(山岳警備隊員に抱えられてヘリに収容される女性遭難者=10日午前10時54分、岐阜県高山市、石橋亮介撮影)
2010年8月21日15時6分朝日COM
夏山登山の最盛期を迎え、各地で遭難事故が多発している。8月上旬、北アルプスの槍ケ岳(3180メートル)に登った際、岐阜県警のヘリコプターによる救助活動に遭遇した。現場は険しい地形で、雨雲が迫る不安定な天候。一分一秒を争う緊迫したレスキューだった。
10日午前10時半ごろ、槍ケ岳から下山中にヘリのごう音が聞こえた。樹林の間から、すぐ下の谷の上空で岐阜県警のヘリがホバリング(空中停止)し、隊員を降ろしているのが見えた。走った。
穂高連峰西面にあるロッククライミングの名所、滝谷(たきたに)だ。登山道が谷を横切る場所に下りると、黄色のヤッケを着てぐったりしていた女性登山者を県警山岳警備隊員らが介抱していた。
「間もなくヘリが遭難者の救助に来ます。すごい強風なのでみなさん動かずに伏せて下さい」。救助活動をかって出た若い男性がその場にいた他の登山者に呼びかけた。戻ってきたヘリが上空30メートルでホバリングし、ワイヤを下ろす。隊員に抱きかかえられた女性がつり上げられた。2人を収容したヘリは、ヘリポートがある鍋平(なべだいら、1300メートル)に戻った。
関係者によると、救助されたのは33歳の女性会社員。9日午後、同僚の50歳男性と滝谷の入り口にかかる落差30メートルの雄滝(おだき、2080メートル)横の岩壁を登っていた際、ハーケン(金属製の支点)が抜けて約15メートル転落した。負傷した女性は、はうように登山道まで下り、翌10日午前、登山者に救助を求めた。男性は雪渓と岩場の間に落ちて死亡。この日、ヘリは遺体の収容、隊員輸送などで鍋平と現場を6往復した。
岐阜県警は夏山最盛期、救助用ヘリを登山口の新穂高温泉近くの鍋平に駐機させ、遭難に備えている。通常は交番などに勤務する山岳警備隊員(約30人)は7、8月、登山指導センターや穂高岳山荘などに詰め、休日返上で夏山警備にあたる。ヘリの出動件数は20日までの約1カ月間で、昨年同期よりも6件多い17件を数えた。
ヘリを操縦した中島健二郎・航空隊長(59)は自衛隊出身で、この道38年。山岳救助の世界では伝説的な存在だ。「救助現場は戦場と同じ。万全の準備をし、最悪の条件を想定して現場に向かう」と力を込める。
女性登山者を救助した後、滝谷での遺体収容作業も、時間と危険との闘いだった。
幅約70メートルの雄滝周辺の谷を、回転翼の長さ14メートルのヘリが、縫うように突っ込んでいく。木に触れれば、墜落の危険もある。しかも雨雲の動きはめまぐるしい。中島隊長は長年の経験で決断した。「鍋平と現場の往復に4分。遺体のみの収容なら1分。やれる」。雨雲が途切れた一瞬を見極め、遺体を引き上げた。現場に隊員を残してヘリが谷を脱出した直後、周囲は再び雨雲に覆われた。
不測の事態に備え、登山者も心構えが必要だ。山岳救助のプロとして、中島隊長はアドバイスする。(1)携帯電話は命綱。あらかじめ十分に充電し、救助要請以外の通話は極力避ける(2)赤や黄など原色の目立つウエアを着ること(3)自分の存在を知らせるために、鏡やカメラのフラッシュのほか、沢では火をたいて煙を上げることも有効。
警察庁によると、全国の山岳遭難は件数、人数とも右肩上がりで増加。昨年は統計のある1961年以降、初めて遭難者数が2千人の大台を突破した。今夏も7月は北アルプスを管内に持つ岐阜、長野、富山各県では遭難件数、人数とも前年を上回る。救助要請の中には、下山中の高齢者がバランスを崩して転倒したケースが目立つ。
休日返上で遺体収容作業にあたった岐阜県警山岳警備隊の谷口光洋隊員(53)は「本来、登山は楽しいスポーツ。だが、登山者には山の怖さをもっと知って万全の備えをして欲しい」と呼びかける。北アルプスは、今月末まで夏山警備が続く。(近藤幸夫)
