快晴。夜風が冷たい。
田代志門「死にゆく過程を生きる 終末期がん患者の経験の社会学」を読む。
かつては「正しい死」が医療関係者によって「誘導」されたこと。
家族と医療者の狭間で死にゆく当人の希望が無視されたことなど。
どう生きようがどう死のうが自分の好きに。
この「当然」が忘れ去られて。
「がん」という病気は「死」まで案外時間がある。
そこをどう生きるのかを大切にしないと。
「延命治療」がすべてではなく。
出来れば「楽しく生きて死にたい」ものではある。
園子温「冷たい熱帯魚」(’10)を観る。
でんでんの迫力ある狂気が素敵。
「やさしさと恐怖」を使い分けるパターンで相手を支配して。
監督は「おっぱい星人」だったのか。
神楽坂恵と黒沢あすかの二人がふんだんに。
主人公の吹越満の「変貌ぶり」がポイント。
「しあわせな家庭」を望みながら最後まで娘に「説教」など。
「クソジジイ、やっと死んだか」といった内容の台詞を吐く娘にふむふむ。
彼女は父親のせいで一方的に「不快な環境」で暮らすことに。
「血まみれ」のシーンの色彩感覚がなかなか。
「一方的でしかない愛情のグロテスクぶり」がここに。
おそらくは各地で起きているはずで。
「透明にされること」の意味をよく覚えておきたい。
田代志門「死にゆく過程を生きる 終末期がん患者の経験の社会学」を読む。
かつては「正しい死」が医療関係者によって「誘導」されたこと。
家族と医療者の狭間で死にゆく当人の希望が無視されたことなど。
どう生きようがどう死のうが自分の好きに。
この「当然」が忘れ去られて。
「がん」という病気は「死」まで案外時間がある。
そこをどう生きるのかを大切にしないと。
「延命治療」がすべてではなく。
出来れば「楽しく生きて死にたい」ものではある。
園子温「冷たい熱帯魚」(’10)を観る。
でんでんの迫力ある狂気が素敵。
「やさしさと恐怖」を使い分けるパターンで相手を支配して。
監督は「おっぱい星人」だったのか。
神楽坂恵と黒沢あすかの二人がふんだんに。
主人公の吹越満の「変貌ぶり」がポイント。
「しあわせな家庭」を望みながら最後まで娘に「説教」など。
「クソジジイ、やっと死んだか」といった内容の台詞を吐く娘にふむふむ。
彼女は父親のせいで一方的に「不快な環境」で暮らすことに。
「血まみれ」のシーンの色彩感覚がなかなか。
「一方的でしかない愛情のグロテスクぶり」がここに。
おそらくは各地で起きているはずで。
「透明にされること」の意味をよく覚えておきたい。