雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の廃物利用「シュレッダー屑」

2014-06-30 | 日記
 当ブログの古い廃物利用の記事も、検索して読んで頂いているようで、それならばと、「猫爺の廃物利用」というコーナーを作ってみた。

 今回は、シュレッダーの屑である。

 シュレッダーと言っても、手回しの安物で、なんとかサプライ製のものを近所の量販店で980円で買ったもの。A4用紙が切れるもので、プラスティックカードやCDが切れるらしいが、そんなものはシュレッドしたことは無い。

 このシュレッダー屑は、廃油を捨てるのに重宝する。牛乳の紙パックに三分の一程度の廃油を入れて上からシュレッダー屑を詰めていく。ぎゅうぎゅうに詰めたら蓋を閉じ、クラフトテープで十文字に蓋を止めるだけ。我が家の場合は、これを二本で間に合う。
 廃油は、再利用の為に回収してくれる地域があるそうだが、私が住む地域にはない。よって、斯様な工夫をして、「燃えるゴミ」に出しているわけだ。

 廃油を固めて捨てる凝固剤や、紙パルプに染み込ませて捨てる商品が市販されているが、結構な値段がついている。

 シュレッダー屑は、個人データが印刷されたものや、薬の袋、レシートなどをこまめにシュレッドしておけば、直ぐに大きなレジ袋にいっばいになっている。

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十五回 七里の渡し

2014-06-29 | 長編小説
 渡し舟を降り、掏摸の女と別れて桑名の宿に向けて暫く歩くと、何処からともなくいい匂いがしてきた。歩く先に、「九里よりうまい十三里」と書いた幟旗が立っていた。
   「焼き芋の匂いやで」
   「食べたい、食べたい」
 初老の男が店先の大きな壷に針金で釣った甘藷を、吊り下げていた。
   「おっちゃん、十三里、二つおくれ」
   「いらっしゃい、今、大きいのが焼けたところです」
   「それ、二つでなんぼや?」
 男は焼けた芋を取り出すと、天秤秤で計った。
   「二つで、二十六文です」
 芋は、一つ一つ竹の皮で包んで持たせてくれた。
   「ほんなら、二十六文ここに置くで」
   「はい、毎度有難う、熱いから気をつけて食べなさいよ」
   「わいら、此処へ来るのは初めてや」

 歩きながら、「はふはふ」と頬張っていると、禿頭白髭の老人に呼び止められた。
   「これ、そこの子供たち、半分ずつわしに供えて行きなさい」
   「何や、偉そうに」
   「わしは武佐能海尊(むさのわだつみのみこと)と申す神である」
   「腹が空いているのか?」
   「そうじゃ、もう何日も水しか飲んでいない」
 それならそうと、食べ物をくれと言えばいいものを、供えろなんて威張ることはないではないかと、三太は半ばムカついていた。
   「わかった、こんな食べかけを神さんに供えるわけにはいかないら、もう一個買ってくるわ」
   「済まんのう、それとお茶と握り飯を二個…」
   「厚かましい神さんやなあ、ほな、頼んでみるわ」

 芋屋の男は人助けだと聞いて、特別に冷や飯に梅干を突っ込んで握ってくれた。只かと思いきや、値段も特別高くて、芋と握り飯と竹筒に入れたお茶とで、八十文もとられた。
   「あのおやじ、足元を見やがって」

 それでも、神の「武佐やん」が、喜んで食べたので、三太は「良いことをした」と自己満足していた。
   「武佐のおっちゃん、神さんがなんでこんな所で飢えているのや」
   「わしも、趣味で飢えていたのではないが、戻り道が分からなくて仕方なくうろついていた」
   「何処から来たのか思い出せば、そこから帰ればええやないか」
   「それがのう、天女が三保の松原で水浴びをしているところを、天上界から覗き見ていたのじゃが、身を乗り出し過ぎて海へ真っ逆さまに落ちたのじゃ」
   「えらい、すけべの神さんやなあ」
   「そう、尊敬しないでくれ」
   「尊敬してないわ」
   「あれから何年経ったのであろう、民家のゴミ箱をあさり、厨に忍び込んでは食べ物を盗み、今日まで下界で生きてきたのじゃ」
   「何や、野良猫みたいな神さんやなあ」
   「そんなに、尊敬されては尻がこそばゆい…」
   「してない」

 新三郎が、知恵を貸してくれた。
   「帰り道は、きっと淤能碁呂島(おのころじま)にある筈ですぜ」
 国生み伝説の島、今の淡路島である。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が天浮橋(あめのうきはし)からこの島を造り、島へ降り立った二柱の神々は、此処に神殿を建て、結婚をして数々の神を生んだ。
 この島へ降り立ったのだから、この島に天上界へ戻る階段があるに違いない。人の目には見えずとも、神が見れば分かる筈だ。それは、自凝島神社(おのころじまじんじゃ)の何処かに違いない。新三郎は、そのように推理した。

   「そうか、よく教えてくれた、天上界へ戻れたら、お前に利益(りやく)を授けるであろう」
   「そんな気遣いは要らん、三保の松原で水浴びをした天女さんに逢ったら、ちょいちょい水浴びに降りてきてかと伝えてや、わいに声をかけてくれたら、羽衣の番ぐらいするから」
   「すけべ親分、涎が垂れています」
 新平が突っ込んだ。
   「そんなに尊敬しないでくれるか」
   「してない」

 三太は、大切に取っておいた小判を一枚、武佐爺に渡してやった。

 三太は、新三郎に語りかけた。
   「あのおやじさん、自分を神様やと思い込んでいるらしい、呆けがきているのかな?」
   「それが、そうでもないようですぜ」
   「どうして?」
   「心の中を探りに行ったが、跳ね返されてしまった」
   「へえーっ、ほんまもんの神さんか?」
   「そのようです」
   「神さんにしては、ドジな神さんやなあ」
   「ドジでもアホでも神さんは神さんです」
   「誰も、アホとは言っていません」
 そうか、あのおっさん、本物の神だったのかと、半ば呆れながらも心配をしている三太であった。
   「新さん、神さんでも死ぬことがあるのか?」
   「死にますよ、あの武佐能海尊の母君、伊弉冉尊は、火の神さん軻遇突智神(かぐつちのかみ)を生んだときに股間を火傷して、それがもとで死んだのですぜ」
   「わぁ、ドジっ」
 胎児は子宮のなかでは、袋の中で水に浮かんだ状態であるが、この袋が破れて赤ん坊が誕生する。火の神の場合は、袋が破れると同時に燃え上がり、母体の陰部を火傷させたものと思われる。
   「アホ、そんな解説要らんわい」


 更に暫く進むと、今度は中年の上方訛りの男が声をかけてきた。
   「坊たち、お父さんはどこにいますのや」
   「わいのお父っちゃんなら、わいの胸の中だす」
   「そうか、お父さんは亡くなったのか、それは悪いことを訊いてしまいました、堪忍してや」
   「いえ、構いません」
   「死んで大分経つのかな?」
   「へえ、かれこれ三十年…」
 男は「ん?」と、一瞬考えた。
   「大人を揶揄(からか)ったらドンならんな、坊、一体何歳や」
   「へえ、六歳でおます」
   「三十年前言うたら、お父さんもまだ産まれていないがな」
   「そうだす、わいは神の子だすから」
   「ほう、神の子なら、それらしいことが出来るのか?」
   「へえ、逆立ちしてうどんが食えます」
   「それだけか?」
   「団子が一度に五皿食べられます」
   「五皿分、全部口に入れるのか?」
   「わいの一度は、四半刻(30分)だす」
   「そんなもん、普通やないか」
   「わい、普通の神さんだす」
   「もうええわ」

 また暫く行くと、渡し場に着いた。桑名の宿から宮宿への「七里の渡し」である。
   「わあ、広い川ですね」
 新平は海を知らないが、三太は海の傍で育っているので匂いで分かる。
   「ここは海で、わいの育った上方の海に繋がっているのや」
   「海って、めちゃくちゃ広いのですね」
 新平は、広さに驚いて目を丸くしているが、三太は渡し賃を訊いて目を丸くした。
   「大人は二百七十文、子供は百三十五文やて」
 街道を逸れて、陸続きで行ける遠回り道もあるが、七里を甲板に寝そべったままで行けるのは魅力であった。
   
 子供がもう一人乗り合わせていた。三太達より一つか二つ年下のようである。船に乗るのは始めてらしく、「キャーキャー」騒いでいる。
   「煩いガキやなあ」
 船酔いをしないように、仰向けに寝転んで空を見ている三太と新平が迷惑そうにしていた。
   「あっ、はまった!」
 見知らぬ男が大きな声で叫んだ。船縁から波を掴もうとして、頭から落ちたらしい。大人達は騒ぐばかりで、助けに飛び込もうとしない。船頭も、船が沖へ流されるのを危惧してか、躊躇している。三太は後先も考えずに着物を脱ぐと海へ飛び込んだ。
 三太は海の傍で生まれ、潮風と遊んで育っている。海のことは弁えているのだ。手足をばたつかせてもがいている子供に辿り着くと、「クリン」と、とんぼ返りをして海に潜った。
 波間に沈みかけていた子供の頭が水面に浮かび上がった。三太が子供の両足を抱きかかえて水面に持ち上げたのだ。子供は恐怖のために手足をバタバタして暴れ、三太を困らせたが、やがて静かになった。新三郎が鎮めたことは三太にすぐに分かった。
 子供は三太の肩に掴まり、三太は易々と泳いで船に辿り着いた。船に引き上げられた子供はすぐに気がついたが、目を白黒させていた。やがて恐怖が甦り、大声で泣き出した。
 泣いたということは、肺の臓に水が入っていないということである。船客は手を叩いて三太が船に乗り込むのを迎えた。
   「有難う御座いました」
 子供の母親であろう、涙でグショグショの顔で、三太に礼を言った。
   「子供の命を救ってもらったのに、私にはお礼を差し上げる持ち合わせがありません」
   「そんなものは要りません、それより、子供から目を外したのはおっ母ちゃんの落度だす」
   「そうでした、大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 母親は、三太と乗客全員と船頭にお詫びをした。乗客の商人らしい一人が、三太に声をかけた。
   「お見事、お見事、小さい子供さんなのに、泳ぎと言い、度胸と言い、大人顔負けでした」
   「いえ、それ程でもおまへん」
   「おや、上方のお人でしたか」
   「それよか、わいの褌がボトボトですねん、子供さんの着物と一緒に、帆綱に干させて貰っても宜しいですか?」
   「対岸に着くまで、帆は畳まないので、どうぞ干しなせえ」
 船頭の許可が下りた。褌を外して水を絞っていると、先程の商人が言った。
   「善いものを見せて戴き、国への良い土産話が出来ました」
   「善いものって、わいのちんちんだすか?」
   「違います、そんなもの土産話に出来ません、あなたの救出技と度胸の良さです」
 男は、懐から財布を出し、二両を三太に渡した。
   「ご褒美です」
   「えーっ、子供にこんなにくれるのですか?」
   「持っていて邪魔になる嵩ではありません、取って置きなさい」
   「有難う御座います、わい、さっき神様に一両あげてしまって、ちょっと心細かったところだす、遠慮せずに戴きます」
   「おや、それはまた善いことをなすったのですね。どうぞ、どうぞ、旅のお役に立ててください」
 三太は、先程の子供の母親に、こっそり一両分けてやった。「余裕がない」と、言っていたからだ。

 帆船は、一刻半で対岸に着いた。褌も、子供の着物も生乾きだった。

  第十五回 七里の渡し(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺のエッセイ「除菌、除菌、除菌ですよ」

2014-06-27 | エッセイ
 除菌とは、猫爺なりに考えてみた。似た言葉に、滅菌、殺菌、消毒、抗菌などがある。その辺から自分なりの解釈をしてみた。

  滅菌…、文字から考えると、菌を滅ぼすこと、即ち皆殺しだ。

  殺菌…、菌を殺すこと。決められた範囲の中の菌を、有効数殺すことだろう。

  消毒…、菌を殺すだけではなく、菌が出した毒性の排泄物を消すこと。

  抗菌…、菌が取り付き難い物質。

 では、除菌とは菌をどの様にするのだろう。

  除菌…、殺そうと殺すまいと、取り除くこと。


 紫外線の多い、青色蛍光灯(4w程度)を掃除機につけて、四、五回なでるだけでは有効数の菌は殺せない。かなり強力なブラックライトでも、何時間か照射し続けなければ意味がない。

 布団掃除機の場合、吸い込んだゴミに付いた菌を、薬品を染み込ませたフィルター紙で除菌するのだろう。
 
 除菌は、水で濯いだだけでも出来る。「何%以上を取り除けば除菌とする」みたいな定義は無いようだから。

 この曖昧な言葉が、CMの逃げ道になっているように思えてならない。滅菌や殺菌と言えないから、除菌と言うのだ。それを聞いた消費者は、勝手に「菌を殺してくれる」と、解釈してしまう人も居るだろう。酷い誤解は、UV蛍光灯で、ダニも殺してくれると思い込む人も居ないとは断言ではない。

 台所で使うスポンジタワシをを一晩置いた顕微鏡動画を見せて、ギャラを貰って演技をする素人もしくわタレントに「ギャー、菌が泳いでる」とか言わせるCMを視たような気がするが、私はこのようなCMを「脅迫的CM」と言っている。菌はどこにでも「うようよ」いるものだ。このタワシを水で濯ぎ、洗剤をつけて食器を洗っても、後の濯ぎでしっかり洗剤を落とせば、何の不都合もないと思っている。もう何十年も以前から、病弱な妻に代わってそうしてきたが、寝冷えや傷んだ物を食べないかぎり、そう頻繁に腹をこわしたことはない。

 曖昧なCMに、「消臭剤で洗おう」というCMを見たことがあるような気がする。洗うとは、汚れを落とすことである。消臭剤で汚れが落ちるのだろうか。これは、「洗濯=除菌」の発想によるものかも知れない。 が、汚れは無視されているのではないだろうか。

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十四回 舟の上の奇遇

2014-06-26 | 長編小説
   「淡路島、通う千鳥の、恋の辻占ーっ」

 女の子の声がする。
   「何や、何や、辻占売りは色町の辻で夜と決まったものや、まだ朝やないか」
   「親分、そんないやらしいことはよく知っていますね」
   「ほっとけ」

 辻占(つじうら)とは、男女連れを相手のお御籤(みくじ)のようなものである。
   「お兄さん、恋占いはどうです? 辻占十文です」
   「あほらし、わいはまだ子供や、何を占うちゅうのや」
   「それなら、旅人さんの知恵籤もあります」
   「そんなん、聞いたこともないわ」
   「例えば、ひとつき十文で食べる方法がみくじに書いてあります」
   「へー、たった十文でか?」
   「はい、その他、旅籠賃二百文を一文も払わずに食べて寝泊りする方法というのもあります」
   「あかん、どうせ夜明け前に屋根を伝ってトンヅラしろと言うのやろ」
   「そんなことさせたら、お牢にいれられます」
   「そうか、ほんなら買ってみようか、なんぼや」
   「はい、十二文です」
 新平は、ひとつき十文で食べる方法が知りたいらしい。
   「ほら、二十四文払うで」

