雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十一回 吉良の仁吉

2014-08-21 | 長編小説
 清次郎はお見合いに出かけて留守であったが、迎えに来た村長の使用人は気が気でなく、清次郎が出かけた先を尋ねて一刻も早く逢おうと足を運んだ。
   「いょっ、仁吉じゃないか、こんな処まで旦那さまのお使いか?」
   「清次郎に逢いに来たのだ」
   「えっ、俺に?」
   「そうだ、お前に戻って貰いたい」
   「何処へ? 村長のお屋敷にか?」
 清次郎は意外そうであった。 
   「俺はクビになった身だ、どうして?」
 仁吉は、一部始終を話して聞かせた。清次郎は、仁吉の話を聞いて憤りさえ覚えた。
   「それは無理というものだ、俺はお嬢さんに惚れてなどいないし、常に距離をおいて仕えてきた」
   「旦那様は、身分に拘る厳しいお方だから、わし達はお嬢さんを好きになってはいけないものと常に距離を置いていたなァ」
   「そうだろ、俺はお嬢さんの婿になろうなんて夢にも思わなかった」
 強がりでも何でもない、清次郎の正直な思いである。清次郎は続ける。
   「真面目に、一生懸命仕えてきたのに、お嬢さんが俺に好意をもったからと、紙くずでも捨てるように追い出されたのだ」
   「それと…」
 清次郎は続けようとして、止めてしまった。自分の中で言ってはいけないことと封じていたことだ。
   「清次郎、俺に言ってもいいぞ」
   「いや、止めておく」
   「では、俺が言ってやろう」
 仁吉は、知っていた。
   「お前が旦那様に責められたとき、お嬢さんは自分の片思いであることを告げず、庇うこともしなかった」
   「俺はそのことでお嬢さんを恨んでなどいない」
 清次郎がお払い箱になろうとしても、お嬢さんは一言も言わなかった。仁吉もその場に居たから、憤りを覚えたものだ。
   
   「では清次郎、戻る気はないのか?」
   「はっきり言おう、その気はない」
 清次郎が見合いをした先は、見合い相手の娘も、その両親や祖父母にも清次郎は気に入られ、清次郎もまた快く養子縁組を受け入れたのだった。
 明後日にも結納がとどく段取りになっている。清次郎も、この善き人々の為に、身を粉にして働き、生涯を賭けて護る決心をしたところだ。
   「仁吉、お前には無駄足を踏ませてしまったが、わかってくれ」
   「そうか、俺も男だ、くどくどは言うまい」
 だが、仁吉はお嬢さんが不憫であった。戻って何と報告しようかと考えてみても、よい思案などない。帰り道、突然仁吉の目前の景色が潤んだ。大粒の涙がハラハラと落ち、草鞋に吸い込まれて消えた。

 仁吉は、ありのままを報告した。村長は怒りを露わにして、仁吉を叱りつけた。
   「この役立たずが、どうして縄で縛っても連れ戻さなかった、これで娘が死んだら、どうしてくれる」
   「申し訳ありません」
   「ええい、お前の顔など見たくもないわ、クビだ、即刻出て行け! 清次郎はわしが刀にものを言わせても連れ戻す」
 仁吉は、そこに居た三太にも頭を下げて、再び主人に向いた。
   「旦那さま、仁吉は只今出て行きます、その前に言わせてください」
   「なんだ、給金か?」
   「旦那様、お嬢様がこのようなことになられたのは、旦那様のその傲慢さが原因ではありませんか」
   「使用人の分際で何をぬかすか」
   「仁吉は、たった今、クビになりました、使用人ではありません」
   「娘は、狐の霊にとり憑かれたのじゃ」
   「いいえ、それは違います、三太さんの前ですが、お嬢さんは狐憑きではありません」
 たとえ三太が妖術を使う御食津神で、狐が憑いていると言われても、娘をここまで怯弱にしたのは、狐に憑かれた所為ではなく父親の傲慢さにあるのだと言う。娘は自己を抑えて、その不満を内に向ける為に、不満が溜りに溜まって自分を攻撃するようになったのだと仁吉は自分の意見を曝け出した。
   「三太さんは、お嬢さんと清次郎を添わせてやろうと一芝居打ったのです、そうでしょう三太さん」
   「ばれていましたか、その通りだす」
 村長は怒りだした。
   「どいつもこいつもわしを誑(たぶら)かしやがって、三太、お前はわしから大金をせしめる積りであったな」
   「そうや、千両箱一つ位にはなると皮算用した」
   「三太さん、御免」
 仁吉は、三太の冗談を本気にしたらしい。
   「嘘や、金儲けの積りはない、仁吉さんのお嬢さんを思う気持ちに、絆されたから来たのです」
 仁吉は、もう一度村長に向って言った。
   「お嬢さんの命はあなた次第です、その傲慢さを改めなければ、お嬢さんは本当に亡くなるでしょう」

 仁吉はクビを覚悟していたようだ。自分の荷物はまとめられ、小さな風呂敷に納まっていた。
   「三太さんと新平さん、帰りは藤枝まで駕籠でお送りしますと言ったのに、こんなことになり申し訳ありません」
   「わい等が駕籠に乗るときは、拐かされたときだけだす、なあ新平」
   「うん、金平糖落としたし」
   「金平糖?」
   「いえ、こっちの話だす」
   「それでは、その辺まで一緒に行きましょう」

