雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第九回 辰吉大親分

2015-03-20 | 長編小説
 越前の国、敦賀の宿場を後に、小万の情人(いろ)関の弥太八のことを考えながら辰吉が歩いていると、後方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
   「そこ行く旅人さん、もしや江戸の辰吉親分ではありませんか?」
 年の頃は辰吉と同じくらいで、道中合羽に三度笠、裾を端折って浅黄の股引手甲脚絆に草鞋の紐をきりっと締めた股旅姿である。
   「如何にも辰吉だが、親分と違う」
   「鳥居本宿で訊いて参りやした」
   「何を?」
   「辰吉親分のことでさあ、若いが度胸と喧嘩には法強い、やくざ相手に滅多斬りで、龍神一家の子分たち十人と、朝倉一家の子分たち十人をあっと言う間に斬り殺してしまったとか」
   「あほらし、誰やそんな嘘ついた奴は」
   「でも、殺ったのは本当でしょ、二十人もの男を」
   「おまはん、どこに目えつけとるのや、俺は長ドスなんか持っとりまへん」
   「あ、本当だ、杖しか持っていない」
   「どこが杖や、丸い六尺棒とは違うが、どちらかと言えば天秤棒に近い身を護る武具だ」
 
 新三郎が見兼ねて辰吉に忠告した。
   『辰吉、お前は江戸っ子のくせして興奮したら浪花言葉が飛び出すのだな』
   「へえ、そやかて、俺は浪花の江戸っ子だす」
 これは、無理からぬこと、辰吉は江戸生まれの江戸育ちである。だが、両親は浪花生まれの浪花育ち、そのうえ、兄と慕ってきたチビ三太は、大坂堺港の生まれでベタベタの浪花言葉であった。

   「それで何や? 俺が強かったらどうする気や」
   「辰吉さんを喧嘩が強い大親分と見込んでお頼みしたいことがあります」
   「何や、言うてみぃ、大親分違うけど事と次第に依っては聞いてやらんこともない」
 頼みたいことがあると言ったものの、辰吉の浪花言葉を聞いていると、なんだか不安になってきた。
   「辰吉さん、本当に江戸の大親分ですか?」
   「そやから、親分なんて嘘やと言っとりますやないか、俺のどこにそんな貫禄がある?」
   「それでは、江戸っ子というのも嘘ですか?」
   「いや、俺は間違いなく江戸生まれの江戸育ちだ、浪花言葉だと頼りなく思うのか?」
   「そんなことは無いですけど」
   「ほんなら言ってみいな」
 
   「あっしは、近江国は彦根一家の又八という者ですが、親分の言いつけで加賀の金沢一家へ行きやす、親分が病で倒れたと聞き見舞金百両を届けに行くのです」
   「それで?」
   「それから、信濃国の善光寺に親分の代参で、百両を奉納します、ですからあっしの胴巻きに二百両入っておりやす」
   「そんなことを、赤の他人の俺にべらべら喋っちゃっていいのですかい?」
   「へい、あっしの人を見る目は確かです,辰吉さんは信用できると人だと思います」
   「その確かな目だが、些か安易過ぎるとは思わないのかい」
   「思いません」
   「それで俺にどうしろと言うのかね」
   「あっしの用心棒になってください」
   「いくら出す?」
   「二十両です」
 この男、そんな金を持っている筈がないと思うのだが、訊くと男は自信ありげに言った。
   「お寺に奉納するのを八十両にするのです」
   「親分に叱られるぞ」
   「お寺は受取証など書きません、ですからバレません」
   「ほんなら、やっぱり又八さんは盗人だな」
 親分は、一家で一番喧嘩が弱いこの自分に使いをさせている。これは、どうやらこの自分が殺られても構わないと思っているとも取れると語った。
 男は少々僻みっぽいらしく、この作戦は此奴の親分への仕返しらしいと辰吉は思った。
   「よし分かった、その用心棒は引き受けよう」
   「ありがとうございます、ところで、本当の辰吉さんはどの様なお人です?」
   「実は俺は商家の長男だ」
   「堅気の衆が、何故そんな姿に身を窶して旅になんぞ…」
   「人それぞれに都合というものがあるのだ、叩けば埃のでる體よ」
   「くーっ、かっこいい」
   「どこが?」

 敦賀の宿場町を離れて一里も歩いただろうか、辰吉と又八は話題がなくなって黙って歩いていると、後から三人の男が追ってきた。
   「又八、この盗人野郎待ちやがれ」
   「あっ、兄貴たち、おいらが盗人だと?」
 又八は驚いている。
   「彦根一家の金を盗んで逃げやがって、何をとぼけとる」
   「盗んでねぇや、親分の使いだい」
   「親分は、使いなど出した憶えはないと言ってなさる」
 三人の男たちは、長ドスを抜いた。
   「この野郎、わしらの掟だ、落し前は着けて貰うぜ!」
 金を返せではなく、端から殺す気らしい。

