雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十四回 奉行の頼み

2014-11-23 | 長編小説
 暫くは雨の日が続いていたが、その日は朝からカラリと晴れ渡った。小僧の真吉が表を掃いていると、侍がやって来た。
   「亥之吉どのはご在宅かな?」
 すっかり顔見知りになった北の与力、長坂清三郎であった。
   「あ、長坂さま、主人は居ります、只今お呼びしてきます」
 真吉が店の奥に入ると、時を置かずに亥之吉が顔を出した。
   「これは、これは長坂さま、使いを寄越してくだされば、此方から参りましたものを…」
   「亥之吉どの、そなた程揉み手が似合わぬ商人(あきんど)は居ないのう」
   「なんと、これはご挨拶だすなァ」
   「いやあ、済まぬ、別に喧嘩を売りに来たのではない」
   「安ければ、お買い申します」
   「いやいや、喧嘩では、そちに敵わぬわ」
   「何を仰せられますやら」
 長坂は真顔になって、やや声を落として言った。
   「本音はその位にして…」
   「これからが冗談だすか?」
   「北のお奉行が、三太を連れて参れと申されておられる」
   「三太が、何か悪さをしたのだすか?」
   「そうではないと思うが、拙者にも分からぬ」
 亥之吉は、真吉に目で合図をして、三太を呼びに行かせた。

   「嫌だす、定吉兄ちゃんみたいに、罪を着せられて首を刎ねられるのは御免だす」
 三太は長坂の前に出てくると、長坂に付いて奉行所へ行くのを拒んだ。
   「三太、何か心当たりがあるのか?」
 あるとしたら、猟師が罠で捕まえた狐を逃したことか、ご領主が管理する里山に、狐の死骸を埋めたこと位だろう。
   「無いけど、お奉行やったら勝手に罪を作って着せるのにきまっている」
   「兄の定吉の恨みが三太から離れまへんのや、堪忍してやってください」
 亥之吉が弁解して謝った。
   「存じておる、無理からぬことじゃ、だがのう、拙者はお奉行から、三太を召し捕って来いとは言われていないぞ」
 三太は不服だったが、長坂に言い包(くる)められて仕方なく従った。

 
 三太は、お白州ではなく、控えの間に通された。どうせ意地の悪そうな奉行が出てくるのだろうと、ブツブツ文句を言いながら暫く待つと、襖が開いて若くて柔和そうな奉行が入ってきた。三太は長坂に無理やり頭を押さえつけられて、お辞儀をさせられた。
   「長坂、手を放して面(おもて)を上げさせなさい、お白州ではないのだぞ」
   「ははあ」
 長坂は畏まって、三太の頭から手を離した。 
   「そなたが三太か、年端もいかぬのに、中々の面構えじゃのう、なるほど強そうじゃ」
 三太は少し気を良くして、奉行の目を見た。
   「福島屋の丁稚(小僧)、三太でおます」
   「よく来てくれた、奉行の井川対馬守じゃ」
   「長坂さまに、無理矢理連れてこられました」
   「そうか、それは済まぬことをした、この奉行が是非にと言い付けた所為じゃ、許してくれ」
   「まあ、ええけど」
 長坂が、慌てて注意をした。
   「これ三太、口を慎みなされ」
 奉行は、二人をもっと近付かせ、急に声を潜めて言った。
   「まだ、長坂にも明かしていないのだが、末の六歳の倅(せがれ)が何者かに拐われて、儂の屋敷に矢文が射込まれた」
 三太は、冗談で自分を試しているのではないかと疑ったが、奉行の表情は真剣だった。
   「その矢文の内容は、最近捕えて殺しの罪で極刑を言い渡した男と、倅との交換なのだ」
 長坂は、驚いて奉行に詰め寄った。
   「何故それを、もっと早く言ってくださらなかった」
   「それをそなた達に言えば、倅の命が大事と、罪人を解き放そうと言うであろう」
   「当たり前です」
   「だがのう、奉行の倅を拐かして、殺さずに返すと思うか?」
   「それは…」
   「同じ殺されるのであれば、罪人を解き放すこともなかろう」
 長坂が、返事に窮していると、奉行は話を続けた。
   「そこで、はたと気付いたのじゃが、三太の不思議な力に頼ろうと思うてな」
 三太は、奉行の「頼ろう」と言う控えめな言葉に、すっかり感服していた。
   「わかりました、やりましょ、必ずお奉行の倅の命を助けてみせます」
 長坂が焦った。
   「これ三太、お奉行のご子息に、倅呼ばわりはご無礼でござろう」
   「そやかて、お奉行さんが倅と言うてたやないか」
   「それは、ご自分のお子様だからで、他の者が言ってはならぬ」
   「そうだすか、それは済まんことだした」
 長坂が、額の冷汗を手拭いで拭っていた。