 買っていきなり御神籤を開こうとしたら、辻占売りが叫んだ。
   「旅籠で、ゆっくりと読んでくださいな」
   「わいら気が短いのや、ここで開けるで」
 新平は字が読めないので、三太が読んでやった。
   「ひとつき十文で食べる方法…、 トコロテンを食べるべし」
   「なんや、一ヶ月のひとつきと違うのか」
   「わいのは、旅籠賃二百文を一文も払わずに泊まる方法…、 小粒(一朱金)で払うべし」
 三太は怒った。
   「何やこれ、インチキやないか」
 辻占売りは平然としている。
   「何も嘘を書いている訳ではありません、トコロテンは一突き十文ですし」
   「あほらし、二十四文、溝に捨てたようなものや」
   「それなら、大人の女を泣かす方法っていうのもありますよ」
   「どうせ、頭をどつけとか書いてあるのやろ」
   「そんなことさせたら、お牢に入れられます」
   「またか、ほんなら、悲しい身の上話を聞かせろとか」
   「他人の身の上話で貰い泣きをする人なんか少ないでしょう」
   「そやなあ、わい年増女を泣かせてみたい、それ買うわ」
   「親分、わいも何か買う」
   「ほかに、叱られずに、嫌がられずに、乳を揉む方法なんてのがあります」
 新平が、素っ頓狂な声をあげた。
   「親分に、ぴったりだ」
   「ほっとけ、わいをスケベみたいに言うな」
   「そんな、スケベでないようなことを言わないでください」
   「お前なー、どつくぞ、しまいには」
   「逃げ足は、おいらのほうが速い」

   「どうせ牛の乳を揉めとか、鼠を捕まえて乳を揉めとか書いてあるのやろ」   
   「そんなことをしたら、牛飼いのおじさんに叱られるし、鼠も怒って噛みつきます」
   「そやなあ、人間の乳なのやな」
   「はい、それはもう」
   「ほんなら、それも買うわ」
   「有難う御座います、二十四文です」

   「女を泣かす方法…、 煙で燻すべし、 どついたろか」
   「叱られずに、嫌がられずに、乳を揉む方法…、 自分の乳を揉むべし」
 三太怒り心頭。
   「何も、嘘を書いているわけではありません、あんたさんが変な想像をしただけです」
   「殺してやる」
   「親分、まあまあ落ち着いて…」
 新平が三太を羽交い絞めにして宥めた。


 四日市の宿場を離れると、大川の渡しに差し掛かった。
   「泳いで渡ろか」
   「無理です、渡し舟に乗りましょう」
 二人が相談していると、
   「舟が出るぞー」
 考えている間もなく、二人は駆け込んだ。
   「おっちゃん、渡し賃、なんぼや」
   「大人は十文、子供は五文だ」
 東海道は、本当に渡し場が多い。その都度、十文から五十文の渡し賃を払わなければならない。大きな川でも、ちゃんと橋が架かっているところもあるというのに。ひとつは、川越し人足や船頭の生活を保護する意味もあって、強いて橋を架けないということもあるのかも知れない。


 先に乗った女の乗客が、川に向って「南無阿弥陀仏」と、手を合わせている。
   「おばちゃん、どうしたんや?」
   「ああ、いやいや何でもありゃしません」
   「何か訳がおますのやろ?」
   「へえ、ちょっとだけ」
   「聞いてあげます、辛いことがおましたのやろ」
   「若い頃に、この川で遊んでいた八歳になる倅が折からの鉄砲水に流されて溺れ死にました」
   「わあ、そんなことが有ったのですか、それはちょっとだけやないで」
   「それで、この川を渡るときは野花を流して、念仏を唱えております」
 見れば、小さな花束を持っている。舟が川の真ん中辺りに差し掛かると、女は花束を投げた。
   
 新三郎が呼びかけてきた。
   「三太、気を付けなさい、この女巾着切りですぜ」
   「えーっ、ほんなら倅の話は嘘かいな」
   「嘘も嘘、その息子も掏摸(すリ)だったようです」
   「悪いおばちゃんやなあ」
   「それも。只の巾着切りやない、掏摸の元締めです」
   「ひやーっ、油断も隙もないなあ」
   「あっ、向こう隣の男に目を付けた」
 この女、立ち上がろうとして、よろけて男の背中に倒れ掛かった。
   「ああ、済まんことをしました、お兄さん堪忍してくださいよ」
   「いいよ、いいよ、こんなところで立ち上がったら、若い男でもよろけます」
 男の右側から、女の左手は男の背中に、右手は男の懐に差し込んだ。
   「あっ、やりよった!」
 新三郎が三太に囁いた。
   「あっしが女を眠らせるから、今掏った財布を取り出して、男の足元へ落としなさい」
   「へえ、わかった」

 女は、「かくん」と、気を失った。その隙に、三太は新三郎に言われた通り、女の懐から財布を取り出し、男の足元へ財布を落とした。
   「あっ、おっちゃん、財布落としましたで」
   「あっ、ほんまや、坊、おおきに、まだ江戸まで遠いのに、途方にくれるところやった」
   「おっちゃんも、上方の人か?」
   「そやそや、坊も上方らしいな」
   「うん、東海道は掏摸が多いから、注意しいや」
   「へえ、おおきにありがとさん」

 掏摸の女の気がついた。三太は女に摺り寄ると、小声で言った。
   「おばちゃん、掏摸やろ、それも掏摸の元締めや」
   「えっ、どうして分かった?」
   「わい、人の心が読めるのや」
   「おお恐い、悪いことは出来ませんね」
   「そやで、それに子供が八歳の時に死んだちゅうのも嘘や」
   「よく分かるのですね、御見逸れしました」
   「それから、わいの懐を狙ってもあかんで」
   「はいはい、決して狙いません」
 だが、女が育てていた子供と、八歳の時に別れたのは本当だった。
   「その子、今は何処に居るの?」
   「一度訪ねて来てくれて、水戸で医者をやっていると言っていました」
   「掏摸なんかしとらんと、水戸へ行って一緒に暮らせばええのに」
   「私の本当の子供ではなくて、姉の子供で私の甥っ子です」
   「いつかまた逢えるやろ」
   「逢えるまでに、この首と胴が別れ別れになっていることでしょう」
   「ほんなら、掏摸みたいなもの止めんかいな」
   「それが、そうも行かないのです」   
 遊里で女郎をやるには歳を取り過ぎたし、旅籠の仲居にはなかなか雇ってもらえない。
   「これでも、元は武家の娘だったのですよ」
 姉は信濃の国の上田藩士の家に嫁いだが、姦通の噂を立てられ、四歳の子供を残して夫に手討ちにされたそうである。
   「その子の名は、何て言うのです」
   「佐貫三太郎と言います」
   「わっ、わいその人知っとります、わいの先生、佐貫鷹之助の兄上だす」
   「まっ、何と奇遇、鷹之助さまのお父上はなんと仰います?」
   「亡くなられたときに一度聞いたのやが、たしか佐貫慶次郎でした」
 女は、わっと泣き出した。
   「慶次郎は、私の義兄です、亡くなっていたのですか」
   「はい、昨年だす」
   「三太郎は、信濃へ帰っていたのですね、もう幾つになったのかしら」
   「二十歳を出たばかりですよ」
   「嘘、私が育てた三太郎は、三十歳を超えたはずです」
   「おかしいだすなあ」
   「何だか、話が合っているようで、食い違っているようで」
 新三郎が助け舟を出した。
   「水戸の緒方梅庵先生のもとの名は、佐貫三太郎で、三十歳くらいです」
 
   「そうか、分かった、おばちゃんの言う佐貫三太郎は、水戸の緒方梅庵先生だす、わいが言っている佐貫三太郎は、その名を貰った養子だす」
   「そうだったのですか、佐貫鷹之助さんは、慶次郎兄さんの後添えの子供でしょうね」
   「先生は母上の名を小夜と言っていました」
   「えっ、中岡慎衛門殿の妹の小夜さんですか?」
   「そこまでは知りまへんのや」
   「私の幼友達の小夜さんに違いありません、ああ、逢いたいなあ、お元気でしょうね」

 女は掏摸の足を洗って、何時の日か水戸へ緒方梅庵に逢いに行くと言った。出来得るならば、信濃の国へ戻って小夜と共に慶次郎の墓へ参りたい。渡し舟の上で、この子に逢ったのも、姉の引き合わせかも知れない。あの日、四歳の三太郎を預けるためにやって来た、佐貫慶次郎の顔を思い出した。あれは、姦通の濡れ衣を着せられて、江戸へ出奔した中岡慎衛門を、疑いが晴れたので連れ戻すためにやって来たのであった。
 
   「そう、義兄さんは死んだの」
 女は、「ふうー」と、溜息をついた。実の姉を手討ちにされた恨みと、一時は惚れたこともある義兄への懐かしさが絡み合って胸に痞えていた毛玉を吐き出したような気持ちであったろう。

  第十四回 舟の上の奇遇(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十三回 強姦未遂

2014-06-23 | 長編小説
 三太と新平は、石薬師の宿場まで来た。どうも新平の元気がない。
   「親分、おいらもう駄目だ」
   「どうした、疲れたのか、それとも腹が痛いのか?」
   「さっき、金平糖を一つカリッと噛んだときに…」
   「どうしたんや、早く言わんかいな」
   「前歯がぐらぐらになった」
 何のことはない、乳歯が抜けかかっているのだ」
   「そんなもん、なにがダメや、当たり前のことやないか」
   「おいら、これからずっと歯抜けか?」
   「それはなあ、赤ん坊の歯が抜けて、大人の歯に生え変わるのや」
 三太は、もう何度か経験している。
   「もう、そこまで大人の歯が生えてきとるのや、早いこと自分で抜いてしまえ」
 鷹之助先生に教わったことの受け売りである。それにしても、新平は初めての生え変わりが遅い。自分は既に三本生え変わっているのに。

 新平は、人差し指でぐらぐらの歯を揺すぶってみたが痛くて抜けない。
   「よし、わいが抜いてやる」
   「嫌だ、恐い」
 そんならと、三太は腹に巻いた晒しを解き、その長辺を歯で噛んでシューッと裂いた。その先を歯で穴を開け新平に差し出した。
   「この穴に歯を引っ掛けろ」
   「それで、どうするのです?」 
   「わいが引っ張ってやる」
 新平は、しぶしぶ歯に晒しを引っ掛けた。
   「ほんなら、わいが走るで」
   「うん」
 三太は晒しの紐を肩に引っ掛けて、「せーの」の合図で走った。
   「こら、わいに付いて走ったらあかん、それも、わいに追いついとるやないか」
 紐は弛んだままで、二人並んで走っている。
   「わいら、駕籠舁きやないのやから、息を合わしてどうするのや」
   「こんなのは余計に恐い」

 新三郎が呆れている。男ならぐらぐらの歯くらい自分で抜けと言いたいのだ。   
   「新さん、なんとかしてやってえな」
   「仕方ないなあ、新平の魂を追い出してやるから、気を失っている間に三太が抜いてやりなさい」 
 気が付いた新平は、痛がりもせずにケロッとしている。

   「この抜けた歯、どうしょう?」
   「下の歯やから、上に向けて投げるのや」
   「上の歯なら?」
   「下へ投げるのや、投げるときに、鼠の歯に換えとくれ と唱えるのや」
   「嫌だ、あんな小さい針みたいに尖った歯に換えたくない」
   「あほ、鼠の歯みたいな丈夫な歯に換えとくれ ってことや」
   「ふーん」
 三太が歯の抜けたところを覗いてやったが、血が少し出ているだけで、抜けた歯のあとに白い物が見える。「それは大人の歯だ」三太は鷹之助の言葉を思い出していた。


 暫く歩くと、太鼓の音が聞こえてきた。
   「どこかで夏祭りをやっているみたい」
 太鼓の音に向けて更に歩くと、浴衣姿の人の行き来が増えてきた。
   「おっ、この石段の上や、微かに焼き玉蜀黍(とうもろこし)の匂いがする」
   「買ってたべましょうよ」
 石段を登りきったところで、子供の声で呼び止められた。
   「これっ、そこなる町人!」
   「チビのくせに、偉そうに何や」
   「私の乳母、萩島が居なくなった、その方たち、探して参れ」
 三太は「この糞ガキ、誰に命令しとるのや」と、いささかムカついた。
   「わいは、お前の家来やない」
   「済まぬが、私の乳母を捜してはくれぬか」
   「ちゃんと礼儀を心得ているのなら、最初からそう頼め」
   「済まなかった、許してくれ」
 もっと生意気に出てくるのかと思っていたら、意外としおらしいところがある。困っているようなので探してやることにした。
 どうやら武家、それもどこかの藩の若君かも知れぬ。「あーあ、また若様か」三太はうんざりしたようである。
 話を聞いてやると、伊勢の国は菰野(こもの)藩の五男だそうである。城から太鼓の音が聞こえ、いてもたってもいられなくて、二十歳の乳母を唆(そそのか)し、こっそり菰野城を抜けてきたらしい。
   「それで荻島さんは、何処へ行くと言ってこの場を離れたのですか?」
   「余が、あの良い匂いがする食べ物を食べたいと言ったもので、それを買い求めに行った」
   「そのまま、戻ってこないのですな?」
   「はい」
 三太は身形(みなり)ですぐに分かるだろうと安易に考えて探しに行ったが、萩島はどこにも居なかった。
   「おかしいなあ、若様を放っといて先に帰るわけはないし…」
 
   「新さん、どう思います?」
   「乳母は拐かされたかも知れませんぜ」
   「こんな人込みの中でだすか?」
   「犯人に、若様が怪我をされたと言われたら、疑いもせずに付いて行くでしょう」
   「目的は何やろか?」
   「若い女なら、悪戯目的かも知れない」
   「ふーん、悪戯って手込めにされることやろ、乳房をモミモミとか、股間に…」
   「親分、そんなに具体的に言わなくてもよろしい」

 神社を囲む森がある。少し奥に普段、人が踏み入るべきでない聖地がある。若殿は新平に見張らせ、三太はそこに踏み入ってみようと思った。
 潅木や下草が生い茂る中、確かに人が分け入った形跡がある。さらに奥へ入ると、人の声が聞こえた。
   「若様には、危害を加えておりませぬか?」
   「お前が大人しくしていれば、危害は加えない」
   「わたくしは、どうなってもいい、若様は無事に城へお帰ししてください」
   「わった、わかった」
 男は三人居る。その内の一人が、女の着物を肌蹴ると、自分の褌を解き女に跨った。
   「わっ、やらし、昼間にあんなことしよる」
 三太は、思わず男達の前に飛び出した。
   「こら、待てい、スケベども」
 行き成り飛び出したので男達は驚いたが、子供と見ると安堵したのか、手が空いている二人の男に指図した。
   「あっちへ追い払え」
 そのとき、女に跨っていた男が横にすっ飛び、仰向けに大の字になり、みっともないものを、みっともない状態で曝け出して気を失った。みっともない状態のものは、見る見る普通のみっともないものに戻った。
 その様子を見ていた残りの二人は、恐ろしくなってのびた男を放り出して逃げていってしまった。
 三太は、のびている男の股間を枯れ葉で隠し、女に声を掛けた。
   「萩島さん、もう大丈夫だす」
 萩島は目を開けると、自分の乱れた姿よりも、若君の心配をした。
   「若様は? 若様はどこですか?」
   「大丈夫だす、わいの仲間が見張っています」
 安心したのか、三太に背を向けて、萩島は自分の着物の乱れを直した。
   「あなた様は?」
   「へえ、通りすがりの者だすが、若様に頼まれて、萩島さんを助けにきました」
   「かたじけのうございます」
   「若様の元へ案内します、わいに付いてきてください」

 三太は、今萩島が遭ったことは若君には言わないでおこうと萩島に提案した。
   「はい、ありがとうございます」

 若君は、萩島と三太の姿を見て、安心したようであった。
   「萩島、どこへ行っていた、心配したぞ」
   「申し訳ありません、道に迷ってしまいました」
   「無事でよかった、これ子供、世話になった」
 「お前も子供じゃ」と、言いかけたが、三太は言葉を呑んだ。関わり序に、この二人を菰野城の門前まで護ってやろうと思った。

   「ではここで、わいらは街道に戻ります」
   「どうぞ、お城にお立ち寄りくださいませ」
   「いやいや、それではご家来衆に不審がられます」
 何事もなかったように、こっそり戻りなさいと、二人に言い含めた。

 三太と新平には、不満が残った。焼き玉蜀黍の匂いだけ嗅いで食べ損ねたことだった。

 いつかのように馬が駆け寄ってきた。
   「また、わいらを追ってきたのか?」
   「そうみたいです、じろじろこっちを見ています」
 やはり話しかけてきた。
   「拙者は、菰野藩の与力、桂川一角と申す、我が藩の若様を助けて戴いたのはそなた達でござるか?」
   「助けたなんて大袈裟なものではありませんが」
   「いや、ことの次第は萩島殿から総て聞き申した」
   「そうでしたか、それで態々(わざわざ)わいらを…」
   「一言、礼をと追って参った、これはほんのお礼の品…」
   「いえいえ、お礼などとんでもないことだす」
 桂川一角は、懐から紙包みを取り出した。
   「荻島殿に頼まれ申した」
 祭りで売っていた焼き玉蜀黍だった。桂川は、早々に引き返した。

   「なんや、ケチやなあ」
 三太がぽつりと言った。
   「だけど嬉しい」
 三太も新平も、満更でもない様子であった。道脇の石に腰掛けて、生温いもろこしに齧り付いた。その所為もあったのだろうか、三太と新平は石薬師を通り越し、四日市の宿まで歩いた。
 
   「へーい、お二人さん、お泊りー」
 元気のいい客引き女に誘われて、宿を決めた。
   「これは珍しい、子供の二人旅ですかいなあ」
   「へえ、そうだす、部屋は一つで、布団も一つでええ」
   「はい、分かりました」
   「あっ、誤解したらあかんで、わいらは、いやらしい関係やないから…」
   「誰も、そんな関係だと思いますかいな」
   「念のために断りいれとかなあかんやろ」
   「そんな断り、入れんでもよろしい」
   「それから、女も呼ばなくてよろしい」
   「呼びません」
   「ああ、さよか」

 宿の窓から見える星空は澄んでいた。あの空のどこかに定吉兄ちゃんが居るのかなと思うと、無性に逢いたくなる三太であった。   
   「兄ちゃん、元気か?」
 死んだ者に元気かはないかと、ちょっと照れた。
   「わいらは守護霊の新さんが居るから心配ないで」
 星がひとつ流れたような気がした。
   「あっ、兄ちゃんが走った」
 兄、定吉の悔しさは、弟の胸にしっかり息づいている。
   「わいなあ、兄ちゃんの分も長生きをして、悪者を懲らしめてやる」

 江戸では、池田の亥之吉こと、福島屋亥之吉が、天秤棒を削り三太用に備えて待っていた。
   「ちゃんと一人で、江戸まで辿り着くのやろか、わいが迎えに行ってやらんとあかんのと違うやろか」
 気が揉める亥之吉であった。

  第十三回 強姦未遂(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
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「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十二回 自害を決意した鳶

2014-06-22 | 長編小説
 横道に逸れて、三太と新平にすればかなりの道を歩いた。次の石薬師の宿まで二里の道程を遊びながら、ふざけながら、旅鴉ならぬ二羽の旅雀がのんびりと歩いていると、三太の草鞋(わらじ)の緒が切れた。草鞋の側面に付いたチチと呼ばれる緒を通す輪も切れ掛かっている。近くに草鞋屋はないか探すまでもなく、目の前の茶店にそれがあった。
   「おっちゃん、子供用の草鞋二足おくれ」
   「へい、一足十六文ですから、二足で三十二文です」
   「大人用はなんぼや?」
   「へい、同じ十六文です」
 三太は、些か不服である。
   「子供用はこんなに小さいのに、大人用と同じ値段かいな」
   「へい、さいです、大きくても小さくても作る手間はおなじです」
   「藁は少なくて済むやないか」
   「藁みたいな物はただ同然で、値段は手間賃が殆どです」
 草鞋は、お百姓衆が冬場にセッセと藁を打ち、縄を綯い、一足一足編んだものである。草履(ぞうり)と違い、長持ちするように丈夫に作られている。

 店の主人に説明されて、そんなものかと、三太は納得した。
   「おっちゃんの店に通りかかると、緒が切れるなんて、何か仕掛けでもしているのか?」
   「馬鹿なことを言ってはいけません、そんな仕掛けが出来るなら、うちは茶店などしなくても金持ちになっております」
   「そらそうやな」
   「私は、毎朝欠かさずに近くの草壁稲荷にお参りをしております」
 そのご利益か、旅人が店の前で草鞋を履き潰して、草鞋がよく売れるのだと話した。
   「草壁稲荷神社は、霊験(れいげん)あらたかと専(もっぱら)らの評判です」
 三太と新平も、旅の無事を祈願して行くことにした。

   「あっ、危ない!」
 三太が思わず声をあげた。赤い鳥居に囲まれた二十段ほどの石段であったが、男が転がり落ちてきたのだ。咄嗟に三太が階段を見上げると、一瞬、子供が石段の下を覗いて逃げて行った。
 三太は男に駆け寄り、声をかけた。
   「大丈夫ですか? 医者を探してきましょうか?」
 男は後頭部から血を流していたが、気は確り(しっかり)していた。
   「大丈夫です、たいしたことはありません」
 と、言いつつも顔をしかめていた。
   「おっちゃん、子供に命を狙われておりますで」
   「ええ、分かっています」
 命を狙われているのに平然としている男に三太は興味を持った。
   「代官所には届けてあるのですか?」
   「いやいや、あの子は知り合いです、代官所に届けるなんて、とんでもない」

 三太には、ますますこの男が謎めいて見えた。
   「わいはなあ、子供やけれど霊能占いができるのや」
   「ほう、それは凄い」
   「おっちゃんに、死相が現れとる」
   「当たり前です、命を狙われているのですから」
   「まあ、そうだすけど」
   「それで、わしはどうすればよろしいかな?」
   「ちょっと待っていてや、どうしたらええか占ってあげる」
 男を信用させる為に、三太は新三郎からの情報をひけらかした。
   「あの逃げた子は、おっちゃんのことをお父さんの仇やと思っている」
   「そうです、いくら違うと言っても聞いてはくれません」
   「おっちゃんの職業は、鳶職と占いに出ましたけど」
 この男の名は作太郎という。男の記憶を辿ると、命を狙われる訳が見えてきた。作太郎と幼馴染の鳶職仲間、完次という男が居た。その息子が作太郎の命を狙っている完太である。

 完次は、根は真面目な男であったが、悪い鳶仲間に誘われて賭場に出入りするようになってからは、人が変わってしまった。妻子のある身でありながら、銭が入ると妻には渡さずに、すっからかんになるまで使い果たしてしまう。家計は妻の手仕事で何とか食い繋いではいるものの、妻は借金もせずに遣り繰りしている。
 ある日、作太郎が完次の妻子を見るに見かねて意見をした。完次にはそれが我慢ならずに、地上で掴み合いの大喧嘩をしてしまった。
 鳶職というもの、例え地上で大喧嘩をしようとも、一旦高所の仕事場に就くと、喧嘩のことはケロリと忘れて仕事に神経を集中するものである。
 その日の完次は違っていた。作太郎の意見がよほど応えたのか、しょんぼりとしていたのだ。
   「おい、完どうした、元気が無いぞ」
   「作、さっきは済まん、お前の言う通りだった」
   「ばか、地上の喧嘩を仕事場に持ち込むな、地上に降りたら喧嘩の続きをしようぜ」
 だがその後、完次はふらふらっと立ち上がった時、鳶でありながら足を滑らせて、地上に真っ逆さまに落ち、首の骨を折って即死した。
 
 完次が落ちるところは作太郎しか見ていなかったが、地上で喧嘩をしているところは沢山の仕事仲間が見ている。表だって言わないものの、陰では作太郎の良からぬ噂が飛び交った。
   「作太郎が突き落とした」
 代官所のお調べでは、事故として片がついたが、噂は直ぐには消えなかった。その噂を、完次の息子の完太が聞きつけたのであった。
   「俺が必ずお父っつあんの仇を討つ」
 完太は、密かに父の墓前で誓った。この度の作太郎殺し未遂は、三度目である。だが、作太郎は決して口外をしなかった。事件沙汰として取り上げられては、完太の将来に傷がつくからである。
 と言って、このまま無視をしていると、本当に殺されてしまうかも知れぬ。町人の仇討ちはご法度(はっと)である。完太は殺しの罪で、遠島とまではいかぬまでも刺青刑で、子供ではあるが寄せ場送りになるかも知れぬ。こうなれば完太の将来は、道を外れてしまうだろう。

 作太郎は、思案の結果「自害」を選んだ。こうすれば、自分は完次殺しの下手人にされてしまうが、完太の為にはなる。幸い作太郎は独り身で、親兄弟もない。完次が落ちた場所で、明日は自分が飛び降りようと決意して、幼馴染の草壁稲荷神社へ許しを乞う為にお参りに来た帰りであった。

   「そんな事まで、占いで分かるのか」
 作太郎は、このチビ助の凄さを思い知った。
   「あなたは眷属神(けんぞくしん)に違いない」
 三太は「眷属神って何?」と新三郎に尋ね、稲荷神の使いの狐だと教えられて笑った。
   「わい、狐と違う」

 とにかく、今日は完太の家に行って、三太が完太を説得することにした。説得と言っても、一筋縄では行かない。やはり、完次の幽霊を呼び寄せて、完太と相対させるのだと作太郎には説明した。

 
 完太の家に行ったが、完太は出かけて留守であった。
   「作太郎さん、また完太がとんでもないことを仕出かしたようで、今夕にもお詫びに行こうと思っていたところです」
 完次の妻が土間へ下りて土下座をした。
   「弁解の術もなく、ただ無駄に時を費やした俺が悪いのです」
 作太郎は、完次の妻を抱き起こした。息子の完太には仇扱いをされているが、この完次の妻が自分を信じていてくれるだけでも救われているのだと感謝の意を伝えた。

   「早く紹介してくれないとあかんがな」
 三太が焦れて、作太郎の肩を叩いた。
   「この子供は三太と言いまして、幽霊を呼び寄せることができます」
   「霊媒師さんですね」
   「へえ、そうとも言います」と、三太。
 ころころ肩書きが変わる三太、説明するのも面倒くさいので子供霊媒師で押すことにした。
   「完太さんの前で、完次さんの霊を呼び出して、完次さんの話を聞いて貰います」
   「霊媒師さんの口を通してですね」
 完次の妻が訊きなおした。
   「いいや、それやったら完太さんはインチキやと思いますやろ、わいらはこの場を離れて直接完次さんと話合って貰います」
 今までに知った霊媒師とは違う。妻は、自分にも夫に合わせて欲しいと念願した。例え幽霊であっても、亡き夫と逢いたいと思う妻の思いが、新三郎に伝わっていた。

   「おっ母、ただ今」
 三太が稲荷神社で見かけた少年であった。歳は十一・二であろうか、日焼けした精悍な顔立ちであった。だが、そこに作太郎が居ることに気付くと、黙って外へ飛び出そうとした。
   「完太お待ち、この霊媒師さんがお父さんに合わせてくれます」 
 お父さんと聞いて、一瞬立ち止まったが、思い直して飛び出してしまった。
   「へんっ、インチキ霊媒師の寝言なんか聞けるかい」
   「誰がインチキ霊媒師や、逃げるなら逃げてみろ、わいが連れ戻してやる」
 三太も負けずに意地を張る。三太の言葉を無視して外へ飛び出した完太であったが、戸口でへなへなと座り込んでしまった。
   「作太郎さん、完太さんをここへ連れて来とくなはれ」
 半ば気を失っている完太を、作太郎は抱きかかえて座敷に座らせた。
   
   「完太さん、お父っちゃんの完次さんがここへ帰って来ましたで」
 今、気を失いかけた完太が、しゃきっとなって家の中を見回した。

   「完太、完太、俺だ、親父の完次だ」
 完太の胸にがんがん伝わってくる。完太を見守っていた四人は、外へ出て待つことにした。
   「親父か? 本当に親父か?」
   「そうだ、去年の稲荷神社のお祭りで、二人で食べた狐餅、あれは旨かったなあ、おっかあにも買って帰ったじゃないか、思い出したか」
   「いや、ずっと覚えていた」
   「そうか、そうか、おっかあに御守りも買って帰ったなあ」
   「うん、おっかあ、喜んだ」
 完太が覚えている筈である。これは、完太の記憶から出たことであるから。
   「完太、聞いてくれ、俺が屋根から落ちたのは、作太郎に突き落されたのではないのだ」
 賭場に入り浸っていることを、地上で作太郎に意見されて、「かっ」となって喧嘩をしてしまったが、自分が悪いと反省して、屋根の上で作太郎に謝ろうとしたのが悪かった。足元に神経を集中しなければならないのに、疎かになってしまい、足を滑らせてしまったのだと話して聞かせた。
   「おっかあと、完太には苦労をかけて済まない事をした、許してくれ」
   「うん」
 完太は納得したようであった。代わって完次の女房が入ってきた。
   「お前さんかえ、逢いたいよう、顔を見せとくれ」
   「悲しいが、それはできない、お前にも苦労をかけて済まない」
   「そんなことはいいのだよ、それより、ずっと此処に居ておくれな」
   「それも出来ない、俺はあの世にしか居られないのだ」
   「寂しいね」
   「お前さえ良ければ、作と一緒になってもいいのだよ、作となら俺は嬉しい」
   「嫌ですよ、わたしゃ死ぬまでお前さんの女房ですからね」
   「そうか、だが気が変われば作の情けを受けなさい」
   「変わるものですか」
   「俺がお前達に出来ることは、あの世でお前達の無事と幸せを祈ってやることだけだ」
   「お前さん、それで十分だよ」
 新三郎は、女房に話しかけていて完次になったような気持ちになっていた。


