雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「賢吉捕物帖」第八回 姉弟の仇討ち   (原稿用紙20枚)

2015-12-08 | 長編小説
   「おや? 何だろう」
 小さなお社の境内に人集りが出来ている。境内に走り込む人の群れは皆血相を変えている。賢吉は、その叫び声のなかに「仇討ち」という言葉を聞いた。仇討ちなど、生れてこの方見たことがない。恐いもの見たさに、賢吉も野次馬の一人になっていた。

 賢吉は、目明しの父親長次に言い付けられて、朝から叔父の家まで使いに行った帰り道である。
   「賢吉、この大根を持って帰れ」
 百姓の叔父が育てた立派な大根を、五つばかり束ねて差し出した。
   「重いから嫌だ」
   「この罰当たりめ、重いから嫌だとは何事だ」
   「だって、この後回るところがあるのに、大根背負って行けねぇや」
   「良家のお坊ちゃんじゃあるめえし、何を軟弱(やわ)なことを言いやがる」
 それでも、賢吉は無理やり持たされて、捨てることも出来ずに大根を背負ってお社のところまで帰って来たのだ。

 お社の境内は、黒山の人だかりで、賢吉が潜り込もうとしても、弾き出されてしまった。
   「こら、子供が見るものじゃない、けぇれ」
 賢吉は未練気に人々の背中をみていたが、最初から見ていたらしく、微に入り細に入り説明をしている男が居た。賢吉が聞き耳を立てると、仇討ち側はまだ年端もいかない少年とその姉だそうである。
 彼らは、花巻藩士倉掛半平太の倅・倉掛藤太郎と姉・美代と名乗ったそうである。敵は、元花巻藩士、笹川仁左衛門 訳は分からないが、姉弟の父を殺害し、江戸へ逃れてきたらしい。
 賢吉は、仇討側がまだ子供だと聞いて心配になり、どうしても見たくなった。辺りを見回すと、少し離れた位置に松の木が植わっている。その木まで駆けていくと、大根を根元に下ろし登っていった。
 弟は賢吉より二つ三つ年上だろうか、姉は十七、八のお年頃といったところであった。姉弟揃って純白の装束に白襷と鉢巻きで、手にはキラリと光る刃といった芝居で観る仇討姿そのままである。賢吉の目には、それが不自然に映った。
 姉弟は江戸に出てきて敵(かたき)を探し回り、やっとここで出会ったのだと言っていたそうであるが、その割には装束に汚れはなく綺麗過ぎる。

 江戸の地で仇討ちをするには、国元の藩で「仇討ち赦免状」を藩主から賜り、それを提示して奉行所で仇討ちの許可をとる。道で出会ったからと言って、無許可で仇討ちをしてもよいというものではないことを、賢吉は、与力の長坂清心に聞いたことがある。
 賢吉は暫く見ていたが、一向に勝負が付かなかった。それはそれで良いことなのだが、仇敵は屈強な大男であり、仇討ち側はまだ幼さが残る弟と、きゃしゃな姉である。勝負などたちどころに付きそうなものである。
 動きがない訳ではない。弟が斬られそうになると姉が庇い、姉が斬られそうになると弟が庇う。だが、どう見ても仇敵の男に姉弟を斬る意思が全くない様子だ。
   「この仇討ち、芝居かも」
 そう思って冷静な目で見ると、賢吉にはどうしても本気の仇討ちとは思えない。しかし、賢吉以外の野次馬は違う。視線は仇討ちに釘付けで、手に汗を握って姉弟を見守っている。江戸庶民の判官贔屓というところであろうか。

 野次馬の動きを見ていて、賢吉は違和感を覚えた。仇討ちに夢中になっているなか、仇討ちそっちのけで矢鱈に場所を変更している人が何人か居るのだ。
   「もしや、掏摸集団?」
 その時、野次馬の一人が大声を出した。
   「役人が来たぞ!」
 一番に仇敵の男が反応した。姉弟を無視して、逃げだしたのだ。
   「おのれ、逃がしはしないぞ!」
 姉弟は、抜き身の刃先を下げて仇敵を追った。ふと我に返った野次馬の一人が、懐に手を突っ込んで気付いた。
   「財布がない、掏摸だ!」

 それにつられて、あっちでこっちでも「掏摸だ!」と喚きだした。賢吉は、木から降りると無意識で大根を背負い、姉弟の後を追った。

 仇敵(きゅうてき) 笹川仁左衛門の姿は見えないが、賢吉は、倉掛藤太郎と姉美代の姿を捉えた。恐らく、笹川も倉掛姉弟の名も偽名であろう。この三者が行き着くところは同じに違いないと、賢吉は確信した。
 姉弟にかなり接近してしまった賢吉は、とうとう気付かれてしまった。
   「お姉さん、大根は要りませんか、一本十二文です」
 不審がられる前に、賢吉が声を掛けたのだ。
   「要りませぬ」
 つっけんどんな物言いが、武士の娘であることを明かしている。
   「美味しいですよ」
   「要らないと言ったら、要らないのです」
   「お屋敷まで、お持ちしますから一本如何です」
   「諄い、怒りますよ」
   「すみません」
 断られ乍らも、尚も付いてくる賢吉に、弟が刀を抜いて脅してきた。
   「戻れ、我らに付いてくるな」
   「俺も、こちらに戻りますので…」
   「それなら、もっと離れて歩け」
 賢吉は、仕方なく傍らの石積みに腰を掛けて休息する振りをした。先ほどから、賢吉は大根の葉を毟っては道の端に捨てているが、満更断られた腹いせでもなさそうである。
 
 やがて姉弟が、森の木に覆われた荒れ寺に入って行くのを賢吉は見届けた。こっそり忍び込んで様子を窺うと、やはり仇敵笹川と倉掛姉弟は仲間であり、親子のようであった。円く囲んだ人々の真ん中には、巾着や財布が置かれている。
   「やはり、掏摸の集団だったか」
 賢吉が小さく呟いたとき、何者かに肩を掴まれた。
   「おい小僧、何をしておる」
 賢吉は驚いて飛び退いたが遅かった。腕を取られて後ろ手に捩じ上げられた。

 昼過ぎになって、長次の詰める番屋に、賢吉の弟と妹がやってきた。
   「おめえら、どうした?」
   「腹が減った、兄ちゃんが帰ってこない」
 長次は首を傾げた。
   「兄貴のところへ使いにやったが、昼前には帰ってくる筈だ」
   「兄ちゃん、何処かへ寄っているのかなぁ」
   「兄弟思いの賢吉のことだ、寄り道しているとは思えねえ」
 とにかく、子供たちに昼飯を食べさせて賢吉の帰りを待ったが、未の刻(午後一時)頃になっても帰ってこなかった。
   「長次親分、俺が探してこようか」
 右吉が名乗り出た。
   「そうか、では幹太と一緒に兄貴のところまで見に行って貰おうか」
 長次の兄の家は、下っ引きの幹太が知っている。二人は出かけて行ったが、しっかり者の賢吉のことだ、叔父に使いを頼まれでもしたのだろうと、さほど心配していなかった。

 日の高いうちに賢吉の叔父の家に着いたが、賢吉は大根を担いでとうに帰ったと知らされた。
   「帰り道、何か事件に出会わせたのだろうか」
 薄暮れ刻、お社の境内でなにやら文句を言いながら掃除をしている神主が居た。右吉は目明しであることを告げて憤っている神主に訳を尋ねた。
   「昼間、ここで仇討ち騒動があってのう」
 断りもなく境内を荒らされたうえに、返り討ちにでも遭ったのか詫びにも来ないのだという。
   「その騒動のとき、大根を担いだ子供を見かけませんでしたか?」
 神主は、即答した。
   「居ましたわい、人垣が多くて見えないので、罰当たりめ境内の木に登って見物しておった」
 賢吉に相違ない。
   「結局、ここでは勝負が付かずに、敵の男は逃げだし、討つ側の姉弟が敵を追いかけた」
   「その後、子供はどうしました?」
   「そのうち、あっちでもこっちでも掏摸だと叫ぶ者が居て、その子は何を思ったか大根を担ぐと後を追って行った」
   「逃げたのは、どの方向でしたか?」
 神主は、黙って箒の柄で行った先を指した。右吉と幹太は、神主の手を止めた詫びを言って駆けて行った。
   「賢吉は、この仇討ちを掏摸集団が企んだものだと勘付いて、後を追ったようだ」
   「深入りしていなければよいのに」
 幹太は、心配になってきた。
 
 二人走って行くと、道端に千切れた大根の葉が落ちているのに気付いた。
   「賢吉だ、賢吉が我らに教える為に大根の葉を落として行ったのだ」
 だが、やがて日がとっぷりと落ちてしまった。今宵は月も出ぬようである。
   「どこかで、提灯を借りよう」

 更に進むと、森の木々の間から灯りが見えた。右吉と幹太が、灯りを目指して森に入ろうとした時、幹太が何かに躓いて転びそうになった。
   「右吉親分、足元に大根が…」
   「そうか、あの荒ら家に賢吉が掴まっているらしい」
 近付いて荒ら家の中を覗いてみると、大勢で酒盛りをしている。賢吉はと見ると、隅の柱に縛り付けられて居眠りをしている。
   「泣いているかと思えば、賢吉のヤツ船を漕いでいやがる」
   「さすが長次親分の息子だ、肝が据わっていますね」
 さて、踏み込もうにも多勢に無勢である。しかも、刀を持った武士も居る。右吉は、刀を持っていない。右吉は何を思ったか、懐の十手を幹太に渡した。
   「幹太は、その辺に隠れて待っていてくれ」と、単身で荒ら家の中へ入っていった。

   「旅の途中で日が暮れてしまいました」
 酒に酔った浪人風の男が、腰に刀をぶっ込んで出てきた。
   「提灯をお借りしたいと思いまして…」
 聞き慣れた声に、賢吉が目を覚ました。
   「嘘をつけ、旅支度はしておらんじゃないか、お前目明しだろう」
 男は、いきなり右吉の懐に手を突っ込んだ。十手を隠し持っているのではないかと疑っているようだ」
   「いえ、武家の下働きでございます」
 男は、右吉の懐から巾着を掴み出して紐を解いた。
   「チッ、しけてやがる、たったこれだけかい」
 男が巾着の中を覗いたとき、右吉は素早く男の刀を抜き取った。刀が手に入れば酔った男の十人や二十人など右吉の敵ではない。縛られた賢吉のところに走り寄ると、縄を切った。
   「賢吉、表で幹太が待っている、呼んで来い」
 右吉は叫ぶと、刀の峰を返して構えた。
   「刀を隠し持っているところをみると、貴様たちはただの掏摸集団ではなかろう、拙者が退治してやる」
 右吉は、刀を手にすると武士に戻る。そのとき、右吉の後ろで男の声がした。
   「刀を捨てろ! 捨てぬと、このガキの命はないぞ!」
 幹太を呼びに行った筈の賢吉が、男に羽交い絞めされて首に匕首を押し当てられている。賢吉が、少し暴れでもしたら、刃が喉笛を引き裂く。右吉はあっさりと降参して、黙って刀を自分の足元へ投げ捨てた。男は、賢吉を羽交い絞めにしたまま右吉の傍まで摺り足で近寄り、右吉が捨てた刀を蹴り離した。
 蹴った瞬間、男の持った匕首が賢吉の首から少し離れたのを右吉は見逃さなかった。男の匕首を持つ手首を、掌底でしたたかに打ち据えた。
   「あっ!」
 男は、思わず匕首を落とした。賢吉は、そのまま逃げるかと思えば、男の方に向き直って、男の下腹を力任せに蹴り上げた。その間に右吉は刀を拾うと、男が蹲るのを確かめ、賢吉に「行け!」と目で合図をした。
 賢吉は幹太を呼びに走ろうとしたが、幹太は騒ぎを聞きつけて荒ら家に入ってきたところだった。
   「賢吉、大丈夫か、首に血が滲んでいるぞ」
   「大丈夫です、親分が助けてくれました」
 右吉に対していた男が、また一人ドタンと倒された。
   「幹太、倒れているヤツ等を縛れ! その隅に荒縄がたくさん有る」
   「よしきた」
 幹太に手伝って、賢吉も倒れている男たちの手足を縛った。

 最後に三人残った。右吉はこの集団の頭目と思しき浪人に向かって刀を中段に構えている。賢吉と幹太が見ていて、右吉が苦戦をしいられているのが分かる。浪人が相当の腕を持った手練れなのだ。
 右吉は、対している浪人に打ち込む隙がなく、手古摺っている。賢吉は、右吉に助勢する術もなく、焦りが出てきたとき、浪人に隙が出来た。
   「娘に、手をだすな!」
 浪人の視線の先を見れば、幹太が娘を縛ろうとしている。その浪人の声を聞いて、弟らしい少年が幹太の背中に刀を振り下ろそうとしている。
   「危ない!」
 賢吉は、咄嗟に懐の巾着を取り出すと、少年の顔をめがけて投げつけた。

 賢吉が投げた巾着が、刀を振り下ろそうとした少年の目に当たった。
   「あっ!」
 少年の驚きの声に幹太が気付き、振り返った。少年が気を取り戻して再び振り下ろそうとした刀を、幹太の十手が受け止めた。その隙に、娘は幹太の手から逃れて、少年を促して闇に消えた。
 右吉に対していた集団の頭目らしい浪人が、奇声を発しながら打ち込んできた。右吉は辛うじて峰で受け止め、力任せに押し返した。
 右吉は再び中段に構えたが、ここでゆっくりと峰に返していた刀を戻した。刀の峰では互角に戦えぬと判断したのだ。
 このとき、闇の中に隠れていた少年が、浪人に加勢するために走り出た。
   「父上!」
 それが、却って浪人に隙を与えてしまった。隙を衝いて右吉の刀が浪人の脇腹に入った。心配顔で父親を見る少年に、右吉が言い放った。
   「安心致せ、峰打ちだ」
 右吉の僅かな余裕が、瞬時に刃を返していたのだ。幹太が息子を捉えて縛り上げる間に、右吉は呻いている父親を縛り上げた。
   「今夜は寝ずの番だ」
 右吉が、つぶやいた。姉が逃げている。隙を突いて縄を切りにくるに違いない。うっかり寝ようものなら、寝首さえ掻かれ兼ねない。
 
   「俺が寝ずの番をする、幹太と賢吉は寝なさい」
   「右吉親分こそ寝てください、あっしが番をします」幹太が名乗り出た。
   「俺も起きています」
 賢吉は、そう言いながら一番先に寝てしまった。続いて右吉がうとうとし始めた。
   「賢吉も右吉親分も、若けぇから無理もねぇや」
 幹太は、やはり自分が起きていなければならないと、頬を叩いて頑張った。ところが、昼間に賢吉の足取りを追って歩きづくめだった為に疲れが出て、ついうとうととしてしまった。

 幹太は、真夜中に気が付いて周りを見たところ、縛っておいた掏摸集団の男たちが姿を消していた。もしや、右吉と賢吉は寝込みを襲われて殺されたのではないかと心配になって駆け寄ったが、「スヤスヤ」と寝息を立てていた。
   「右吉親分、起きてくだせぇ、皆逃げられました」
 右吉は驚いて飛び起きたが、あとのまつりだった。
   「面目ねぇ、あっしの所為です」
   「いや、俺が寝てしまった所為だ」
 右吉と幹太が庇い合っていたが、賢吉は「ヤツ等は、何故自分たちを殺さなかったのだろう」と、しきりに考えていた。
   「それは、ヤツ等がただの掏摸集団だったのだろう」
 この前の占い集団のように、何やら大きな目的を持った集団であれば、きっと口封じをして去ったであろう。
   「それにしても、俺はどうして気付かなかったのだろう」
 右吉も、首を傾げる。気の所為か荒ら家の中に、甘い香りが立ち込めているようであった。
   「この匂いは…」  (次回に続く)

   「賢吉捕物帖」第九回 作成中

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第十三回 天秤棒の再会

2015-05-09 | 長編小説
    「新さん、もっと若い男に憑いてくれないか」
 辰吉のその言葉に、自称占い師の男が逸早く反応した。
   「儂を年寄扱いしておるのか?」
   「いえ、他のことで独り言です」
   「気持ちの悪い男だ」
 新さんが憑いた筈なのに、この反応は可怪しいと辰吉は首を傾げる。
   「さあその子を下ろしなさい、わしが担いでやろう」
 辰吉は慌てた。こんなお爺さんに背負わせて、転びでもされたら才太郎の折れた足が曲がってしまうと恐れたのだ。
   「いえ、結構です、旅先で腰でも痛めることになれば、俺がお侍さんを背負って医者に駆け込まなければなりません」
   「それもそうだなぁ」
 また「年寄扱いをした」と、一悶着あるかと思いきや、素直に引いてくれた。
   「俺は大丈夫です、草臥れたら力の強そうな男に代わって貰います」
   「その若い男か?」
   「いえ、この男は俺の雇い主だから使えません」
   「雇い主というと、おぬし用心棒に雇われているのか?」
   「そうです」

 と、なると、新三郎はどこへ消えたのだろう。そのとき、髭面の頑強そうな浪人風の大男が辰吉に声を掛けて来た。
   「よし辰吉、代わってやろう」
   「新さんですかい」
   「そうだ」
 占い師が驚いている。
   「なんだ、こんなお人がお連れさんかい?」
   「はい、権藤新三郎と言います」辰吉、咄嗟に出た偽姓だ。
   「それなら、最初からこのお人に背負って貰えば良いものを…」
 今度は、又八と才太郎が驚いている。次から、次から別人が現れて、それが皆辰吉の知り合いだというのだから、「この辰吉という人、何者だろう」と、思ってしまうのだ。
 占い師は、一両貰ったお礼をしようと思ったが、その必要は無さそうだと、ここで辰吉たちと別れて「浪花方面に向かう」と、辰吉一行から離れていった。

 
 それから才太郎の背負役も次々と入れ替わり、幾度か旅籠に止まり、一行は越前の国から加賀の国へと入った辺りで、用心棒と思われる一人の浪人者を含む総勢六人の男に取り囲まれた。
   「又八を渡して貰おうか」
 浪人を始め、又八が知らない男ばかりであった。
   「どなたさん達です?」辰吉が尋ねた。
   「金沢一家の者だ」
 加賀国の金沢一家は、又八がこれから行こうとしているところである。
   「又八を渡せば、どうする気だ」
   「彦根一家の貸元に頼まれたのだ」
 又八の親分から、早駆け便で金沢一家に書状で依頼されたそうである。
   「彦根の貸元は何と?」
   「煩せぇ、つべこべ云わずに渡しやがれ!」
 辰吉は、ケツを捲った。
   「いい加減にしやがれ! お前らはこの又八が親分の金を盗んでトンズラしたと吹き込まれているのだろうが、又八は盗んだのでは無いぞ」
 又八は彦根の親分に言いつけられて、金沢一家と善光寺に百両ずつ届けようとしているのだと辰吉は説明した。
   「それは、言い逃れだ、この盗人野郎を渡さねぇと、お前等もここで死ぬことになるぞ」
 浪人が、黙って刀を抜いた。何がどうあれ、又八を斬る気らしい。
   「俺は又八に雇われた用心棒だ、その刀、受けてやろうじゃないか」
 辰吉は、又八と才太郎背負った男を庇ってその前に立つと、六尺棒を頭上に構えた。
   「へん、そんな棍棒を振り上げて、この先生の刀が受けられると思うのか」
 男たちの一人が、嘲笑した。
   「先生、又八の用心棒ともどもお願いしますぜ」
   「よし、わかった」
 金沢一家の用心棒が、初めて声を発した。刃は辰吉に向けられるだろうと男たちが固唾を飲んだ直後、男たちの意に反して、金沢一家の用心棒はクルリと身を反転して、男たちに刃を向けた。
   「先生、殺るのは向こうですぜ」
   「黙れ、拙者は又八とやらと、この若い用心棒の言うことが真実だと思う」
   「真実なんか、どうでも良いのです、早くコイツらを殺ってくだせぇ」
 辰吉は、にんまりとした。新三郎が浪人に取り憑き、新三郎が言っているのだと思ったのだ。だが、違っていた。
   『あっしは、ここに居ますぜ』
 才太郎を背負った男が言った。まさしく新三郎だ。

   「えっ」
 用心棒の刃は、仲間の筈の男に斬りかかった。辰吉は、無意識で後ろから用心棒の首を叩き付けていた。
   「わっ」
 浪人は刀を落し、両手で首筋を抑えてその場に崩れた。
   「何をしやがる、拙者はお前達を信じると言ったではないか」
 辰吉には、この用心棒の魂胆が総て読めていた。又八と自分を斬り、僅かな用心棒代を受け取るよりも、この場の総ての者を斬り、又八が持っていると言う二百両を奪う積りなのだ。
 その時、用心棒は落とした刀を拾い、辰吉に向かってきたその手首を、辰吉は力任せに打ち込んだ。
   「あっ、しまった」
 辰吉は小さくさけんだのは、その手応えで両手首の骨を砕いてしまったのに気付いたのだ。
   「新さん、またやってしまった」
 江戸では、ドスを突き付けられて、そのドスを奪い取り、弾みで男を刺し殺してしまったと言うのに、また夢中でこの男の手首の骨を折ってしまったのだ。
   『辰吉は若いなぁ、夢中になると手加減が出来ない』
 金沢一家の男達は、苦痛に悶える用心棒を見捨てて、血相を変えて逃げて行った。

 辰吉は歩きながら考え込んでいる。新三郎に相談しようにも、別の男に憑いて才太郎を背負っている。仕方がないので、又八に話かけた。
   「なぁ又八さん、彦根一家の親分が、こうも執拗に又八さんの命を狙うのは、お姉さんのお蔦さんが頑張ってくれているのだろうと思うのだ」
   「親分に無理難題をふっかけられて、耐えているのだと思います」
   「お蔦さんの好きな相手の男は護ってくれているのだろうか」
   「色男ですが、軟弱でして、とても護るなんて出来やしません」
   「才太郎のことも、お蔦さんのことも心配だ」
   「有難うごぜぇます」
 辰吉は提案した。
   「折角ここまで来たが、引っ返そうと思うのだが、又八さんどう思う?」
   「金沢一家の親分さんも、敵に回ったようだし、金を届けるのは、あっしを嵌めるためのものだと分かったことだから、引返したいのは山々ですが、辰吉親分なしでは見す見す殺されに帰るようなものです」
   「俺は構わない、才太郎には可哀想だが、もう少し我慢をして貰い、三太郎先生も関わりのある浪花の診療院で治療して貰おう」
 才太郎を背負った男が、「うん」と頷いた。新三郎だ。

 
 そうと決まれば、早く戻って、お蔦を助けなければならない。寄り道をせずに急ぎ脚で歩いているのだが、才太郎を背負っている男に気付いた。
   「この人は、越後の方に向かっていたのだから、俺が交代しよう」
 男は才太郎を下ろすと、五・六歩北に向かって歩くと、へなへなっと座り込んでしまった。すぐに気をとり直すと、夢でも見ていたかのように両腕を上に伸ばすと、大きく欠伸をして立ち去って行った。
   「あれっ、知り合いではなかったのですか?」又八がまたもや不思議そうにしていた。

 近江国、彦根一家を目指して暫く歩いていると、行く先で手を振っている男がいた。顔は分からないが、手に持った天秤棒が判別できる。
   「あれっ、親父か?」
 まさかとは思ったが、近付くにつれてどう見ても親父の亥之吉のようである。
   「おーい、辰吉坊ちゃん」
 亥之吉ではなかった。江戸の京橋銀座、雑貨商福島屋に居るはずの三太であった。
   「三太の兄ぃ」
 言うが早いか、辰吉は才太郎を背負っていることも忘れて、駈け出していた。

   「新さんはどうした? 居るのか」三太が尋ねた。
   「はい、ここに」
 三太は、いきなり辰吉の襟を肌蹴て手を突っ込んだ。又八は「変な兄弟」だと驚いて見ている。
   「新さんが一緒やから、直ぐにでも辰吉坊っちゃんを連れて帰ってくれるのかと待っていたのに、一向に戻る気配がないので心配したやおまへんか」
   『ちょっと辰吉に旅をさせてみようと思いやして』
   「それならそうと旅にでる前に言ってくれていたら心配せぇへんのに…」
   『すまねぇ』
   「それで、この子は?」
   『旅の越後獅子で、骨を折って捨てられていたのを辰吉が助けたのです』
   「それで、こっちの男は?」
   『急いでいるので、道々辰吉に事情を聞いてくだせぇ』
 辰吉、大きな形をして、三太に抱きついた。
   「いやらしい関係の兄弟だなぁ」又八、呟く。

 辰吉は、又八の事情を三太に一部始終話した。
   「危ないなぁ、又八さんの両親もお蔦さんも脅されているやろ」
 又八に二百両もの大金を持たせたのは、姉のお蔦さんが身を売っても手に入らない額にする為だと三太は推理した。しかも、「又八に盗まれた」と代官所に訴えられたら、又八は磔獄門の刑を受ける。これは両親とお蔦さんの強力な脅迫材料となる。二百両は子分たちに取り返させておいて、又八が逃走中に盗賊に襲われて金は奪われ、又八は殺された筋書きにすれば、代官は納得するだろう。なんと狡賢い親分だと三太は思った。
   「事情は分かった」
三太は又八の家と、彦根一家の場所を訊くと、「わいが一足先に助けに行く、坊っちゃんたちはゆっくりと戻りなはれ」と、駈け出して行った。

    第十三回 天秤棒の再会  -続く-  (原稿用紙13枚)

    「第十四回  三太辰吉殴り込み」へ

猫爺の連続小説「能見数馬」 あらすじ

2015-04-20 | 長編小説
 2013.6.1「能見数馬」の第一作目「心医」を投稿した。妻に先立たれて「ボケ防止」にと始めたブログに、「掌編小説」を投稿していたが、これが長編(中編)への初アタックであった。


 水戸藩士、能見篤之進が、長男が仕える水戸藩へ行った帰り、日が落ちて夕闇が迫り来る街道で、上総の国は佐貫藩(さぬきはん)の藩士、阿部慎之介の娘、佳世と出会うところから物語が始まる。

 彼女は女の一人旅で、兄の仇を探す目的で江戸へ来たのだった。篤之進は、娘を我が屋敷に連れて帰り、次男、能見数馬に仇を探す手助けをするように言いつける。

 勘の良い数馬の推理で、娘の目的は達するが、これをきっ掛けに、時には「霊能者」と偽り、事件を解決するようになる。

 評判がひとり歩きをして、浄霊まで引き受けてしまった数馬は、ある渡世人の幽霊と出会う。その俗名は「木曽の中乗り新三(しんざ)」

 能見数馬には、「阿蘭陀医学」を学び、心の医者になりたいという望みがある。大名の若君を助けて頂戴した金もあり、水戸藩からの援助を受けられることになり、来年は長崎へ修行にでかける予定であるが…

 「第一回・心医」へ

猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第九回 辰吉大親分

2015-03-20 | 長編小説
 越前の国、敦賀の宿場を後に、小万の情人(いろ)関の弥太八のことを考えながら辰吉が歩いていると、後方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
   「そこ行く旅人さん、もしや江戸の辰吉親分ではありませんか?」
 年の頃は辰吉と同じくらいで、道中合羽に三度笠、裾を端折って浅黄の股引手甲脚絆に草鞋の紐をきりっと締めた股旅姿である。
   「如何にも辰吉だが、親分と違う」
   「鳥居本宿で訊いて参りやした」
   「何を?」
   「辰吉親分のことでさあ、若いが度胸と喧嘩には法強い、やくざ相手に滅多斬りで、龍神一家の子分たち十人と、朝倉一家の子分たち十人をあっと言う間に斬り殺してしまったとか」
   「あほらし、誰やそんな嘘ついた奴は」
   「でも、殺ったのは本当でしょ、二十人もの男を」
   「おまはん、どこに目えつけとるのや、俺は長ドスなんか持っとりまへん」
   「あ、本当だ、杖しか持っていない」
   「どこが杖や、丸い六尺棒とは違うが、どちらかと言えば天秤棒に近い身を護る武具だ」
 
 新三郎が見兼ねて辰吉に忠告した。
   『辰吉、お前は江戸っ子のくせして興奮したら浪花言葉が飛び出すのだな』
   「へえ、そやかて、俺は浪花の江戸っ子だす」
 これは、無理からぬこと、辰吉は江戸生まれの江戸育ちである。だが、両親は浪花生まれの浪花育ち、そのうえ、兄と慕ってきたチビ三太は、大坂堺港の生まれでベタベタの浪花言葉であった。

   「それで何や? 俺が強かったらどうする気や」
   「辰吉さんを喧嘩が強い大親分と見込んでお頼みしたいことがあります」
   「何や、言うてみぃ、大親分違うけど事と次第に依っては聞いてやらんこともない」
 頼みたいことがあると言ったものの、辰吉の浪花言葉を聞いていると、なんだか不安になってきた。
   「辰吉さん、本当に江戸の大親分ですか?」
   「そやから、親分なんて嘘やと言っとりますやないか、俺のどこにそんな貫禄がある?」
   「それでは、江戸っ子というのも嘘ですか?」
   「いや、俺は間違いなく江戸生まれの江戸育ちだ、浪花言葉だと頼りなく思うのか?」
   「そんなことは無いですけど」
   「ほんなら言ってみいな」
 
   「あっしは、近江国は彦根一家の又八という者ですが、親分の言いつけで加賀の金沢一家へ行きやす、親分が病で倒れたと聞き見舞金百両を届けに行くのです」
   「それで?」
   「それから、信濃国の善光寺に親分の代参で、百両を奉納します、ですからあっしの胴巻きに二百両入っておりやす」
   「そんなことを、赤の他人の俺にべらべら喋っちゃっていいのですかい?」
   「へい、あっしの人を見る目は確かです,辰吉さんは信用できると人だと思います」
   「その確かな目だが、些か安易過ぎるとは思わないのかい」
   「思いません」
   「それで俺にどうしろと言うのかね」
   「あっしの用心棒になってください」
   「いくら出す?」
   「二十両です」
 この男、そんな金を持っている筈がないと思うのだが、訊くと男は自信ありげに言った。
   「お寺に奉納するのを八十両にするのです」
   「親分に叱られるぞ」
   「お寺は受取証など書きません、ですからバレません」
   「ほんなら、やっぱり又八さんは盗人だな」
 親分は、一家で一番喧嘩が弱いこの自分に使いをさせている。これは、どうやらこの自分が殺られても構わないと思っているとも取れると語った。
 男は少々僻みっぽいらしく、この作戦は此奴の親分への仕返しらしいと辰吉は思った。
   「よし分かった、その用心棒は引き受けよう」
   「ありがとうございます、ところで、本当の辰吉さんはどの様なお人です?」
   「実は俺は商家の長男だ」
   「堅気の衆が、何故そんな姿に身を窶して旅になんぞ…」
   「人それぞれに都合というものがあるのだ、叩けば埃のでる體よ」
   「くーっ、かっこいい」
   「どこが?」

 敦賀の宿場町を離れて一里も歩いただろうか、辰吉と又八は話題がなくなって黙って歩いていると、後から三人の男が追ってきた。
   「又八、この盗人野郎待ちやがれ」
   「あっ、兄貴たち、おいらが盗人だと?」
 又八は驚いている。
   「彦根一家の金を盗んで逃げやがって、何をとぼけとる」
   「盗んでねぇや、親分の使いだい」
   「親分は、使いなど出した憶えはないと言ってなさる」
 三人の男たちは、長ドスを抜いた。
   「この野郎、わしらの掟だ、落し前は着けて貰うぜ!」
 金を返せではなく、端から殺す気らしい。

   「新さん、どっちが嘘をついているのですか?」
   『ちょっと探って来る』
 その間、辰吉が又八を庇った。
   「お前は何者だ」
 男が辰吉に訊いた。
   「俺は、又八さんの用心棒だ」
   「又八はわし等の弟分だ、この盗人野郎を始末しに来た、余所者は手出し無用に願うぜ」
   「俺は又八さんに雇われた用心棒だ、又八さんを護る」
 辰吉が六尺棒を構えたところに新三郎が戻ってきた。
   『又八は、盗人じゃなかった』
   「よし、分かった」
 男たちの二人は辰吉に向かってきた。あとの一人は又八に迫る。
 男の一人が辰吉に上段から斬りつけてきた。六尺棒でドスを受ける訳にはいかない。辰吉は一先ず横っ飛びで逃げた。その飛び退きざまに、又八に迫る男に「えいっ」気合を込めた。この気合の掛け声は「新さん頼むぜ」の合図なのだ。

 次に、二人の男たちが並んで辰吉に迫ってくるのを、六尺棒の真ん中を両手の一方を上から握り、一方を下から握り、腕を交互に振ると男たちからすると棒が回転しているように見える。男たちが怯んで一歩後退するのを見届けると、辰吉は一方の手を棒の先へ滑らせて片手持ちに替えると、一人の男の首に打ち込んだ。そのまま辰吉は体を一回転させ、六尺棒はもう一人の首すじに「バシッ」と入った。棒でなく、長ドスであれば刃が首に食い込み、血が吹き出していたであろう。しかし棒であれ、男たちは一瞬息が止まり、水に溺れたかのように目を白黒させて、口をぱくぱくした。
   「痛かったか、堪忍やで、俺もそんな錆びたドスで斬られたくないからな」
 三人のうち、もう一人の男は又八に迫ったが何時の間にか気を失って倒れており、又八が目をぱちくりさせていた。
   「親分が凄いのはこれなのか」
 手に持った武器や武具でなく、気合の掛け声で相手を倒す、その気魄の凄さに感心していたのだ。だが、この働きは辰吉の気合ではなく、守護霊新三郎が男の生霊と入れ替わったのだ。
 又八が、男達の長ドスを奪った。
   「待て、又八さん、とどめを刺してはいけない」
 辰吉が慌てて叫んだ。
   「おいらに兄貴らを殺せませんよ、すぐに追って来ないようにドスを取りあげるのです」

 又八はどこまでも三本の長ドスを担いで歩いているので、怪訝に思った辰吉が訊いた。
   「それ、どうする気だね、古道具屋に売るのか?」
   「そんなことをしたら、喧嘩で殺られたヤツの死体から盗んできたと思われやす」
 その後、川を渡るときに又八は川の深みに三本の長ドスを沈めた。

 そこから、また二里歩いたところで、又八が立ち止まった。
   「親分、待って居てください、草叢の中からうめき声が聞こえたような気がします」
   「俺には聞こえなかったが…」
 又八が草叢に分け入って間もなく叫んだ。
   「親分、来てください、ガキが倒れていやす」
 辰吉が分け入ってみると、七歳か八歳の男の子が岩にしがみつきぐったりとしていた。
   「まだ、息があるようですね」
   「うん、幽かに」
 辰吉が男の子を抱き起こそうとすると、その子は大きく呻いた。
   「足首の骨が折れているようだ、可哀想に痛かっただろう、こんなに大きく腫れ上がっている」
 辰吉は、自分の胴に巻いていた晒を解き、骨折した足に巻いてやった。痛がって叫ぶ元気さえ無くしているようで、辰吉が背負ってもぐったりしていた。
   「早く医者をみつけよう」

 又八が辰吉の後へ周り、子供を支えながら小走りに宿場町まで目指した。
   「この子の身に、いったい何があったのだろう」
 子供がたった一人、草叢で骨折するなんてただごとではないと思うのだが、辺りに崖など無く、イノシシなどを捕らえる落し穴もなかった。足の腫れ具合から見て、今骨折したのではなさそうである。そうすると、昨日からこの子はあの草叢で痛みと戦っていたのであろうか。

 店や旅籠で尋ねまわり、医者が見つかった。辰吉は持ち金から一両抜き取って残り総てを医者に渡し、「治療は長期間かかるだろう、不足分はこれから稼いでくる」と、辰吉は子供を預けて飛び出すつもりである。
   「又八さん、俺は文無しだ、急遽金を稼がねばならない、子供に付いていてやってくれないか」
   「金なら、俺の…」
   「その金には、決して手を付けてはいけない」
 辰吉は、一両を持って駈け出した。
   「新さんお願いだ、賭場でいかさまをやって欲しい」
   『分かった、この際だ、あの可哀想な子供の為にやってやりやしょう』
   「ありがてえ」
 医者探しの次は、盆中鉄火場探しに奔走する辰吉であった。