 三太は、罪人の解き放ちを薦めた。その罪人に守護霊の新三郎に憑てい貰い、隠れ家を突き止めるのだ。罪人には、奉行のお子が解き放たれたら、奉行所へのお伴と称して、子供である三太を付けることを解き放ちの条件に付けた。
 罪人は、それが子供であることに警戒心を和らげた。
   「何のために天秤棒を持って歩く?」 
解き放された罪人が不審がった。
   「ああ、これだすか? わい、虐めっ子によく虐められますので、こんな物でも持っていたら、少しは恐がってくれるのやないかと持ち歩いています」
   「そんな物を持たぬと、喧嘩が出来ないのか?」
   「そやかて相手は大勢だすから、すぐに泣かされてしまう」   
   「何だ、この弱虫めが」

 男は、とあるお屋敷に着いた。付けて来た者はおらぬかと、いま来た道を振り返り、誰も居ないとわかると潜戸を開けさせて三太と共に中へ入った。門の内に立っていた仲間に三太を指差し、「始末しておけ」と命令すると、一人屋敷の中へ入っていった。
 仲間の男が右手にドスを持って、三太を殺そうと駆け寄ってくるのを、三太は天秤棒で足を払った。男がフラ付いて前のめりになったところを、思い切り天秤棒の横の鋭い方で背中を打った。
   「アホたれ、お前なんかに殺られてたまるか」
 男は「うーっ」と、背中に左手を回し、座り込んだ。

 罪人は、笑いながら集まってきた仲間に「ご苦労だった」と労い、縛られてぐったりしている奉行の子息を見て、一言「殺ってしまえ!」と命令した。仲間の一人がドスを出し、子供の首に押し当てようとしたとき、罪人は「待て!」と叫んだ。
   「屋敷内を血で汚してはならん、奉行への仕返しだ、俺が殺る」と仲間に命令して縄を解かせた。罪人は、子供を脇に抱えると庭に出た。そこには三太が待っていた。
   「三太、新三郎だ、この子を連れて外に隠れていてくれ」
   「ホイ来た」
 奉行の子供は、恐怖と一晩縛られて泣いていたのとで、すっかり力が抜けてフラフラである。三太が肩を貸し、なんとか表に出た。

 屋敷の中では、男たちが何やら喚いている。罪人である親分が、仲間の子分達を次々と剣の峰で打ち据えているのだ。
   「親分、わしらが何をしました?」
   「黙れ、儂を裏切って盗んだ金を山分けしようとしていただろう」
   「していません、千両箱は手付かずで秘密の場所に隠してあります」
   「では、儂が確かめる、案内せい」
   「へい、承知しました」
 
 またしても、男たちは喚き散らしている。
   「何やいな、煩いおっさん達やなァ、今度は裏の方で騒いどる」
 暫くすると、シーンとした。三太が「どうしたのかな?」と思っていると、罪人である親分が一人で戻ってきた。
   「三太、終わったぞ、坊っちゃんは無事か?」
   「へえ、少し元気を取り戻して、お腹が空いたと言っとります」
   「そうか、では早く戻ろう、坊っちゃんはあっしが背負って行きやしょう」

 罪人が奉行の子供を背負って帰ったのでは、役人達が狼狽えるだろう。そればかりではなく、罪人を捕らえようとして子供に怪我をさせてはいけない。子供は奉行所のすぐ近くで罪人の肩から下ろし、歩かせることにした。罪人はお縄で縛り、三太が率いている体にした。

 奉行所では、奉行が門の外まで出て三太を待っていた。
   「三太忝ない、よくやってくれた」
   「坊っちゃんはお腹が空いています、何か食べさせてあげてください」
   「わかった、罪人は牢へ、子供には菓子でも与えてやってくれ」
 父親の前に来ると、子供は大泣きをするだろうと思っていた三太であったが、菓子に気を取られて喜んで大騒ぎをしていた。
   「流石、奉行の子や」

 三太は、罪人の仲間達の隠れ家を役人に教え、全部縛って転がしてあると伝えると、驚くと言うよりも三太のことを気味悪がっているようであった。千両箱の在処も、忘れずに伝えておいた。
 
   第十四回 奉行の頼み(終) -次回に続く- (原稿用紙1)

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