   「完次さんとの話は済みましたか?」
   「はい、有難うございました」   
   「完太さんは、もう作太郎を仇と付け狙いませんか?」
   「うん」
   「よし、それなら仲良く暮らしてや」
   「はい」

   「ああ、もし」
 作太郎が三太を呼び止めた。
   「占い料はいかほどで…」  
   「そやなあ、今そこの茶店で草鞋二足買うたんや、ちょっと高いけど堪忍してや、三十二文貰っとくわ」

  第十二回 自害を決意した鳶(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十一回 幽霊の名誉

2014-06-20 | 長編小説
 中乗り新三(しんざ)こと、木曽生まれの新三郎は幽霊で、墓は江戸の町外れ経念寺にある。水戸藩士の次男、能見数馬の守護霊として憑いたのを皮切りに、捨て子の三太、後に佐貫家の養子となった佐貫三太郎へ、そしてその義弟佐貫鷹之助へ、現在は鷹之助の教え子、チビ三太の守護霊となり、江戸へ向う旅の途中である。

 やはり、新三郎が思った通り、三太と新平は庄野の宿で旅籠をとった。三太と新平が湯上りの体を投げ出して寛いでいると、隣部屋の話し声が聞こえてきた。耳を傾けてみると、罪のない十二歳の娘が、幽霊に殺されたのだそうである。
 新三郎が逸早く反応した。幽霊が人を殺したなどと、有り得ない噂が流れていることが居た堪れないのだ。
 新三郎は、三太に「ちょっと出かけてくる」と言い残して三太から離れていった。この話の情報を集めてくる為だ。

 話は、庄野の宿場を出て次の石薬師の宿場に向う途中に街道から逸れて北へ向かう道がある。この道を進むと田畑が広がり、大きな村がある。この村から更に北へ進んだはずれに、ぽつんと寂しげに建っている祠(ほこら)がある。村娘が月に一度この祠へ野花と餅と小さな竹筒に入った酒を持ってお参りにくる。祠の掃除をして、周りの草を毟り、お供え物を供え、拍手(かしわで)を二つ打つ。
 一昨日も、正午過ぎに村を出て、祠に向って歩いている娘を目撃した村人が居た。
   「おみっちゃん、お参りかい、気をつけて行きなよ」
   「はい、おじさん、精が出まますね」
 そんな挨拶を交わし、娘は北へ向かって歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。娘の家では、夕刻になっても戻らぬ娘を心配し始めた。
 名主に相談し、村役人と村の若い衆が寄って、村外れの祠の周りを探したが、深夜になっても見つからなかった。
 夜が明け、再び捜しに出かけた村役人が見つけたのは、祠の前に横たわる変わり果てた娘の姿であった。この場所は、昨夜何度も探している。周りを徐々に広げて、相当広範囲に及び捜索をしたが、見つけることが出来ずに夜明けを待ったのであった。
   「畝八(うねはち)の祟(たた)りだろう」
 この祠は十年前に名主の娘に惚れた村の若者畝八が、娘と此処で逢引をしていた。その場を村人に見つかり村人が名主に告げ口をしたために飛んできた名主に畝八が殴り殺された場所である。名主の娘もまた、畝八に惚れており、十日の間泣き続けて、十一日目に、やはりこの場所で首を括り自害して畝八の後を追った。
 名主は我が娘に自害されて初めておのが罪に気付き、この場に祠を建てて二人の御霊(みたま)を鎮めんとしたのだった。
   「なっ、三太もおかしいと思うだろ」
 新三郎は話を続けた。
   「殺されたおみっちゃんは、畝八さんにはなにも悪いことをしていない」
 祠へお参りに行くのは、畝八の叔母である母が続けていたことを、昨年からおみつが受け継いだもので、畝八には 感謝こそされ恨みを受けるものではない。
   「自分達に分からないことが起きると、幽霊の祟りの所為にしたがる」

 人が死んで幽霊が体から離れるときは、恨みや憎しみは体に残してくる。そのような感情は、亡骸と共に朽ちて、土に返るものなのだ。離れた幽霊は、純真で清浄なものである。その幽霊が人を殺すことなど有り得ない。
   「新さん、幽霊でなくて、お化けかも知れまへんで」
 三太は、新さんが確かめに村へ行くと言い出しそうなのを察知して、予防線をはった積りであった。
   「三太は罪のない兄さんを殺されたのだから、罪のない娘を殺された家族の悔しさがよく分かるでしょう」
 新三郎に釘を刺されて、三太は行かないとは言えなくなった。問題は新平である。街道に残してもおけず、一人で次の石薬師まで行って、旅籠を取って待っておれとも言えない。それを察してか、新平も「行く」と言った。
   「怖いけど、新さんが護ってくれくから大丈夫」

 村への道をテクテク歩きながら、三太は三太なりに事件のことを考えた。おみつには殺されなくてはならない理由が無い。あの日おみつは、お供え物の餅と竹筒に入った酒を下げて、鼻歌交じりで野花を摘んだに違いない。

 三太と新平は、出逢った村人に名主の屋敷の場所を訊き、訪ねて行った。
   「何処の子供かね」
 名主は、他所の村の子が道に迷って此処へ来たのだと思ったようだ。
   「わいは子供ですが、ただの子供やない」
   「ただの子やないなら、金を払ったら芸を見せる子供かね」
   「わいは、猿回しの猿やない」
   「何か目的があってこの村へ来たのか?」
   「へえ、さいです、おみっちゃん殺しのことで来ましたんや」
   「あの子は、幽霊に殺されたそうじゃが」
   「幽霊は、人殺しなんかしまへん」
   「そんなことはない、呪い殺されることもある」
   「それは、嘘っぱちです」
 三太は、新三郎から聞いた幽霊というものを、名主に話して聞かせた。
   「おみっちゃんは、誰かに殺されたのです」
   「そんなことが、他所者に分かるのか?」
   「わいは、幽霊と話が出来ます」
   「面白い冗談を言う子だ、聞いてあげよう、どの幽霊と話をしたのじゃ」
   「おみっちゃんは、あの世へ旅立った後でしたが、畝八さんと言う人の幽霊があの世から来てくれました」
   「ほう、畝八が恨みを抱いて戻ってきたのか?」
   「違います、畝八さんは、誰も恨んだり呪ったりしていません」
   「では、何のために出てきたのじゃ」
   「おみっちゃんを殺したのは、自分達ではないことを知って貰う為です」
   「自分達とは、あの世から来たのは一柱だけではないのか?」
   「別の女の幽霊と一緒に来てくれました」
   「さて、誰であろう」
   「お彩と言う人の幽霊です」
 名主は驚いた。お彩は十年前に死んだ我が娘である。三太のこの言葉で、名主は三太への疑いがすっかり消えて無くなった。
   「お彩は、畝八と一緒なのか? 幸せなのか?」
   「へえ、あの世で安らかに寄り添ってはります」
   「お彩は、今此処に来ておるのか?」
   「へえ、さっきまでここに居たのですが、お父さんの元気なお姿を見て、安心してあの世へ戻りました」
   「ああ、何故も少し早く言ってくれなかった、せめて一言謝りたかった」
   「名主さんのその気持ちは、名主さんが建てた祠で充分に届いています」
   「ありがとう、胸のつかえが少し取れたようだ」

 名主は若者を一人選ぶと、これからおみつが殺された場所を、幽霊と話が出来る子供を連れて調べに行くから、手の空いている者は一緒に行ってほしいと、村の家々を回って知らせて貰った。その若者に新三郎がこっそり憑いて行ったのだ。

 三太と新平は、名主の屋敷で出された金平糖をポリポリ食べながら待った。半刻(一時間)程待っていると十九人の村人達が集まってきた。
   「では祠まで行きましょうか」
 三太と新平は、名主と十九人の村人達と祠へ向った。村の家々を回ったおり、新三郎は既に怪しい男をつき止めていた。

   「おみっちゃんは、殺されて何処に隠されていたのだろう?」
   「おみっちゃんは、何故殺される羽目になったのか、銭など一切持っていなかったのに」
   「やはり、畝八の祟りだろうか?」
   「化け物の仕業かも知れん」
 村人達は、ボソボソと囁き合いながら祠に着いた。

   「まず、おみっちゃんの死体を何処に隠していたかを調べてみます」
 三太は迷うことなく祠の後ろへ回った。祠の後ろには扉は無いが、ガタガタと触っているうちに、板が少し動いた。大人に代わって調べて貰うと、板がパカッと開いた。中は空洞で、おみつ一人ぐらいは入る。しかも、何やら箱が入っている。
 村人は箱を取り出し、開いてみると小判や小銭やらがぎっしり入っている。三太は新三郎に言われたままに、名主達に説明した。
   「今までに、村で盗難騒ぎが幾度かあった筈です」
 名主は思い当たる節があるらしい。この村ばかりではない。隣村でも、またその隣村でも盗難があり、盗人がこの村へ逃げ込むのを見たと言う証言もあった。その都度、名主は怒って、
   「うちの村には、盗人など居ない」と、突っぱねてきたのだ。
 三太は、説明した。
   「盗人は、この村に居ます」
 さらに続けた。
   「今、ここへ集まった人の中に居ます」
 村人達は、それぞれ顔を見回している。
   「その盗人が、祠の裏を開いているところを、おみっちゃんが目撃してしまったのです」

 おみつ殺しの動機がわかった。では、その盗人は誰なのか。村人達はそれぞれ戦々恐々としている。中で一人、平然としている男が居た。
   「誰なのだ、その男は?」
   「それは、畝八さんの幽霊が教えてくれました」
   「名を告げろ」
 そう言った男を三太は指さした。 
   「あんさんです」
   「証拠はあるのか」
   「証拠は、あんさんの心です」
   「わしの心など、誰にも分からんではないか」
   「それが分かるのです、あんさんは、おみっちゃんの他に、もう一人殺しとります」
 男は憤然として三太に襲いかかろうとしたが、既に男に憑いていた新三郎が一瞬男を失神させてその場に崩れさせたが、男は直ぐに立ち上がった。
   「このガキ、妖術を使うのか」
 男の声は、先程と違って、弱弱しくなっていた。
   「わしが誰を殺したというのだ」
   「へえ、畝八さんです」
 名主が驚いた。畝八を叩き殺したのは自分であるからだ。
   「何を出鱈目ぬかすか、この糞ガキめ」
   「なにが出鱈目や、畝八さんがはっきり教えてくれましたで」
 見るに見かねてか、名主が口を挟んだ。
   「畝八を殺したのは、このわしじゃ、大切な娘を傷物にされたと勘違いしてのう」
   「それが違うのです、名主さんにどつかれて気を失った畝八さんを介抱すると見せかけて、自分の膝に畝八さんの頭を乗せ、左手で頭の血を止めるふりをして、右掌で失神している畝八さんの鼻と口を塞いで殺したのです」
 名主は、十年前のことを思い出しているようであった。そう言えば、この男も名主の娘に惚れており、何度も娘に言い寄っては振られていた。娘のお彩が畝八と逢引をしていると告げ口にきたのも、この男だった。おみっちゃんが死んだのは、畝八の祟りだと言い出したのもまた、この男である。

   「わいは、畝八さんの幽霊と話して、このことを知りました」
 
 後のことは名主に任せて、三太と新平は村人たちと別れて街道へ戻っていった。
   「新さん、気が晴れましたか?」
   「へい、畝八さんがあの世から戻って来たと言うのも、お彩さんと一緒だったというのも嘘ですがね」
 長い道のりを歩き、真相を明かしてやったにも関わらず「ありがとう」の一言も貰えず、一文の礼金もなかった。

   「かまへん、かまへん、わいが金平糖をこっそり貰ってきた」
 三太は、ペロリと舌をだした。
   「おいらも」
 新平も、懐から紙包み出して見せた。

  第十一回 幽霊の名誉(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺のミリ・フィクション「謙太の神様」

2014-06-17 | ミリ・フィクション
 一人っ子の謙太は5才のお婆ちゃんっ子。 二階のお婆ちゃんの部屋に入り浸っては、本を読んで貰ったり、字を教えて貰ったり、時には、お婆ちゃんが祀る神棚に「なむあみだぶつ」と手を合わせたりしている。 謙太も大きくなったから、神様に手を合わせて「南無阿弥陀仏」とは言わないんだよと教えようと、お婆ちゃんは常々思っている。

 謙太のママは、お婆ちゃんの体を気遣って「一階の部屋に移って下さいな」と言うのだが、「神棚を一階には移せない」神様の上を人が歩くなんて、なんて罰当たりなと、頑として受け入れない。
 トイレは二階にもあるから良いものの、食事の度に一階のダイニングに下りてくるのは大変でしょう、そうかと言って二階に食事を運び、独りで食事をするのは寂しいでしょうに。 とママが説得しても、「まだまだ大丈夫だよ」と、お婆ちゃんは笑っている。 

   「神棚のことだけど、以前にお婆ちゃんが言っていたわね」
 ママは、お婆ちゃんに話しかける。
   「なあに?」
   「高層住宅で、上階に人がすんでいる場合、神棚の上の天井に…」
   「雲の絵か、写真を貼ればいいってことかい?」
   「そうなんでしょ」
   「あれは、仕方がない時だよ。うちには二階があるのだから」
 謙太は二人の会話を、目を輝かせて聞いていた。 
   「雲の絵、ボクが描く」
 謙太が言えば、お婆ちゃんも耳を傾ける。
   「そうかい、そうかい、じゃあ描いておくれ」
   「なによ、謙太の言うことだったらすぐに聞くのだから」
 謙太は、クレヨンで画用紙いっぱいに青空と雲の絵を描いた。真ん中に白い蝶が飛んでいる。
   「謙太は絵が上手だねえ、おや、蝶々も描いたのかい」
 お婆ちゃんは、目を細めて謙太の頭を撫でた。  
   「うん、蝶々はボクの神様だよ」

 翌年、謙太は小学校へ入学した。 お婆ちゃんに買って貰った大きなランドセルを背負い、元気に学校へ通うようになってまだ三月も経たないある日、学校から電話がかかってきた。 
 運動場で遊んでいた謙太が、突然意識を無くして病院へ運ばれたのだった。ママとお婆ちゃんが病院へ駈けつけたときには、すでに謙太は心肺停止状態で、懸命の救命処置をとられていた。
 やがてパパが駆けつけた頃には、三人は処置室に呼び込まれ臨終を告げられた。何かの原因で気を失い、倒れたときに遊具の支柱か何かに頭をぶつけ、脳内出血が起きた疑いがあると医師は言っていた。

 三人の嘆き悲しみは頂点に達し、殊にお婆ちゃんは葬儀を終え、四十九日が過ぎ、一周忌が過ぎても立ち直れず、みるみる元気を失くしていった。
 お婆ちゃんは、「私が代わってやりたかった」というのが口癖になり、神も仏もあるものかと、神仏を恨んでさえいるようである。それでも謙太の神様と位牌には、花を供えることを欠かさなかった。
 ある年の春、仏壇と謙太の神様に菜の花をいっぱい供えて、
  「ほら、謙太見ておくれ、蝶々の好きな菜の花だよ」
 と窓を開け放ったとき、一匹のモンシロ蝶が部屋に入ってきた。お婆ちゃんが仏壇の前に正座すると、蝶は膝に留まり、肩に留まり、なんだか甘えているようにも見える。
 そこへ、ママがお茶を持って入ってきた。
   「シーッ、静かに、今、謙太が蝶々になって帰ってきているよ」
 まさか、そのような事は有りえないと分かっているが、お婆ちゃんの気持ちを大切にしてあげようと、ママはお婆ちゃんの話に乗っかってやった。
   「まあ、謙太が…」
   「今まで、婆ちゃんにとまって遊んでいたが、今はそれ、菜の花に…」
   「ほんと、お食事中なのね」
 蝶々は、菜の花に飽きると、開けっぴろげの窓から外へ出ていった。 

