山形の過去、現在、未来

写真入りで山形の歴史、建物、風景を紹介し、併せて社会への提言も行う

米沢を魅せる・・・山形人と北欧人に

2016-05-31 08:04:17 | Weblog
またまた久方ぶりの投稿となった。
それもFacebookの不具合で投稿できなくなった代役として当ブログを利活用することになったような次第のゆえである。

一昨日の5月29日は山形歴史たてもの研究会の皆さんに米沢芳泉町においでいただいた。
旧行方(なめかた)家(家内の祖父の生家)母屋で地区内の「芳泉町生垣街並み保存会」の会長さんから芳泉町の茅葺屋根住宅の現状とすぐ近くを流れる松川(最上川上流)の氾濫に備えた江戸時代からの対策の歴史を資料資より料にお話しいただき(地区内のご婦人連も聴講)、芳泉町の街路(主として下の町)と河川敷を散策した。

先生の説明を聴くのに精いっぱいで茅葺屋根と河川敷の撮影はすっかり怠ってしまった。上は以前に撮っておいた写真である。

それから、直江石堤、JR関根駅近くの羽黒神社と普門院を訪れた。



どちらも上杉鷹山公が儒学の師細井平洲を出迎えたゆかりの寺社で、どちらも史跡として名高い。
羽黒神社は分厚い茅葺屋根の古色蒼然とした風格満点の霊域であった。
特に屋根に草が大きく生えているのが印象的だ



残念ながら普門院は改修工事のため覆いがかぶせられ、撮影は門と逆さハートが三つの墓石だけにした。




そして、その夜には30年~20年前に山形と米沢に住んでいた米国人とノルウェー人の宣教師夫妻とその娘夫妻の家族、そして随伴のノルウェー人女性が宿泊し、翌日は李山のトトロの森を案内した。

トトロの森の近くの道路では20匹ほどの猿が道路を横断し田んぼに入ったのを目撃した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする