↑ 「上」旧羽州街道沿道の旧長谷川家の蔵店 「下」同裏門
近年まで家電会社の事務所が入居していたが、閉鎖されて何かの工事がなされようとしていたため、城下町山形のシンボルともいうべき豪商の華麗な蔵店もついに解体かと心配されたが、どうやら“化粧直し”の工事であることがわかり安堵したところであった。
でも、装いも新たになってしばらくなるが、未だに“閉店”の状態である。
風聞では、中心市街地の町興しに役に立つ施設として再出発を待つ段階らしい。
今までは、この旧羽州街道沿いの蔵店の部分しか見られなかったが、現在は裏側の外観も眺められるようになった。これも道路特定財源の暫定税率のお陰のようである。
というのも、裏側に“要るのか要らないのか不可解な都市計画道路”が新設され、この豪商屋敷の裏側部分も削りとられたからである。
それにしても表に2棟(店蔵)、中ほどに1棟、裏手に2棟の計5棟の巨大な土蔵が現存している。以前はもっと多くの土蔵があったとも聞く。まさに東国の大坂の豪商屋敷にふさわしい。しかもまばゆいほどに“美白”になって、クラクラしてならない。
近年まで家電会社の事務所が入居していたが、閉鎖されて何かの工事がなされようとしていたため、城下町山形のシンボルともいうべき豪商の華麗な蔵店もついに解体かと心配されたが、どうやら“化粧直し”の工事であることがわかり安堵したところであった。
でも、装いも新たになってしばらくなるが、未だに“閉店”の状態である。
風聞では、中心市街地の町興しに役に立つ施設として再出発を待つ段階らしい。
今までは、この旧羽州街道沿いの蔵店の部分しか見られなかったが、現在は裏側の外観も眺められるようになった。これも道路特定財源の暫定税率のお陰のようである。
というのも、裏側に“要るのか要らないのか不可解な都市計画道路”が新設され、この豪商屋敷の裏側部分も削りとられたからである。
それにしても表に2棟(店蔵)、中ほどに1棟、裏手に2棟の計5棟の巨大な土蔵が現存している。以前はもっと多くの土蔵があったとも聞く。まさに東国の大坂の豪商屋敷にふさわしい。しかもまばゆいほどに“美白”になって、クラクラしてならない。
この記事の蔵は十日町の元店蔵ですね。私もこの様に綺麗な状態で保存されることはとても嬉しくおもいます。
それから、このまえ聞くの忘れたのですが七日町の懐かしいものの展示?は何処で見られるのか場所を教えて頂けたら嬉しいです。(どこかのギャラリーの2階でしたか?)
空いた部分、何が入るのでしょうね。当初聞いていた話とは今は違うかもしれないのですが、「ノブレスオブリージュ」が座右の銘の舅のこと、きっと地域の皆様のお役に立てるようなものにすると思われます。
初めてこの家に夫の婚約者としてお邪魔した日のこと、お蔵の仏間に通された日のことなど懐かしい思い出が写真を拝見して蘇ってきました、ありがとうございました。
和の文化の典型とも言うべき「土蔵」の多いことと、文翔館や旧済生館を始めとする洋館も多いことに県外からの客人も驚嘆して山形を見直してくれます。
天童のSTさん、「七日町の懐かしいものの展示」とは戦前までの七日町・本町の建物のペン画の展示のことだと思いますが、七日町の「ほっとなる広場」を囲む南側のビルの2階の「なのか」という新設の「まちなかサロン」で展示されています。