  第九回 辰吉大親分(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」

猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第八回 鳥追いの小万

2015-03-13 | 長編小説
 北陸街道疋田宿(ひきたしゅく)に近付いたところで、疋田宿方面から三味線を小脇に抱えた女が走って来た。その直ぐ後から、三人の遊び人風体の男が女を追いかけてきた。
   「待ちやがれ、この盗人女!」
   「誰が盗人だ、いい加減なことをぬかすと、ただではおかないよ」
   「威勢はいいが、直ぐに吠え面をかくことになるぜ」
 男の一人が、女の首根っこを捕まえた。
   「何をしやがる、このスケベ野郎」
 女は抱えていた三味線の胴で、その男の下腹を突いた。
   「痛てえ、やりやがったな」
 男が女を殴ろうとした腕を、江戸の辰吉の六尺棒が割って入り「ぴしり」と手首を打った。男は「痛えーっ」と悲鳴を上げて手首を腹に抱えて、その場に蹲(うずくま)った。
   「儂(わし)らは盗人(ぬすっと)を捕まえているのだ、邪魔しやがるところを見ると、てめえこの女の仲間だな」
   「あたいは盗人じゃねえ、貰うべきものを貰っただけだ!」
 辰吉は男たちを睨んで言った。
   「姐さんは、こう言っていなさるじゃねぇか、お前らこそがケチな悪人面をしてやがるぜ」
   「喧(やかま)しい、お前も黙らせてやる」
 二人の男が、懐(ふところ)から匕首(あいくち)を出した。
   「ばーか、俺はお前らに殺られるような腑抜(ふぬ)けじゃねぇ」
 辰吉に突進してくる男をひょいと交わし、辰吉は男の背中を六尺棒で強く打った。男はよろけながら道脇の立木まで歩き、木に縋(すが)って呻(うめ)いた。
   「お前も来るか!」
 残りの一人は、逃げ腰である。
   「待ってくれ!」
 左手の掌を広げて、恰(あたか)も降参だという格好をしたが、右手の匕首を握る手に力が入っているのを守護霊の新三郎が見逃さなかった。
   『辰吉、油断するな、騙(だま)し手だぜ』
   「あいよ、わかった」
 男は頭を下げ下げ辰吉に近付いてくる。だが、男が匕首を辰吉に向けた途端に、辰吉の六尺棒がそれを叩き落としていた。   
 
   
   「兄(あに)さん、ありがとね」
 女は伊勢の国、関の小万(おまん)と名乗った。三十路(みそじ=30才)に達したばかりであろうか、母親お絹の面影を偲ばせた。
   「俺は江戸の辰吉、姐(あね)さん、どうしたのだい?」
 辰吉は小万が盗人呼ばわりされて追われる訳を訊いた。
   「いえね、十日ほど賭場で壺振りに雇ってもらったのだけど…」
 小万の言うには、片膝(かたひざ)ついて内腿(うちもも)をチラチラ見せて壺を振ってくれたら一日一両だすと貸元が約束してくれた。ところが然程(さほど)客の入りが増えなかった為に、それはお前の所為だと、十日で一両しか呉れなかった。小万は怒って金箱(かねばこ)から十両かっ攫(さら)って逃げてきたのだそうである。
   「ははは、それは約束を破ったしみったれの貸元が悪い、姐さんには罪はないよ」
   「そうだろ、お礼に辰吉さんに一両あげる」
   「いいよ、いいよ、姐さんが働いて貰った金じゃないか、大切にしなよ」
   「そうかい、済まないね」

 二人、疋田宿に向かって歩きながら、辰吉は女一人旅の事情を訊いた。
   「旅に出たまんま帰らない情人(いろ)を尋ねての一人旅さ」
 この女には惚れ合って一つ屋根の下で暮らした「関の弥太八」という遊び人の男が居た。弥太八は賭場で博打仲間と喧嘩をして相手を死なせてしまい、その脚で旅に出て八年の歳月が流れた。その後も音沙汰は無く、小万は逢いたくて毎日泣いて過ごしたが、ただ待つだけの明け暮れに我慢が出来ず、二年前に男を捜(さが)して独り旅に出たと語った。
   「もし、元気でいれば、この汚れきった身は見せたくない、木立の影から一目見るだけでいい。もし、死の床に就いていたら、付きっきりで看病もする。万が一、死んでいたら、持ち物の一つでも、骨の一本でも持って帰りたい。そんな思いで旅を続けているのだそうである。
   「汚れきったって?」
   「女の一人旅だよ、きれいなままでいられる訳がないだろ」
   「襲われたのかい?」
   「そればかりではないよ、金(かね)に困れば体を売ることもある」
   「三味線があるじゃないか」
   「あはは、こんなものでは満足に稼げないよ」
 小万は、三味線を見せてくれた。
   「棹の部分に匕首が仕込んであるのさ」
 もしもの時は、これで命を守るのだという。
   「わっ、くノ一みたいだ」

   「辰吉さんも訳ありの一人旅らしいね」
 俺も弥太八と同じようなザマだと言おうとしたが、自慢気に吹聴できることじゃないと気付き、辰吉は止めた。
   「ひとりではないのだよ」
   「そう、お連れさんが居るのかい」
   「幽霊だけどね」
   「ふーん、幽霊と道行(みちゆき)かい、それはいいね」
   「うん、親父と旅をしているようなのだ」
   「何だ、男の幽霊かい」
   「めっぽう強くてね、俺をがっちり護ってくれる」
   「あたいも、優しくて男振りのいい、辰吉さんに似た幽霊と一緒だといいのにな」
 小万は、茶化して本気にしていないようである。

   「あたいは、ここから若狭(わかさ)を通って京へ行くよ」
 疋田を出て少し行ったところで小万は立ち止まった。
   「弥太八は左耳の下に、大豆粒ほどのよく目立つ黒痣(くろあざ)があるのだよ」
 小万は、辰吉に向かって両掌を合わせて言った。
   「もし、伊勢の国生まれの関の弥太八という旅人に出会うことがあったら、後生だからその男に言っておくれな」
 関の小万と言う女が、京辺りの飯盛旅籠で働いているから、もし弥太八が怪我でもしているようなら、あたいが一生面倒を看るから訪ねてきておくれ、元気でいるなら、金の無心に来てくれてもいいから顔を見せておくれと言っていたと伝えてほしい。小万は、辰吉に言伝(ことづて)を頼んだ。
   「姐さんは、こころの底から弥太八さんに惚れていなさるのだな」 
 辰吉は、「きっと伝えるよ」と、気休めで言ったのではなく、積極的に捜してやろうと心に誓って言ったのであった。

 小万と別れて、辰吉は敦賀(つるが)の宿場町に入った。その後、三度笠の男と出会うと、辰吉は笠の内を覗き込み、左耳の下を見てしまうのであった。
   「おい、そこの若けぇの」
 辰吉は、覗いた男に声をかけられた。
   「へい、俺ですかい?」
   「そうだお前だ、何故にわしの顔を覗き込む」
   「済まねえ、人を探しているもので、失礼さんとは知りつつ覗いてしまいやした」
   「旅鴉は、脛に傷を持っているものだ、下手をすれば追っ手と間違えられて斬り殺されるかも知れねえ」
   「ご忠告、有難うさんにござんす」
   「うむ、以後気を付けるのだぞ」
   「へい」

 辰吉、殊勝な態度で忠告を受けておきながら、またしても男の顔を覗きこんでしまった。
   「そこのいい男、わっしは構わないよ」
   「ん?」
 辰吉、きょとんとしている。
   「行くかい?」
   「どこへ?」
   「わたしの家は無理なので、夜まで待って神社へ行くか、いま直ぐなら出会茶屋だな」
   「何をするのだね?」
   「そんなこと、分かっていて誘ったのだろ」
   「わからん」
 男は、辰吉の手を引いて、出会茶屋へ行こうとした。

   『辰吉、手を振り払って逃げなさい』
 新三郎が注意をした。 
   「何故?」
   『このまま付いて行くと、とんでもないことになりますぜ』
   「どんなこと?」
   『布団の敷いてある部屋へ連れて行かれる』
   「昼寝に?」
   『そうだ』
   「眠くない」
 新三郎は焦れた。
   『いいから逃げなさい』
 辰吉は興味をもってしまった。
   「新さん、行こうよ」
   『言っても聞かないのなら、勝手に行きなさい』
   「うん」

 辰吉は、男に手を引かれて出会茶屋へ向かった。
   「金の心配なら、しなくてもいいぜ」
   「うん、何か食べさせてくれるのかい?」
   「後でな」

 出会茶屋は、昼間なので客は殆ど居なかった。それでも男と女の二人連れが出てきて、すれ違いざまに「じろっ」と顔を見られた。

   「どうぞ、ごゆっくり」
 茶屋の中居が、部屋に案内してくれた。成程、小さい部屋に布団が二つ並べて敷かれている。
   「どうした、早く来ないか」
 男は、焦れているようである。
   「着物は脱がせてやる」
   「いいよ、脱ぐなら自分で脱ぐ」
   「下帯は、わっしが解いてやる」
   「いらんよ」
   「ささ、早くここに座りなさい」
   「昼間から何をする積りなのだ」
   「何をするって、することは一つ」
   「花札賭博だろ、それとも株札か?」」
   「違う」
   「チンチロリンか?」
   「それに近いかな」
 辰吉は踵(きびす)を返した。
   「博打なら賭場でやるよ」
 そう言うと、さっさと部屋から出て行った。
 
  第八回 鳥追いの小万(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)

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「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
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「第十八回 浪速へ帰ろう」
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「第二十三回 よっ、後家殺し」
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「最終回 成仏」

猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第二十四回 亥之吉の不倫の子

2015-01-13 | 長編小説
 夕暮れ前、江戸は福島屋の店先で店じまいの準備をしている三太に手招きをしている見たことのない女がいた。色街の女であろうか、まだ明るい内というのに厚化粧であった。
   「どなたでおます?」
   「旦那さんに用があってきました、お駒といいます」
   「折角ですが、旦那さんは留守でおます」
   「日が暮れるまでにはお帰りになりますか?」
   「それが旅にでておりまして、いつお帰りかわかりまへんのやが」
   「では、三太さんという小僧さんはあなたですか?」
   「へえ、さいだす」
   「ちょっと話を聞いて頂きたいのですが、ここでは何ですからそこの路地まで一緒に行ってくれませんか?」
   「わかりました、ちょっと女将さんの許しを貰ってきますから、待っていてください」
 お駒は慌てて三太を止めた。
   「女将さんに知られたくないので、ほんの少しの時間ですからこのまま…」
   「へえ、そうします」
 並んで行きかけると、お駒は自分のお腹を擦った。
   「実は、ここに旦那様のお子を宿っているのです」
 三太は驚いた。お駒のお腹を見ると、幾分ポッコリとしている。三太はお絹が常日頃言っていた言葉を思い出した。
   『そら男の甲斐性やさかい妾を持つのはとやかく言いまへんが、わたいに内緒で外に子供を作るのは止めとくなはれ』

 これはもめるぞと、三太は思った。お絹は大坂の福島屋の娘、亥之吉はそこの番頭であった。惚れ合って一緒になった夫婦なのに、「あのスケベは、何をしやがるねん」と、お絹が可哀想に思えた。
   「それで、産みはるのだすか?」
   「このお江戸で産みたいのですが、旦那様のご迷惑になったらいけないので、どこか遠くに行ってこの子産み、一人で育てていくつもりです」
   「それでお駒さんはええのだすか?」 
   「はい、生涯旦那様の前には現れないつもりでおります」
   「子供は父なし子だすが、可哀想やと思いませんか?」
   「仕方がありません、奥様がいらっしゃる殿方に惚れてしまった私がわるいのです、この子に詫びる気持ちを忘れずに、大切に、大切に育てます」
 三太はお駒が可哀想になった。
   「それでいつ旅に…」
   「はい、すべて支度はしております、今日旦那様にお別れを言って、明日発つ積りで来ました」
   「悪いのは、無責任な旦那さんだす、みんな女将さんに打ち明けましょう」
   「それでは、女将さんも傷つけてしまいます、それだけはお許しください」
   「旦那さんから、十分なお金を貰っているのだすか?」
   「今月いっぱい食べていけるだけのお金は頂戴しております」
   「それでは、路銀にも足らしまへん、戻りましょう、わいが女将さんに取り持ちます」
 お駒は、おおいに戸惑ったが、三太に引っ張られて仕方なく店に向かった。

   『三太、この女の言うことは、みんな嘘ですぜ』三太の守護霊、新三郎が話かけた。
   「嘘、こいつまんまとわいを騙しやがって」
   『どう出る積りなのか、もう少し騙されてみてはどうですか?』
   「うん」

 店に戻ると、三太はお駒を待たせておいて、奥へ引っ込んだ。お絹にすべてを話すと、お絹は真吉に何事か囁き、真吉は裏口からこっそりと出て行った。

   「あんたさんがうちの亭主のお手掛はん(愛人)だすか?」
   「はい、お駒と申します」
   「お駒さん、親兄弟は?」
   「天涯孤独です」
   「それはお寂しいことだす」
   「すみません、三太さんがどうしてもと仰るもので、つい来てしまいました」
   「いえいえ、うちの亭主がとんでもないことをしまして、御免なさいね」
   「奥さんの有る殿方と知りつつ惚れた私がわるいのです」
   「それで、どうすれば宜しいのだすか?」
   「明日、どこか遠くに参ります、少し、このお腹の子供にお情けを頂けたら、もう二度とこのお店の敷居を跨ぐことはありません」
   「子供は、どうなのだすか?」
   「たとえわたしがこの身を売っても、立派に育て上げる積りでおります」
   「幾ら出せば宜しいの?」
   「はい、二十両いや、三十両も頂ければ十分でございます」
   「三十両ねえ、その話が本当なら百両でも二百両でも出しましょう、でもうちの旦那は、そんなふしだらな男ではないのだすよ」
   「でも、こうしてわたしのお腹に子供が…」
   「本当にうちの亭主の子供ですか?」
 お駒は泣き崩れた。
   「こんなことなら、ここへ来るのではなかった、三太さんを恨みます」
   「ところで、店の表でお駒さんのことを覗き見している強面の男が居ますなあ」
   「そんな人は知りません、他人です」
   「そうかなあ、呼んでみましょうか」
 お絹は、言うなり表の男に声をかけた。
   「お駒さんがお呼びだす、そこな方、どうぞお入り」
 男は裾をはしょり、店に飛び込んできた。
   「お駒、どうした?」
   「あっ、お前さん…」
 お絹は、にんまりとした。なかなか強気である。
   「あんさん達、夫婦だすな」
   「ばれてしまったか、こうなれば大暴れしてやるか」
 お絹は店の奥に向かって大声をだした。
   「お店の衆、出てきておくれ、強請りだす」
 店の衆がばらばらと出てきたが、強請りの男が短ドスを出して左右に振り回したので、また引っ込んでしまった。
   「何や、うちの男は溝の糸ミミズみたいに意気地のないのばかりやなァ」
 黙って見ていて三太が、とつぜん大笑いをした。
   「何だ、このガキ」
   「わいは三太や、噂ぐらい聞いとるやろ」
   「あの他人の心が読めるガキか」
   「そうや、お駒さんのお腹の子は、おっさんの子供やろ、その子の前で強請りなんかして、恥ずかしくないのか」
   「喧しい、お前から先に黙らせてやるわ」
   「わい、お喋りやから、なかなか黙らへんで」
   「煩い、痛い目に遭わせてやる」
 ドスを三太に向けた。
   「お駒、そこの抽斗を開けて金を奪え」
 帳場の座卓を顎で示した。その間に、かねて三和土の隅にねかせて置いた天秤棒を手に取ると、男に向かって斜に構えた。その時、表口から同心が岡っ引きを連れて入ってきた。
 同心は、懐から十手を出すと、男のドスを払い落とし、あっと言う間もなくお縄にしてしまった。岡っ引きはお駒を縛った。
   「何や、三太兄ちゃんの喧嘩が見られると思ったのに、お侍さん早く来過ぎや」 
 亥之吉の長男、辰吉がお絹の後ろへまわり、不服そうな顔をした。  


 こちらは、信州の三太こと、緒方三太郎の診療所である。突然亥之吉に連れられてやって来た三人、卯之吉とその母親、妹のお宇佐の収め先は決まった。卯之吉は文助のもとで八百屋の修行をして何れは自分の店を持つ。母親は三太郎の診療所で十分に療養をして元気になれば療養所の手伝いをしてもらう積りである。妹のお宇佐は、当分は三太郎の療養所を手伝ってもらい、いずれは小諸藩士の山村堅太郎に引き合わせようと思っている。後に賭場(とば)で知り合った信州佐久の三吾郎は、三太郎の診療所で泊り、亥之吉は今夜、佐貫の屋敷に止まる。明日、二人は落ち合って北国街道を上田から小諸、三吾郎の故郷佐久の追分で中山道に進路をとり、江戸へ戻る段取りである。

 亥之吉が、今夜佐貫の屋敷に泊まることは、三太郎の弟子佐助を走らせて、佐貫家の客人がお帰りになったことを確認したうえに知らせた。主人佐貫鷹之助の了承は取ってある。鷹之助の母小夜も、亥之吉に鷹之助がお世話になった礼が言いたいと心待ちにしている。

   「亥之吉さん、三太は元気にしていますか?」
 三太と同じ「鷹塾」の塾生、源太である。源太は鷹之助の弟子として、鷹之助の付き人役をしている。今日も二人は藩校明倫堂から帰ってきたところであった。
   「元気だっせ、元気過ぎて手に負えんこともおます」
   「それは良かった、いつか会いたいです」
   「そうだすな、この旅の伴をさせたら良かったのだすが、三太は強くなったので、うちの用心棒でもあるのだす」
   「そうですか、それは頼もしい」
 鷹之助が挨拶に出てきた。
   「ようこそいらっしゃいました、三太がお世話になっています」
   「三太は、先生に教わったことを常に思い出して守っとります」
   「そうですか、お恥ずかしい限りです、亥之吉さんの仰ることもよく聞いていますか?」
   「へえ、それが…」
 亥之吉はそこでクシャミを一つした。
   「三太だすわ、三太がわたいの悪口を言っているみたいだす」

  第二十四回 亥之吉の不倫の子 -次回に続く- (原稿用紙12枚)

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「第二回 政吉の育ての親」へ
「第三回 弁天小僧松太郎」へ
「第四回 与力殺人事件」へ
「第五回 奉行の秘密」へ
「第六回 政吉、義父の死」へ
「第七回 植木屋嘉蔵」へ
「第八回 棒術の受け達人」へ
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「第十一回 山村堅太郎と再会」へ
「第十二回 小僧が斬られた」へ
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「第十四回 奉行の頼み」へ
「第十五回 立てば芍薬」へ
「第十六回 土足裾どり旅鴉」へ
「第十七回 三太の捕物帳」へ
「第十八回 卯之吉今生の別れ?」へ
「第十九回 美濃と江戸の師弟」へ
「第二十回 長坂兄弟の頼み」へ
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「第二十六回 三太郎、父となる」へ
「第二十七回 敵もさるもの」へ
「第二十八回 三太がついた嘘」へ
「第二十九回 三太の家出」へ
「第三十回 離縁された女」へ
「第三十一回 もうひとつの別れ」へ
「第三十二回 信濃の再会」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十一回 幽霊の名誉

2014-06-20 | 長編小説
 中乗り新三(しんざ)こと、木曽生まれの新三郎は幽霊で、墓は江戸の町外れ経念寺にある。水戸藩士の次男、能見数馬の守護霊として憑いたのを皮切りに、捨て子の三太、後に佐貫家の養子となった佐貫三太郎へ、そしてその義弟佐貫鷹之助へ、現在は鷹之助の教え子、チビ三太の守護霊となり、江戸へ向う旅の途中である。