 それからも、一年に一度だけ、菜の花が咲くころに帰ってきては、ひとしきり遊んでお婆ちゃんが供えた菜の花にとまり、出て行くのであった。 

 その頃には、お婆ちゃんの神様や仏様への恨み言はすっかり無くなり、元気を取り戻していた。
  「今年も、もうすぐ菜の花の咲く季節だわねえ」
 まだ立春の日が過ぎて間もないというのに、逸る気持ちを抑えきれないお婆ちゃんだった。だが、風邪をひき、それが元で肺炎になり、お婆ちゃんは急遽入院してしまった。

 入院して一月も経ったであろうか、その日も洗濯した寝間着を届けに来た嫁に、お婆ちゃんは願い事をした。
   「今日は、謙太が帰ってくるような予感がする、すぐに花屋で菜の花を買って帰っておくれ」
 嫁は言われた通りに家へ戻り、神棚に菜の花を活け窓を開いて待った。お婆ちゃんの予感の通り、やがて今年も紋白蝶が飛び込んできた、
 蝶は、ママの膝には止まらずに、部屋の中をぐるぐる飛び回るばかりであった。
   「謙太お帰り、お婆ちゃんは病気になって、以前にも入院したことのある中央病院の個室に入っているのだよ」
 蝶は諦めたのか、菜の花にはとまらずに窓の外へ出て行った。

 お婆ちゃんは、病室の窓の外に、紋白蝶がひらひら飛んでいるのを見つけた。ナースコールをして、飛んできた看護師に窓を開けて欲しいと頼んだ。体に良くないからと拒む看護師に手を合わせて頼み込み、ほんの少しの間だけ開けて貰った。看護師が部屋から出るのを待って、蝶は病室に入ってきた。
   「謙太かい、よくここが分かったねぇ」
 蝶は胸の上で組んだお婆ちゃんの指にとまり、羽を閉じたまま微動もしなかった。


 ものの10分も、そうしていただろうか、看護師が窓を閉めにやって来た。
   「もう、閉めますね」
 その時、紋白蝶がひらひらと窓の外へ飛び出し、導かれるように紋黄蝶が後に続いた。
   「お婆ちゃん、お婆ちゃん」
 看護師は、医者を呼ぶために病室のナースコールボタンを押した。
   「はい、どうされました?」
 天井のスピーカーが答える。
   「ナースの平沢、お婆ちゃんが呼吸停止です、先生を呼んでちょうだい」
 落ち着き払った看護師の声が、妙に冷たく響いた。
 

  (修正)  (原稿用紙8枚)

猫爺のミリ・フィクション「ミミズの予言」

2014-06-16 | ミリ・フィクション
真冬の河川敷に張られたテントに、初老の親父がカップ酒とカップヤキソバを持って帰って来た。    「うーっ、寒い、寒い」
 なにはともあれ石油ストーブに火を入れ、水の入った薬缶を乗せた。 冷え切った体を温めようと、ストーブの前にどっかと腰を下ろすと、どこからともなく「おじさん、おじさん」と呼ぶ声が聞こえた。 
 男はテントの中を見回すが、誰も居ない。 
   「どこで呼んでいるのかね」
   「ボクはテントの中にいます」
 やはり誰も居ない。 街のコロッケ屋さんで貰って来た排油を欠けた皿に入れ、木綿の太芯を乗せ、その片方の端を皿の縁から出して火を点けた。 ちょっと臭いが、ローソクの代用品だ。
   「どこに居るのだ?出ておいで」
   「ここです」
 こえのする方へ灯かりを向けると、テントシートの上でミミズがくねっていた。 
   「えーっ!君はミミズかい?」
   「そうです」
   「それにしても、ミミズは冬の間は冬眠するのではなかったかい?」
   「それはそうなのですが、このテントの中は暖かいもので」
   「それで目が覚めたのだな」
   「はい、それにおじさんがお粥とか味噌汁をこぼすもので、餌が豊富で」
   「要件は何だ? お礼に竜宮城へ招待するとか」
   「しません。昼間はいいのですが、真夜中は冷え込むので…」
   「一晩中ストーブを焚けとでも?」
   「いいえ、そこまで厚かましいことは言いません」
   「じゃあ、なんだ」
   「ワタシを抱いて寝てください」
   「お、おまえ…」
   「違いますよ。ワタシ男の子です」
   「嘘つけ! ミミズは雌雄同体だろ。それにしても冷たそう」
   「最初だけですよ。ふーっ、暖かい」
   「こらこら、パンツの中に入るな」
   「あっ、おじさん、先客のミミズがいますよ」
   「やかましい!」
 ミミズは、急に改まって、
   「ボクには未来が見えます。えーと、この近くで…」
   「何か起きるのかい?」
   「はい、そこの川べりで、ならず者が二人喧嘩をします」
   「それで?」
   「一人が逃げて、もう一人が追いかけて逃げた男を刺し<ます」
   「それは大変だ」
   「刺された男が傷を押さえて、財布を落とし去って行きます」
   「そしたら?」
   「お礼に、その財布をおじさんにあげますよ」
   「ばかばか、そんなのをのこのこ拾いに行ったら刺した犯人に間違われるよ」
   「そうかなあ」
 
 間もなく、その通りのことが起った。 丁度その時間、念の為におやじとミミズは近くのコンビニに避難していて、事件に巻き込まれなくて済んだ。 おやじは考えていた。 こいつは使えるぞ、と。
   「夜が明けたら、お馬さんを見に連れていってやるよ」
  
 夜が明けると、ミミズはおじさんの尻の下で押し潰されて’のし’のようになっていた。


  (修正)  (原稿用紙4枚)

猫爺のエッセイ「CM気触れ」

2014-06-15 | エッセイ
 あるクイズ番組で出題されたものである。

 瑞々しいぷるぷるのお肌にするには、次の最も有効なのはどれか?

   1、コラーゲンを食べる。
   2、血行を良くする。
   3、保湿クリームを塗る。

 回答者の中には、コラーゲン鍋を食べた翌朝、肌がプルンプルンになっていると主張していた。しかし、考えてみよう。食べたコラーゲンは、体に入ると蛋白質として吸収される。肉、魚、豆を食べたのと同じことなのだ。

 コラーゲンって何だろう。これは誰でも知っていること。動物の細胞と細胞を繋いでいる物質だ。その食べたコラーゲンが、そのまま直行で人間のコラーゲンになる訳ではない、

 ある婦人が、健康診断で肝臓が悪くなりかかっていると指摘された。婦人はその日から鳥や豚や牛のレバーを毎日食べ続けたそうだ。ある日、病院へ行ったとき、医者に自分の努力を伝えたところ、「そんなことをしていたら死ぬぞ」こっ酷く叱られたと言う。

 イメージによる素人療法である。レバーを食べると、それがそのまま自分の肝臓になるのだと言うのと同じレベルの思い込みが、コラーゲン鍋をたべると、翌朝にはもうわが身のコラーゲンになっていると言うイメージだ。

 コラーゲン鍋を食べた翌朝、お肌がプルンプルンになっていたと主張する人は、そのままずっとプルンなのだろうか。せめて、その日の夕方になっても維持しているだろうか。もし、昼ごろにはプルンプルンでなくなっていたら、それは塩分の摂り過ぎによる単なる浮腫みかも知れない。

 クイズの答えは、二番の血行をよくする であった。血行を良くすれば、新陳代謝も良くなるから、有効なのであろう。

 序に、三番の保湿クリームは、皮膚の表面の角質層に留まって一時的には瑞々しくなるが、生きた細胞に染込んでコラーゲンの代役をする訳ではない。コラーゲン入り化粧品を塗るのも同じことだ。

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十回 若様誘拐事件

2014-06-14 | 長編小説
 亀山城を出たとき、白髪の老人に話しかけられたことを、三太は城に引き返し山中鉄之進に伝えておいた。
   「わいが冗談で余と言ったので、何処かの若様が町人に化けて町に出るものと思ったようです」
   「そうか、何やら企んでいると見えるのう」
 鉄之進は、遠くから同心と二人で後を付けて様子を見ると言ってくれた。
 
 亀山城を発って間もなく、三太と新平の前に町駕籠が止まった。駕籠舁二人と、三人の男が三太たちを取り囲んだ。
   「若様、お迎えに上がりました」
 五人の中に、亀山城の城門近くで逢った白髪の老人が居て、指図をしている。三太と新平は逃げようとしたが、男達に捕まり手足を縛られ猿轡(さるぐつわ)をされて、駕籠に無理やりに押し込まれた。
   「新さん、どうして助けてくれないの?」
   「暫く、奴等の出方を見ましょう」
   「新さんが奴等の誰かから探り出してくれたらいいのに」
   「奴等は仲間に見張られています、ここで奴等が変な動きをすると、仲間に口封じされ兼ねません、あっしは人を死に追い遣ることは出来ません」
   「わかった、我慢する」
 新平も、心得たもので、三太の胸に凭れるように頭を付け、新三郎の指示を聞いていた。

 新三郎は三太から抜けて、三人の見張り仲間の一人に憑いた。腰の剣を抜くと、まず男達が番(つが)えた弓弦(ゆみづる)を三本ともに切った。
   「貴様、何をするのだ、気でも違えたか」
 新三郎は剣の峰を返すと、黙って二人の男の鳩尾(みぞおち)に打ち付けた。「うっ」と呻いて次々に倒れ込んだ。二人の手足をその場にあった蔓(つる)で縛り上げ、新三郎は男に憑いたままで三太たちの元へ走った。
   「このガキたちは、どこの藩の若様だ」と、喋ったのは新三郎である。
   「それが、わからないのだ」
   「分からないのに、拐わかして来たのか?」
   「爺さんが、確かに大名の若様だと言うもので」
   「爺さん、間違いないのか?」
   「へい、自分のことを余と言っておった」
   「そうか、わしらが吐かせてみよう」
 賊の一人が駕籠から下ろした三太を担いで、潅木を掻き分け山の中へ入っていった。新三郎は、その男に続いて、新平を担いで従った。着いたところにもう一人、身形(みなり)の良い大名家の若君らしき七・八歳の少年が縛られていた。
   「無礼者め、余を何と心得ておる」
 少年は、気丈にも拐かしの無頼の者たちを叱咤する。
   「へい、あなた様は伊賀神戸藩(かんべはん)の若様でいらっしゃいます」
   「そうと知った上での無礼、決して許しはしないぞ」
   「若様は、生きて城に帰れましょうかな」
 受け答えをしている拐かしの仲間は、「ふふん」と、鼻で笑った。三太たちも若様を縛った同じ木に縛り付けられた。
   「お前は、町人であるな、やはり拐かされたのか?」
 神戸藩の若君が三太たちに話しかけた。
   「いえ、若様をお助けする為に、態(わざ)と捕まりました」
 お調子者の三太は、咄嗟にそう答えた。
   「そうか、忝(かたじけな)い」
   「今しばらくのご辛抱です」
   「わかった、おとなしくしていよう」

 神戸藩では、若様のお供をして城外へ出た家来の一人が、瀕死の重症で城に戻り、若殿が拐かされたと伝えた。
 折しも、城門に矢文が射込まれた。若君の命と引き換えに、三千両を亀山領地内の稲荷神社へ持参せよと記してあった。
 大勢の家来達が護衛につき、小判は駕籠で運ばれた。だが、稲荷神社には誰も居ず、小判は駕籠のまま置いて立ち去れ、若君は後日送り届けると書かれた文が、地面に突き立てられた矢に結ばれていた。
 家来達は、姿を見せない賊の手に、若君の命が握られているため、手も足も出せない状態で、仕方なく賊の指示に従った。

 三太たちを見張っていた賊が、手薄になった。どうやら、小判を運んできた神戸藩士達の様子を見届けるために幾人かがつけて行ったらしい。
 三太達を見張る仲間の中に新三郎が居たらしく、男達が次々に気を失って倒れた。その後、倒れた男の手足を蔓(つる)で縛ると、三太達三人の縄を解いた。
   「お前は…」
 若様が身構えた。
   「若様、大丈夫です、この男は賊に化けたわいの仲間です」
   「そうか、安心致した」
 今解いた縄で、新三郎は自分を縛れと三太に指示した。言われた通りに縛り上げると、縛られた賊は気を失しなって倒れた。
   「さあ三太、亀山城へ逃げ込もう」
 すぐ近くまで、山中鉄之進等が来ていた。駕籠の三千両は、賊の目から隠してくれるように山中に依頼して、三太と新平と神戸藩の若君は亀山城へ走った。

 神戸藩の若君が亀山城に着くと、すぐさま一騎の早馬が神戸城へ向けて走った。若君が無事に亀山城に匿われていることを知らされた神戸藩主は、直ちに小判を置いてきた稲荷神社に家来達を向わせた。

 一方、時は少々遡るが、神戸藩の家来達が神戸城に戻ったのを確かめた賊共は、再び稲荷神社に戻り、境内にぽつんと置かれた駕籠を見て安心した。だが、三千両を乗せた駕籠の見張り番が居ないことを訝かしく思った。駕籠の簾を剣の切っ先で跳ね上げると、駕籠は空であった。
   「神戸藩士にしてやられたか」
 初めから積んでいなかったと思ったらしい。
   「くそ忌々しい、戒めだ、若君を殺して木に吊るしておけ」
 賊たちは、山の中に入り、三太達を縛り付けた木に辿り着いて驚いた。人質は消え、見張りは悉く手足を縛られ、笹薮に転がっていたのだ。

   「お前達、誰にやられた」
   「仲間の宍倉が裏切った」
   「嘘をつけ、ヤツも縛られて転がっておるぞ」
   「そんな訳はない、確かに…」
 宍倉は漸くして気がついたが、何も覚えていないと言う。
   「お前達は、そのような嘘を並べおって、三千両はお前達が隠したのであろう」
   「知らぬ」
   「白状しなければ、この場で私刑する」
   「断じてそのようなことはしていない、拙者が皆を縛ったとして、では拙者を縛ったのはだれだ?」
   「そうか、では人質がやったのか?」
   「ほんの子供ですぜ、大の大人が子供に抵抗もせずに縛られたとは思い難い」
 別の男が言った。
   「まだ三千両は、この神社の何処かに隠しているかも知れぬ、探しに行こう」
 縛られた男達は、疑いが晴れるまで転がしたままにしておき、賊たちは稲荷神社の境内に戻ることにした。境内の近くまで来ると、馬の嘶(いなな)きが聞こえた。
   「馬に跨(またが)った与力が二騎と、他に武士とその配下らしいのが一人づつ、四人居るぞ」
   「我等を捕縛に来たのであろう」
   「奴等は四人、我等は五人だ」
   「よし、突破しよう」
 賊五人が藪から飛び出した途端、隠れていた神戸藩の捕り方役人が「わーっ」と飛び出して来た。

