山形の過去、現在、未来

写真入りで山形の歴史、建物、風景を紹介し、併せて社会への提言も行う

芸術作品としての山形の蔵 (2)

2006-11-30 22:56:23 | 建物
 屋敷の奥の方に荘重な姿が垣間見られるのは土蔵の正面(妻の部分)である。
 山形の土蔵には豪壮なものが多く、「富の象徴」として建造されたものであるが、このように屋敷の奥の方に位置している場合が多い。
 せっかく高額な費用で建造するのなら、もっと多くの街往く人達に見せ付けるように公道のすぐそばにでも建てればと思うが、それは「控え目」で「奥床しい」山形人のこと。外観を見せ付けるよりも、山形人は実質的な富の蓄積こそ大事と思うのである。
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芸術作品としての山形の蔵 (1)

2006-11-29 23:28:49 | 建物
 従来も時折り山形の土蔵を紹介しているが、今回から比較的集中的にシリーズとして紹介したい。ただし、紹介するのは現在も個人所有の物件として現存するものなので、所在地などは特に記載しないことにしたいので、ご了承ねがいたい。

店蔵でもないのに珍しく直接公道に面した土蔵。
 窓が上部に四つ、下部に三つ。この窓の配置も芸術的に見える。

 
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新校舎でも「いじめ」やまず

2006-11-28 23:08:57 | Weblog
 山形県立高畠高校は映画『スウィング・ガールズ』のロケが行われた高校であるが、出演者の中にはいずれもNHK朝の連続ドラマですっかり人気者になった上野樹里さん(てるてる家族)、本仮屋ユイカさん(ファイトの主役)、福士誠治さん(純情きらりの達彦役、映画では女の子が憬れる野球部員役)などがいる。
 ロケが行われたのは旧校舎であり、ロケが終わって程なくして新校舎へと改築されたが、今月の22日に女子生徒が渡り廊下の上から飛び降り自殺している。いじめを苦にしてと考えられている。本当に心が痛むことである。
 映画では旧校舎でブラスバンドに励む女生徒たちが描かれていたが、自殺した女生徒もブラスバンドに所属していたことがあるという。
 近年の教育界は校舎などの「ハード」の充実に力を入れてきた感があるが、新校舎も(あるいは、新校舎だから?)生徒たちのいじめ、いじめられを抑制する力を備えるには至らなかったようである。
 ※ 写真は高畠高校のロケが行われた旧校舎(関連HPより)
   何となく開放的な温かみを感じる
   
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我輩の猫背は気候変動のせい?

2006-11-27 23:00:45 | Weblog
 昨日の朝は氷点下2.8度まで下がったが日中は温暖、今朝はプラス5度を超え、日中は雨のため寒いという具合で、最近の天候は不安定だから、我輩はどこで休んだら(「休息」が我輩の主要な仕事!)よいのか、迷ってしまう。
 それでも県境の千数百mの山々も白くはなっていない。やはり温暖化が進んでいんのんねが(進んでいるのではないか)ズ~。
 我輩はとしょた(年取った)ス、ちぇぺっと(僅かに)の寒さでも猫背になてすまうのよっす~(なってしまうんですよ)。
 今週末の天気予報では雪ダルママークが多くなるようだが、我輩の猫背がますます顕著になるかどうかはニャンとも言えない。

★ワンポイント山形語   会話の末尾の「・・・ズ~」
 映画『スウィング・ガールズ』は山形県南部の置賜地方を舞台にしたものだが、女子高生として出演した多くの女の子たち(今や有名女優となった上野樹里ちゃんも)がこの映画の中で盛んに「・・・ズ~」を口にしていた。「・・・ですよ」を更に強調した意味になるが、置賜地方よりはむしろ山形を中心とした村山地方で口にされることが多い。
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土蔵の街やまがたでの活用例

2006-11-25 14:12:40 | 建物
 山形は土蔵が多い。建築年代は江戸末期のものもあるがごく少数で、多くは明治以降の建造である。特に明治後期の2度にわたる大火以降耐火建築としての建造が盛んになったようだ。むろん、それだけでなく、そのどっしりとした構えと外観は社会的ステイタスを他の市民に示すうえでも有効で、富の象徴でもあった。これだけ多くの土蔵(普通「クラ」と呼ばれる)が建てられたということは、昔から山形には富裕な市民が多かったということにもなる。
 ところが残念なことに、公道からその雄姿を眺められる土蔵は意外に少ない。多くは「ウナギの寝床」のような奥行きの深い敷地の奥の方に隠れている。
 だが、最近は道路拡張や新設、敷地の公道に接する部分の建屋の解体(→駐車場化)などにより公道を通る人たちに姿を現す土蔵が増えている。
 しかし老朽化により解体が迫られる土蔵が多く、所有者の苦悩は大きい。
 それでも土蔵の存在感あふれる荘重な雄姿と美しさに見せられている学生などの若者たちが中心の「蔵プロジェクト」(←クリック)という集まりが数年前に結成され、古い土蔵の保存と利活用に関する活動が進められている。
 この写真の土蔵も蔵主と彼らの協力により工芸作品等を展示する施設としてこのほどオープンしている。
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アスファルト豪商どもが夢の跡

