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森羅万象 ~ 歩く印象派

米原万里著『マイナス50℃の世界』(清流出版)

2007年04月15日 12時00分52秒 | 読んだ本・おすすめ本・映画・TV評
今年の冬は暖冬だった。(記録的だったらしい。)
雪は一度も降らず、霙(みぞれ)さえなかった。
除雪作業やら煩わしい冬タイヤへの交換等からは免れてやれやれであった。
(スキー場などは、ゲレンデに雪がなかったりしてたいへんだったと思うが。)

ところでロシアの共和国で最大の面積を占めるのはどこであるかご存知であろうか?
答えはサハ共和国。(面積は日本の9倍もある!)
人口は95万人。
どこにあるかというと下の地図の青いところ。

ここが世界で一番寒い地域なのだそうだ。北極や南極よりも寒いのに、人が住んでいるのに驚いた。
今年復刻された今は亡き米原万里さんのデビュー作『マイナス50℃の世界』(清流出版)が紹介する「寒極」と呼ばれる地域のお話である。
1984~5年にTBSが開局記念に行なった「シベリヤ大紀行」に通訳として同行した万里さんが帰国後、毎日小学生新聞に連載向けにまとめたものを再編集し今年の1月に出版された。

以下に興味深いマイナス50℃の世界のご紹介。

ここでは私達の「冬の常識」はことごとく覆させられる。

(1)マイナス50度「寒いと氷は滑らない」

「スキーやスケートは、春先の暖かくなったときの遊びさ」

  寒い→氷→すべる

私達が理科で習ったのは、氷の上を滑る際に(氷とスケートの刃やスキーの板の間に)摩擦で熱が生じ、その熱で氷の表面が溶けて水の膜ができるというもの。この溶けた水が滑る原因なのだ。ところがマイナス50度というあまりにも寒いと摩擦くらいで氷は溶けず、すべることもないのだそうだ。
市内を走るバスやトラック、乗用車すべてチェーンも巻かず、スノータイヤも履いていない。
「車がスリップしてあぶないのは、春先」となる。

(2)ビニール、プラスチック、ナイロンなどの石油製品はマイナス40度以下の世界では通用しない。

「ビニール製のバッグなど、戸外に出るといっしゅんのうちにコチコチにかたくなり、ひびが入ってちぎれてしまい」「薬びんのプラスチックのふたを開けようとして手でふれるとコナゴナにくずれて」しまう。

「当然のことながら、現地の人々はこういった人口繊維のものは一切着ません。」
「文字通り、頭のてっぺんからつま先まで天然の製品でかためている」
「毛皮はここではぜいたく品ではありません。日常生活に欠かせない必需品」
となる。

(3)(驚くべきことに)ロシア第二の長寿国である。

「モスクワやレニングラードのマイナス30度よりヤクーツクのマイナス50度の方がしのぎやすいんです。あちらの空気は湿気が多く、風が吹くから寒さがほね身にしみるんです。」
「その点ヤクートの空気は乾燥していて風もないのでとても快適だし健康にいい」のだそうだ。
にわかには信じられないが事実なのだ。

本書には他にもツンドラ(永久凍土)の上の家や凍らせないために地面に埋めないパイプとか人間が原因の霧(居住霧)など、「寒極」ならではのエピソードが満載である。

巻末に椎名誠さんからの一文が寄せられていて、まだまだこれから活躍してもらいたかった万里さんの急逝が惜しまれる。