   「山中氏(うじ)、忝(かたじけ)のう御座った。お陰で若様は無事に戻られたうえ、三千両も取り返せ申した」
   「いやいや、我等二人ではどうしようも無かったところだ」
 三千両は、駕籠に戻っていた。山中達が戻したのだ。
   「では、我等はこれにて」
 山中鉄之進と与力は、亀山城に帰っていった。

   「もう、三太と新平は、城を出たのか?」
 山中鉄之進が部下に尋ねた。
   「はい、神戸藩の若君も迎えが来て戻られたので、三太殿達も旅に出ると城を出られました」
   「誰も止めなかったのか?」
   「いえ、せめて山中様が戻られるまでは待って欲しいと頼んだのですが、日が暮れるとお化けが怖いと申されて」
   「さようか、拙者の屋敷にでも泊まらせたかったのだが」


 翌日、神戸藩から使者が来て、藩主が山中鉄之進に逢いたいとのことであった。亀山藩主は山中鉄之進の働きを称え、神戸藩へ出向くことを許可した。
   「余は、よき家来を持ち鼻が高いぞ」
 山中鉄之進は、この手柄は、三太と新平なのだと言いそびれてしまった。
   「三太、新平、済まぬ」

 翌日、山中鉄之進は神戸藩に出向き、藩主より百両を賜った。若君も横に居て、山中に声をかけた。
   「助けてくれて、有り難く思っているぞ」
 賊に扮し、縛られた自分の縄を解き、逃げ道に導いてくれたのは、この山中鉄之進だったのだと、若君は信じて疑わなかった。


 三太と新平は、庄野の宿で泊まり、翌朝、石薬師の宿場(しゅくば)に向っていた。後ろから馬の蹄の音が響き、三太と新平は、横道の畦に腰を下ろして、馬が走り去るのを待った。
   「何やろか、あんなに慌てて」
   「また、拐かしかもしれませんね」
   「今度は、何処の藩やろ」
 二人が興味なさげに話していると、馬は三太達を見つけて止まった。亀山藩の山中鉄之進だった。
   「あっ、山中様、今度は亀山の若様が拐かされたのですか?」
   「違う、三太たちを追って来たのだ」
   「また、どうして?」
   「神戸の殿様より、褒美が下されたので届けに参った」
   「お菓子ですか?」
   「いや、百両だ」
 山中は、懐から袱紗(ふくさ)に包んだ小判を出した。
   「わいら子供に百両ですか?」
   「そうだ、貰っておきなさい」
 三太は拒んだ。
   「重いから要りません」
   「腹に巻いてやるから持っていきなさい」
   「ほんなら、二人に一両ずつください」
 山中は、池田の亥之吉を思い出した。亥之吉もまた欲がなく、殿からの賜り物を「要らない」と山中にくれたのだった。
   「そうか、わかった」
 山中は、小判の封を切り、三太と新平に一両ずつ渡した。
   「残りは、山中さまの働きと、新平の通行手形を発行して戴いたお礼です」

 またいつか、どこかで逢いましょうと、三太と新平は、山中鉄之進と別れた。
   「鈴鹿峠の馬は、楽ちんやったなあ」
   「雨が降っていなかったら、もっと楽しかったのにね」

 庄野の宿から石薬師の宿までは二里、石薬師から四日市の宿までは三里の道のりである。やはり庄野あたりで一泊かなと、新三郎は踏んでいた。

  第十回 若様誘拐事件(終) -続く- (原稿用紙14枚)


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「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
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「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第九回 ろくろ首のお花

2014-06-11 | 長編小説
 お祭りでもなさそうなのに、神社の境内に見世物小屋が出ている。夜ともなれば男女連れの見物客で賑わうのだろうが、まだ日は高い。子供にねだられて付いてきたのであろう親子連れがチラホラ見えるばかりである。
 小屋には、大きな看板が高く上がり、ろくろ首の絵が極彩色で描かれている。人でも食ったのであろうか、口の周りにべっとりと血のりを付けた女が、髪を振り乱し、目を大きく見開き、爛々と異様な光を放っているように見える。
 首は大蛇のようにうねり、今にも見ている客のところまで伸びてくるようである。立ち止まって「ぽかん」と、口を開けて看板に見入っている三太の袖を、新平は「くいくい」と、引っ張った。
   「親分、行きましょう」
   「凄いなあ、怖いけど見ていきたい」
   「止めておきましょうよ、夜、厠へ行けなくなる」
   「厠くらい、わいが付いていってやる」
   「親分も行けなくなったら?」
   「そうか、そやなあ」
 三太も怖いのである。しかし、「怖いもの見たさ」で、三太の好奇心は恐怖に打ち勝った。
   「おいら、外で待ってる」
   「一緒やないとあかん、独りやと、わいも怖気(おじけ)づく」
 木戸賃、一人三十文。六十文払って中に入ると、暗くて何も見えなかった。暫くして目が慣れてくると、見世物の前に薄地の緞帳(どんちょう)が垂れ下がっていた。見物客が増えるのを待っているのか随分待たされて「ぽけっ」としていると、三味線の調弦が聞こえて、いきなり大太鼓が「どどん」と打ち鳴らされた。三太と新平は「びくっ」と身を縮め、不安が頂点に達した。
 ぱらっと緞帳が切り落されると、そこに看板と違い普通の女が一人三味線を抱えて座っていた。やおら男の声で口上がはじまった。

   「親は陸奥なる山中で、獣を殺す猟師なり、親の因果が子に報い、生まれついてのこの姿、可哀想なのはこの子でござい、さあ、見てやってください、聞いてやってください、お花ちゃんやーい」
   「あい、あーい」
 お花ちゃん、正面に正座して、三味線を弾き、歌いはじめる。歌う最中に太鼓が「ドロドロドロ」最初は小さく、段々に大きくなってくる。
   「はい、ただ今首が伸びます、よく見てやってください」
 太鼓が「どどん」と大きく鳴ると、胴体はそのままで、首だけが上に「するするする」と伸びた。
 三太と新平は、恐怖のあまり抱き合って見上げている。他の客は悲鳴をあげ、泣き出す子供も居た。

   「怖かったなあ、何か、後ろからお花ちゃんが付いてきてるように思える」
   「おいら、小便ちびった」
   「汚なっ、川へ洗いに行こう」
   「濡れたまま歩いていたら乾きます」
 
 近江の国、甲賀土山の宿場に着いた。ここから先は伊勢の国の鈴鹿峠に差し掛かる。子供の足ではかなりきついので、早い宿入りではあるが、子供達に無理をさせてはならないと新三郎の気遣いである。
   「ろくろ首のお花ちゃん、怖かったなァ」
   「おいら、見なければよかった」
 食事が済んで、二人は部屋に篭り、ひそひそ話していると、宿の女中が部屋に来た。
   「お客さん、床(とこ)を延べさせて貰います」
 女中が、昼間見たお花ちゃんに似ている。
   「この人、首のびるのと違うか」
   「まさか」
 女中が訝(いぶか)った。
   「お客さん、どうしました?」
 二人は、昼間見たろくろ首の話を女中にしてやった。
   「女中さん、怖くはないの?」
   「はい、一向に」
   「首が天井まで伸びるのやで」
   「はい、何ともありません」
   「何で怖くないのや?」
 女中は、声を潜めて、
   「他人に言ってはいけませんよ、実はあのお花ちゃんは、私なのです」
 三太と新平は、尻込みをして壁際まで行き抱き合った。その時、廊下から女中頭らしい人の声がした。
   「お花、床を取ったら早くもどりなさい」
 新平が、「うわっ」と、声を上げた。

 新三郎が、怯えた三太に呼びかけた。
   「嘘ですよ、名前が同じだけで、ろくろ首の女じゃありません」
   「なんだ、そうか、ああ怖わかった」
   「また、小便ちびった」
 三太は、新平の褌を脱がせ、風呂へ行って洗ってきた。
   「衣紋掛けにかけといたら、朝には乾いている」
 また、寝る前に二人でひそひそ話しをしていると、女中のお花がお茶を持ってきた。襖を開けると二人が両手で顔を隠している。お花は、小さい子供を怖がらせたことを後悔した。
   「お客さん、大丈夫ですか?」
   「あんな」
   「はい、どうしました」
   「わいらたち二人はな」
   「はい」
   「一つ目小僧や」
 お花は、「きゃーっ」と悲鳴をあげると、二人の顔も見ずに廊下へ飛び出し、階段をドドドドっとくだり、足を踏み外したらしく、「どすん」大きな音がして静かになった。後は、宿の女将の叱る声が響いていた。


 鈴鹿峠は急勾配なので、馬で越す人々が多かった。その馬子たちが歌うのが、鈴鹿馬子唄である。

     「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいのう土山 雨が降る」 

 坂は坂下宿のことで、ここでは晴れていたのに、急勾配の鈴鹿峠を上る頃には曇っている。あいのう(間もなく)土山に着く頃には、雨がドシャ降りになっていると言う、鈴鹿峠を挟んで西と東では天候が変ってしまうことを歌ったものである。
 
 三太と新平は、この土山から鈴鹿峠を越えて、坂下宿へ行くのだが、やはり奮発して、馬の背で越えることにした。馬子は二人に蓑(みの)を着せ、二人一緒に馬に乗せて雨の土山を出発した。

     「土山降る降る 鈴鹿も雨で あいのう坂下雨になる」

 まさか、こんな風には歌わないが、二人は運わるく、雨の峠越えになってしまった。
   「お兄ちゃん、歌うまいなあ」
   「そうか、有難う」
   「山から木霊が返ってきて、ええ声や」
   「鈴鹿峠の馬子は、これを歌えないともぐりだといわれるからね」
   「わいの兄ちゃんも、歌上手かったのや」
   「亡くなられたのかい?」
   「うん」
   「ところで、お客さんたち、二人で旅をしているのかい?」
   「うん、江戸まで行くのや」
   「偉いじゃないか、街道は悪い馬子も雲助も居るから、気を付けなさいよ」
   「うん、兄ちゃんは悪者違うか?」
   「わしは大丈夫だ、子供の二人旅だと、只でのせてやりたいところだが、病気のおっ母の薬代が要るので、そうはいかんのだ」
   「おおきに、その気持ち嬉しいわ」

 若い馬子は、再び歌いだした。  

    「手綱(たづな)片手の 浮雲ぐらし 馬の鼻唄 通り雨」

 峠を上り下りして、坂下宿で料金を払った。その直後、上りの客がついて、若い馬子は、嬉しそうに三太たちに手を振った。峠は馬の背でらくちんだったので、まだまだ歩ける。関宿を通過して、亀山まで歩いた。

 三太と新平が歩いていると、侍が寄ってきた。
   「これ子供、二人で何処へ行くのだ」
   「へえ、江戸です」
   「どこから来た?」
   「へえ、上方です」
 侍は不審に思ったらしく、「こちらへ来なさい」と、道脇の空き地に連れて行った。
   「通行手形はもっておるか?」
   「へえ、背中の荷物の中に先生が入れてくれました」
 侍は、三太の通行手形を見ていたが、その行き先の福島屋亥之吉に心当たりがあるようであった。
   「福島屋亥之吉と言えば、あの池田の亥之吉殿であるな」
   「へい、その師匠のもとへ行って、天秤棒術の弟子になります」
   「そうか、亥之吉殿は天秤棒術の弟子をとるのか」
   「へい、お許しを戴きました」
 侍は、亥之吉と亀山城の関わりを話してくれた。元はと言えば、亀山藩の藩士が、幼子の些細な無礼を咎め、手討ちにしようとしたところを亥之吉が止めたのであった。
 町人の身分ながら、亀山城主と目通りし、「藩領の庶民は、藩の宝物であろう、その将来は宝物になる年端もいかぬ子供の命を、些細なことで無礼討ちにするなど、許してはならないことだ」と苦言を呈した。
   「亥之吉殿の度胸の良さもさることながら、それを聞き入れた我が殿の度量の大きさに、拙者は感動したもので御座った」
 侍は、当時の亥之吉を思い浮かべていた。
   「三太は、良き者を師匠に選んだな」
   「はい、早く師匠を越えてみせます」
   「そうか、ところでそちらの者は、通行手形を持っておるか?」
   「草津で逢ったばかりなので、まだ持っていません」
   「それは困った、この先通行手形が無いと、関所を通れないぞ」
   「どうすればよれしおまっしゃろか」
   「草津へ戻って、役所で発行してもらうのだ」
   「そんなー、折角ここまで来たのに」
 侍は、暫く考えていたが、この小さな二人を後戻りさせるのも可哀想と、何とかしてやろうと思った。
   「亥之吉殿の知り合いとのこと、この際、我亀山藩で特別に発行してやろう」
   「おおきに、有難うさんです」
   「とりあえず、拙者、山中鉄之進が身元引受人になってつかわす」
   「では、草津へ戻らずとも良いのですか?」
   「そうじゃ、藩で発行した手形は、武士用の手形である、これを関所で不審がられてはいけないので、我が藩主に一筆添えていただこう、池田の亥之吉殿の弟子と聞けば、殿も快く引き受けてくれよう」

 勿体無くも畏くも、新平は亀山藩主のお墨を戴き、三太と共に江戸へ行けることになった。ちょっと偉くなったように思う新平である。

 これは、池田の亥之吉の徳であろう。三太は、これから我が師と仰ぐべく人の、偉大さを感じた。肥桶の天秤棒が、とてつもなく立派な武具に思えてきたのだ。


   「坊ちゃんたち、いまお侍に見送られ亀山城から出てこられましたな」
 町人らしき白髪の老人が、三太に声をかけてきた。 
   「その通りである」
   「もしや、どこかのお大名の若様では?」
   「しーっ、それを言ってはならぬ、内密に願うぞ」
   「やはりそうでしたか、町人は仮の姿ですね」
   「いや、仮ではない、余は町人であるぞ」
   「はいはい、ではそうしておきましょう」
 老人は引き下がったが、目が鋭くキラッと光ったのを新三郎が見逃さなかった。

   「あの男は、三太の冗談を冗談と捉えなかったようですぜ」
   「余計なことを言ってしまった」
   「拐わかされるかも知れませんぜ」
 また、厄介なことが起きねば良いがと、新三郎は魂が引き締まる思いであった。

