山形の過去、現在、未来

写真入りで山形の歴史、建物、風景を紹介し、併せて社会への提言も行う

昔は表玄関、今は裏玄関

2011-08-30 21:50:11 | 建物

 破風つきの屋根が下と上に計二つの珍しい建物は旅館のようにも見えるが、一体何の建物?
 そう、これは確かに以前は有名観光地の名だたる宿泊施設であった。
 まあ、和風の外観だし、内部もほとんどが和式であるから「旅館」であることは間違いがないが、廃業する以前は固有名詞として「ホテル」を名乗っていた。
 でも、破風つきの屋根が二つもあるのだから、こちら側が表側になり、下の破風がついている部分が表玄関と思われるのだが、それにしてもかなりさびしい感じだ。
 これは数年前に廃業しているからさびしくなっているのではない。
 実は昭和11年にすぐ近くに仙山線の駅ができるまでは確かにこちら側が表側であり、下の破風つきの部分がこの建物の表玄関であった。
 つまり、昭和11年に駅側の方に国鉄(後のJR)利用の旅行客や参拝客が出入りする玄関を新たに造ったために、こちら側が裏側になった次第である。
 だから数年前の廃業よりはるか以前からうらぶれた感じの裏玄関に変貌したのである。
 さて、ここはどこの、以前は何と名乗っていた宿泊施設なのであろうか。

 ヒントは既に二つ出されている。
 それは「有名観光地」と「仙山線の駅」である。

 そして三つ目のヒントは下の風景写真であるが、この建物の二階の廊下の窓、つまり上の写真の二つの破風の間の窓から眺められる有名な風景である。

 なお、次回の記事により回答に代えさせてもらうことになるが、最近の過去の記事と写真も回答を導き出すことになろう。
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露朝トップ会談とヤマガタ

2011-08-25 16:34:51 | Weblog
 前回の記事では蔵王の白洲次郎の山荘(ヒュッテ・ヤレン)について記事にしたので、次に蔵王温泉関係の記事を続けようと思っていたが、ほんのわずかばかり山形と関係のある国際的な大ニュースがあったので、このニュース関連の記事を割り込ませることにしたので、蔵王関連をご期待のかたがたには了承ねがいたい。

 昨日ロシアのシベリア地方の某都市でロシア(露)のメドベージェフ大統領と北朝鮮(朝)の金正日総書記とのトップ会談が行われた。
 えっ、それと我が山形とどう関係があるの?
 あくまで超有名なキム・ジョンイル大将軍様と巨大国家ロシアの最高首脳ながらややこしい舌を噛みそうな名前のためかなかなか名前が覚えられていない大統領閣下(メドベージェフ氏)との会談が行われた場所はあくまでロシア国内であって、山形ではない。
 でも、そのシベリアの都市はブリアート自治共和国の首都であるウラン・ウデ市は山形市とは姉妹都市の関係にある。
 だから、両市の友好事業のために市民相互の訪問も行われている。
 ただ両首脳と山形との関係(というよりは関連)はその点だけのことである。
 それにしても時期が時期だけにウラン・ウデとは原発のウラン燃料を思わせるような名前の都市なので、ロシア大統領の名前よりも覚えられやすいのかもしれない。