2006-11-24 23:59:28 | 街づくり
 かつて豪壮な土蔵を連ねた豪商の屋敷とその周辺も戸主家族が県外に移住してから暫く更地となったままでおり、その後何か大きなビルでも建つのか、マンションにでもなるのかと思っていたが、このほどとうとう一面が鏡のような真っ平らなアスファルトの平面となり、ただの駐車場となってしまった。
 駐車場は駐車場で、雨水が地下に浸み込む透水性舗装にするとか、もっと所々に樹木を植栽するとか、多少とも環境や景観に配慮したものであってほしいものだが、「環境先進都市」の謳い文句とは裏腹の状況が進行している。
 「駐車場産業」しか発展しない街は「傷が拡がる街」でしかないのである。
 ただし、これは山形だけのことてはなく、日本全国の都市で見られる重度の“感染症”と言えるものである。
 山形の場合は明治末期の市北大火以来、大火も震災や大きな風水害もなく、戦災にも遭わなかっただけに、すごい速度で街並みの崩壊が進んでいることにやりきれない思いをしているのは私1人だけではないであろう。
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日本兵消え、米兵の陽気さが満ちた写真館

2006-11-23 23:24:40 | Weblog

 大正10年に建造され山形市中心部で栄えた旧写真館だが、約10年前に廃業するまでの山形の近代史と現代史を見つめてきた“生き証人”である。
 大正期としてはまだ珍しい洋風外観だが、当初は被写体の客はほとんどが和装で、次第に軍人や官吏、学生などの洋装組の出入りも多くなる。 戦時色が強くなると出征兵士の撮影で賑わったが、敗色が濃くなるにつれスタジオは陰鬱な雰囲気に包まれるようになる。
 終戦となり、間もなく近くに進駐米軍部隊の本部が置かれて多数の米軍将兵が訪れるようになり、中には硫黄島や沖縄での激戦を潜り抜けてきた兵士もいたかもしれないが、スタジオは陽気な声で満たされることが多かった。

 ↑ またまた旧宝幢寺庭園(本日午後3:30現在)⇒ 本日のオマケ 
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虐められ傷だらけの「街角」

2006-11-22 23:45:25 | 街づくり
 
 ↑ ↓ 国道112号と県道が交差する地点の東北角と東南角(歩道の内側に駐車場があるのに注目) 文章の下の写真と見比べでけらっしゃい(ください)。

 ★ 品格ある?山形の街並み(続編)←クリック
 
 学校での虐めっ子、虐められっ子の問題が深刻化した根源は写真の景観と底流で連結しているように思えてならない。
 市街地が急速に郊外へと膨張しているということは、それだけ農地が潰されていることを物語り、農村が農村らしくなくなっているのだが、それと連動して市街地も大いに荒廃しつつある。
 特に地方都市のスプロール化(膨張)はクルマ社会の進展と表裏一体である。
 住宅地だけでなく商業施設も公共施設、学校、病院なども広い駐車場を備えた広い敷地を求めて郊外へシフトすると当然市街地はさびれ、栄えるのは「駐車場産業」のみになる。しかも、クルマ社会に適応できずに衰退した古い商店等の跡地を狙って駐車場はあちこちに乱雑に造成され、それゆえ市街地の景観は大きく崩される。
 とりわけ以前は「街の顔」であった交差点や三叉路の角地ほど景観の崩壊が目立ち、なんとも茫漠、殺風景な姿と化している。
 中心市街地が「負け組」だとしても「勝ち組」が誰かは見えにくい。ただし、市街地が虐めの対象となってきたことだけは確かである。
 ともかく、「発展」の名のもとにこのような荒涼とした都市景観しか築けないできた大人社会のもとでは子どもたちの心がすさむのも当然なのかもしれない。

 ↑ これぞ文字通りの「環境先進都市」ドイツ・フライブルク市
   クルマ抑制により歴史的建造物も数多く荒廃を免れている
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ここにも燃え盛るモミジが

2006-11-20 23:01:49 | 風景
 いかにも時代劇映画の登場人物たちが現れて来そうな背景だが、ここは過去にも何度か記事にした専称寺の本堂前のモミジの姿である。
 NHK大河ドラマ『功名が辻』でも豊臣秀吉によって惨殺された関白豊臣秀次の妻妾たちの姿がほんのわずかばかり現れたが、その中の1人が山形城主最上義光の愛娘の駒姫である。その時わずか15歳であったという。この寺は駒姫の菩提を弔うためにこの地に建立されたと言われているが、この寺の巨大さは城郭に匹敵するから山形城の東の備えとも考えられる。
 それはともかくモミジはやはり美しい。駒姫は“東国一の美女”とも言われていたようだが、このモミジは駒姫の化身なのだろうか。
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紅葉と黄葉 IN霞城公園(3)

2006-11-19 22:43:02 | 風景
 紅葉と黄葉が今年は遅いのか、それとも必ずしもそうではないのか、カメラのタイミングを探るのには悩ましい限りであり、今日も日曜日で「ブログ記事取材休業日」のはずなのに小雨の中撮影にでかけることとなった。
 紅葉と黄葉のどちらにしても樹木によって遅いのもあれば早いのもあり、同じモミジやイチョウであってもどうも「個人差」にかなりの開きがあるようだ。
 しかも同一の幹なのに枝ごとに紅くなるのが早いのもあれば遅いのもある。

 ↑ 霞城公園(山形城跡)西土塁のそばの大銀杏 左手にエドヒガンの古木

 ↑ 同じく西土塁の大銀杏 左右の枯れた紅葉の樹木群はソメイヨシノ

 ↑ 4日後に再訪した旧宝幢寺庭園 色づきは深まったのだろうか?
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