  第九回 ろくろ首のお花(終)-次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第八回 切腹

2014-06-09 | 長編小説
 三太と新平は、漸く石部の宿をはなれて、水口の宿場に向った。見ると街道際に朽ちかかった木の鳥居が立っていた。
   「新平、わい、ちょっとお参りして行くわ」
   「へい、それではおいらも…」
 新平は、三太に一文貰って、三太と共に鳥居を潜った。広い境内を進むと、神殿の前に男が一人座っている。袴を履いた侍のようである。侍の前には、大小の刀が横向けにきちんと並べてあった。
   「新平、わいらツいている、これは切腹や」
 町人が、切腹の場面に出くわせることはまず無い。新平は、ドキドキしている。瞑想している侍の正面にまわり、本殿の階段に腰を下ろして待った。
   「新平、もう直ぐはじまるぞ、縁日で買った鼈甲飴がまだ有るわ、これ舐めながら大人しく待っていようや」
 侍は目を開け、やおら差前の短刀を掴んだ。その時、漸く目の前に子供が二人、鼈甲飴を舐めながら見物しているのに気がついた。
   「こら子供、そんな処で何をしておる」
   「見物です」
   「拙者の切腹をか?」
   「うん」
 侍は、あっちへ行けと、叱りつけた。
   「そんな殺生な、せっかく切腹が見られるのに、なあ」と、新平の同意を求める。
   「気が散る、早く立ち去れ」
   「ええやん、見ていても」
 侍は、「殺すぞ」と、脅してきた。
   「切腹するのに、子供を道ずれにしたら嘲笑(わら)われるで」
   「頼むから、何処かへ行ってくれ」
   「ちっ、なんや切腹が見られると思ってドキドキしているのに」
   「折角、決心したのに、拙者の気が逸れてしまうではないか」
   「あんな、わい先生に教わったのやけれど、切腹しても介錯人がいないと、直ぐに死なんのやで、三日ぐらいのた打ち回って、それから死ぬのや」
 三太は、佐貫鷹之助から、切腹の作法を聞いたことがある。
   「血がドバーッと出て、腸(はらわた)がニョロッと出て来るのや」
 侍は、気が逸れたどころか、恐怖を感じて、項垂れてしまった。
   「切腹も出来ないではないか、人知れず首でも括らねばならない」
 三太は、どうやらこれを狙っていたようだ。
   「どうしたのや、わいが聞いてやろうやないか」
   「子供に話してどうなるものではない」
   「そんなことあるもんか」
 新平も、興味あるらしく、助勢した。   
   「親分は神憑りです」
   「神憑り? ああ、神様がついているのか」
 侍は、どうせ生きては主君の下へ戻れぬ身と、決心をしたようである。
   「山賊に金を奪われたのだ」
 自分を責めているのか、玉砂利に額を打ち付けた。主君の命で、主君の御母堂が仏門に入られ、比丘尼となられている尼寺に、主君より預かった百両を奉納すべくここまで来たが、山賊に囲まれて山へ連れ込まれた。
 闇に乗じて街道まで逃げてはきたが、体に巻きつけていた百両は奪われてしまった。命を奪われるのは免れたものの、尼寺にも行けず、恥を曝して主君の元へも戻れず、目に入った社の境内を借り受けて切腹しようと思っていたのだ。
   「おっちゃん、わい力になれるかも知れへんで」
   「おチビのお前が、山賊から金を取り返してくれるのか?」
   「そうや、山椒は小粒でピリリと辛いのや、山賊をやっつけてやろう」
 
 三太は、新三郎にお伺い立てた。
   「新さん、ええやろ、助けてやろうよ」
   「いいよ、山賊の住処を確かめましょう」

 幸い、侍は逃げてきた道を覚えていた。街道から山に向けて一里ほど歩いたところに、それはあった。仮の棲家らしく、小枝を土に差し込み、筵で囲い、枯れ草で屋根を葺いた掘立小屋が五つ六つ並んでいる。山賊たちは、一人の見張り番を立て、他は眠っているようである。
 透かさず新三郎は見張りの男に憑いた。新三郎は、男が腰に下げた蛮刀らしきものの鞘を抜き、小屋を壊して回った。
   「こらお前、気でも狂ったか、何をしやがる」
 新三郎は蛮刀を、そこにあった棍棒に持ち替えて、取り押さえに近付いた山賊たちを打ちのめし、形勢が悪くなると別の男にのり移った。
 三太も、木刀で山賊たちの足元をちょこまか走って、隙をみては向う脛を打ち、大の男に悲鳴を上げさせた。
 その間、切腹侍と新平は、奪われた百両を探した。
   「ありました、山賊の頭が、腹に巻いておりました」
 侍が指差した男をみると、だらしなく気を失っている。百両を取り返したあとらしく、前が肌蹴て麻の巾着袋が覗いている。
   「お侍のおっちゃんは、山賊に百両貸したんや、利子を貰っておこうか」
 三太は、巾着から二両抜いて、巾着を懐に戻した。
   「利子の二両のうち、一両はわいらの駄賃に貰っとくで、ええやろ」
   「拙者も一両貰えるので御座るか?」
   「そらそうやけど、これは山賊から盗んだのと違うで」

 三人揃って、もと来た道を戻りながら話をした。
   「わいら、おっちゃんに付いていってやりたいが、どこの尼寺や?」
   「京で御座る」
   「あかん、わいらは江戸へ向っているのや」
   「そうか、命を助けて貰い、かたじけない、どうか我が藩に来られたときは、是非お立ち寄りくだされ」
   「あっ、どこの藩か言わんでもええ、名前も聞かへん」
   「それでは、余りにも…」
   「わいらは子供や、ちょっと子供と遊んでやったと思えばええのや」
   「それでは」
   「おっちゃん、物騒やから暗くならんうちに宿をとりや」
   「有難う」 
 街道を上りの侍と、下りの三太と新平は、手を振って別れた。


 石部の宿から出て、間もなく水口の宿に達する辺りであろうか、峠を上り詰めたところに茶店があった。三太と新平は、すぐに相談がまとまって、休憩して行くことになった。
   「新平、甘酒飲もうか?」
   「おいら、団子がいい」
   「よっしゃ、両方頼もうや」

 頼んで、茶店の老婆が店の中に消えたと思うと、すぐに出てきた。
   「お待たせ、甘酒二杯とお団子二皿」
 三太は、甘酒を手にとってがっかりした。ぬるいうえに器の底が見えるほど薄い。団子も、丸々していないで、ぐっしょりとだれている。一口甘酒を飲んでみて、思わず「不味っ」と声をだした。
   「何や、この甘酒、いっこも甘うない、塩辛いだけや」
   「ああそうか、ちょっと麹の発酵が浅かったかな」
   「団子はベチャベチャべや」
   「それは、今日作ったからで、二・三日経ったら丁度好い加減の固さになるのじゃが」
   「お婆ちゃん、これで客来るのか?」
   「うちは旅のお方が相手じゃ、殆どが始めての客じゃからのう」
   「ええかげんな商売やっとるなあ」
   「これでも、美味しいと言うてくれる人も居るのじゃぞ」
   「誰や、その変態は」
   「向こう長屋の植木屋甚兵衛さんの娘、お玉ちゃんは、それは、それは綺麗な娘さんでな」
 同じ長屋に住む、甚兵衛の手伝いをしている若者と惚れ合っている。二人の逢引の場所がこの茶店であった。
   「そのお玉ちゃんに、庄屋の馬鹿息子が横恋慕しよって、親に頼んで許婚になったのじゃ」
   「お玉ちゃん、よかったやないか」
   「何がじゃ」
   「そやかて、お金持ちの嫁になれて仕合せや」
   「お前さんは子供だからそう思うのじゃろうが、女の仕合せは好きな男と一緒になることじゃ」
   「好きな男と一緒になって仕合せなのは、二・三年や、飽きてきたらお金のことで喧嘩ばっかりや」
 それより、馬鹿息子でも金持ちと一緒になったら、最初は辛いけどやがては庄屋の妻、子供たちも金持ちのお坊ちゃま、お嬢さまと、大事にされて、仕合せいっぱいの生活が送れる。当のお玉ちゃんも、好きな男との恋が生涯褪せることなく、きれいなままで心に仕舞っておける。
   「お前さん、本当に子供か?」
   「わいは、見た目は子供、中身はおっさんや」
   「よっ、大坂のちっこいおっさん!」
 新平も納得のおっさん三太である。
   「わい、あんな歯抜け禿とちがうわい」

 三太たちがふざけていると、お玉と若い男がやってきた。
   「おばぁさん、お団子二皿とお茶くださいな」
   「俺達の最後の逢引です」
 本日、結納と支度金が届き、いよいよ嫁入りの準備に入ると言う。
   「それであんた達は良いのかい?」
   「はい、二人で話し合って、別々の道を歩いて行くことにしました」
   「俺は、植木職人の腕を磨いて、江戸へ行きます」
   「いつまでも、二人の思い出を胸に畳んでおきます」
 老婆は、「駆け落ちでもすればいいのに」と思ったが、駆け落ちは天下のご法度。逃げても逃げ切れず心中ということになるかも知れない。
   「おばぁさん、今まで見守ってくれてありがとう」
 二人は元気に帰っていった。
   「わたしにはわかりませんが、これが当世の若者ですかねぇ」

 三太もお玉次第では、縁談を潰して二人を添わせてやろうとも思ったが、二人がこんなにもサッパリとしているのであれば、手出しはしない方がよいのだろうと、茶店を離れた。

 その夜、お玉と植木職人見習いの男は、お互いの手足を縛りあい大川に身を投げた。三太と新平はそのことは知らない。新三郎は知っていたが、決して二人には話さなかった。

   「いつか、あの植木屋の兄ちゃんと江戸で逢えるかも知れへんなあ」
   「お玉さんはいつか、お庄屋さんのお嫁さんですね」
 二人は辻のお地蔵さんに手をあわせた。
   「二人が仕合せになりますように…」
   「なりますように…」

 二人はじゃれあいながら、土山の宿に着き、宿をとった。

  第八回 切腹(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第七回 髑髏占い

2014-06-08 | 長編小説
 三太と新平の二人連れが石部の宿場町を歩いていると、占い師が台を置いてその上に髑髏を一つ置いて客待ちをしていた。二人は興味津々で暫く立ち止まって見ていたが、道行く人は気にも留めずに素通りして行くばかりであった。
   「おっさん、辻占い言うたら、提灯の看板出して、夜に商売するのやないのか?」
   「ここらはなあ、物騒やさかい夜は出歩かれないのや」
   「おっさん、上方の人やなあ」
 三太は、ちょっとだけ親近感を覚えた。
   「そや、お前もか」
 三太は頷いた。
   「わいの運勢見てもろたら、なんぼ払うのや」
   「うむ、大人なら百文やが、子供料金で五十文にしとくわ」
   「高かい、五十文あったら、二人でうどん一杯ずつと、梅干のおにぎり一個ずつ食えるやないか」
 あほらしいから、見てもらうのを止めようかと思ったが、髑髏(どくろ)が気にかかる。
   「その髑髏、占いに使うのか?」
   「そや、髑髏占いや」
   「けったいな占いやなあ」
   「こら、何を言うか、この髑髏はなあ、あの有名な陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)さまの髑髏じゃ」
   「ふーん、それにしたら、えらい小さいな」
   「安倍晴明さま、五歳の砌(みぎり)の髑髏じゃ」
   「ああそうか、それで小さいのか… と、言うと思っているのか」
   「なんか、不満か?」
   「五歳で死んで髑髏になった者が、何で大人に成って陰陽師になったのや」
   「さ、そこが陰陽師阿倍晴明さまの神秘なのじゃ」
 三太は首を傾げた。
   「どこが?」
   「阿倍晴明さまは、一年ごとに骸骨を脱ぎ捨てなされたのじゃ」
   「何や、逆ヤドカリ見たいやな」   
   「文句言わずに、五十文払って、その髑髏の上に手を翳(かざ)しなはれ」
 おっさんの占いが始まる。
   「お前は男やな」
   「そんなもん、見たらわかるやろ」
   「お前には、父と母が居る」
   「そんなもん、誰でもや」
   「お前には、兄弟がおるな」
   「わあ、当たった、定吉という兄ちゃんが居ました」
   「兄ちゃんは、亡くなってしまったな」
   「わあ、また当たった… と、言いたいとこやが、わいが 居ました と言うたからやろ」
   「占いに出ておるのじゃ」
   「ほんまかいな」
 そんなことを当ててもらっても仕方がない。この先、無事に江戸へ到着して、立派な商人になれるのかを三太は知りたいのだ。
   「ほんで、わいの運勢は?」
   「ある」
   「そら、あるけど」
   「立派な渡世人になる」
   「新門辰五郎みたいな侠客か?」
   「そやそや」
   「嘘つけ、外れとるわい」

 三太が払った五十文を持って、占い師は腹が減ったので、うどんを食いに行くと言う。三太と新平も付いて行くことにした。
   「あのなァ、おっさん、髑髏占いなんか止めとき、女が嫌がって近寄らへんわ」
   「そうか、どうしたらええ?」
   「恋と相性を客の顔を見て占う、なんてどうですか?」
   「おまはん子供の癖に、男と女のことがよく分かっているみたいやなあ」
   「へい、見た目は子供、魂はおとなです」
   「お前は化け物か?」
   「あほか、わいは人間の子供、三太や」
 
 試しにと、三太が客引きをしてくることになった。連れてくる間に、新三郎が情報を集めた。
   「この綺麗なお姉さんに、悩みがあるのやて、占ってあげてか」
 と、紹介しつつ、占い師に紙切れを渡した。

   なまえ、おその とし、十八さい すきなおとこ、さかなうりのたすけ とし、二十さい

 鷹之助に習った綺麗な字で書いてある。

   「黙って座れば、ぴたりと当たる、恋と相性占いである」
 おそのは、恐る恐る占い師の前に座った。
   「これ娘御、何も言わなくとも良い、そなたは恋をしておるであろう」
 女は恥ずかしげに頷(うなづ)いた。
   「男は、魚売りである、名は佐助…、いや違う、太助であろうが」
 女は、行き成り当てられたので驚いて声も出ない。
   「そなたの名前は、お園さんじゃな」
 これまた、驚きである。
   「さて、この先は、二人の将来を占うのじゃが、占い料は百文戴くが、何とされますかな?」
   「はい、お払いします、お続けください」
   「そうか、では占って進ぜよう」
   「太助は、親孝行で働き者のようじゃ」
   「はい、その通りで御座います」
   「太助も、美しくて気立ての良いそなたに、心を寄せておるぞ」
 三太につられて、多少の世辞が入った。女は有頂天である。
   「太助は純情な男なので、仕事を終えて帰る途中に、そなたから声をかけてあげなさい」
   「恥ずかしくて、出来ません」
   「何も、出会茶屋(今のラブホ)に誘いなさいとは言っていない、一言、お疲れ様と、それだけで良いのじゃ」
 女は、赤面した。
   「その後は、きっと太助から声がかかると思う、決して焦らずに、太助の心を離さないように、おりにつけ一言声を掛けてやりなさい、そうすれば自から道が開けて、そなたの念願が成就する」
   「ありがとうございました、仰せの通りにいたします」
 娘は、晴れやかな顔をして百文払い戻って行った。その後、娘と太助がどうなったかは、知る由も無い。
   「ご苦労、百文儲かったので、お前達に半分やろう」
   「うん」
 
 この調子で、三太は旅のことも忘れて、次々と客を案内してきた。金は儲かるが、占い師には心配事がある。三太と別れた後のことである。一人で客に対処する自信が無いのだ。評判だけが一人歩きをして、占いの実力は、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」になってしまうだろう。
   「なあ三太、この先わしと組んで、この商売をしながら上方へ行かへんか?」
   「わいは、江戸へ向っているのや、後はおっさんの腕次第やで」