下記の姉妹ブログにより原発関係の記事をご覧あれ。
             「島国ニッポンの山国から」←クリック

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原発鎮圧をヤレンとは嘆かわスい

2011-08-22 22:59:19 | 建物
 天は二物を与えずなんてありえない。
 かつて若い女性たちの理想の結婚相手として「3高」なる条件がもて囃されたことがあった。すなわち、「高収入」「高学歴」「高い上背」のことである。
 確かにこの「3高」を具備した男性が実際にかなり存在はしていたし、現在とてほとんど変わりがあるまい。
 つまり、既にこの時点で「二物」を凌駕しているのだが、3高どころか6高以上の恵まれた条件を具備しながら、戦中から戦後にかけて日本はむろん世界にかけて各方面で強烈な個性を振りまいた数えきれないほどの男が居た。
 彼は上背だけでなく鼻峰も高い映画俳優並みのイケメンで、裕福な家庭に生を受け、プライドも高いだけでなく鼻っぱしも強く、実務的才能も周囲から高く評価され、戦後は新憲法の草案や吉田茂首相の懐刀として内政外交にも力を尽くした。
 なんと、その人物の旧山荘が我が山形市の蔵王に現存している。
 その山荘の前にはHUTTE YARENと記された表示板が立っている。
 つまり「ヤレン山荘」であるが、それにしても「ヤレン」とは何ぞや?
 スキーが好きであるはずの山荘建て主の彼が「スキーはなかなかひゅうっとはやれんものだ」と言ったことから山荘にそのように名づけたということらしい。
 その彼の名はまさしく名にし負う白洲次郎
 夫人は随筆家として有名な白洲正子
 それにしても何でこの超有名夫妻の山荘が蔵王にあるのか。
 それは彼が政界から身を引いてから東北電力の会長に就任して山形支社に訪れる機会が増えたのを機に蔵王に山荘を築いたからである。
 むろん彼は東北電力時代もかなり辣腕をふるったようだ。
 現在、東北電力が持つ原子力発電所は女川と東通の2か所だが、女川の1号機の稼働開始は1984年で東通はずっと新しいから、たぶん彼の東北電力在任中は彼は直接この2つの発電所の建設にかかわってはいないようだ。
 だが、彼は日本の原発の歴史の上では原発の積極推進派であったと言われている。
 クルマ社会の肥大化が日本を原発列島にしたとも言えるのだが、高齢ドライバーの草分けとも言えるほどの彼なら当然「文明の利器」(凶器)の最高位の原発建設に積極的であったとしても不思議ではない。
 それでも、かつて政権の中枢に居ながら「反骨の士」でもあり、東北電力時代は現場の下積みの作業員たちに優しく接していたという彼は天国から福島原発(東京電力)の大事故をどう見ているのであろうか。
 放射性物質の大気への飛散はだいぶ治まったようだが、汚水処理はまだまだ予断を許さない状況で、海水や地下水への流入の心配は続いている。
 なんで早くヤレンのか?と天上の彼も天国に居る気分ではいられないに違いない。
 彼が山形と蔵王で覚えた山形訛りでの「嘆かわスい」の叫びが聞こえるようだ。
 
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待ちに待ったぞ! 山寺ホテル

2011-08-20 10:23:30 | Weblog

 季節外れの雪景色? あえて山寺駅前の景観が最も美しい時の写真を搭載した。

 この降雪前の写真は数年前に訪れて<特別に>内観させてもらった時のものである。

 松尾芭蕉が『奥の細道』に名句を加えたことで有名な山形市の山寺の表玄関ともいうべき山寺駅を出て正面で出迎える建物が明治から昭和にかけて建て加えられた山寺ホテルであるが、数年前に廃業し、老朽化のために建物自体の存立が大いに危ぶまれており、観光客どころか地元民すら内部に入ることなど困難であったこの建物が期間限定ながら本日8月20日から美術品展示会場として多くの観光客なども立ち入ることができる運びとなった。
 山寺駅から出てすぐ目につく和風の外観のこの旧山寺ホテルは、東北地方有数の名刹とともに山寺のシンボル的な存在であり続けてきたが、寄る年波に敗北寸前のありさまであったが、もし、山寺の優れた景観を強く引き立てるこの建物が解体されて単なる更地と化し、ひいては駐車場や超現代的なけばけばしい建物にでも変貌したら既に国際的観光地としてせっかく多くの外国人観光客が訪れるようになりながら、破壊的観光地としておおいに不評を買うであろうことは必然とも言える。
 ただし、この場合、所有者の方や地元の人たちにのみ責任を押し付けるべきではないが、特に行政に対して強く心しておくよう願いたいものである。
 はたして、この展示会(「山寺 祈りの芸術際」の一環 8月は20日~9月4日)の終了後もこの旧山寺ホテルは国の名勝山寺の重要施設として利活用が見込まれるのであろうか、大いに注目したいところである。
  「山寺 祈りの芸術際」について詳しくは ↓ または下の案内チラシ
 http://www.yamaderakankou.com/campaign/inori.html

 なお、「芸術際」と、「祭」の字でなく「際」となっているのは敢えてのことらしい。
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昨年の今頃は・・・

2011-08-18 20:01:51 | 旅行、小旅行

 当ブログを一週間以上更新していないというのはきわめて珍しいことである。
 でも、やはりブログ主もいよいよトシなんだはあ、なとど言うなかれ。
 旧盆を挟んだということもあり、やはり何かと多忙であったことは確かである。
 しかもここ十日間ほど街や野外の写真を一コマも撮影していない。
 そこで思い出したのは昨年の今日あたりは何をしていたのかということである。
それで当ブログの丁度一年前の記事を開いてみたら、その記事掲載の2日前に山辺町を再訪した時のことが記されていた。
 その時、何を発見したかについては上とこの下の写真のとおりである。(写真も昨年のと同一)