   「新さん、どっちが嘘をついているのですか?」
   『ちょっと探って来る』
 その間、辰吉が又八を庇った。
   「お前は何者だ」
 男が辰吉に訊いた。
   「俺は、又八さんの用心棒だ」
   「又八はわし等の弟分だ、この盗人野郎を始末しに来た、余所者は手出し無用に願うぜ」
   「俺は又八さんに雇われた用心棒だ、又八さんを護る」
 辰吉が六尺棒を構えたところに新三郎が戻ってきた。
   『又八は、盗人じゃなかった』
   「よし、分かった」
 男たちの二人は辰吉に向かってきた。あとの一人は又八に迫る。
 男の一人が辰吉に上段から斬りつけてきた。六尺棒でドスを受ける訳にはいかない。辰吉は一先ず横っ飛びで逃げた。その飛び退きざまに、又八に迫る男に「えいっ」気合を込めた。この気合の掛け声は「新さん頼むぜ」の合図なのだ。

 次に、二人の男たちが並んで辰吉に迫ってくるのを、六尺棒の真ん中を両手の一方を上から握り、一方を下から握り、腕を交互に振ると男たちからすると棒が回転しているように見える。男たちが怯んで一歩後退するのを見届けると、辰吉は一方の手を棒の先へ滑らせて片手持ちに替えると、一人の男の首に打ち込んだ。そのまま辰吉は体を一回転させ、六尺棒はもう一人の首すじに「バシッ」と入った。棒でなく、長ドスであれば刃が首に食い込み、血が吹き出していたであろう。しかし棒であれ、男たちは一瞬息が止まり、水に溺れたかのように目を白黒させて、口をぱくぱくした。
   「痛かったか、堪忍やで、俺もそんな錆びたドスで斬られたくないからな」
 三人のうち、もう一人の男は又八に迫ったが何時の間にか気を失って倒れており、又八が目をぱちくりさせていた。
   「親分が凄いのはこれなのか」
 手に持った武器や武具でなく、気合の掛け声で相手を倒す、その気魄の凄さに感心していたのだ。だが、この働きは辰吉の気合ではなく、守護霊新三郎が男の生霊と入れ替わったのだ。
 又八が、男達の長ドスを奪った。
   「待て、又八さん、とどめを刺してはいけない」
 辰吉が慌てて叫んだ。
   「おいらに兄貴らを殺せませんよ、すぐに追って来ないようにドスを取りあげるのです」

 又八はどこまでも三本の長ドスを担いで歩いているので、怪訝に思った辰吉が訊いた。
   「それ、どうする気だね、古道具屋に売るのか?」
   「そんなことをしたら、喧嘩で殺られたヤツの死体から盗んできたと思われやす」
 その後、川を渡るときに又八は川の深みに三本の長ドスを沈めた。

 そこから、また二里歩いたところで、又八が立ち止まった。
   「親分、待って居てください、草叢の中からうめき声が聞こえたような気がします」
   「俺には聞こえなかったが…」
 又八が草叢に分け入って間もなく叫んだ。
   「親分、来てください、ガキが倒れていやす」
 辰吉が分け入ってみると、七歳か八歳の男の子が岩にしがみつきぐったりとしていた。
   「まだ、息があるようですね」
   「うん、幽かに」
 辰吉が男の子を抱き起こそうとすると、その子は大きく呻いた。
   「足首の骨が折れているようだ、可哀想に痛かっただろう、こんなに大きく腫れ上がっている」
 辰吉は、自分の胴に巻いていた晒を解き、骨折した足に巻いてやった。痛がって叫ぶ元気さえ無くしているようで、辰吉が背負ってもぐったりしていた。
   「早く医者をみつけよう」

 又八が辰吉の後へ周り、子供を支えながら小走りに宿場町まで目指した。
   「この子の身に、いったい何があったのだろう」
 子供がたった一人、草叢で骨折するなんてただごとではないと思うのだが、辺りに崖など無く、イノシシなどを捕らえる落し穴もなかった。足の腫れ具合から見て、今骨折したのではなさそうである。そうすると、昨日からこの子はあの草叢で痛みと戦っていたのであろうか。

 店や旅籠で尋ねまわり、医者が見つかった。辰吉は持ち金から一両抜き取って残り総てを医者に渡し、「治療は長期間かかるだろう、不足分はこれから稼いでくる」と、辰吉は子供を預けて飛び出すつもりである。
   「又八さん、俺は文無しだ、急遽金を稼がねばならない、子供に付いていてやってくれないか」
   「金なら、俺の…」
   「その金には、決して手を付けてはいけない」
 辰吉は、一両を持って駈け出した。
   「新さんお願いだ、賭場でいかさまをやって欲しい」
   『分かった、この際だ、あの可哀想な子供の為にやってやりやしょう』
   「ありがてえ」
 医者探しの次は、盆中鉄火場探しに奔走する辰吉であった。

  第九回 辰吉大親分(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」


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