 やはり、新三郎が思った通り、三太と新平は庄野の宿で旅籠をとった。三太と新平が湯上りの体を投げ出して寛いでいると、隣部屋の話し声が聞こえてきた。耳を傾けてみると、罪のない十二歳の娘が、幽霊に殺されたのだそうである。
 新三郎が逸早く反応した。幽霊が人を殺したなどと、有り得ない噂が流れていることが居た堪れないのだ。
 新三郎は、三太に「ちょっと出かけてくる」と言い残して三太から離れていった。この話の情報を集めてくる為だ。

 話は、庄野の宿場を出て次の石薬師の宿場に向う途中に街道から逸れて北へ向かう道がある。この道を進むと田畑が広がり、大きな村がある。この村から更に北へ進んだはずれに、ぽつんと寂しげに建っている祠(ほこら)がある。村娘が月に一度この祠へ野花と餅と小さな竹筒に入った酒を持ってお参りにくる。祠の掃除をして、周りの草を毟り、お供え物を供え、拍手(かしわで)を二つ打つ。
 一昨日も、正午過ぎに村を出て、祠に向って歩いている娘を目撃した村人が居た。
   「おみっちゃん、お参りかい、気をつけて行きなよ」
   「はい、おじさん、精が出まますね」
 そんな挨拶を交わし、娘は北へ向かって歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。娘の家では、夕刻になっても戻らぬ娘を心配し始めた。
 名主に相談し、村役人と村の若い衆が寄って、村外れの祠の周りを探したが、深夜になっても見つからなかった。
 夜が明け、再び捜しに出かけた村役人が見つけたのは、祠の前に横たわる変わり果てた娘の姿であった。この場所は、昨夜何度も探している。周りを徐々に広げて、相当広範囲に及び捜索をしたが、見つけることが出来ずに夜明けを待ったのであった。
   「畝八(うねはち)の祟(たた)りだろう」
 この祠は十年前に名主の娘に惚れた村の若者畝八が、娘と此処で逢引をしていた。その場を村人に見つかり村人が名主に告げ口をしたために飛んできた名主に畝八が殴り殺された場所である。名主の娘もまた、畝八に惚れており、十日の間泣き続けて、十一日目に、やはりこの場所で首を括り自害して畝八の後を追った。
 名主は我が娘に自害されて初めておのが罪に気付き、この場に祠を建てて二人の御霊(みたま)を鎮めんとしたのだった。
   「なっ、三太もおかしいと思うだろ」
 新三郎は話を続けた。
   「殺されたおみっちゃんは、畝八さんにはなにも悪いことをしていない」
 祠へお参りに行くのは、畝八の叔母である母が続けていたことを、昨年からおみつが受け継いだもので、畝八には 感謝こそされ恨みを受けるものではない。
   「自分達に分からないことが起きると、幽霊の祟りの所為にしたがる」

 人が死んで幽霊が体から離れるときは、恨みや憎しみは体に残してくる。そのような感情は、亡骸と共に朽ちて、土に返るものなのだ。離れた幽霊は、純真で清浄なものである。その幽霊が人を殺すことなど有り得ない。
   「新さん、幽霊でなくて、お化けかも知れまへんで」
 三太は、新さんが確かめに村へ行くと言い出しそうなのを察知して、予防線をはった積りであった。
   「三太は罪のない兄さんを殺されたのだから、罪のない娘を殺された家族の悔しさがよく分かるでしょう」
 新三郎に釘を刺されて、三太は行かないとは言えなくなった。問題は新平である。街道に残してもおけず、一人で次の石薬師まで行って、旅籠を取って待っておれとも言えない。それを察してか、新平も「行く」と言った。
   「怖いけど、新さんが護ってくれくから大丈夫」

 村への道をテクテク歩きながら、三太は三太なりに事件のことを考えた。おみつには殺されなくてはならない理由が無い。あの日おみつは、お供え物の餅と竹筒に入った酒を下げて、鼻歌交じりで野花を摘んだに違いない。

 三太と新平は、出逢った村人に名主の屋敷の場所を訊き、訪ねて行った。
   「何処の子供かね」
 名主は、他所の村の子が道に迷って此処へ来たのだと思ったようだ。
   「わいは子供ですが、ただの子供やない」
   「ただの子やないなら、金を払ったら芸を見せる子供かね」
   「わいは、猿回しの猿やない」
   「何か目的があってこの村へ来たのか?」
   「へえ、さいです、おみっちゃん殺しのことで来ましたんや」
   「あの子は、幽霊に殺されたそうじゃが」
   「幽霊は、人殺しなんかしまへん」
   「そんなことはない、呪い殺されることもある」
   「それは、嘘っぱちです」
 三太は、新三郎から聞いた幽霊というものを、名主に話して聞かせた。
   「おみっちゃんは、誰かに殺されたのです」
   「そんなことが、他所者に分かるのか?」
   「わいは、幽霊と話が出来ます」
   「面白い冗談を言う子だ、聞いてあげよう、どの幽霊と話をしたのじゃ」
   「おみっちゃんは、あの世へ旅立った後でしたが、畝八さんと言う人の幽霊があの世から来てくれました」
   「ほう、畝八が恨みを抱いて戻ってきたのか?」
   「違います、畝八さんは、誰も恨んだり呪ったりしていません」
   「では、何のために出てきたのじゃ」
   「おみっちゃんを殺したのは、自分達ではないことを知って貰う為です」
   「自分達とは、あの世から来たのは一柱だけではないのか?」
   「別の女の幽霊と一緒に来てくれました」
   「さて、誰であろう」
   「お彩と言う人の幽霊です」
 名主は驚いた。お彩は十年前に死んだ我が娘である。三太のこの言葉で、名主は三太への疑いがすっかり消えて無くなった。
   「お彩は、畝八と一緒なのか? 幸せなのか?」
   「へえ、あの世で安らかに寄り添ってはります」
   「お彩は、今此処に来ておるのか?」
   「へえ、さっきまでここに居たのですが、お父さんの元気なお姿を見て、安心してあの世へ戻りました」
   「ああ、何故も少し早く言ってくれなかった、せめて一言謝りたかった」
   「名主さんのその気持ちは、名主さんが建てた祠で充分に届いています」
   「ありがとう、胸のつかえが少し取れたようだ」

 名主は若者を一人選ぶと、これからおみつが殺された場所を、幽霊と話が出来る子供を連れて調べに行くから、手の空いている者は一緒に行ってほしいと、村の家々を回って知らせて貰った。その若者に新三郎がこっそり憑いて行ったのだ。

 三太と新平は、名主の屋敷で出された金平糖をポリポリ食べながら待った。半刻(一時間)程待っていると十九人の村人達が集まってきた。
   「では祠まで行きましょうか」
 三太と新平は、名主と十九人の村人達と祠へ向った。村の家々を回ったおり、新三郎は既に怪しい男をつき止めていた。

   「おみっちゃんは、殺されて何処に隠されていたのだろう?」
   「おみっちゃんは、何故殺される羽目になったのか、銭など一切持っていなかったのに」
   「やはり、畝八の祟りだろうか?」
   「化け物の仕業かも知れん」
 村人達は、ボソボソと囁き合いながら祠に着いた。

   「まず、おみっちゃんの死体を何処に隠していたかを調べてみます」
 三太は迷うことなく祠の後ろへ回った。祠の後ろには扉は無いが、ガタガタと触っているうちに、板が少し動いた。大人に代わって調べて貰うと、板がパカッと開いた。中は空洞で、おみつ一人ぐらいは入る。しかも、何やら箱が入っている。
 村人は箱を取り出し、開いてみると小判や小銭やらがぎっしり入っている。三太は新三郎に言われたままに、名主達に説明した。
   「今までに、村で盗難騒ぎが幾度かあった筈です」
 名主は思い当たる節があるらしい。この村ばかりではない。隣村でも、またその隣村でも盗難があり、盗人がこの村へ逃げ込むのを見たと言う証言もあった。その都度、名主は怒って、
   「うちの村には、盗人など居ない」と、突っぱねてきたのだ。
 三太は、説明した。
   「盗人は、この村に居ます」
 さらに続けた。
   「今、ここへ集まった人の中に居ます」
 村人達は、それぞれ顔を見回している。
   「その盗人が、祠の裏を開いているところを、おみっちゃんが目撃してしまったのです」

 おみつ殺しの動機がわかった。では、その盗人は誰なのか。村人達はそれぞれ戦々恐々としている。中で一人、平然としている男が居た。
   「誰なのだ、その男は?」
   「それは、畝八さんの幽霊が教えてくれました」
   「名を告げろ」
 そう言った男を三太は指さした。 
   「あんさんです」
   「証拠はあるのか」
   「証拠は、あんさんの心です」
   「わしの心など、誰にも分からんではないか」
   「それが分かるのです、あんさんは、おみっちゃんの他に、もう一人殺しとります」
 男は憤然として三太に襲いかかろうとしたが、既に男に憑いていた新三郎が一瞬男を失神させてその場に崩れさせたが、男は直ぐに立ち上がった。
   「このガキ、妖術を使うのか」
 男の声は、先程と違って、弱弱しくなっていた。
   「わしが誰を殺したというのだ」
   「へえ、畝八さんです」
 名主が驚いた。畝八を叩き殺したのは自分であるからだ。
   「何を出鱈目ぬかすか、この糞ガキめ」
   「なにが出鱈目や、畝八さんがはっきり教えてくれましたで」
 見るに見かねてか、名主が口を挟んだ。
   「畝八を殺したのは、このわしじゃ、大切な娘を傷物にされたと勘違いしてのう」
   「それが違うのです、名主さんにどつかれて気を失った畝八さんを介抱すると見せかけて、自分の膝に畝八さんの頭を乗せ、左手で頭の血を止めるふりをして、右掌で失神している畝八さんの鼻と口を塞いで殺したのです」
 名主は、十年前のことを思い出しているようであった。そう言えば、この男も名主の娘に惚れており、何度も娘に言い寄っては振られていた。娘のお彩が畝八と逢引をしていると告げ口にきたのも、この男だった。おみっちゃんが死んだのは、畝八の祟りだと言い出したのもまた、この男である。

   「わいは、畝八さんの幽霊と話して、このことを知りました」
 
 後のことは名主に任せて、三太と新平は村人たちと別れて街道へ戻っていった。
   「新さん、気が晴れましたか?」
   「へい、畝八さんがあの世から戻って来たと言うのも、お彩さんと一緒だったというのも嘘ですがね」
 長い道のりを歩き、真相を明かしてやったにも関わらず「ありがとう」の一言も貰えず、一文の礼金もなかった。

   「かまへん、かまへん、わいが金平糖をこっそり貰ってきた」
 三太は、ペロリと舌をだした。
   「おいらも」
 新平も、懐から紙包み出して見せた。

  第十一回 幽霊の名誉(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十回 若様誘拐事件

2014-06-14 | 長編小説
 亀山城を出たとき、白髪の老人に話しかけられたことを、三太は城に引き返し山中鉄之進に伝えておいた。
   「わいが冗談で余と言ったので、何処かの若様が町人に化けて町に出るものと思ったようです」
   「そうか、何やら企んでいると見えるのう」
 鉄之進は、遠くから同心と二人で後を付けて様子を見ると言ってくれた。
 
 亀山城を発って間もなく、三太と新平の前に町駕籠が止まった。駕籠舁二人と、三人の男が三太たちを取り囲んだ。
   「若様、お迎えに上がりました」
 五人の中に、亀山城の城門近くで逢った白髪の老人が居て、指図をしている。三太と新平は逃げようとしたが、男達に捕まり手足を縛られ猿轡(さるぐつわ)をされて、駕籠に無理やりに押し込まれた。
   「新さん、どうして助けてくれないの?」
   「暫く、奴等の出方を見ましょう」
   「新さんが奴等の誰かから探り出してくれたらいいのに」
   「奴等は仲間に見張られています、ここで奴等が変な動きをすると、仲間に口封じされ兼ねません、あっしは人を死に追い遣ることは出来ません」
   「わかった、我慢する」
 新平も、心得たもので、三太の胸に凭れるように頭を付け、新三郎の指示を聞いていた。

 新三郎は三太から抜けて、三人の見張り仲間の一人に憑いた。腰の剣を抜くと、まず男達が番(つが)えた弓弦(ゆみづる)を三本ともに切った。
   「貴様、何をするのだ、気でも違えたか」
 新三郎は剣の峰を返すと、黙って二人の男の鳩尾(みぞおち)に打ち付けた。「うっ」と呻いて次々に倒れ込んだ。二人の手足をその場にあった蔓(つる)で縛り上げ、新三郎は男に憑いたままで三太たちの元へ走った。
   「このガキたちは、どこの藩の若様だ」と、喋ったのは新三郎である。
   「それが、わからないのだ」
   「分からないのに、拐わかして来たのか?」
   「爺さんが、確かに大名の若様だと言うもので」
   「爺さん、間違いないのか?」
   「へい、自分のことを余と言っておった」
   「そうか、わしらが吐かせてみよう」
 賊の一人が駕籠から下ろした三太を担いで、潅木を掻き分け山の中へ入っていった。新三郎は、その男に続いて、新平を担いで従った。着いたところにもう一人、身形(みなり)の良い大名家の若君らしき七・八歳の少年が縛られていた。
   「無礼者め、余を何と心得ておる」
 少年は、気丈にも拐かしの無頼の者たちを叱咤する。
   「へい、あなた様は伊賀神戸藩(かんべはん)の若様でいらっしゃいます」
   「そうと知った上での無礼、決して許しはしないぞ」
   「若様は、生きて城に帰れましょうかな」
 受け答えをしている拐かしの仲間は、「ふふん」と、鼻で笑った。三太たちも若様を縛った同じ木に縛り付けられた。
   「お前は、町人であるな、やはり拐かされたのか?」
 神戸藩の若君が三太たちに話しかけた。
   「いえ、若様をお助けする為に、態(わざ)と捕まりました」
 お調子者の三太は、咄嗟にそう答えた。
   「そうか、忝(かたじけな)い」
   「今しばらくのご辛抱です」
   「わかった、おとなしくしていよう」

 神戸藩では、若様のお供をして城外へ出た家来の一人が、瀕死の重症で城に戻り、若殿が拐かされたと伝えた。
 折しも、城門に矢文が射込まれた。若君の命と引き換えに、三千両を亀山領地内の稲荷神社へ持参せよと記してあった。
 大勢の家来達が護衛につき、小判は駕籠で運ばれた。だが、稲荷神社には誰も居ず、小判は駕籠のまま置いて立ち去れ、若君は後日送り届けると書かれた文が、地面に突き立てられた矢に結ばれていた。
 家来達は、姿を見せない賊の手に、若君の命が握られているため、手も足も出せない状態で、仕方なく賊の指示に従った。

 三太たちを見張っていた賊が、手薄になった。どうやら、小判を運んできた神戸藩士達の様子を見届けるために幾人かがつけて行ったらしい。
 三太達を見張る仲間の中に新三郎が居たらしく、男達が次々に気を失って倒れた。その後、倒れた男の手足を蔓(つる)で縛ると、三太達三人の縄を解いた。
   「お前は…」
 若様が身構えた。
   「若様、大丈夫です、この男は賊に化けたわいの仲間です」
   「そうか、安心致した」
 今解いた縄で、新三郎は自分を縛れと三太に指示した。言われた通りに縛り上げると、縛られた賊は気を失しなって倒れた。
   「さあ三太、亀山城へ逃げ込もう」
 すぐ近くまで、山中鉄之進等が来ていた。駕籠の三千両は、賊の目から隠してくれるように山中に依頼して、三太と新平と神戸藩の若君は亀山城へ走った。

 神戸藩の若君が亀山城に着くと、すぐさま一騎の早馬が神戸城へ向けて走った。若君が無事に亀山城に匿われていることを知らされた神戸藩主は、直ちに小判を置いてきた稲荷神社に家来達を向わせた。

 一方、時は少々遡るが、神戸藩の家来達が神戸城に戻ったのを確かめた賊共は、再び稲荷神社に戻り、境内にぽつんと置かれた駕籠を見て安心した。だが、三千両を乗せた駕籠の見張り番が居ないことを訝かしく思った。駕籠の簾を剣の切っ先で跳ね上げると、駕籠は空であった。
   「神戸藩士にしてやられたか」
 初めから積んでいなかったと思ったらしい。
   「くそ忌々しい、戒めだ、若君を殺して木に吊るしておけ」
 賊たちは、山の中に入り、三太達を縛り付けた木に辿り着いて驚いた。人質は消え、見張りは悉く手足を縛られ、笹薮に転がっていたのだ。

   「お前達、誰にやられた」
   「仲間の宍倉が裏切った」
   「嘘をつけ、ヤツも縛られて転がっておるぞ」
   「そんな訳はない、確かに…」
 宍倉は漸くして気がついたが、何も覚えていないと言う。
   「お前達は、そのような嘘を並べおって、三千両はお前達が隠したのであろう」
   「知らぬ」
   「白状しなければ、この場で私刑する」
   「断じてそのようなことはしていない、拙者が皆を縛ったとして、では拙者を縛ったのはだれだ?」
   「そうか、では人質がやったのか?」
   「ほんの子供ですぜ、大の大人が子供に抵抗もせずに縛られたとは思い難い」
 別の男が言った。
   「まだ三千両は、この神社の何処かに隠しているかも知れぬ、探しに行こう」
 縛られた男達は、疑いが晴れるまで転がしたままにしておき、賊たちは稲荷神社の境内に戻ることにした。境内の近くまで来ると、馬の嘶(いなな)きが聞こえた。
   「馬に跨(またが)った与力が二騎と、他に武士とその配下らしいのが一人づつ、四人居るぞ」
   「我等を捕縛に来たのであろう」
   「奴等は四人、我等は五人だ」
   「よし、突破しよう」
 賊五人が藪から飛び出した途端、隠れていた神戸藩の捕り方役人が「わーっ」と飛び出して来た。

   「山中氏(うじ)、忝(かたじけ)のう御座った。お陰で若様は無事に戻られたうえ、三千両も取り返せ申した」
   「いやいや、我等二人ではどうしようも無かったところだ」
 三千両は、駕籠に戻っていた。山中達が戻したのだ。
   「では、我等はこれにて」
 山中鉄之進と与力は、亀山城に帰っていった。

   「もう、三太と新平は、城を出たのか?」
 山中鉄之進が部下に尋ねた。
   「はい、神戸藩の若君も迎えが来て戻られたので、三太殿達も旅に出ると城を出られました」
   「誰も止めなかったのか?」
   「いえ、せめて山中様が戻られるまでは待って欲しいと頼んだのですが、日が暮れるとお化けが怖いと申されて」
   「さようか、拙者の屋敷にでも泊まらせたかったのだが」


 翌日、神戸藩から使者が来て、藩主が山中鉄之進に逢いたいとのことであった。亀山藩主は山中鉄之進の働きを称え、神戸藩へ出向くことを許可した。
   「余は、よき家来を持ち鼻が高いぞ」
 山中鉄之進は、この手柄は、三太と新平なのだと言いそびれてしまった。
   「三太、新平、済まぬ」