 江戸時代初期まで続いたいと小さき城下町での可愛らしくも涼しげな情景である。
 記事の文面については下記URLをクリックのうえご覧あれ。
   http://blog.goo.ne.jp/rekishi-huukei/d/20100818
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世界遺産候補?の最新建築

2011-08-09 23:45:38 | 街づくり
 写真映りが悪いのか、どうも目がちかちかして見ずらい建物が山形市の中心部に新しくお目見えした。
 でも、写真のせいだけではなさそうだ。
 肉眼で見ても、やはり目がちらちらしてくるデザインの建物だ。
 それでも施工主と設計士たちは市の中心部に建てられるために外観のデザインにはかなり配慮したようである。
 ともかく、鉄骨やコンクリートなどの建材が道路を歩く人たちの目にもむき出しになったり、駐車するクルマの姿がもろに見えたりして無粋無骨な感じにならぬよう努力したと思われる。
 現代建築はとかく機能本位のために外観デザインが殺風景になりがちだが、とりわけ駐車ビルほど無骨な現代建築はないと言える。
 もし、駐車ビルで将来文化財になるものがあるとすれば、それこそ奇跡である。
 文化財と言われるものには国宝や国の重要文化財のレベルから都道府県や市町村の指定文化財、登録有形文化財に至るまで様々あるが、世界遺産の中の世界文化遺産も文化財と言えよう。
 クルマ社会はもはや飽和状態に突入した感があるが、クルマ関連の建物の中で、とりわけ駐車施設の中から一つでも世界遺産になりうるものがあるだろうか。
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「なでしこ」比べ

2011-08-06 23:27:47 | イベント

 朝の天気予報では午後には降水確率50%ということであり、実際に午後には入道雲(積乱雲、一番下の写真)が幾つも発達して雷鳴がとどろき渡った。
 最近は降水確率が30%程度でも午後や夕刻にはゲリラ的に激しい雷雨となる場合が多いから、花笠パレードも雷雨に見舞われるのではないかと心配された。
 だが、上の写真の優美な踊りの女性たちの一団が雷雲を追い払ってくれた。
 だから、わざわざ被災地や関東方面から見物にかけつけてくれた観光客は充分に艶やかな踊りを堪能できたに違いない。
 最近は「なでしこ」と言うと、若い世代では茶髪ぞろいの「けっとばし」一団(すぐ下の写真)のことしか思い浮ばないのかもしれない。

 でも、少し年かさが増した世代ならば、茶髪が支配的な一団が「なでしこ」と呼ばれることに少なからず違和感を覚えている者が多いはずである。
 それが昨日から明日までの三日間山形の中心市街を踊りながら練り歩く女性たちの優美さにこそ「なでしこ」らしさを実感できたのではないだろうか。
 彼女たちは身の動きが優美だけでなく、雷雨すら追い払ったのである。
 さて、「なでしこ比べ」にはどちらに軍配を!
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やはり日本人はサクラが好き

2011-08-01 18:10:41 | 時評
  今日から8月だというのに何で桜の写真?
 桜は日本の国花。国の花だから春にだけ咲くのはもったいない。
 でも、サクラなら、春はもちろん、暑い夏でも雪の降る冬でも、錦織りなす秋でも、そりゃあ日本ではいつでも咲き誇りえるものだ。
 それにしても上の桜の写真は奇妙すぎてわけがわからないのだが、何で「プルサ・・・」とかの文字が掲げられた集会の様子のような写真が割り込んでいるのだろうか。
 そう言えば、ここ数日は「やらせメール」だとか「やらせ発言」だとか、「○△社員の大量動員」だとかの言葉がマスコミを賑わしている。
 春の城跡公園や水清らかな川辺には桜の花が咲き誇るが、ある種の小難しい内容のシンポジウムならかなり広い会場の座席が一般市民で埋め尽くされることはないはずなのに、結構満席になるということはあるものだ。
 でも、桜の花は美しいものの、だいたい同様な色合いなのと同じように、これらの重たいテーマの集会での参加者の顔ぶれもまた似たり寄ったりの没個性的であるという場合が多い。
 枯れ木も山の賑わいという諺(ことわざ)があるが、これらの“動員組”の没個性集団はまさに「枯れ木」であり、桜ならぬ色気に乏しいサクラなのであり、見た目は満員御礼の賑わいとなる。
 
 さ~て、この記事のどこが山形と関係があるの?
 関係は大あり。桜の写真は山形の城跡公園での撮影である。
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