が現存している。以前はもっと多くの土蔵があったとも聞く。まさに東国の大坂の豪商屋敷にふさわしい。しかもまばゆいほどに“美白”になって、クラクラしてならない。
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塀の中にはどんな面々の方がた?

2008-02-24 22:56:41 | Weblog
 石垣の上に最近緑色の無粋な塀が建てられたが、さて、この塀の内側はどうなっているのであろうか。
 ヒントは上の写真の右側の古風な建物だから、大体察しがつくはずである。
 そう! 塀の内側は寺院の境内であり、ほとんどは墓地である。
 それならば何ゆえに長い波板トタンの塀で囲わねばならなくなったのか。
 それは近々ある“行政的行為”が実施され、人によってはかなり正視に堪えない情景になるだろうからである。
 今やこの塀の内側を基点にホトケ様(ご先祖様)たちの大強制民族移動作戦が展開されようとしている。移動先はシベリアや中央アジアというわけではないが、とにかく安住の地を追われることになる。
 何のため? ここの手前と背後には既に都市計画道路が切り開かれているのだが、ホトケたちの頑強な抵抗!?のため連結が先送りされていた。それゆえ、この墓地の移転は行政側の長年の懸案であり“夢”であった。住民の要望の有無については知らない。
 ともかく道路特定財源の暫定税率による税収がまだ確実なこの短い時期のうちにやっておく必要に迫られたからなのだろうか。
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犠牲者量産の“国家資格”

2008-02-22 23:48:27 | Weblog
 国家資格の大半は特定の職業に就くためのもので、国家試験の通過が前提となる。例えば医師や弁護士になるためには医師国家試験や司法試験の難関をくぐらなければならない。司法試験に合格しながら弁護士、判事、検事などの司法関係職業のいずれにも就かない人は稀である。
 だが、数ある国家資格の中で特定の職業名が被されていない資格が一つだけ(たぶん!)存在する。
 それは同時に国家資格の中では最も大衆的なものであり、そのための国家試験の受験者と合格者数は成人人口の大半を占めている。だが、それだけ“大衆的”なだけに、これほど杜撰で甘い国家試験と国家資格は無いと言えよう。
 なぜなら、この国家資格所持者による国家資格行為により毎年数千人の生命が失われているからである。ここ数年はその犠牲者数は減少して昨年は五千人台にまで低下したが、それでも五百人の乗りのジャンボ機が11機ほど墜落したのに匹敵する数であり、負傷者はその百倍ほどになる。
 その国家資格とは「自動車運転免許」であるが、医師や弁護士のように特定の職業を表す資格ではない。しかし、つい最近まで交通ルール違反でない不注意等による交通事故の罪状が「業務上過失」と称せられていた(※)ことからも、車の運転は職業上の行為と同然視されていたのであり、数十年前は確かに運転免許所持者の大半は職業的ドライバーであった。(※福岡での3人の幼児が飲酒による遊興ドライブで犠牲になった事故もその時点では「業務上過失」による事故とされた。)
 その職業的ドライバーの割合がずっと高い時代ですら事故数はすこぶる多く、運転免許制度はスタート時点から杜撰さに満ちたものであり、大衆化に伴い、年毎に交通法規は緻密化、厳格化したものの、犠牲者は依然として膨大である。
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聞かれない「欲しがりません、勝つまでは」

2008-02-20 22:00:09 | Weblog
 ↑ 山形市街地東部を南北に走る国道13号と山形のシンボル千歳山。ここだけで1日あたりの二酸化炭素排出量はいかほどか? 顔写真は左から菅氏、東国原氏、麻生全国知事会長

 民主党菅代表代行と東国原知事との対談を聞いて、大同小異という感じがした。 片や道路特定財源廃止論、もう一方は堅持論であって、主張は正反対のようであって、「必要な道路造り」を主張する点では一致しているように感じた。しかもその道路とは自動車道路であって、とりわけ高速道路のことである。
 さて、今年の洞爺湖サミットでは「地球温暖化抑制」が主要テーマだという。 なるほど、日本国内では地球温暖化という言葉が聞かれない日はないほどに、すっかり日常化しており、多くの国民がその脅威を感じ、官民ともにその抑制策が様々に語られている。だが、二酸化炭素排出の主役たるクルマの走行(※注)の大胆な抑制が提唱されることはない。せいぜいエコドライブとかアイドリングストップ程度である。それどころか、道路建設なくして地方の自立はありえないとの論調が地方政界では支配的である。
 だが、立派な道路ほどクルマの走行量は多くなり、更に高速化に伴い二酸化炭素排出も増加する。つまり「地方の自立」と「地球温暖化抑制」の両立は困難なのだ。まさに、総論として、誰しも地球温暖化抑制は大いに賛成だが、各論として道路建設抑制には反対の声が高まるようだ。これぞ「総論賛成、各論反対」の見本なり。
 戦争中、国民は贅沢を抑制され、「欲しがりません、(戦争に)勝つまでは。」と言わされたが、「道路は欲しがりません、地球温暖化の脅威に勝つまでは。」と宣言する都道府県知事は一人も居ないようである。・・・居るわげないべした。

 ※注:クルマの走行のみは二酸化炭素の全排出量の20%程度だが、クルマ社会を支える石油輸送、火力発電、車体・部品生産、販売、道路建設、損害保険事務、警察業務、等々に伴う二酸化炭素排出の総量は40%を超えても不思議ない。  
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こごドゴだべ? ドゴでもええべした~

2008-02-18 23:51:39 | 街づくり
 こんな都市景観になると、まったくどこの都市のものかわからなくなるし、どこでもよい感じになる。
 ヤマガタ・オリジナルのデザインのビルなどどれ一つない。
 ただ、ビルの配置が異なるだけでしかない。
 それでも、ようやくヤマガダにも準超高層ビルが林立して現代都市の仲間入りをしたと喜ぶ市民もいるに違いない。
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羽州山形ルネサンス神宮の祭礼?!

