雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十回 雲助と宿場人足

2014-07-13 | 長編小説
 岡崎の宿を離れて、藤川の宿に向けて歩いていると、新平が「あっ」と、素っ頓狂な声を上げた。
   「おいら、狸塚で金平糖を落として来た」
   「えーっ、金平糖まだ持っとったのか?」
   「うん、一日一個しか食べなかったから、まだだいぶん残っていた」
   「狸塚のところやと分かっているのか?」
   「うん、それまでは有ったから」
   「もう、諦め、また買ってやるから」
   「もったいない、おいら走って行って探してくる」
   「そうか、ほんならここで待っているわ、狸塚のところに無かっても、遠くに行ったらあかんで」
   「うん、わかった」
 新平は、ペタペタペタと走って行った。
   「新平の草鞋、もう取替える時期や、ペタペタと鳴っている」

 新平の戻りが遅い。
   「あいつ、狸塚に無かったから、お地蔵さんのところまで戻ったのとちがうやろか」
 三太も新三郎も、少し心配になってきた。三太が待っていると、駕籠が三太の前を十間(18メートル)ほど通り過ぎて止まった。
   「おい、ぼうず、乗って行かんか?」
   「いらん、わいには元気な足がある」
   「戻り駕籠だ、安くしてやる」
   「要らんと言っているやないか」
   「小僧、ぐずぐず言わないで乗れ」
 駕籠を置いて、一人の男が三太を掴まえようと戻ってきた。
   「おっさん、悪雲助やな、子供一人やと思い付け込んで、その手に乗らへんで」
   「生意気なガキだ、縛って無理にでも乗せてやる」
   「へん、掴まえてみやがれ、バーカ」
 三太が素早く逃げたので、駕籠舁は諦めて行ってしまった。

   「新さん、うっかりしとった、新平、あの駕籠に乗せられているのと違うやろか?」
   「そうか、あり得るな」
 三太が道に一粒落ちている金平糖を見つけた。
   「やはりそうや、この金平糖、新平が落としたらしい」
   「よし、追いかけよう」

 街道から逸れて「上藤川村へ」と記された道標があった。三太は金平糖を探してみたが、見つからなかった。
   「新さん、金平糖が無くなったのやろか?」
   「いや、まだ沢山残っているような口振りだった」
   「この道に入ったのと違うようやけど、もうちょっと奥まで探そう」
 三太が村への道を少し入って金平糖を探したが見当たらなかった。
 
 街道に戻って暫く進むと、「鎮守の社へ」と記された道標があった。街道から見渡してみると、二~三間入ったところに青い小さな粒がキラリと光っている。
   「あれ、新平の金平糖や」
 うかうかしていると、新平は胴に巻いた晒しに挟んだ一両を奪われてしまう。それを奪うと、新平を池に捨ててしまうかも知れない。

 ひとけのない森の道に、金平糖がバラ撒かれていた。三太は焦った。この奥に新平は連れて行かれたに違いない。
   「今、新平の声が聞こえた」
 三太は、耳を澄ました。
   「親ぶーん、新さーん」  
 男の怒鳴る声も聞こえてきた。
   「煩せえ、ガキを黙らせろ」
   「殺るのですかい」
   「そうだ、静かにしないと、殺っちまえ」
 その場に落ちていた荒縄が新平を捉えている男の手に渡された。
   「親ぶーん、新さーん」
   「うるせえ、早く殺れ!」

 駆けてきた三太が間に合った。
   「新平、助けに来たで、安心しろや」
   「あっ、親分」
 新平の首を絞めようとした男は、三太を見て驚き、新平を掴んでいた手を離した。三太は、この男に駆け寄ると、木刀で「弁慶の泣き処」を、力任せに殴打した。
 男は悲鳴を上げてぶっ倒れ、足を抱えてのた打ち回っている。それを横目に、もう一人の男は薄ら嗤いを浮かべている。 
   「このガキもきやがったぜ、飛んで火に入る夏の虫とは、このことだ」
   「誰が虫や、わいのことをブイブイ(こがねむし)みたいに言うな」
   「お前も金を持っておるのか?」
   「おう、ここにたっぷりな」 
 三太は懐を叩いてみせた。
   「痛い目に遭いたくなかったら、全部ここへ出せ」
   「あほ臭い、痛い目に遭うのはおっさんの方や」
 三太は木刀を男の脹脛に打ち付けたが、男は笑って跳ねのけた。
   「お前の力なんてその程度のものか、こそばゆくもないわ」
 三太は男に首根っこを掴まれて、手足をバタバタさせた。男は三太を抱え込むと、着物を剥ぎ取ろうとした。
   「こら、悪雲助、わいを子供や思って侮ったらあかん、天罰や」
 三太が男の下腹を狙い定めて蹴った。男は「うっ」と呻いて、その場に蹲った。
   「新さん、やっつけてくれて有難う」
   「いいや、あっしは何もしていやせんぜ」
 三太は、どんどん度胸がつき、相手をやっつける腕も少しずつ上げてきた。
   「新さん、こいつらをどうしてやろか?」
   「これで、ちっとは懲りただろう、人殺しはしていないようだ」
   「そやけど新平が殺されそうになった」
   「やつ等の心を探ってみたら、あれは新平を大人しくさせる為の脅かしだった」
   「そうか、ではこのまま放っときます、そやけど…」
   「そやけど何だ?」
   「悔しいから、こいつ等の駕籠を壊してやる」
 三太は、木刀で駕籠をボカスカ殴って、ボロボロにしてしまった。