 三人で歩きながら、三太がぽつりと言った。
   「仁吉さん、これからどうするのです」
   「わしは三河の国、吉良の浪人の倅で、太田仁吉ともうします」
   「お侍さんでしたか」
   「故郷に戻り、改めて身の振り方を考えます、多分、堅気を逸れて、任侠の世界に身を投じることでしょう」
   「憧れの侠客は居るのですか?」
   「勿論、清水の次郎長親分ですよ」
   「そおかあ、わいもだす」

 三太は、仁吉が給金を貰っていないのを思い出した。
   「仁吉さん、博打は強いのですか?」
   「いいや、やったことはありません」
   「わいと組んで、一稼ぎして帰りませんか?」
   「恥ずかしながら、わしには元金がありません、全くの文無しです」
   「貰ったものですが、ここに二両あります」
   「如何様をするのですか?」
   「神の力を借りるので、やっぱり如何様かな?」
   「いいですよ、これから遊侠の世界に身を投じようとするわしです、教えて貰えば何でもします」
 
 田中城の城下町、藤枝で賭場を探した。探すと言っても、遊び人風の男に尋ねると一発で教えてくれた。ここでも新三郎の活躍で、あっさりと二十両を手に入れた。勝って戻りぎわ、金を取り戻そうと追って来た男達に取り囲まれたが、仁吉はあっと言う間に追い返してしまった。
   「仁吉さん、強かったなあ」
   「あれは、わしの力ですか? 違うでしょう、わしは三太さんに護られているような気がしていましたよ」
   「いえ、仁吉さんの実力で、すごい度胸の良さの勝利だす」
   「本当かなあ」
   「ほんとうです、わいは何もしていまへん」
   「では、そう言うことにしておきましょう、元手の二両が二十両になりました」
   「元手の二両は、わいに返して貰って、残りは仁吉さんのものです」
   「せめて、折半にしましょうよ」
   「子供が大金をもっても、碌なことがありまへん」
   「そうですか、では有難く頂戴します、またいつか何処かで逢えるのを楽しみにしています」
 
 太田仁吉と別れて街道を往きながら三太は考えた。
   「ちょっと待てよ、わいは仁吉さんの遊侠の世界入りに、背中を押してしまったかな?」
   「ヤツの度胸の良さが、身を滅ばさなければいいのですが…」
 新三郎も気掛かりのようであった。


 仁吉は、この後清水次郎長一家に草鞋を脱ぎ、やがて三州吉良へ戻って「吉良一家」を構えたが、二十八歳の時に、荒神山に於いて鉄砲で撃たれて亡くなっている。後の世に、こんな歌が流行るのだが、この時の三太達には知るすべもなかった。

    海道名物、数あれど  三河音頭に打ち太鼓
    ちょいと太田の仁吉どん  後ろ姿の粋な事 

    嫁と呼ばれてまだ三月  ほんに儚(はかな)い夢のあと
    行かせともなや荒神山へ  行けば血の雨、涙雨


 コン太の機嫌が悪い。三太に近寄る人があると、歯を剥きだしている。眠いのに寝かせて貰えないからだ。
   「その代わりに、軍鶏(しゃも)の肉を買ってやるからな」
 藤枝の城下町をぶらぶらしていると、お菓子屋があった。
   「金鍔(きんつば)を買う」
   「おいらは、芋羊羹がいい」
 コン太が金鍔の臭いを嗅いで、がっかりしたように「ぷい」と、横を向いた。
   「なんや、軍鶏の肉と違うやないか」
 とは言わなかったが、それらしい文句を言っているようだった。

   「あった、あった、あのお店に「かしわ」と書いた看板が出ている」
 軍鶏の生肉と、焼き鳥を売っている。
   「おっちゃん、この子が食べられるように、軍鶏の肉を細かく切ってほしいのやけど…」
 コン太を見せた。
   「あいよ、どれくらい要る?」
   「二十匁(もんめ=75g)でも多い位やけど、ややこしいやろか」
   「可愛い仔犬の為だ、わけて上げましょう」
   「その代わり、焼き鳥を二串貰うわ」
   「へい、有難う」

 歩きながら軍鶏の串焼きを食べていると、コン太が懐から「呉れー」と前足を伸ばす。
   「コン太は、こんな塩辛いものを食べたらあかん」
 三太たちが焼き鳥の匂いをさせて食べているので、コン太はどうにも我慢ができない。体ごと懐から出てきて、よじ登ってくる。
   「しゃあないなあ、軍鶏(しゃも)の肉食わせてやるわ」
 コン太を地面に下ろして、腰からお椀を外すと、さっき買った肉を入れてやった。コン太は息つく間もなく「ペチャペチャ」と、平らげてしまった。更に、お椀を舐め続けるとお椀が逃げて、お椀ごと溝に落ちてしまった。
   「よう落ちるヤツや」

http://blog.goo.ne.jp/nekosuke_goo/e/6d37a3fcfae2a1c78194265d21b59bc4"> 次シリーズ「第一  第三十一回 吉良の仁吉(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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