2010年8月21日15時6分朝日COM
夏山登山の最盛期を迎え、各地で遭難事故が多発している。8月上旬、北アルプスの槍ケ岳(3180メートル)に登った際、岐阜県警のヘリコプターによる救助活動に遭遇した。現場は険しい地形で、雨雲が迫る不安定な天候。一分一秒を争う緊迫したレスキューだった。
10日午前10時半ごろ、槍ケ岳から下山中にヘリのごう音が聞こえた。樹林の間から、すぐ下の谷の上空で岐阜県警のヘリがホバリング(空中停止)し、隊員を降ろしているのが見えた。走った。
穂高連峰西面にあるロッククライミングの名所、滝谷(たきたに)だ。登山道が谷を横切る場所に下りると、黄色のヤッケを着てぐったりしていた女性登山者を県警山岳警備隊員らが介抱していた。
「間もなくヘリが遭難者の救助に来ます。すごい強風なのでみなさん動かずに伏せて下さい」。救助活動をかって出た若い男性がその場にいた他の登山者に呼びかけた。戻ってきたヘリが上空30メートルでホバリングし、ワイヤを下ろす。隊員に抱きかかえられた女性がつり上げられた。2人を収容したヘリは、ヘリポートがある鍋平(なべだいら、1300メートル)に戻った。
関係者によると、救助されたのは33歳の女性会社員。9日午後、同僚の50歳男性と滝谷の入り口にかかる落差30メートルの雄滝(おだき、2080メートル)横の岩壁を登っていた際、ハーケン(金属製の支点)が抜けて約15メートル転落した。負傷した女性は、はうように登山道まで下り、翌10日午前、登山者に救助を求めた。男性は雪渓と岩場の間に落ちて死亡。この日、ヘリは遺体の収容、隊員輸送などで鍋平と現場を6往復した。
岐阜県警は夏山最盛期、救助用ヘリを登山口の新穂高温泉近くの鍋平に駐機させ、遭難に備えている。通常は交番などに勤務する山岳警備隊員(約30人)は7、8月、登山指導センターや穂高岳山荘などに詰め、休日返上で夏山警備にあたる。ヘリの出動件数は20日までの約1カ月間で、昨年同期よりも6件多い17件を数えた。
ヘリを操縦した中島健二郎・航空隊長(59)は自衛隊出身で、この道38年。山岳救助の世界では伝説的な存在だ。「救助現場は戦場と同じ。万全の準備をし、最悪の条件を想定して現場に向かう」と力を込める。
女性登山者を救助した後、滝谷での遺体収容作業も、時間と危険との闘いだった。
幅約70メートルの雄滝周辺の谷を、回転翼の長さ14メートルのヘリが、縫うように突っ込んでいく。木に触れれば、墜落の危険もある。しかも雨雲の動きはめまぐるしい。中島隊長は長年の経験で決断した。「鍋平と現場の往復に4分。遺体のみの収容なら1分。やれる」。雨雲が途切れた一瞬を見極め、遺体を引き上げた。現場に隊員を残してヘリが谷を脱出した直後、周囲は再び雨雲に覆われた。
不測の事態に備え、登山者も心構えが必要だ。山岳救助のプロとして、中島隊長はアドバイスする。(1)携帯電話は命綱。あらかじめ十分に充電し、救助要請以外の通話は極力避ける(2)赤や黄など原色の目立つウエアを着ること(3)自分の存在を知らせるために、鏡やカメラのフラッシュのほか、沢では火をたいて煙を上げることも有効。
警察庁によると、全国の山岳遭難は件数、人数とも右肩上がりで増加。昨年は統計のある1961年以降、初めて遭難者数が2千人の大台を突破した。今夏も7月は北アルプスを管内に持つ岐阜、長野、富山各県では遭難件数、人数とも前年を上回る。救助要請の中には、下山中の高齢者がバランスを崩して転倒したケースが目立つ。
休日返上で遺体収容作業にあたった岐阜県警山岳警備隊の谷口光洋隊員(53)は「本来、登山は楽しいスポーツ。だが、登山者には山の怖さをもっと知って万全の備えをして欲しい」と呼びかける。北アルプスは、今月末まで夏山警備が続く。(近藤幸夫)