   「新平、何しとるのや」
   「落とした金平糖を拾っています」
   「そんなもん、馬糞だらけやないか」
   「綺麗に拭いたら、まだ食べられます」
   「やめとけ、わいが買ってやる」
   「金平糖なんか、京まで行かないと売っていません」
   「そんなことあるかいな、熱田みたいな賑わった町のお菓子屋に売ってはる」
   「そうかなあ」
   「ところで新平、駕籠に閉じ込められて金平糖を落としてわいらに教えること、よく思いついたなあ」
   「思いついていません、金平糖を握ったまま手を縛られて、指の間から落としてしまっただけです」
   「鎮守の森の入り口で、金平糖を撒き散らしたのは?」
   「金平糖を握り締めているのを駕籠舁に見つかって、叩き落とされた」
   「なんや、新平は頭ええと感心しとったのに」
 新平が拾い集めた金平糖を、今度は三太が叩き落とした。
   「腹壊すから、やめとけ」
 

 街道を藤川の宿に向って歩いていると、三太は新平の足音が気になった。
   「新平、そこの石に腰掛けて足を出せ」
   「足がどうかしたのですか?」
   「紐が切れ掛かっている」
   「まだ履ける」
   「走っとるときに切れたら扱ける」
 三太は、腰にぶら下げていた草鞋を新平の足に履かせ、紐を結んでやった。
  
   「あそこでも、お姉さんが草鞋を替えている」
   「ほんまや、綺麗なお姉さんか?」
 新平がサササとお姉さんに歩み寄って顔を覗き込んで帰って来た」
   「あほ、正直に覗きに行くな」
   「それなら聞かないでください」
   「それで、綺麗やったのか?」
   「いいえ」
   「えらいはっきり言いよるな、ほんなら黙って行き過ぎよか」
 無視した積りが、三太と女の目が合ってしまった。
   「草鞋の紐が切れたのですか?」
   「いいえ、足の裏に出来ていた肉刺(まめ)が、潰れてしまいまして」
 覗きこむと、本当に肉刺がパカンと開いて、痛そうであった。
   「よっしゃ、わいが手当てしてあげる」
 三太は、竹筒に入れて持っていた水で潰れた肉刺を洗い、田圃に行って綺麗な藁を取ってくると扱いて葉を落とし、茎で指輪大の輪を作った。
 三太の腹から晒しを解き、縦に裂いて包帯を作った。肉刺に藁の輪で囲うようにあてがうと、包帯をしっかりと巻きつけた。三太の晒しが、だんだん細くなっていったが。
   「どや、次の宿まで歩けるか?」
 女は、歩いて見せて
   「大丈夫です、有難う御座いました」
   「どちらまで行かれるのですか?」
   「伊勢の国です」
   「残念だす、わいらは江戸に向っております」
   「私は伊勢の国は菰野藩士、桂川一角の妻、美代と申します」
   「えーっ、あの桂川様の奥方だすか、わいは三太、この子は新平と言います」
   「三太さんたち、桂川をご存知なのですか?」
   「へえ、亀山藩の山中鉄之進様とお知り合いだすね」
   「そう、桂川とはどこでお逢いになられました?」
   「菰野藩の若様の乳母萩島さんの命をお助けしたのですが、そのお礼にと焼きもろこしを二本届けてくださったのが桂川さまだす」
   「まあ、人ひとりのお命をお助け戴いて、もろこし二本のお礼ですか」
   「それでも馬で追いかけてくれたのです」
   「桂川も、何を考えているのでしょうね、本当に御免なさいね」
 しかし、この人も何を考えているのだろう、武家の奥方が伴も連れずに一人旅とは、三太は事情を尋ねてみた。
   「いえね、一太という若い使用人が伴をしてくれていたのですが、突然、江戸へ行って一旗上げたいと言い出しまして、暇を取られてしまいましたの」
   「酷いヤツですね、せめてお屋敷まで奥様を送り届けてから暇をとれば良いのに」
   「まあ、仕方がありません、貧乏侍の使用人なんて、生涯卯建があがりませんものね」
   「そんな無責任野郎が江戸に出て、成功するとは思えません」
   「そうでしょうか」
   「わいらも江戸へ向っていますけど、もし一太と言う人に出逢ったら、文句のひとつも言ってやります」
   「まあ、それは有難うございます、そんなことより、貴方がたの江戸へ行かれる目的は?」
   「商家に奉公することと、棒術を教わることだす」
   「おいらは奉公して、親分みたいに強くなりたい」
   「あら、親分って、三太さんのことですか?」
   「へえ、さいだす」
   「もう既に御強いようですね、それはそうね、わが藩の萩島さまの命を救ってくれたのですから」

 そこへ、雲助駕籠らしいのが通りかかった。
   「私が足を引き摺っているものだから、目を付けられたらしいの」   
   「わいらも先程、わるい雲助駕籠に引っ掛かって、脅されたところだす」

 新三郎が偵察に行ったが、すぐに戻って来た。
   「悪いやつ等じゃないようです」

   「わいの霊能力で占ったところ、こいつらは善い雲助のようだす」
   「あら、ほんとう、では次の宿まで乗せてもらおうかしら」
 美代は、三太の言葉を完全に信用したらしい。
   「ちょいと駕籠屋さん、岡崎の宿までお願いします」
   「へい、有難う御座います、それから坊ちゃん、わしら雲助じゃありません、わしらは、れっきとした宿場人足で、阿漕なことはしません」
   「あれっ、聞かれていたのかいな」
 
 桂川の奥方と別れてすぐに新平が言った。
   「親分は、黙って行き過ぎよかと言うた」
   「新平がブスやと言うたやないか」
   「綺麗やったのかと聞かれて、いいやと答えただけです」
   「わっ、酷いことを言うたな、桂川一角さんに追っかけられるわ」
   「別に知れてないじゃないですか」   
 
  第二十回 雲助と宿場人足(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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