 翌日、山中鉄之進は神戸藩に出向き、藩主より百両を賜った。若君も横に居て、山中に声をかけた。
   「助けてくれて、有り難く思っているぞ」
 賊に扮し、縛られた自分の縄を解き、逃げ道に導いてくれたのは、この山中鉄之進だったのだと、若君は信じて疑わなかった。


 三太と新平は、庄野の宿で泊まり、翌朝、石薬師の宿場(しゅくば)に向っていた。後ろから馬の蹄の音が響き、三太と新平は、横道の畦に腰を下ろして、馬が走り去るのを待った。
   「何やろか、あんなに慌てて」
   「また、拐かしかもしれませんね」
   「今度は、何処の藩やろ」
 二人が興味なさげに話していると、馬は三太達を見つけて止まった。亀山藩の山中鉄之進だった。
   「あっ、山中様、今度は亀山の若様が拐かされたのですか?」
   「違う、三太たちを追って来たのだ」
   「また、どうして?」
   「神戸の殿様より、褒美が下されたので届けに参った」
   「お菓子ですか?」
   「いや、百両だ」
 山中は、懐から袱紗(ふくさ)に包んだ小判を出した。
   「わいら子供に百両ですか?」
   「そうだ、貰っておきなさい」
 三太は拒んだ。
   「重いから要りません」
   「腹に巻いてやるから持っていきなさい」
   「ほんなら、二人に一両ずつください」
 山中は、池田の亥之吉を思い出した。亥之吉もまた欲がなく、殿からの賜り物を「要らない」と山中にくれたのだった。
   「そうか、わかった」
 山中は、小判の封を切り、三太と新平に一両ずつ渡した。
   「残りは、山中さまの働きと、新平の通行手形を発行して戴いたお礼です」

 またいつか、どこかで逢いましょうと、三太と新平は、山中鉄之進と別れた。
   「鈴鹿峠の馬は、楽ちんやったなあ」
   「雨が降っていなかったら、もっと楽しかったのにね」

 庄野の宿から石薬師の宿までは二里、石薬師から四日市の宿までは三里の道のりである。やはり庄野あたりで一泊かなと、新三郎は踏んでいた。

  第十回 若様誘拐事件(終) -続く- (原稿用紙14枚)


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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第九回 ろくろ首のお花

2014-06-11 | 長編小説
 お祭りでもなさそうなのに、神社の境内に見世物小屋が出ている。夜ともなれば男女連れの見物客で賑わうのだろうが、まだ日は高い。子供にねだられて付いてきたのであろう親子連れがチラホラ見えるばかりである。
 小屋には、大きな看板が高く上がり、ろくろ首の絵が極彩色で描かれている。人でも食ったのであろうか、口の周りにべっとりと血のりを付けた女が、髪を振り乱し、目を大きく見開き、爛々と異様な光を放っているように見える。
 首は大蛇のようにうねり、今にも見ている客のところまで伸びてくるようである。立ち止まって「ぽかん」と、口を開けて看板に見入っている三太の袖を、新平は「くいくい」と、引っ張った。
   「親分、行きましょう」
   「凄いなあ、怖いけど見ていきたい」
   「止めておきましょうよ、夜、厠へ行けなくなる」
   「厠くらい、わいが付いていってやる」
   「親分も行けなくなったら?」
   「そうか、そやなあ」
 三太も怖いのである。しかし、「怖いもの見たさ」で、三太の好奇心は恐怖に打ち勝った。
   「おいら、外で待ってる」
   「一緒やないとあかん、独りやと、わいも怖気(おじけ)づく」
 木戸賃、一人三十文。六十文払って中に入ると、暗くて何も見えなかった。暫くして目が慣れてくると、見世物の前に薄地の緞帳(どんちょう)が垂れ下がっていた。見物客が増えるのを待っているのか随分待たされて「ぽけっ」としていると、三味線の調弦が聞こえて、いきなり大太鼓が「どどん」と打ち鳴らされた。三太と新平は「びくっ」と身を縮め、不安が頂点に達した。
 ぱらっと緞帳が切り落されると、そこに看板と違い普通の女が一人三味線を抱えて座っていた。やおら男の声で口上がはじまった。

   「親は陸奥なる山中で、獣を殺す猟師なり、親の因果が子に報い、生まれついてのこの姿、可哀想なのはこの子でござい、さあ、見てやってください、聞いてやってください、お花ちゃんやーい」
   「あい、あーい」
 お花ちゃん、正面に正座して、三味線を弾き、歌いはじめる。歌う最中に太鼓が「ドロドロドロ」最初は小さく、段々に大きくなってくる。
   「はい、ただ今首が伸びます、よく見てやってください」
 太鼓が「どどん」と大きく鳴ると、胴体はそのままで、首だけが上に「するするする」と伸びた。
 三太と新平は、恐怖のあまり抱き合って見上げている。他の客は悲鳴をあげ、泣き出す子供も居た。

   「怖かったなあ、何か、後ろからお花ちゃんが付いてきてるように思える」
   「おいら、小便ちびった」
   「汚なっ、川へ洗いに行こう」
   「濡れたまま歩いていたら乾きます」
 
 近江の国、甲賀土山の宿場に着いた。ここから先は伊勢の国の鈴鹿峠に差し掛かる。子供の足ではかなりきついので、早い宿入りではあるが、子供達に無理をさせてはならないと新三郎の気遣いである。
   「ろくろ首のお花ちゃん、怖かったなァ」
   「おいら、見なければよかった」
 食事が済んで、二人は部屋に篭り、ひそひそ話していると、宿の女中が部屋に来た。
   「お客さん、床(とこ)を延べさせて貰います」
 女中が、昼間見たお花ちゃんに似ている。
   「この人、首のびるのと違うか」
   「まさか」
 女中が訝(いぶか)った。
   「お客さん、どうしました?」
 二人は、昼間見たろくろ首の話を女中にしてやった。
   「女中さん、怖くはないの?」
   「はい、一向に」
   「首が天井まで伸びるのやで」
   「はい、何ともありません」
   「何で怖くないのや?」
 女中は、声を潜めて、
   「他人に言ってはいけませんよ、実はあのお花ちゃんは、私なのです」
 三太と新平は、尻込みをして壁際まで行き抱き合った。その時、廊下から女中頭らしい人の声がした。
   「お花、床を取ったら早くもどりなさい」
 新平が、「うわっ」と、声を上げた。

 新三郎が、怯えた三太に呼びかけた。
   「嘘ですよ、名前が同じだけで、ろくろ首の女じゃありません」
   「なんだ、そうか、ああ怖わかった」
   「また、小便ちびった」
 三太は、新平の褌を脱がせ、風呂へ行って洗ってきた。
   「衣紋掛けにかけといたら、朝には乾いている」
 また、寝る前に二人でひそひそ話しをしていると、女中のお花がお茶を持ってきた。襖を開けると二人が両手で顔を隠している。お花は、小さい子供を怖がらせたことを後悔した。
   「お客さん、大丈夫ですか?」
   「あんな」
   「はい、どうしました」
   「わいらたち二人はな」
   「はい」
   「一つ目小僧や」
 お花は、「きゃーっ」と悲鳴をあげると、二人の顔も見ずに廊下へ飛び出し、階段をドドドドっとくだり、足を踏み外したらしく、「どすん」大きな音がして静かになった。後は、宿の女将の叱る声が響いていた。


 鈴鹿峠は急勾配なので、馬で越す人々が多かった。その馬子たちが歌うのが、鈴鹿馬子唄である。

     「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいのう土山 雨が降る」 

 坂は坂下宿のことで、ここでは晴れていたのに、急勾配の鈴鹿峠を上る頃には曇っている。あいのう(間もなく)土山に着く頃には、雨がドシャ降りになっていると言う、鈴鹿峠を挟んで西と東では天候が変ってしまうことを歌ったものである。
 
 三太と新平は、この土山から鈴鹿峠を越えて、坂下宿へ行くのだが、やはり奮発して、馬の背で越えることにした。馬子は二人に蓑(みの)を着せ、二人一緒に馬に乗せて雨の土山を出発した。

     「土山降る降る 鈴鹿も雨で あいのう坂下雨になる」

 まさか、こんな風には歌わないが、二人は運わるく、雨の峠越えになってしまった。
   「お兄ちゃん、歌うまいなあ」
   「そうか、有難う」
   「山から木霊が返ってきて、ええ声や」
   「鈴鹿峠の馬子は、これを歌えないともぐりだといわれるからね」
   「わいの兄ちゃんも、歌上手かったのや」
   「亡くなられたのかい?」
   「うん」
   「ところで、お客さんたち、二人で旅をしているのかい?」
   「うん、江戸まで行くのや」
   「偉いじゃないか、街道は悪い馬子も雲助も居るから、気を付けなさいよ」
   「うん、兄ちゃんは悪者違うか?」
   「わしは大丈夫だ、子供の二人旅だと、只でのせてやりたいところだが、病気のおっ母の薬代が要るので、そうはいかんのだ」
   「おおきに、その気持ち嬉しいわ」

 若い馬子は、再び歌いだした。  

    「手綱(たづな)片手の 浮雲ぐらし 馬の鼻唄 通り雨」

 峠を上り下りして、坂下宿で料金を払った。その直後、上りの客がついて、若い馬子は、嬉しそうに三太たちに手を振った。峠は馬の背でらくちんだったので、まだまだ歩ける。関宿を通過して、亀山まで歩いた。

 三太と新平が歩いていると、侍が寄ってきた。
   「これ子供、二人で何処へ行くのだ」
   「へえ、江戸です」
   「どこから来た?」
   「へえ、上方です」
 侍は不審に思ったらしく、「こちらへ来なさい」と、道脇の空き地に連れて行った。
   「通行手形はもっておるか?」
   「へえ、背中の荷物の中に先生が入れてくれました」
 侍は、三太の通行手形を見ていたが、その行き先の福島屋亥之吉に心当たりがあるようであった。
   「福島屋亥之吉と言えば、あの池田の亥之吉殿であるな」
   「へい、その師匠のもとへ行って、天秤棒術の弟子になります」
   「そうか、亥之吉殿は天秤棒術の弟子をとるのか」
   「へい、お許しを戴きました」
 侍は、亥之吉と亀山城の関わりを話してくれた。元はと言えば、亀山藩の藩士が、幼子の些細な無礼を咎め、手討ちにしようとしたところを亥之吉が止めたのであった。
 町人の身分ながら、亀山城主と目通りし、「藩領の庶民は、藩の宝物であろう、その将来は宝物になる年端もいかぬ子供の命を、些細なことで無礼討ちにするなど、許してはならないことだ」と苦言を呈した。
   「亥之吉殿の度胸の良さもさることながら、それを聞き入れた我が殿の度量の大きさに、拙者は感動したもので御座った」
 侍は、当時の亥之吉を思い浮かべていた。
   「三太は、良き者を師匠に選んだな」
   「はい、早く師匠を越えてみせます」
   「そうか、ところでそちらの者は、通行手形を持っておるか?」
   「草津で逢ったばかりなので、まだ持っていません」
   「それは困った、この先通行手形が無いと、関所を通れないぞ」
   「どうすればよれしおまっしゃろか」
   「草津へ戻って、役所で発行してもらうのだ」
   「そんなー、折角ここまで来たのに」
 侍は、暫く考えていたが、この小さな二人を後戻りさせるのも可哀想と、何とかしてやろうと思った。
   「亥之吉殿の知り合いとのこと、この際、我亀山藩で特別に発行してやろう」
   「おおきに、有難うさんです」
   「とりあえず、拙者、山中鉄之進が身元引受人になってつかわす」
   「では、草津へ戻らずとも良いのですか?」
   「そうじゃ、藩で発行した手形は、武士用の手形である、これを関所で不審がられてはいけないので、我が藩主に一筆添えていただこう、池田の亥之吉殿の弟子と聞けば、殿も快く引き受けてくれよう」

 勿体無くも畏くも、新平は亀山藩主のお墨を戴き、三太と共に江戸へ行けることになった。ちょっと偉くなったように思う新平である。

 これは、池田の亥之吉の徳であろう。三太は、これから我が師と仰ぐべく人の、偉大さを感じた。肥桶の天秤棒が、とてつもなく立派な武具に思えてきたのだ。


   「坊ちゃんたち、いまお侍に見送られ亀山城から出てこられましたな」
 町人らしき白髪の老人が、三太に声をかけてきた。 
   「その通りである」
   「もしや、どこかのお大名の若様では?」
   「しーっ、それを言ってはならぬ、内密に願うぞ」
   「やはりそうでしたか、町人は仮の姿ですね」
   「いや、仮ではない、余は町人であるぞ」
   「はいはい、ではそうしておきましょう」
 老人は引き下がったが、目が鋭くキラッと光ったのを新三郎が見逃さなかった。

   「あの男は、三太の冗談を冗談と捉えなかったようですぜ」
   「余計なことを言ってしまった」
   「拐わかされるかも知れませんぜ」
 また、厄介なことが起きねば良いがと、新三郎は魂が引き締まる思いであった。

  第九回 ろくろ首のお花(終)-次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第八回 切腹

2014-06-09 | 長編小説
 三太と新平は、漸く石部の宿をはなれて、水口の宿場に向った。見ると街道際に朽ちかかった木の鳥居が立っていた。
   「新平、わい、ちょっとお参りして行くわ」
   「へい、それではおいらも…」
 新平は、三太に一文貰って、三太と共に鳥居を潜った。広い境内を進むと、神殿の前に男が一人座っている。袴を履いた侍のようである。侍の前には、大小の刀が横向けにきちんと並べてあった。
   「新平、わいらツいている、これは切腹や」
 町人が、切腹の場面に出くわせることはまず無い。新平は、ドキドキしている。瞑想している侍の正面にまわり、本殿の階段に腰を下ろして待った。
   「新平、もう直ぐはじまるぞ、縁日で買った鼈甲飴がまだ有るわ、これ舐めながら大人しく待っていようや」
 侍は目を開け、やおら差前の短刀を掴んだ。その時、漸く目の前に子供が二人、鼈甲飴を舐めながら見物しているのに気がついた。
   「こら子供、そんな処で何をしておる」
   「見物です」
   「拙者の切腹をか?」
   「うん」
 侍は、あっちへ行けと、叱りつけた。
   「そんな殺生な、せっかく切腹が見られるのに、なあ」と、新平の同意を求める。
   「気が散る、早く立ち去れ」
   「ええやん、見ていても」
 侍は、「殺すぞ」と、脅してきた。
   「切腹するのに、子供を道ずれにしたら嘲笑(わら)われるで」
   「頼むから、何処かへ行ってくれ」
   「ちっ、なんや切腹が見られると思ってドキドキしているのに」
   「折角、決心したのに、拙者の気が逸れてしまうではないか」
   「あんな、わい先生に教わったのやけれど、切腹しても介錯人がいないと、直ぐに死なんのやで、三日ぐらいのた打ち回って、それから死ぬのや」
 三太は、佐貫鷹之助から、切腹の作法を聞いたことがある。
   「血がドバーッと出て、腸(はらわた)がニョロッと出て来るのや」
 侍は、気が逸れたどころか、恐怖を感じて、項垂れてしまった。
   「切腹も出来ないではないか、人知れず首でも括らねばならない」
 三太は、どうやらこれを狙っていたようだ。
   「どうしたのや、わいが聞いてやろうやないか」
   「子供に話してどうなるものではない」
   「そんなことあるもんか」
 新平も、興味あるらしく、助勢した。   
   「親分は神憑りです」
   「神憑り? ああ、神様がついているのか」
 侍は、どうせ生きては主君の下へ戻れぬ身と、決心をしたようである。
   「山賊に金を奪われたのだ」
 自分を責めているのか、玉砂利に額を打ち付けた。主君の命で、主君の御母堂が仏門に入られ、比丘尼となられている尼寺に、主君より預かった百両を奉納すべくここまで来たが、山賊に囲まれて山へ連れ込まれた。
 闇に乗じて街道まで逃げてはきたが、体に巻きつけていた百両は奪われてしまった。命を奪われるのは免れたものの、尼寺にも行けず、恥を曝して主君の元へも戻れず、目に入った社の境内を借り受けて切腹しようと思っていたのだ。
   「おっちゃん、わい力になれるかも知れへんで」
   「おチビのお前が、山賊から金を取り返してくれるのか?」
   「そうや、山椒は小粒でピリリと辛いのや、山賊をやっつけてやろう」
 
 三太は、新三郎にお伺い立てた。
   「新さん、ええやろ、助けてやろうよ」
   「いいよ、山賊の住処を確かめましょう」

 幸い、侍は逃げてきた道を覚えていた。街道から山に向けて一里ほど歩いたところに、それはあった。仮の棲家らしく、小枝を土に差し込み、筵で囲い、枯れ草で屋根を葺いた掘立小屋が五つ六つ並んでいる。山賊たちは、一人の見張り番を立て、他は眠っているようである。
 透かさず新三郎は見張りの男に憑いた。新三郎は、男が腰に下げた蛮刀らしきものの鞘を抜き、小屋を壊して回った。
   「こらお前、気でも狂ったか、何をしやがる」
 新三郎は蛮刀を、そこにあった棍棒に持ち替えて、取り押さえに近付いた山賊たちを打ちのめし、形勢が悪くなると別の男にのり移った。
 三太も、木刀で山賊たちの足元をちょこまか走って、隙をみては向う脛を打ち、大の男に悲鳴を上げさせた。
 その間、切腹侍と新平は、奪われた百両を探した。
   「ありました、山賊の頭が、腹に巻いておりました」
 侍が指差した男をみると、だらしなく気を失っている。百両を取り返したあとらしく、前が肌蹴て麻の巾着袋が覗いている。
   「お侍のおっちゃんは、山賊に百両貸したんや、利子を貰っておこうか」
 三太は、巾着から二両抜いて、巾着を懐に戻した。
   「利子の二両のうち、一両はわいらの駄賃に貰っとくで、ええやろ」
   「拙者も一両貰えるので御座るか?」
   「そらそうやけど、これは山賊から盗んだのと違うで」

 三人揃って、もと来た道を戻りながら話をした。
   「わいら、おっちゃんに付いていってやりたいが、どこの尼寺や?」
   「京で御座る」
   「あかん、わいらは江戸へ向っているのや」
   「そうか、命を助けて貰い、かたじけない、どうか我が藩に来られたときは、是非お立ち寄りくだされ」
   「あっ、どこの藩か言わんでもええ、名前も聞かへん」
   「それでは、余りにも…」
   「わいらは子供や、ちょっと子供と遊んでやったと思えばええのや」
   「それでは」
   「おっちゃん、物騒やから暗くならんうちに宿をとりや」
   「有難う」 
 街道を上りの侍と、下りの三太と新平は、手を振って別れた。