 十人客引きをして、三太は五百文(二朱)貰った。今夜の二人の旅籠賃には十分であるが、石部の宿泊まりになってしまった。
   「わいら、いっこうに進んでないな」
 まあ、明日があるわいと、石部で旅籠を選んだ。

 
 明朝、旅籠を後にすると、なんとしても五里歩いて、水口の宿を通過して甲賀・土山まで行くぞと、三太は心に決めて旅立った。

 三太は今頃気付いたのだが、新三郎も新平もどちらも新の字が付く。時々声を出して「新さん」と呼びかけて新平を戸惑わせてしまう。ここはどうでも新三郎を新平に紹介しておかねばならないだろうと思った。
   「新平、お前幽霊って居るとおもうか?」
   「いるいる」
   「そうか、その幽霊がわいに憑いているのやが、それは信じるか」
   「信じる、だって親分は時々滅茶苦茶強くなる」
   「おとなの人は、わいみたいな者を神憑りと言うのや」
 新平は、気にも留めていないようである。 
   「だから何?」
   「うん、わいに憑いている神さんは、新三郎って言うのや」
   「へー、人間みたいな名前だ」
   「そうや、もとは人間や」
   「それで?」
   「わいが独りで旅に出られたのも、新さんのおかげや」
 新平は、同い年の三太が、あまりにもしっかりしているので、本当は大人かも知れないと思っていた矢先だ。
   「それで、親分は強いのか」
   「そやねん、そやから新さんを新平にも知って貰おうと思うのや」
   「知りたい、知りたい」
   「怖くないか?」
   「神さんでしょ、お化けじゃないのでしょ」
   「お化けちがう、わいの胸に手を当ててみ」
   「懐に手を入れて、直にか?」
   「そうや、あっ、こちょば、撫でたらあかん」

 新三郎の声が、新平に伝わった。
   「新平、あっしが新三郎でござんす」
 新平は驚いて、思わず手を引っ込めた。
   「ござんす、言うた」
   「そうや、新さんは生きていた時は、侠客やったのや」
   「侠客って、やくざでしょ」
   「そのへん、よく分からんけどな」
   「おいらが、新さんに話しかけるときはどうするの?」
   「普通に喋ったら、新さんに伝わるし、新さんが新平に憑いたときは、頭に思い浮かべるだけで通じる」
   「へー、面白い、新さん、おいらにも憑いてほしい」

 行く先に、旅の男が道端の岩に凭れてぐったりしていた。
   「おっちゃん、どうしたのや?」
   「水、水を飲ませてくれ…」
 新平の腰に、竹筒をぶら下げているが、飲んでしまって空だった。
   「わいが、どこかで貰ってくるわ」
 三太が竹筒を持って、駆け出していった。この時、新三郎は三太から新平に移っていた。


 三太は農家を見つけて、声をかけた。
   「すんまへん、どなたかおいでですか?」
 暫く呼んでいると、裏から腰が曲がった老婆がまわってきた。
   「そこで、旅人が倒れて水を欲しがっています」
   「おや、それで坊が水を貰いに来たのかい」  
   「はい、お願いします」
 老婆は井戸端へ行き、釣瓶で水を汲んでくれた。
   「竹筒一本じゃ、足りないかも知れんのう」
 老婆は、納戸から竹筒を取り出してきて、もう一本足してくれた。
   「おばさん、おおきに」
   「何が大きいのかい?」
   「上方ことばで、ありがとうってことや」

 戻ってみると、ぐったりしていた男は、完全に気を失っていた。
   「死んでしもうたのか?」
 新平が、なにやら憤慨していた。
   「こいつ、追剥ぎや」
 三太が居なくなると、男はいきなり新平を羽交い絞めにして、身包みを剥いで目ぼしいものを探したらしい。何も持っていないとわかると、新平を縛って岩の陰に隠し、三太の帰りを待って襲う積りらしかった。新平を縛ろうとしたところで、男は気を失った。
   「新さんがやっつけてくれた」
   「なんや、こいつ人に水を汲ませに行かせやがって」
 三太は、倒れている男に、小便を引っ掛けて、その場を立ち去った。

 三太と新平は、まだ石部の宿あたりでうろちょろしている。 

  第七回 髑髏占い(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第六回  人買い三太

2014-06-05 | 長編小説
 近江は、商人の町である。豪商と言われる大店の屋敷が競い合うように立ち並ぶ。町全体が活気に満ちて、行き交う人々の愛想笑いが、自然に町に溶けている。
   「これ安吉、店の前に子供が倒れているじゃないか、お商売の妨げになります、退かしなさい」
   「あっ旦那様、これは気付きませず申し訳ありません」
 子供は、腹を空かせて目をまわしているようである。安吉は、ここの手代であろうか、子供の様子を気にするでもなく、事も無げに子供を抱えると、近くの空き地に運び、捨て猫のように置き去りにした。
   「へい、稲荷神社の空き地に捨てて参りました」
   「そうか、ご苦労でしたな、ここへ来てお水でも飲みなさい」

 三太は、近江の草津を出て、石部の宿場に向っていた。赤い鳥居が立っていたので、一礼して拍手(かしわで)をひとつ打ったところで、空き地に子供が倒れているのに気が付いた。駆け寄ってみると、死んではいなかった。
   「どうしたんや、気分が悪いのか?」
 子供は三太に気付き、空ろな目で「腹が減った」と、訴えた。
   「待ちいや、いまどこかで食い物を貰ってきてやる。それまで動かんとじっとしとりや」
 三太は駆け出していった。立派な屋敷の表戸が開いていたので飛び込み、息を切らして頼み込んだ。
   「すんまへん、何か食べるものを貰えませんか?」
 手代が顔を出した。
   「うちは、食べ物屋ではない、他をあたってください」
   「他をあたれと言われても、近くに食べ物の店はありまへんやないか」
   「ここから十町ほど行ったところに、お餅屋があります」
   「そこの空き地で、子供が腹を空かせて目をまわしているのです」
   「ああ、あの子ですか」
   「知っていますのか?」
   「はい、店の前で倒れていたので、邪魔にならないところへ私が運びました」
   「助けないでか?」
   「そんな何処の子かも知れない者を、何故助けなければならないのですか」
   「同じ人間やないか」
   「金にもならないことは、近江商人はしません」
 三太は、呆れかえってしまった。近江商人は、客には丁重に接するのに、利益に繋がらない者には薄情極まりない。三太の近江商人に対する悪い印象が、定着してしまいそうであった。
   「ほんなら、お金を払いましょう」
 奥から、旦那らしい男が暖簾を分けて出てきた。
   「いらっしゃいませ、それでは梅干の入ったおにぎりでも作らせましょう」
   「へえ、四個お願いします」
 三太の分も入っている。
   「それでしたら、一個十文で作らせてもらいましょう」
 三太は驚いた。
   「高いなあ、四個で四十文ですか」
 旦那はちょっと「むっ」としたようだった。
   「それで気に入らないなら、他所へいってください」
   「払いますがな、それに水を付けてか」
   「それなら、水を竹筒にいれて、これも十文です」
 足元を見やがってと、三太はかなり頭にきていたが、空き地で待つ子供のことを考えて、おとなしく五十文を払った。おにぎりを受け取って帰り際、三太は振り返って、
   「薄情者、お前ら死んだら地獄落ちや」
 と、悪態をついた。
   「旦那さん、あいつ、あんなことを言って行きました、店の前に塩を撒いておきましょうか?」
   「馬鹿、何を勿体無いことを言うのだ、塩も高いお金を出して買ったものではありませんか」
 それを撒くなんて、とお説教が続く。
   「撒くのなら、釜戸の灰を一つまみ撒きなさい、灰の中には塩も含まれています」
   「へい、一つまみでいいのですか?」
   「灰も、篩(ふるい)にかけて取っておくと、お線香立ての灰として売れます、青御影石の粉を少し混ぜますと、高級極楽灰として高く売れるのです」
 
 空き地に戻ると、三太は子供に水を一口飲ませた。ぐったりしていたが、おにぎりを「喰うか?」と、見せると、貪り付いた。
 三太の算段では、二人で二個ずつの積りであったが、あっと言う間に四個平らげてしまった。
   「わい、三太や、お前は?」
   「新平です」
   「家まで送ってやろう、家はどこです」
   「草津です」
   「なんや、また後戻りかいな」
 また新三郎に江戸まで五十三日かかりそうだと言われそうである。いや、この調子ではもっとかかるかも知れない。
   「家へ帰っても、追い出されるだけです」
   「本当のおっ母ちゃんやないのか?」
   「本当のお母です」
   「それが何で追い出されるのです?」
   「お母は、おいらが邪魔なのです」
   「邪魔、 何で?」
 聞けば、母は新平が乳離れするまでは母の親元で育てたが、その後は新平を郷に残したまま飛び出してしまった。昨年、郷の祖母が死んだ。村の人に「新平の母を草津で見た」と聞いたので、知り合いの人に探して貰ったところ、旅籠で飯盛り女(遊女)をしていた。
 母は、仕方なく新平を引き取ったが、旅籠に住み込むことが出来ずに、ボロ家を借りて母子二人の生活が始まった。
 母は客の男を家に引き込んで商売をするのだが、その度に新平は外に放り出された。半時も外に居たので「もういいだろう」と、家に戻ってみると、男が未だ居て、母親にこっ酷く叱られる羽目になる。
 いつしか新平は、母に「死ね」とまで言われるようになった。
   「お前なんか、山へでも行って、山犬の餌になれ!」
 それから、新平は山を見ると、自然に涙が出るようになった。
   「おいら、度胸がないから、自分で死ねません」
 思い切って、池に飛び込んだが、気が付くと岸まで泳ぎ着いていた。橋の上から川に飛び込もうとしたが、下を見下ろすと足が竦み、首を括ろうにも、小さくて木の枝に縄をかけられない。
 そこで、思い付いたのが、大名行列だった。
   「行列の先で、おいら、うんこしてやろうと思いました」
 これなら、確実に手討ちになると、子供心に考えたのであった。そう思って待っていると、大名行列などには出くわさないもので、ならばと、歩いている侍の刀の鞘を汚い手で握った。
   「無礼者、そこへなおれ!」と、怒鳴られるだろうと震えて待つと、
   「これ子供、お前わざと拙者の刀を握ったであろう、訳を言いなさい」
 侍は優しかった。
   「腹が空きすぎて、前後の見境もなくしていたのであろう」
 許してくれて、焼き芋を買い与えてくれた。

 新平は、三太に向って土下座をした。
   「三太さん、その腰に差した刀で、おいらを殺してください」
   「アホなこと言うたらあかん、これは木刀やし、町人が人を殺したら打首獄門や」
 三太は、草津へ戻ろうと思った。戻って新平の母に逢い、真意を確かめようと思ったのだ。

 三太と新平は、肩を並べて草津の新平の家に辿り着いた。
   「新平のおっ母さん、新平は死のうとしておりました、かまへんのですか?」
   「放っておいとくれ、女の子ならまだしも、男の子は三文でも売ることはできない」
   「おっ母さん、実の子になんと酷いことを言うのです」
   「漸く(ようやく)出て行ってくれて、ほっとしていたのに、あんた、連れて来ないでくれるか」  
   「おっ母さん、新平が三文でも売れないと言いはりましたな、ほんなら、わいが三文で買う」
   「売りましょう、どうぞ連れて行って、煮るなり焼くなりしておくれ」
 三太は、三文を放り投げ、泣きじゃくる新平の肩に手を添えて、家から出た。
   「泣くな、新平、わいが江戸まで連れて行ってやる、ほんで、わいのお師匠さんに頼んであけます」
   「うん、江戸まで付いて行く」
   「ところで、新平は何歳や」
   「六歳です」
   「なんや、弟みたいに思っていたが、一緒の歳や、新平のお父さんはどうしたのや?」
   「初めから居ません」
 母親すらも父親は誰か分からないのだ。数さえ分からない男客の中の一人が新平の父である。
   「そうか、憎たらしいおっ母ちゃんやけど、今限り憎むのをやめようや」
   「うん、そうします」

 こうして、三太と新平の下り東海道中膝栗毛が始まった。新平が一緒なので、三太は「新さんおんぶ」と、言えなくなった。

 
 草津を出て少しのところで引き返したが、改めて石部の宿に向って、二里の道のりをテクテク歩いていると、新平が立ち止まった。
   「親分、おいらも三度笠と合羽が欲しい」   
   「わいは親分かいな、売ってはったら、買ってあげる」
   「ここに売っている」
   「何や、先に見ておいたのか」

 二羽の旅雀が、チュンチュン喋りながら行くと、旅役者の一座と出合い、女形が三太に声を掛けてきた。
   「旅鴉の兄ちゃんたち、可愛いなあ、何処まで行くのかい?」
   「へぇ、駿河の国へ戻るとこです」
   「駿河の生まれか?」
   「へえ、駿河の国は清水でおます」
   「名は?」
   「へぇ、山本長五郎、人呼んで清水の次郎長でおます」
   「そちらの坊は?」
   「山本政五郎、人呼んで大政でおます」
   「小さい次郎長と大政ですねぇ」
   「へぇ、子供の頃の次郎長と大政です」
   「嘘つきなさい、上方弁ベタベタですよ」

 旅の一座は、宿場、宿場で興行しながら上方まで行くそうであった。
   「坊たち、付いてくるか? 舞台に立たせてあげるよ」
 せっかくここまできたのに、振り出しに戻ってしまう。三太はぴょこんと頭を下げて、お断りした。

 
 石部の宿に着いた。まだ日は高い。三太と新平が頑張ってもっと歩こうかと相談しているところに、男が叫びながら走ってきて、二人を追い越して行った。
   「喧嘩だ、喧嘩だ、喧嘩だ」
   「喧嘩やって」
   「恐い」
   「何が恐いことあるかいな、おもろいから見物して行こう」
 行く先に人垣が出来ていて、中で二人の男が怒鳴り合っていたかと思うと、いきなり見物人の悲鳴に変わった。片方はドスを、片方は鑿(のみ)を出した。
   「わあ、派手に喧嘩しとるわ」
 一人は遊び人風、もう一人は堅気の職人らしく手拭いで鉢巻きをしている。
   「わい、鉢巻きのおっさんに、だんごかける」
   「じゃあ、おいらは鉢巻をしていない方が勝つとかける」
 近くに寄って、二人は声援を始めた。
   「鉢巻のおっさん、がんばれ! わい、おっさんに団子かけているのや」
   「鉢巻していないおっさん、頑張れ!」
 喧嘩の二人が三太と新平に気付いた。
   「こら、小僧二人、あっちへ行け」
   「そやかて、団子がかかっているんや、あっちへ行けるかいな」
   「団子がなんだ、わし等の喧嘩は命がかかっているのだぞ」
   「へー、どっちかが死ぬのか?」
   「そうだ、カブトムシの喧嘩とは違うのだぞ、わしらの命に団子一皿かけやがって」
   「違う、違う、わいらはなあ、一皿三個の団子を、どっちが二個食うか、かけているのや」

 男二人、あほらしくなって喧嘩をやめてしまった。
 
  第六回 人買い三太(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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