-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

囲炉裏の自在鍵

2013-10-21 12:02:53 | 民具

  我が実家を解体してから、早くも20年以上の歳月が流れました。重機で茅葺きの家が解体されるのを見ていたときは、胃の中がギリギリと痛むような感覚でした。私が生まれ育っただけでなく、家族、先祖が暮らしてきた古い家です。様々な歴史が積み込まれていました。それでも、解体する時はあっという間でした。

 機械が音をたてて解体していく中で、残すべきものを外へ急いで運び出しました。私もまだ忙しい現役でしたので、解体に先立っての片づけ作業ができずに、解体の当日になってしまいました。「思い出の物」と言えば、どれもこれもが該当してしまいます。捨てなければならない物を瞬時に判断しました。それでも、色々な物について後悔があります。あれを残せばよかったのに、あれもそうだったと、きりがありません。それでも、この写真にある自在鍵は、迷うことなく残しました。現代の生活では、自在鍵を使う場を全く想定できません。それでも囲炉裏を囲んだ、その中心にあった自在鍵の思い出は特別です。昔、一日はそこから始まりました。朝、御飯は、囲炉裏の五徳に載せられた羽釜でぶつぶつ音をたています。やがて炊き上がると、重い木の蓋を開けて、台布きんなどを使って釜を持ち上げ、藁が敷かれた木製の四角い箱に移動します。後は食べるまでそのまま蒸らします。

 秋の終わりから春の始まりまでは、家の中を温めるのは囲炉裏だけです。朝起きたら、先ず囲炉裏の火を燃やします。最初は乾燥した杉の葉にマッチで火をつけ、雑木の細い枝を燃やします。杉の葉ではなく、キョウギと言う先端に硫黄が付いた神のように薄い木を使う場合もありました。ところで、「燃やす」と言うよりも、「くべる」の表現が畑沢らしいですね。燃やし始めは煙が出ます。最も、最初だけでなく、その後も煙は出続けます。そのため、冬は常に家の中に煙が充満していました。「煙の中で生活していると、トラホームに罹る」とかの話も当時ありましたが、なんともなかったようです。私の小さい時に、朝起きてきて父親の膝に抱っこされながら、囲炉裏にあたっていた記憶があります。私が幼い子供を育てていて、子どもを抱っこしていた時も、その父親との光景を思い出していたものでした。

 囲炉裏には、まだまだ語り尽くせない思い出がありますので、今回はこの程度に留めておいて、本題の自在鍵の話に戻ります。家の解体時に残しておいた自在鍵は、その後もやっぱり使える場がありません。黒光りする煤(すす)が浸み付いた竹を切って、一時は細工物を作ろうかとも考えましたが、まるで芸術的センスがない私の作品では、大事な自在鍵を無駄にしてしまいます。そこで細工物を諦めて、そのまま飾ることにしました。私の玄関に飾り物としてぶら下げています。これが一番よいようです。

 

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