 石部の宿から出て、間もなく水口の宿に達する辺りであろうか、峠を上り詰めたところに茶店があった。三太と新平は、すぐに相談がまとまって、休憩して行くことになった。
   「新平、甘酒飲もうか?」
   「おいら、団子がいい」
   「よっしゃ、両方頼もうや」

 頼んで、茶店の老婆が店の中に消えたと思うと、すぐに出てきた。
   「お待たせ、甘酒二杯とお団子二皿」
 三太は、甘酒を手にとってがっかりした。ぬるいうえに器の底が見えるほど薄い。団子も、丸々していないで、ぐっしょりとだれている。一口甘酒を飲んでみて、思わず「不味っ」と声をだした。
   「何や、この甘酒、いっこも甘うない、塩辛いだけや」
   「ああそうか、ちょっと麹の発酵が浅かったかな」
   「団子はベチャベチャべや」
   「それは、今日作ったからで、二・三日経ったら丁度好い加減の固さになるのじゃが」
   「お婆ちゃん、これで客来るのか?」
   「うちは旅のお方が相手じゃ、殆どが始めての客じゃからのう」
   「ええかげんな商売やっとるなあ」
   「これでも、美味しいと言うてくれる人も居るのじゃぞ」
   「誰や、その変態は」
   「向こう長屋の植木屋甚兵衛さんの娘、お玉ちゃんは、それは、それは綺麗な娘さんでな」
 同じ長屋に住む、甚兵衛の手伝いをしている若者と惚れ合っている。二人の逢引の場所がこの茶店であった。
   「そのお玉ちゃんに、庄屋の馬鹿息子が横恋慕しよって、親に頼んで許婚になったのじゃ」
   「お玉ちゃん、よかったやないか」
   「何がじゃ」
   「そやかて、お金持ちの嫁になれて仕合せや」
   「お前さんは子供だからそう思うのじゃろうが、女の仕合せは好きな男と一緒になることじゃ」
   「好きな男と一緒になって仕合せなのは、二・三年や、飽きてきたらお金のことで喧嘩ばっかりや」
 それより、馬鹿息子でも金持ちと一緒になったら、最初は辛いけどやがては庄屋の妻、子供たちも金持ちのお坊ちゃま、お嬢さまと、大事にされて、仕合せいっぱいの生活が送れる。当のお玉ちゃんも、好きな男との恋が生涯褪せることなく、きれいなままで心に仕舞っておける。
   「お前さん、本当に子供か?」
   「わいは、見た目は子供、中身はおっさんや」
   「よっ、大坂のちっこいおっさん!」
 新平も納得のおっさん三太である。
   「わい、あんな歯抜け禿とちがうわい」

 三太たちがふざけていると、お玉と若い男がやってきた。
   「おばぁさん、お団子二皿とお茶くださいな」
   「俺達の最後の逢引です」
 本日、結納と支度金が届き、いよいよ嫁入りの準備に入ると言う。
   「それであんた達は良いのかい?」
   「はい、二人で話し合って、別々の道を歩いて行くことにしました」
   「俺は、植木職人の腕を磨いて、江戸へ行きます」
   「いつまでも、二人の思い出を胸に畳んでおきます」
 老婆は、「駆け落ちでもすればいいのに」と思ったが、駆け落ちは天下のご法度。逃げても逃げ切れず心中ということになるかも知れない。
   「おばぁさん、今まで見守ってくれてありがとう」
 二人は元気に帰っていった。
   「わたしにはわかりませんが、これが当世の若者ですかねぇ」

 三太もお玉次第では、縁談を潰して二人を添わせてやろうとも思ったが、二人がこんなにもサッパリとしているのであれば、手出しはしない方がよいのだろうと、茶店を離れた。

 その夜、お玉と植木職人見習いの男は、お互いの手足を縛りあい大川に身を投げた。三太と新平はそのことは知らない。新三郎は知っていたが、決して二人には話さなかった。

   「いつか、あの植木屋の兄ちゃんと江戸で逢えるかも知れへんなあ」
   「お玉さんはいつか、お庄屋さんのお嫁さんですね」
 二人は辻のお地蔵さんに手をあわせた。
   「二人が仕合せになりますように…」
   「なりますように…」

 二人はじゃれあいながら、土山の宿に着き、宿をとった。

  第八回 切腹(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第七回 髑髏占い

2014-06-08 | 長編小説
 三太と新平の二人連れが石部の宿場町を歩いていると、占い師が台を置いてその上に髑髏を一つ置いて客待ちをしていた。二人は興味津々で暫く立ち止まって見ていたが、道行く人は気にも留めずに素通りして行くばかりであった。
   「おっさん、辻占い言うたら、提灯の看板出して、夜に商売するのやないのか?」
   「ここらはなあ、物騒やさかい夜は出歩かれないのや」
   「おっさん、上方の人やなあ」
 三太は、ちょっとだけ親近感を覚えた。
   「そや、お前もか」
 三太は頷いた。
   「わいの運勢見てもろたら、なんぼ払うのや」
   「うむ、大人なら百文やが、子供料金で五十文にしとくわ」
   「高かい、五十文あったら、二人でうどん一杯ずつと、梅干のおにぎり一個ずつ食えるやないか」
 あほらしいから、見てもらうのを止めようかと思ったが、髑髏(どくろ)が気にかかる。
   「その髑髏、占いに使うのか?」
   「そや、髑髏占いや」
   「けったいな占いやなあ」
   「こら、何を言うか、この髑髏はなあ、あの有名な陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)さまの髑髏じゃ」
   「ふーん、それにしたら、えらい小さいな」
   「安倍晴明さま、五歳の砌(みぎり)の髑髏じゃ」
   「ああそうか、それで小さいのか… と、言うと思っているのか」
   「なんか、不満か?」
   「五歳で死んで髑髏になった者が、何で大人に成って陰陽師になったのや」
   「さ、そこが陰陽師阿倍晴明さまの神秘なのじゃ」
 三太は首を傾げた。
   「どこが?」
   「阿倍晴明さまは、一年ごとに骸骨を脱ぎ捨てなされたのじゃ」
   「何や、逆ヤドカリ見たいやな」   
   「文句言わずに、五十文払って、その髑髏の上に手を翳(かざ)しなはれ」
 おっさんの占いが始まる。
   「お前は男やな」
   「そんなもん、見たらわかるやろ」
   「お前には、父と母が居る」
   「そんなもん、誰でもや」
   「お前には、兄弟がおるな」
   「わあ、当たった、定吉という兄ちゃんが居ました」
   「兄ちゃんは、亡くなってしまったな」
   「わあ、また当たった… と、言いたいとこやが、わいが 居ました と言うたからやろ」
   「占いに出ておるのじゃ」
   「ほんまかいな」
 そんなことを当ててもらっても仕方がない。この先、無事に江戸へ到着して、立派な商人になれるのかを三太は知りたいのだ。
   「ほんで、わいの運勢は?」
   「ある」
   「そら、あるけど」
   「立派な渡世人になる」
   「新門辰五郎みたいな侠客か?」
   「そやそや」
   「嘘つけ、外れとるわい」

 三太が払った五十文を持って、占い師は腹が減ったので、うどんを食いに行くと言う。三太と新平も付いて行くことにした。
   「あのなァ、おっさん、髑髏占いなんか止めとき、女が嫌がって近寄らへんわ」
   「そうか、どうしたらええ?」
   「恋と相性を客の顔を見て占う、なんてどうですか?」
   「おまはん子供の癖に、男と女のことがよく分かっているみたいやなあ」
   「へい、見た目は子供、魂はおとなです」
   「お前は化け物か?」
   「あほか、わいは人間の子供、三太や」
 
 試しにと、三太が客引きをしてくることになった。連れてくる間に、新三郎が情報を集めた。
   「この綺麗なお姉さんに、悩みがあるのやて、占ってあげてか」
 と、紹介しつつ、占い師に紙切れを渡した。

   なまえ、おその とし、十八さい すきなおとこ、さかなうりのたすけ とし、二十さい

 鷹之助に習った綺麗な字で書いてある。

   「黙って座れば、ぴたりと当たる、恋と相性占いである」
 おそのは、恐る恐る占い師の前に座った。
   「これ娘御、何も言わなくとも良い、そなたは恋をしておるであろう」
 女は恥ずかしげに頷(うなづ)いた。
   「男は、魚売りである、名は佐助…、いや違う、太助であろうが」
 女は、行き成り当てられたので驚いて声も出ない。
   「そなたの名前は、お園さんじゃな」
 これまた、驚きである。
   「さて、この先は、二人の将来を占うのじゃが、占い料は百文戴くが、何とされますかな?」
   「はい、お払いします、お続けください」
   「そうか、では占って進ぜよう」
   「太助は、親孝行で働き者のようじゃ」
   「はい、その通りで御座います」
   「太助も、美しくて気立ての良いそなたに、心を寄せておるぞ」
 三太につられて、多少の世辞が入った。女は有頂天である。
   「太助は純情な男なので、仕事を終えて帰る途中に、そなたから声をかけてあげなさい」
   「恥ずかしくて、出来ません」
   「何も、出会茶屋(今のラブホ)に誘いなさいとは言っていない、一言、お疲れ様と、それだけで良いのじゃ」
 女は、赤面した。
   「その後は、きっと太助から声がかかると思う、決して焦らずに、太助の心を離さないように、おりにつけ一言声を掛けてやりなさい、そうすれば自から道が開けて、そなたの念願が成就する」
   「ありがとうございました、仰せの通りにいたします」
 娘は、晴れやかな顔をして百文払い戻って行った。その後、娘と太助がどうなったかは、知る由も無い。
   「ご苦労、百文儲かったので、お前達に半分やろう」
   「うん」
 
 この調子で、三太は旅のことも忘れて、次々と客を案内してきた。金は儲かるが、占い師には心配事がある。三太と別れた後のことである。一人で客に対処する自信が無いのだ。評判だけが一人歩きをして、占いの実力は、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」になってしまうだろう。
   「なあ三太、この先わしと組んで、この商売をしながら上方へ行かへんか?」
   「わいは、江戸へ向っているのや、後はおっさんの腕次第やで」

 十人客引きをして、三太は五百文(二朱)貰った。今夜の二人の旅籠賃には十分であるが、石部の宿泊まりになってしまった。
   「わいら、いっこうに進んでないな」
 まあ、明日があるわいと、石部で旅籠を選んだ。

 
 明朝、旅籠を後にすると、なんとしても五里歩いて、水口の宿を通過して甲賀・土山まで行くぞと、三太は心に決めて旅立った。

 三太は今頃気付いたのだが、新三郎も新平もどちらも新の字が付く。時々声を出して「新さん」と呼びかけて新平を戸惑わせてしまう。ここはどうでも新三郎を新平に紹介しておかねばならないだろうと思った。
   「新平、お前幽霊って居るとおもうか?」
   「いるいる」
   「そうか、その幽霊がわいに憑いているのやが、それは信じるか」
   「信じる、だって親分は時々滅茶苦茶強くなる」
   「おとなの人は、わいみたいな者を神憑りと言うのや」
 新平は、気にも留めていないようである。 
   「だから何?」
   「うん、わいに憑いている神さんは、新三郎って言うのや」
   「へー、人間みたいな名前だ」
   「そうや、もとは人間や」
   「それで?」
   「わいが独りで旅に出られたのも、新さんのおかげや」
 新平は、同い年の三太が、あまりにもしっかりしているので、本当は大人かも知れないと思っていた矢先だ。
   「それで、親分は強いのか」
   「そやねん、そやから新さんを新平にも知って貰おうと思うのや」
   「知りたい、知りたい」
   「怖くないか?」
   「神さんでしょ、お化けじゃないのでしょ」
   「お化けちがう、わいの胸に手を当ててみ」
   「懐に手を入れて、直にか?」
   「そうや、あっ、こちょば、撫でたらあかん」

 新三郎の声が、新平に伝わった。
   「新平、あっしが新三郎でござんす」
 新平は驚いて、思わず手を引っ込めた。
   「ござんす、言うた」
   「そうや、新さんは生きていた時は、侠客やったのや」
   「侠客って、やくざでしょ」
   「そのへん、よく分からんけどな」
   「おいらが、新さんに話しかけるときはどうするの?」
   「普通に喋ったら、新さんに伝わるし、新さんが新平に憑いたときは、頭に思い浮かべるだけで通じる」
   「へー、面白い、新さん、おいらにも憑いてほしい」

 行く先に、旅の男が道端の岩に凭れてぐったりしていた。
   「おっちゃん、どうしたのや?」
   「水、水を飲ませてくれ…」
 新平の腰に、竹筒をぶら下げているが、飲んでしまって空だった。
   「わいが、どこかで貰ってくるわ」
 三太が竹筒を持って、駆け出していった。この時、新三郎は三太から新平に移っていた。


 三太は農家を見つけて、声をかけた。
   「すんまへん、どなたかおいでですか?」
 暫く呼んでいると、裏から腰が曲がった老婆がまわってきた。
   「そこで、旅人が倒れて水を欲しがっています」
   「おや、それで坊が水を貰いに来たのかい」  
   「はい、お願いします」
 老婆は井戸端へ行き、釣瓶で水を汲んでくれた。
   「竹筒一本じゃ、足りないかも知れんのう」
 老婆は、納戸から竹筒を取り出してきて、もう一本足してくれた。
   「おばさん、おおきに」
   「何が大きいのかい?」
   「上方ことばで、ありがとうってことや」

 戻ってみると、ぐったりしていた男は、完全に気を失っていた。
   「死んでしもうたのか?」
 新平が、なにやら憤慨していた。
   「こいつ、追剥ぎや」
 三太が居なくなると、男はいきなり新平を羽交い絞めにして、身包みを剥いで目ぼしいものを探したらしい。何も持っていないとわかると、新平を縛って岩の陰に隠し、三太の帰りを待って襲う積りらしかった。新平を縛ろうとしたところで、男は気を失った。
   「新さんがやっつけてくれた」
   「なんや、こいつ人に水を汲ませに行かせやがって」
 三太は、倒れている男に、小便を引っ掛けて、その場を立ち去った。

 三太と新平は、まだ石部の宿あたりでうろちょろしている。 

  第七回 髑髏占い(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第六回  人買い三太

2014-06-05 | 長編小説
 近江は、商人の町である。豪商と言われる大店の屋敷が競い合うように立ち並ぶ。町全体が活気に満ちて、行き交う人々の愛想笑いが、自然に町に溶けている。
   「これ安吉、店の前に子供が倒れているじゃないか、お商売の妨げになります、退かしなさい」
   「あっ旦那様、これは気付きませず申し訳ありません」
 子供は、腹を空かせて目をまわしているようである。安吉は、ここの手代であろうか、子供の様子を気にするでもなく、事も無げに子供を抱えると、近くの空き地に運び、捨て猫のように置き去りにした。
   「へい、稲荷神社の空き地に捨てて参りました」
   「そうか、ご苦労でしたな、ここへ来てお水でも飲みなさい」

 三太は、近江の草津を出て、石部の宿場に向っていた。赤い鳥居が立っていたので、一礼して拍手(かしわで)をひとつ打ったところで、空き地に子供が倒れているのに気が付いた。駆け寄ってみると、死んではいなかった。
   「どうしたんや、気分が悪いのか?」
 子供は三太に気付き、空ろな目で「腹が減った」と、訴えた。
   「待ちいや、いまどこかで食い物を貰ってきてやる。それまで動かんとじっとしとりや」
 三太は駆け出していった。立派な屋敷の表戸が開いていたので飛び込み、息を切らして頼み込んだ。
   「すんまへん、何か食べるものを貰えませんか?」
 手代が顔を出した。
   「うちは、食べ物屋ではない、他をあたってください」
   「他をあたれと言われても、近くに食べ物の店はありまへんやないか」
   「ここから十町ほど行ったところに、お餅屋があります」
   「そこの空き地で、子供が腹を空かせて目をまわしているのです」
   「ああ、あの子ですか」
   「知っていますのか?」
   「はい、店の前で倒れていたので、邪魔にならないところへ私が運びました」
   「助けないでか?」
   「そんな何処の子かも知れない者を、何故助けなければならないのですか」
   「同じ人間やないか」
   「金にもならないことは、近江商人はしません」
 三太は、呆れかえってしまった。近江商人は、客には丁重に接するのに、利益に繋がらない者には薄情極まりない。三太の近江商人に対する悪い印象が、定着してしまいそうであった。
   「ほんなら、お金を払いましょう」
 奥から、旦那らしい男が暖簾を分けて出てきた。
   「いらっしゃいませ、それでは梅干の入ったおにぎりでも作らせましょう」
   「へえ、四個お願いします」
 三太の分も入っている。
   「それでしたら、一個十文で作らせてもらいましょう」
 三太は驚いた。
   「高いなあ、四個で四十文ですか」
 旦那はちょっと「むっ」としたようだった。
   「それで気に入らないなら、他所へいってください」
   「払いますがな、それに水を付けてか」
   「それなら、水を竹筒にいれて、これも十文です」
 足元を見やがってと、三太はかなり頭にきていたが、空き地で待つ子供のことを考えて、おとなしく五十文を払った。おにぎりを受け取って帰り際、三太は振り返って、
   「薄情者、お前ら死んだら地獄落ちや」
 と、悪態をついた。
   「旦那さん、あいつ、あんなことを言って行きました、店の前に塩を撒いておきましょうか?」
   「馬鹿、何を勿体無いことを言うのだ、塩も高いお金を出して買ったものではありませんか」
 それを撒くなんて、とお説教が続く。
   「撒くのなら、釜戸の灰を一つまみ撒きなさい、灰の中には塩も含まれています」
   「へい、一つまみでいいのですか?」
   「灰も、篩(ふるい)にかけて取っておくと、お線香立ての灰として売れます、青御影石の粉を少し混ぜますと、高級極楽灰として高く売れるのです」
 