2008-02-16 17:13:31 | 郷土史
 昔々このあたりは「万日河原」と申して、今はもっと市街地の東北方に流れている馬見ケ崎川の旧河道の跡地であって、現在も「八ケ郷堰」という用水路が流れているが、河原の跡地だけあってあたり一面に大小の石がごろごろしていたばかりでなく、地下水が溢れ出ることも多かった。
 でも、明治以前には寺院もあって、暑い夏には境内の広い池の周りでは多くの城下民が集い、花火などを楽しんでいたらしい。
 明治になってここに県庁舎が建てられたが、工事の際には色んな人骨が発掘されたというが、行き倒れ人や身寄りのない遊女たちの遺骸が埋葬されたもののようだ。
 そして現在英国ルネサンス様式の旧山形県庁舎(国重要文化財)は大正5年の建造。
 最近の官公庁舎は機能本位だから外観はまったく風格に欠けるが、この旧県庁舎は各所に優美な意匠が施され、その典雅にして荘重な姿には頭(こうべ)を垂れたくなる。いわば欧州風神宮の趣きである。

[写真] ちょうど今日は旧初市が文翔館前広場で開かれており、数多くの露店や出店が並ぶとともに、正門のすぐ内側には「市神」の祭壇が設置されていた(左)。「右」は伝統のだんご木と旧県庁舎との華麗さの競演
 
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ホトケ様もSt.Valentineの心あり

2008-02-14 22:30:00 | Weblog
 今日、山形の商店街を歩いたら、菓子店では当然の如くバレンタイン・デーのチョコレートが売られていた。
 ところが、更に歩くと仏壇店があり、ガラス戸の前には写真にあるような黒板にバレンタイン・デーに関連することが記されていた。
 確かに聖バレンタインは古代キリスト教の司教のはず。でも、日本史と世界史を紐解けば仏壇店がバレンタイン商戦に加わってもおかしくないことがわかる。

 「イエス・・・一人の癩病人のみもとに来たり・・・癩病ただちに潔れり」
 これは新約聖書の「マタイ伝」の記述(文語訳)であり、奈良の興福寺五重塔を建てたと言われる聖武天皇夫人の光明皇后は帰化ペルシァ人の顧問医師から漢訳聖書のこの一節を説き聴かされて感動し、貧しい人たちのために悲田院、病人のために施薬院を建立して自ら癩病人の施療も行ったと伝えられている。その元ペルシァ人は既に中国に広まっていた景教(ネストリウス派キリスト教)の信徒であった。

 聖バレンタインは結婚を禁止されていたローマ軍の兵士のために結婚式を司式したり、失明の少女の目を治したりするなどして当局の怒りを買い、2月14日に処刑されたと伝えられている。こうして「愛の聖人」として尊敬されるようになった。なお、ラテン語ではヴァレンティヌスとなるが、「健康」「丈夫」の意味があり、「病人のための聖職者」としても尊敬された。

 ここですっかり仏壇屋のロウソク宣伝、五重塔とバレンタイン・チョコレートとは「赤い紐」で結ばれていることが理解できよう。
 さ~て、古代の山形にも光明皇后の顧問医のような彫りの深い顔立ちのアーリア人が訪れたかどうかのカギは、07年4月16日の記事(←クリック)に記載されている。
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氷に浮かぶ「山の形」の大学

2008-02-12 23:44:04 | 建物

 数十年前までは一面の棚田が広がっていたあたりに建造されたのがこの大学である。
 棚田が途切れる所には城砦のような豪壮な禅寺があり、鐘楼から望む山形盆地と市街地の眺めはなかなかのものであった。
 今はこのカメラの位置からはその寺の姿は大学の建物に完全に隠れて見えない。
 厳寒期のゆえに山の形をしている大学本館の前の人工池は氷でおおわれ、一見寒々とした景観ではあるが、内部では卒業生たちの研究・制作展が全学挙げて開催されており、多数の市民の参観もあって賑わっていた。
  → 写真をクリックにより画面拡大(前方は能舞台)
→ 2/13-19:30までは拡大しませんでしたが、今度こそ拡大します。
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世界遺産級の冬景色・・・山寺

2008-02-11 23:56:37 | 風景
     
 この写真は数年前の撮影であり、手前の右手の小ビルは既に解体されて駐車場になっているが、山寺の境内を包む宝珠山はまさに今の時期は文字通り“宝珠”の如く美しい。
 厳冬期であるだけに樹木にかぶさった雪も凍結して霧氷化しており、幾つかの巨岩の雪帽子も陽光にきらめく光景は格別である。
 しかも晴天のもとでは宝珠山の雪景色は一層引き立って見事なことこの上ない。
 山寺は、新緑期や紅葉の季節が有名であるが、厳冬期の美しさも「一見すべきよし」(奥の細道)である。 (写真はクリックにより画面拡大)
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