 空き地に戻ると、三太は子供に水を一口飲ませた。ぐったりしていたが、おにぎりを「喰うか?」と、見せると、貪り付いた。
 三太の算段では、二人で二個ずつの積りであったが、あっと言う間に四個平らげてしまった。
   「わい、三太や、お前は?」
   「新平です」
   「家まで送ってやろう、家はどこです」
   「草津です」
   「なんや、また後戻りかいな」
 また新三郎に江戸まで五十三日かかりそうだと言われそうである。いや、この調子ではもっとかかるかも知れない。
   「家へ帰っても、追い出されるだけです」
   「本当のおっ母ちゃんやないのか?」
   「本当のお母です」
   「それが何で追い出されるのです?」
   「お母は、おいらが邪魔なのです」
   「邪魔、 何で?」
 聞けば、母は新平が乳離れするまでは母の親元で育てたが、その後は新平を郷に残したまま飛び出してしまった。昨年、郷の祖母が死んだ。村の人に「新平の母を草津で見た」と聞いたので、知り合いの人に探して貰ったところ、旅籠で飯盛り女(遊女)をしていた。
 母は、仕方なく新平を引き取ったが、旅籠に住み込むことが出来ずに、ボロ家を借りて母子二人の生活が始まった。
 母は客の男を家に引き込んで商売をするのだが、その度に新平は外に放り出された。半時も外に居たので「もういいだろう」と、家に戻ってみると、男が未だ居て、母親にこっ酷く叱られる羽目になる。
 いつしか新平は、母に「死ね」とまで言われるようになった。
   「お前なんか、山へでも行って、山犬の餌になれ!」
 それから、新平は山を見ると、自然に涙が出るようになった。
   「おいら、度胸がないから、自分で死ねません」
 思い切って、池に飛び込んだが、気が付くと岸まで泳ぎ着いていた。橋の上から川に飛び込もうとしたが、下を見下ろすと足が竦み、首を括ろうにも、小さくて木の枝に縄をかけられない。
 そこで、思い付いたのが、大名行列だった。
   「行列の先で、おいら、うんこしてやろうと思いました」
 これなら、確実に手討ちになると、子供心に考えたのであった。そう思って待っていると、大名行列などには出くわさないもので、ならばと、歩いている侍の刀の鞘を汚い手で握った。
   「無礼者、そこへなおれ!」と、怒鳴られるだろうと震えて待つと、
   「これ子供、お前わざと拙者の刀を握ったであろう、訳を言いなさい」
 侍は優しかった。
   「腹が空きすぎて、前後の見境もなくしていたのであろう」
 許してくれて、焼き芋を買い与えてくれた。

 新平は、三太に向って土下座をした。
   「三太さん、その腰に差した刀で、おいらを殺してください」
   「アホなこと言うたらあかん、これは木刀やし、町人が人を殺したら打首獄門や」
 三太は、草津へ戻ろうと思った。戻って新平の母に逢い、真意を確かめようと思ったのだ。

 三太と新平は、肩を並べて草津の新平の家に辿り着いた。
   「新平のおっ母さん、新平は死のうとしておりました、かまへんのですか?」
   「放っておいとくれ、女の子ならまだしも、男の子は三文でも売ることはできない」
   「おっ母さん、実の子になんと酷いことを言うのです」
   「漸く(ようやく)出て行ってくれて、ほっとしていたのに、あんた、連れて来ないでくれるか」  
   「おっ母さん、新平が三文でも売れないと言いはりましたな、ほんなら、わいが三文で買う」
   「売りましょう、どうぞ連れて行って、煮るなり焼くなりしておくれ」
 三太は、三文を放り投げ、泣きじゃくる新平の肩に手を添えて、家から出た。
   「泣くな、新平、わいが江戸まで連れて行ってやる、ほんで、わいのお師匠さんに頼んであけます」
   「うん、江戸まで付いて行く」
   「ところで、新平は何歳や」
   「六歳です」
   「なんや、弟みたいに思っていたが、一緒の歳や、新平のお父さんはどうしたのや?」
   「初めから居ません」
 母親すらも父親は誰か分からないのだ。数さえ分からない男客の中の一人が新平の父である。
   「そうか、憎たらしいおっ母ちゃんやけど、今限り憎むのをやめようや」
   「うん、そうします」

 こうして、三太と新平の下り東海道中膝栗毛が始まった。新平が一緒なので、三太は「新さんおんぶ」と、言えなくなった。

 
 草津を出て少しのところで引き返したが、改めて石部の宿に向って、二里の道のりをテクテク歩いていると、新平が立ち止まった。
   「親分、おいらも三度笠と合羽が欲しい」   
   「わいは親分かいな、売ってはったら、買ってあげる」
   「ここに売っている」
   「何や、先に見ておいたのか」

 二羽の旅雀が、チュンチュン喋りながら行くと、旅役者の一座と出合い、女形が三太に声を掛けてきた。
   「旅鴉の兄ちゃんたち、可愛いなあ、何処まで行くのかい?」
   「へぇ、駿河の国へ戻るとこです」
   「駿河の生まれか?」
   「へえ、駿河の国は清水でおます」
   「名は?」
   「へぇ、山本長五郎、人呼んで清水の次郎長でおます」
   「そちらの坊は?」
   「山本政五郎、人呼んで大政でおます」
   「小さい次郎長と大政ですねぇ」
   「へぇ、子供の頃の次郎長と大政です」
   「嘘つきなさい、上方弁ベタベタですよ」

 旅の一座は、宿場、宿場で興行しながら上方まで行くそうであった。
   「坊たち、付いてくるか? 舞台に立たせてあげるよ」
 せっかくここまできたのに、振り出しに戻ってしまう。三太はぴょこんと頭を下げて、お断りした。

 
 石部の宿に着いた。まだ日は高い。三太と新平が頑張ってもっと歩こうかと相談しているところに、男が叫びながら走ってきて、二人を追い越して行った。
   「喧嘩だ、喧嘩だ、喧嘩だ」
   「喧嘩やって」
   「恐い」
   「何が恐いことあるかいな、おもろいから見物して行こう」
 行く先に人垣が出来ていて、中で二人の男が怒鳴り合っていたかと思うと、いきなり見物人の悲鳴に変わった。片方はドスを、片方は鑿(のみ)を出した。
   「わあ、派手に喧嘩しとるわ」
 一人は遊び人風、もう一人は堅気の職人らしく手拭いで鉢巻きをしている。
   「わい、鉢巻きのおっさんに、だんごかける」
   「じゃあ、おいらは鉢巻をしていない方が勝つとかける」
 近くに寄って、二人は声援を始めた。
   「鉢巻のおっさん、がんばれ! わい、おっさんに団子かけているのや」
   「鉢巻していないおっさん、頑張れ!」
 喧嘩の二人が三太と新平に気付いた。
   「こら、小僧二人、あっちへ行け」
   「そやかて、団子がかかっているんや、あっちへ行けるかいな」
   「団子がなんだ、わし等の喧嘩は命がかかっているのだぞ」
   「へー、どっちかが死ぬのか?」
   「そうだ、カブトムシの喧嘩とは違うのだぞ、わしらの命に団子一皿かけやがって」
   「違う、違う、わいらはなあ、一皿三個の団子を、どっちが二個食うか、かけているのや」

 男二人、あほらしくなって喧嘩をやめてしまった。
 
  第六回 人買い三太(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第五回 ピンカラ三太

2014-06-03 | 長編小説
 お店の旦那ふうの男が、若い旅支度をした男の胸倉を掴まえて、何やら喚きちらしている。傍で十七・八の娘とお店の使用人と思われる男が二人、懸命に旦那風の男を宥めようとしている。
   「お父っつあん、それは違います」
   「奴は駆け落ち者や、お前を唆(そそのか)して逃げようとしたではないか」
   「徳次郎を見送りに来ただけです、私は旅支度をしていないじゃないですか」
   「わかるものか、何処かに隠してあるのだろう」

 旦那が大声を出すものだから、往来の人たちが立ち止まって見ている。そんなところに、三太が通り合わせた。
   「新さん、何かもめている」
   「役人を呼んで来いと言っていますぜ、大事のようです」
 新さんは、「ちょっと偵察」と言って、三太から離れた。

   「事情はわかりました」
 若い男は徳次郎、娘はお初。旦那は駆け落ちだと言って、二人の弁解を聞こうとしない。だが、若い二人が言っていることは、本当のようだ。

 女はお店(たな)のお嬢さん、男はそのお店の手代だった。徳次郎はお初の習い事の送り迎えをしたり、買い物のお伴をしたりするうちに、お初が好きになり、お初も何時しか優しい徳次郎に惹かれるようになった。やがて恋に陥ったが、徳次郎は身分を弁(わきま)えて、清く慎ましやかにお初を見守るに留めていた。
   「番頭さん、早く役人を呼んできなさい」
   「旦那様、そうなれば徳次郎は死罪です」
   「構うことあるものか、徳次郎はお初と駆け落ちをしようとしたのです、死罪になって当然です」
 徳次郎は、八歳の時から真面目に奉公をして、陰日なたのない働き者だった。番頭とて、それはよく知っている。その徳次郎を無慈悲にも死に追い遣ろうとしている主人だが、何を言っても無駄だと、二人の番頭は諦めて口を慎んだ。
 徳次郎自身は、愛しいお初の居るお店にあっても、遠く離れて生きることになっても、苦しいことに変わりはないと諦め、死罪になることが最良だと思い始めて、その場に崩れて神妙にお縄を待った。
 やがて、役人がやって来て、店主から事情を訊いている。
   「やい徳次郎、立て」
 徳次郎は立ち上がると、一瞬よろけたが両腕を揃えて役人の前に突き出した。
   「お店の娘と、駆け落ちをしようとしたことは、間違いないのか?」
 徳次郎は黙って頷き、お初の顔を見た。無言でお初に今生の別れを告げたのだ。
   「お役人さま、それは違います」
 お初ははっきりと訴えた。
   「確かに徳次郎と私は惚れあっております、でもこの通り、私は旅支度をしておりません、駆け落ちをする気が無いからてす、それは徳次郎とて同じこと、ただ、惚れあっても結ばれない二人が、同じ屋根の下で暮らすことは辛すぎます、徳次郎は独り故郷へ戻り、畑を耕して暮らすと私に言いました」
 店主は、お初の言葉を遮り、徳次郎を睨み付けて言った。   
   「この男は娘を誑(そその)かし、こう言えと教え込んだに違いありません」
 お初は、尚も徳次郎を庇おうとしたが、徳次郎がそれを止めた。
   「お嬢さん、ありがとう御座いました、私はお裁きを受けます」
   「嫌、そんな悲しいことを言わないで」

 その場へ、三太が飛び出した。
   「徳次郎さん、自棄(やけ)になってはいけません」
 それは、三太ではなく、新三郎の言葉だった。
   「こらっ、子供は引っ込んでなさい、番頭さん、生意気なこの子を追い払いなさい」
 番頭の一人が、三太の肩を掴もうとしたとき、番頭は「わっ」と叫んで倒れ、気を失った。もう一人の番頭も、店主に命じられて、三太の頭を撫でようとしたが、やはりぶっ倒れて気を失った。
   「わしは、ただの子供ではない、鬼子母神(きしもじん)の末神、嬪伽羅(ピンカラ)である」
 店主は、「何を馬鹿な…」と笑おうとしたが、気を失った番頭たちを見て言葉を呑み込んだ。話し方も内容も、子供のそれとは違っていた。
   「鬼子母神の末神が、何故このような場所に姿を見せなさる」
   「わしは罪のない人間の命を、無下にするヤツの子供を食うために人道にやってきた」
   「この徳次郎が、罪のない男なのか?」
   「そうだ、私には分かる、徳次郎は駆け落ちなど企んではいない」
 徳次郎は、もう今生でお初と逢うことはない、もし縁があればあの世で逢いましょうとお初に別れを告げている。お初とても、親には逆らえないから、今生は諦め、あの世で逢う約束をした。そんな健気(けなげ)な二人が駆け落ちなどする筈がない。
   「ふん、何が鬼子母神の末神、嬪伽羅だ、嘘をつくなら、もっとましな嘘をつけ」
 店主は、役人に早く徳次郎を連れて行ってくれと頼んだ。
   「そうか、これだけ言っても聞き分けがないなら、店主、お前の娘お初はわしが貰うぞ」
 これは、ハッタリである。
   「それから、そこのお前」
 通りがかりの者のなかに、さっきから他人の不幸を見てゲラゲラ笑っている男を指差した。
   「お前、家に男が一人と、二人の女の子が居よう、その男の子長吉をわしに食われたくなかったら、さっさと通り過ぎろ」
 男は子供の名前まで出されて、血相を変えて立ち去った。
   「お初、こっちへ来なさい、わしは釈尊に罪のない親から子供を奪って食うなと戒められて、最近子供は食っていない、やっとありついたご馳走なのだ」
   「はい、ご存分にお召し上がりくださいまし」
   「お嬢様、それはいけません、嬪伽羅さま、喰うなら私を食ってください」
   「生憎だが、わしは大人の男は食わん、固くて臭いからのう」
 お初と徳次郎は、これが嘘芝居であることを、何故か感じ取っていた。恐らく、新三郎が二人に送った超感覚の所為覚であろう。
   「では、せめて私をお嬢様と共に、あの世にお送りください」
 臭い芝居が続く。
   「いえ、徳次郎は故郷へ戻って、強く生きなさい、私はあの世で待っています」
 普通なら、こんな茶番は、失笑ものだが、こと我が娘の命に関わること、店主には真に迫っているように思える。
   「お父様、今まで十七年間育てて戴き、有難う御座いました、今生のお別れでございます」
 お初がしおらしく三太に付いて去って行く、徳次郎が役人の手の中でもがいた。
   「私も連れて行ってください」
   「アホぬかせ、お前は代官所へ行く身や」
 三太が振り返って、役人に言った。
   「離してやりなさい、離さないと痛い目に遭いますよ」
   「ガタガタぬかすと。お前もお縄にするで」 
 と、役人は虚勢を張りながら、へなへなとその場に膝から崩れた。

   「わかりました、わかりました、嬪伽羅さま、徳次郎は許しますから、お初を返してください」
 三太は、怒った。
   「許すだと? 徳次郎はお前に許されるような悪いことはしていないぞ」
   「すみません、もう駆け落ちをしたとは言いません」
   「言わないから何なのだ、そんなこと位で、今夜のご馳走をふいにはしないぞ」
   「お初と、徳次郎を夫婦にさせます」
   「そうか、それなら仕方がないか、ご馳走はさっきの男の倅、長吉にするか」
   「そうしてください」
   「何、他人の子は食われてもよいのか」
   「あ、間違いました、どうか人間の子供を食うのは、やめてください」
   「よくわかった、それなら固い、臭い、パサパサのお前で我慢する、さあ、こっちへ来るのだ」
   「そんな殺生な、勘弁してくださいよ」
   「勘弁してもよいが、この先、お初と徳次郎の仲を裂いたり、徳次郎を苛めたりすると、お前を食いにくるぞ」
   「わあ、やめてください、そんなことはしません」

 三太が一人で立ち去った後、二人の番頭と役人が起き上がった。そのうち、役人は膝から崩れた折に、石に膝小僧を打ち付け、血を出していた。
   「何があったのやろ」
 三人は気が付いて、きょとんとしていた。
   「お父っつあん、わたしらが夫婦になることを許してくれてありがとう」
   「旦那様、有難う御座います」
   「こうなったら、仕方が無い、あした祝言を挙げよう」

 三太は、いまひとつ、事の成行きがわかっていないが、なんだか面白かったとは感じていた。
   「新さん、おもろかったな」
   「滅茶苦茶だったが、丸く収まりました」
   「わい、これからピンカラ三太でいこうかな?」
   「格好悪いが気に入ったのならどうぞ」

 因みに、嬪伽羅(ピンカラ)は、鬼子母神の五百番目の子供で、末っ子である。


 近江の国、草津の宿場に着いた。三太は漁師の子ではないが、海の近くで育っている。死んだ兄、定吉の背中にくっついて遊んでいるうちに、物心がついたときには、すでに泳げた。草津の温泉で泳いでみたいのだ。

   「新さん、早いけど温泉に入りたいからここで泊まる」
   「宿場ごとに泊まっていますね」
   「江戸まで五十三日かかるのやろ」
   「まあ、いいでしょう」
 宿の中には温泉が無くて、外湯だと言う。夕食まで時間がたっぷりあるので、宿で手拭いを借りて温泉に行くことにした。
   「おっちゃん、風呂賃なんぼや」
   「大人は四十文、子供は二十文です」
   「ほんなら、二十文払います」
   「ぼん、お連れさんは何処です」
   「わい、独りや」
   「お連れさんなしでは、大人と同じ四十文です」
   「なんや、高いなあ、出直してくるわ」
 暫くすると、三太は若い女に手を引かれて、女湯に入ってきた。
   「わい、お姉ちゃんと一緒やから二十文でええのやろ」
   「へえ、よろしおます」
 
 広い温泉で、三太はパチャパチャ泳いで遊んだ。
   「三太さん、泳ぎが上手ですね」
 お姉さんは、にこにこ笑って見ていてくれた。
   「疲れた、お姉ちゃん、膝に据わらせて貰ってもええか?」
   「はい、いいですよ」
 女が両足をくっ付けて屈んでいる膝に、三太は後ろ向きに座った。
   「お姉ちゃん、凭れてもええか?」
   「はい、どうぞ」
 三太は、なにやら背中をモゾモゾ動かしている。
   「どうしたの? 背中が痒ゆいの?」
   「へえ、背中に丸いものがコロコロ当たりますねん」
   「これ、私のお乳です」
   「へえー、何か固くなってきたような…」
   「あんた、本当に子供ですか? 大坂の’ちっこいおっさん’と違いますか?」
   「六歳の子供です」
   「よく分かっていて、やっていますでしょう」
   「いいえ、何も、わい痴漢とちがいますから」
   「分かっているから痴漢なんて言葉がでたのでしょ」
   「えへへ、ばれたか」
 三太、赤い舌をぺろり。
   「お姉さんねえ、男の人に裸をみせてお金を頂戴するお商売をしていますの」
   「ふーん」
   「大人なら二朱戴くところですが、あんたは子供やから子供料金の一朱に負けておきます」

 温泉から帰り道、三太はしょげていた。
   「新さん、二十文ケチって、一朱(二百五十文)とられた」
   「三太さん、いやらし過ぎ」

   第五回 ピンカラ三太  -続く-  (原稿用紙15枚)

   「第六回 人買い三太」へ
 

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第四回 三太、母恋し

2014-06-01 | 長編小説
 三太は驚いた。三太を負ぶって番所まで来たオネエが、子供に悪戯をしては殺す、強奪はする、詐欺はする、実は札付きの悪党で、子供を殺された親達が出し合って、銀五十両の賞金が付いていたのだ。
 新三郎に心を制御され無抵抗であったが、凶悪犯のために亀甲に縛り上げ、役人の護衛を付けられて、代官所へ連行されることになった。賞金貰えるから、三太も付いて来いと言う。
   「わい、お金仰山持っとるねん、銀五十両なんて重いから要らん」
   「お前、子供やから五十両の値打ちが分からへんのやろ」
   「それくらい分かるわい」
   「ほんなら、貰っといて家に持って帰ってやれ、お母さん喜ぶで」
   「わいは旅の途中や、重いから要らんと言っているのや」
   「ああ、さよか」
   「ああ、さよかて、おっさんが盗ったらあかんで、子供を殺された親達に、大坂の三太からお線香代やと言うて、返してあげて」
   「誰が盗るかい、それより何で名前売るのや」
   「この先、何処で親達と逢うかわからへん、その時、わいのことを知っていてくれたら、只で泊めてもらえるやないか」
   「欲が無いのか、がめついのか、よく分からんガキやな」
   「只で泊めてもらって、ご馳走よばれて、うちの娘と一緒に風呂へ入ってきなはれ」
   「そんなこと言う親はおらへん」
 役人の突っ込みを無視して、三太の独り芝居が始まる。
   「お姉ちゃんと湯船に浸かって、わい、お姉ちゃんの膝に腰掛けるとな、お姉ちゃんのお乳が、わいの背中に…」
   「バカ、やめとけ、いやらしいガキやなあ」
   「風呂から上ると、三太ちゃん、娘と一緒に寝て頂戴ね」

   「お姉ちゃん、ちょっとだけお乳触ってもええか、おっ母さん思い出しますねん」
   「構へんけど、やんわり触ってや」
   「お姉ちゃん、乳首吸うでもええか?」
   「赤ちゃんやな、ほんならちょっとだけよ」
   「お姉ちゃん、ちょっとだけ噛んでもええか?」
   「そんなことしたら、あかん」
   「そやかて、ちょっとくらい噛まんと美味しいことあらへんで」
   「あんた、うちのお乳、駄菓子屋の棒飴と間違えとるのと違うか?」

   「独りでべらべら喋りやがって、お前は一体何歳やねん」
   「見た目は六歳、中身は十七歳や」
   「名探偵コナンか、お前は」
 
 番所を出ると、新三郎が呆れていた。
   「五十両ふいにしたのは良いが、大人をからかうのは良くないですぜ」
   「そやかて、子供をからかったら、虐めや言われます」


 ここは大津の宿場町である。
   「三太、この調子で旅続けたら、江戸まで五十三日かかりますぜ」
   「ええやん、大人になるまで、まだ遠いのやから…」
   「関係ないです、亥之吉さん待っていますぜ」
   「構へん、どうせ去年から待ってくれているのやから」


 暫く行くと、農家の入り口で娘が泣いていた。
   「お姉ちゃん、どうしたのや?」
   「へえ、お父っつあんが病気になったときに、金貸しから二両借りたのが、利子が利子を生み、一年で二十両になったのです、その肩代わりに、明日、女衒(ぜげん)が来て、わたいは遊女に売られるのです」
   「へー、遊女ですか」
   「あんた、遊女、分かっています?」
   「だいたいは分かっとります」
   「遊女に売られたら、もうここへは戻られません、それで悲しくて泣いておりました」
   「お姉ちゃん、可哀想やな、まだ子供やのに」
 三太よりも一つ二つ年上のようである。
   「貧乏人は、辛いことばっかりや」
 三太は、思いついた。
   「よし、わいが代わりに売られたろ」
   「男は遊女に売れません」
   「ほんなら、わいの頭をオカッパにしてえな、ほんで着物と帯も貸してか」

 そんなのは、直ぐにばれて、あんたは殺されるかも知れないと娘の父親は言ったが、三太は平気であった。
   「その金貸しと、女衒をわいが懲らしめてやります」

 翌日三太は、髪の毛を垂らして切り揃えてもらい、娘の着物を着ると、なかなか可愛い娘になった。
   「どうや、これなら男やとバレへんやろ」

 女衒がやってきた。金貸しから預かってきた証文と交換に、三太が渡された。
   「ほお、なかなか可愛い娘やないか、よく磨いて化粧したら、売り物になりそうや」
   「わたいみたいな子供でもか?」三太、娘になり切っている。
   「子供が好きなお大尽もいましてな、あんたやったら、すぐに指名がかかりまっせ」
   「そうですか、どんなことされるのやろか、何か恐い」
   「すぐに慣れます、心配せんでもええ」
 三太は、女衒に手を引かれ、草津の遊郭に向った。

   「ねえ、女衒のおじちゃん」
   「これ、そんな呼び方しなさんな、人が振り返っていますがな」
   「ほんなら、おじちゃん、わたい遊女になるよりも、おじちゃんのお嫁になりたい」
   「そんな訳にいかへん、お前を遊女屋に五十両で売って、金貸しに二十両渡さなあかん」
   「ええやん、このまま二人で江戸へでもトンズラしましょうよ」
   「お前、小さいのに恐いこと言うやないか」
   「そやかて、おじちゃんのこと好きになってしもたんや」
 女衒は今まで女に恨まれても好かれることはなかった。この女衒、ちょっと気持ちが揺らいできた。
   「わたいが江戸で遊女になって、おじさんのこと養っていきます」
   「そうか、女衒やめて、ヒモになるのやな」
   「ヒモて、なんです?」
   「女に働かせて、遊んで暮らす男や」
   「ひやー、格好ええ」
   「どこがやねん」

 結局、三太と女衒は、江戸落ちの楽しい旅に出た。ところが、ちょっと立ち寄った神社の祭りで、逸れてしまった。
   「あいつ、逃げたのかな?」
 女衒がそう気付いた時は、三太は大津の娘の家に戻っていた。女衒は遊女屋の信用は失くすし、娘は居なくなるし、もう戻ることは出来ない。
   「このまま江戸へ落ちるしかないか」
 女衒は、その日限りで大津から姿をくらました。

 三太は娘の家に帰ってきた。着物をとっかえると、直ぐに娘と二人で大津の代官所に駆け込んだ。
   「わいは大坂の三太といいます」
 代官は、名前を知っていた。
   「あの、賞金を要らないと言った子供だな」   
   「へえ、あの三太です」
   「あの五十両が、欲しくなったのか?」
   「いいえ、違います、この娘さんを、お代官さまに助けて戴きたいのです」
 女衒から受け取った借用証文を代官に見せた。
   「一年前に借りた二両が、利息で膨れ上がり、二十両になったと金貸しが言うのです」
 幕府が定めた金利は、二両の年利なら、四朱と二百文である。十八両とは、法外も法外。その内、既に支払われた利息が三両にも達していた。
   「なる程、利息が月一両二分になっておるのう」
   「二十両も返すことはないですよね」
   「いいや、むしろ過払い金があるので、十二朱ほど金貸しから戻して貰わねばならない」

 代官の命で、娘の親は金貸しから三分(十二朱)を戻して貰い、娘を売る必要もなくなった。金貸しは財産を没収されて、四国へ処払いになった。
   「三太さん、どうか今夜、私の家に泊まっておくれやす」
   「うん、分かった、ご馳走食べたら、お姉ちゃんと一緒に風呂に入ろな」
   「うちの風呂、一人ずつしか入れない小さな五右衛門風呂でおます」
   「ああ、そうか、ほんなら、一緒の布団で寝よか、わい、お母ちゃん思い出すねん」
   「ああ、それやったら、うちのお母さんと寝たらどうです、その方がお母ちゃんに近いで」
   「まだ時間早いから、せめて草津まで歩くわ」
 三太、別れを告げて、大津から草津まで三里、ぶつぶつ文句を言いながら歩いた。


 暫く歩くと、二十四・五の女が、腹を押さえてしゃがみ込んでいた。
   「おばちゃん、どうかしたのか?」
   「へえ、持病の癪で難儀…、なんや子供かいな、シーシー、あっちへ行き」   
   「何やこのおばはん、わいを野良犬みたいに追いやがって」

 新三郎が三太に教えた。
   「あれは、巾着切りですぜ、看病させておいて、隙を見て巾着の紐を切って掏り盗るのです」
   「悪いヤッやなあ」
   「ほら、見なさい、後から来た若い侍に目を付けましたぜ」
   「わっ、ほんまや、すけべの侍が引っ掛かっとる」
 侍は親切に女の背中を両手の親指で押してやっている。
   「あっ、楽になったらしい」
 侍は、女に「立てますか」と、聞いている。女は立ち上がろうとして、よろけて侍の懐に手を入れた。次の瞬間、女が侍の財布を指に挟んで抜き取った。…が、その手を侍が掴んだ。あっと言うまに、女は縛られ、三太が見ている方へ来た。
   「これは、三太さん、拙者は代官所で逢った代官の家来です」
 江戸であれば、与力であろうか、代官の家来は掏摸の囮捜査をしていたらしい。
   「三太さんは、掏られませんでしたか?」
   「はい、大丈夫です」
 
 女掏摸は、代官の家来に連れられて去っていった。
   「新さん、あの掏摸のおばさん、どうなるのですか?」
   「腕に刺青を入れられて、寄せ場で仕事をさせられるのでしょうね」
   「どうして刺青なんかされるのやろ」
   「そうですね、罪を償って娑婆にでてきても、刺青者は仕事がもらえない」
   「だから、また悪いことをしてしまうのですね」
   「そうかも知れない、三太は、掏摸のおばさんのことが気になるのですか?」
   「うん、おっ母ちゃんみたいに思えるのです」
 ませたことを言うようでも、独り旅に出ると、やはり母が恋しいのであろう。新三郎は、三太を抱き締めてやりたい気持ちになった。

  第四回 三太、母恋し(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
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「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三回 追い剥ぎオネエ 

2014-05-30 | 長編小説
 三条大橋を越えて、まだ山城の国と近江の国の国境辺りであろうか、民家もまばらなところで三太は草臥れて道端で座り込んだ。小さな三太が、もう三里も歩いたのだ。無理もないかと新三郎は思う。そろそろ、三太を背負ってくれる屈強な若者が通らないかと、新三郎が物色しているところに、初老の女が血相を変えて三太のもとへ走り寄った。
   「忠太郎やないかい、お前何処へ行っていたの、母さん心配で夜は泣き明かしていたのですえ」
 座り込んでいる三太を立たせて、抱きついて胸に頬擦りをした。
   「おばちゃん、痛い、わい忠太郎と違う、三太や」
   「何を言うてますのや、自分が腹を痛めて生んだ子を見間違えますかいな」
   「そやけど違うもん」
   「あきまへん、もう何処へも行かせはしまへんで、早く家に帰りましょ」
 このひと、どうなっているのだろうと、三太は女の目を見つめて首を傾げる。
   「母ちゃんが怒ったのが悪かったのやったら謝ります」
   「そんなこと、あれへん、けど、わい三太やねん」
   「いいえ、あんたはわたいの子供の忠太郎です、美味しいものをたんと作って食べさせてあげますさかい、母ちゃんを堪忍して…」

   「新さん、助けて、手加減もせずに抱きしめよる、痛くて堪らん」
 三太は堪えきれずに暴れだした。女が怯んだ隙に、三太は漸く女の腕から擦り抜けた。そこへ、二十五・六の男が駆け寄ってきた。
   「三太さんと仰いましたか、えらいご迷惑をおかけして、すんまへん、五・六歳の男の子を見たら、忠太郎やと言って抱きつきますねん、痛かったですやろ、勘弁してください」
   「忠太郎さんは、何処かへ行ってしまったのですか?」
 この女が不憫になって、三太は尋ねてみた。
   「いいえ、忠太郎はわたしです」
 
 聞けば、二十年前に母に叱られた忠太郎は家出をして、河川敷に掘っ立て小屋を建てて生活をしていた男のところへ転がり込み、帰らなかったことがあった。忠太郎、六歳の砌である。
 河川敷の男に諭され、忠太郎は三日後に家へ帰ったが、父親にこっ酷く叱られ、その後は何事もなく過ごした。最近、忠太郎は嫁を貰った。それから、忠太郎の母親の所業が始まったのだ。
   「おっ母さん、忠太郎はわたしだよ、この子は、三太さんです」
   「あんた誰や、私の忠太郎はまだ六歳です」
 忠太郎に腕を支えられた女は、汚らわしそうに振り払った。

   「新さん、この人病気ですか?」
   「分かりませんが、二十年間の記憶が消えてしまったようですね」
   「ほんならこの人、二十年前に戻ってしまったのですね」
   「そのようです、さっきこの女に憑いてみたのですが、やはり記憶は消えていました」

 相変わらず、忠太郎のおっ母さんは、忠太郎を手古摺らせている。忠太郎は、三太に声をかけた。
   「三太さんはどちらのお方です?」
   「大坂です」
   「そんなに遠くから来られたのですか、お連れの方はどちらに?」
   「いません、独りです」
   「どちらに行かれるところです」
   「江戸です」
 忠太郎は驚いた。この先、道中何があるか分からない。大人でさえも長旅は辛いものである。まして子供の独り旅とは、一体何が有ったのだろう。
   「江戸には、ご親戚でもおいでですか?」
   「武道のお師匠さんの弟子入りをするのです」
 忠太郎は感心した。
   「母もこんな具合ですし、どうでしょう、今夜は私の家にお泊り願えませんか?」
   「おばさん、すこしは落ち着かれまっしゃろか?」
   「わかりません、でも、たとえ一夜でも、母を喜ばせたいのです」
 三太は、すこし疲れていたので、忠太郎の言葉に甘えることにした。忠太郎の母は、三太の手を引いて上機嫌であった。
 忠太郎の家は、小奇麗な佇まいで、忠太郎は腕のいい京指物の職人であった。若いのに、弟子を二人とり、器量はそこそこではあるが、気立ての良い女房も居た。
   「女房のお腹には、子供がいるのですよ」
 訊きもしないのに、忠太郎は嬉しそうに話してくれた。忠太郎の母は、三太に付きっきりで世話をしている。
   「母がこうなったのは、昨年に父が亡くなった所為でもあるのでしょうか」
 小さいのに、三太がしっかりと相手の話を聞いてくれるのが嬉しいのであろうか、忠太郎は次々と心境を話す。

 新三郎は、三太に知恵をつけた。
   「忠太郎さん、あんさんの体に痣(あざ)とか黒子とかはおまへんか?」
   「あります、女房にしか見せたことはありませんが、尻に黒痣があります」
   「ほんなら、わいと二人で尻をだして、おばさんに見てもらいましょうな」
   「母は、気がつきまっしゃろか?」
   「気がつかなくても、元々です、やってみましょう」
 三太が忠太郎になって、忠太郎の母に呼びかけた。
   「お母はん、わいらの尻を見ておくなはれ」
 二人は、うつ伏せに寝て、尻を捲った。
   「お母はん、どっちがあんたの息子の忠太郎か分かりますか?」
 忠太郎の母は、暫く眺めていたが、「はっ」と気付いたようであった。
   「忠太郎は、こっちや」
 本物の忠太郎を指差した。
   「何でや? 忠太郎は何でこんなに大きいのや?」
   「お母はんが苦労して、ここまで大きく立派な男に育てたのやで」
   「わたいがかいな?」
   「そうや、お母はんは、苦労をしたことだけ忘れてしもうたのや」
   「あの、小さかった忠太郎が、こんな立派な男になっていたのやなあ」
   「全部、お母はんの手柄なんやで」
 忘れたことは、無理に思い出さなくてもいい。いや、もう思い出すことはないだろう。今はただ、現実を受け入れたらよいのである。新三郎は、三太にそう説明した。
   「おばちゃん、わいはただのチビ三太や、忠太郎さんは立派な指物職人やで」
 忠太郎の母は、改めて我が子忠太郎を見つめた。
   「ほんまや、忠太郎は立派な男や、わたいが育てたのや」
   「そやで、表へいって、皆に自慢してやりなはれ」
 忠太郎が慌てた。
   「三太さん、母を嗾(けしか)けんといてください、わたしは恥ずかしくて、表を歩けません」
   「我慢しなはれ」

 出された豪華な夕食を平らげ、ふわふわの布団で寝かされ、おまけに豪華な弁当までもたせて貰い、翌朝、母子と嫁に手を振られて忠太郎の家を辞した。

 
 三太は元気に大津に向って歩いた。
   「三太さん、歩いている時間よりも、止まっている時間のほうが長いですよ」
   「あはは、先は長いねん、慌てへん慌てへん」
  
 少しばかり歩いたところで、また女に声をかけられた。
   「坊ちゃん、独りで遠くまで行ったら、迷子になりまっせ」
   「わいは、農家の小倅や、坊ちゃんなんか言われたら、尻の穴がこそばゆくなるわ」
   「ほんなら、子供さん、どこへ行きなさる?」
   「へえ、ちょっとそこまで」
   「ああ、さよか、そんな格好しているけど、急ぎ旅やないのやね」
   「へえ、別に急でいまへん」
   「そうか、ではお姉さんとあそびましょか」
   「何して遊ぶのや?」
   「三度笠脱いで、着物脱いで、裸になるのやで」
   「へー、そんな遊びがあるのか?」
   「へえ、追い剥ぎごっこです」
 いきなり三太を羽交い絞めにした。
   「またかいな、昨日も抱きつかれて懲りているのに」
   「ほれ、着物を脱ぐのを手伝ってあげます」
 羽交い絞めにした手は、毛むくじゃら。
   「なんや、姉ちゃん違うやないか、おっさんやな」
   「そうや、おっさんや、巾着も動巻きも、みんな貰うで」
   「褌も?」
   「褌は堪忍したるわ」
   「そやけど、なんぼ子供でも、褌一丁で町の中を歩かれへん」
   「ほんなら、褌も脱がんかい」
   「よけい恥ずかしいわ、おっさんやな、男の子を草叢に連れていき、褌取って悪戯し、後は殺して土に埋める変態おやじは」
   「わしはそんなことしまへんで」
   「殺さへんのか?」
   「いいや、土に埋めへんのや」
   「なんや、やっぱり殺すのか」
   「そうや」
 男は、三太の首を絞めかかる。
   「おっさん、待ちや、殺す前に褌剥いで悪戯するのやろ」
   「して欲しいか?」
   「アホか、わいはそんな変態とちがうわ」
 言うや否や、男の腕からするりと抜けると、腰に差した短い木刀を抜いた。
   「おっさんは、わいが退治してやる、かかって来い」
   「おお恐わ、か弱い乙女をそれでどつくのか?」
   「何が、か弱い乙女や、汚いおしめみたいな顔をしやがって」
   「まっ、酷いわ」
 三太が男の腰を目掛けて、木刀を斜めに振り下ろした。と、同時に、新三郎が男に憑いた。
   「三太さん、この女、いや男に背負って貰って、大津まで行きましょう」
   「うん、使うだけ使うたら、番所に突き出してやろ」

 道を行き交う人が振り向く。
   「わあ、大きな赤ちゃんやなあ」
   「お母さん、重たいやろな」
 三太は平然と負ぶわれている。
   「何ぬかしてけつかるねん、コイツおっさんや」
 まさかこれが、番所に牽引される罪人とは、誰も思わないだろう。
   「三太さん、らくちんでしょう」
   「うん、また悪い奴を捕まえたら、これに限るわ」

 また、行き交う人にジロジロ見られた。
   「お兄ちゃん、もう大きいのやから、下りて歩いたらどうです?」
   「わいは生まれつき足が悪うて、歩けませんのです」
   「さよか、それは悪いことを言ってしまいました、お兄ちゃん堪忍してや」
   「へえ、わいも歩けたら、どんなに嬉しいかと思います」
   「いらんこと言うて、気にせんといてなあ」
   「はい、わかっております、くすん」

  第三回 追い剥ぎオネエ(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

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