雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第四回 三太、母恋し

2014-06-01 | 長編小説
 三太は驚いた。三太を負ぶって番所まで来たオネエが、子供に悪戯をしては殺す、強奪はする、詐欺はする、実は札付きの悪党で、子供を殺された親達が出し合って、銀五十両の賞金が付いていたのだ。
 新三郎に心を制御され無抵抗であったが、凶悪犯のために亀甲に縛り上げ、役人の護衛を付けられて、代官所へ連行されることになった。賞金貰えるから、三太も付いて来いと言う。
   「わい、お金仰山持っとるねん、銀五十両なんて重いから要らん」
   「お前、子供やから五十両の値打ちが分からへんのやろ」
   「それくらい分かるわい」
   「ほんなら、貰っといて家に持って帰ってやれ、お母さん喜ぶで」
   「わいは旅の途中や、重いから要らんと言っているのや」
   「ああ、さよか」
   「ああ、さよかて、おっさんが盗ったらあかんで、子供を殺された親達に、大坂の三太からお線香代やと言うて、返してあげて」
   「誰が盗るかい、それより何で名前売るのや」
   「この先、何処で親達と逢うかわからへん、その時、わいのことを知っていてくれたら、只で泊めてもらえるやないか」
   「欲が無いのか、がめついのか、よく分からんガキやな」
   「只で泊めてもらって、ご馳走よばれて、うちの娘と一緒に風呂へ入ってきなはれ」
   「そんなこと言う親はおらへん」
 役人の突っ込みを無視して、三太の独り芝居が始まる。
   「お姉ちゃんと湯船に浸かって、わい、お姉ちゃんの膝に腰掛けるとな、お姉ちゃんのお乳が、わいの背中に…」
   「バカ、やめとけ、いやらしいガキやなあ」
   「風呂から上ると、三太ちゃん、娘と一緒に寝て頂戴ね」

   「お姉ちゃん、ちょっとだけお乳触ってもええか、おっ母さん思い出しますねん」
   「構へんけど、やんわり触ってや」
   「お姉ちゃん、乳首吸うでもええか?」
   「赤ちゃんやな、ほんならちょっとだけよ」
   「お姉ちゃん、ちょっとだけ噛んでもええか?」
   「そんなことしたら、あかん」
   「そやかて、ちょっとくらい噛まんと美味しいことあらへんで」
   「あんた、うちのお乳、駄菓子屋の棒飴と間違えとるのと違うか?」

   「独りでべらべら喋りやがって、お前は一体何歳やねん」
   「見た目は六歳、中身は十七歳や」
   「名探偵コナンか、お前は」
 
 番所を出ると、新三郎が呆れていた。
   「五十両ふいにしたのは良いが、大人をからかうのは良くないですぜ」
   「そやかて、子供をからかったら、虐めや言われます」


 ここは大津の宿場町である。
   「三太、この調子で旅続けたら、江戸まで五十三日かかりますぜ」
   「ええやん、大人になるまで、まだ遠いのやから…」
   「関係ないです、亥之吉さん待っていますぜ」
   「構へん、どうせ去年から待ってくれているのやから」


 暫く行くと、農家の入り口で娘が泣いていた。
   「お姉ちゃん、どうしたのや?」
   「へえ、お父っつあんが病気になったときに、金貸しから二両借りたのが、利子が利子を生み、一年で二十両になったのです、その肩代わりに、明日、女衒(ぜげん)が来て、わたいは遊女に売られるのです」
   「へー、遊女ですか」
   「あんた、遊女、分かっています?」
   「だいたいは分かっとります」
   「遊女に売られたら、もうここへは戻られません、それで悲しくて泣いておりました」
   「お姉ちゃん、可哀想やな、まだ子供やのに」
 三太よりも一つ二つ年上のようである。
   「貧乏人は、辛いことばっかりや」
 三太は、思いついた。
   「よし、わいが代わりに売られたろ」
   「男は遊女に売れません」
   「ほんなら、わいの頭をオカッパにしてえな、ほんで着物と帯も貸してか」

 そんなのは、直ぐにばれて、あんたは殺されるかも知れないと娘の父親は言ったが、三太は平気であった。
   「その金貸しと、女衒をわいが懲らしめてやります」

 翌日三太は、髪の毛を垂らして切り揃えてもらい、娘の着物を着ると、なかなか可愛い娘になった。
   「どうや、これなら男やとバレへんやろ」

 女衒がやってきた。金貸しから預かってきた証文と交換に、三太が渡された。
   「ほお、なかなか可愛い娘やないか、よく磨いて化粧したら、売り物になりそうや」
   「わたいみたいな子供でもか?」三太、娘になり切っている。
   「子供が好きなお大尽もいましてな、あんたやったら、すぐに指名がかかりまっせ」
   「そうですか、どんなことされるのやろか、何か恐い」
   「すぐに慣れます、心配せんでもええ」
 三太は、女衒に手を引かれ、草津の遊郭に向った。

   「ねえ、女衒のおじちゃん」
   「これ、そんな呼び方しなさんな、人が振り返っていますがな」
   「ほんなら、おじちゃん、わたい遊女になるよりも、おじちゃんのお嫁になりたい」
   「そんな訳にいかへん、お前を遊女屋に五十両で売って、金貸しに二十両渡さなあかん」
   「ええやん、このまま二人で江戸へでもトンズラしましょうよ」
   「お前、小さいのに恐いこと言うやないか」
   「そやかて、おじちゃんのこと好きになってしもたんや」
 女衒は今まで女に恨まれても好かれることはなかった。この女衒、ちょっと気持ちが揺らいできた。
   「わたいが江戸で遊女になって、おじさんのこと養っていきます」
   「そうか、女衒やめて、ヒモになるのやな」
   「ヒモて、なんです?」
   「女に働かせて、遊んで暮らす男や」
   「ひやー、格好ええ」
   「どこがやねん」

 結局、三太と女衒は、江戸落ちの楽しい旅に出た。ところが、ちょっと立ち寄った神社の祭りで、逸れてしまった。
   「あいつ、逃げたのかな?」
 女衒がそう気付いた時は、三太は大津の娘の家に戻っていた。女衒は遊女屋の信用は失くすし、娘は居なくなるし、もう戻ることは出来ない。
   「このまま江戸へ落ちるしかないか」
 女衒は、その日限りで大津から姿をくらました。

 三太は娘の家に帰ってきた。着物をとっかえると、直ぐに娘と二人で大津の代官所に駆け込んだ。
   「わいは大坂の三太といいます」
 代官は、名前を知っていた。
   「あの、賞金を要らないと言った子供だな」   
   「へえ、あの三太です」
   「あの五十両が、欲しくなったのか?」
   「いいえ、違います、この娘さんを、お代官さまに助けて戴きたいのです」
 女衒から受け取った借用証文を代官に見せた。
   「一年前に借りた二両が、利息で膨れ上がり、二十両になったと金貸しが言うのです」
 幕府が定めた金利は、二両の年利なら、四朱と二百文である。十八両とは、法外も法外。その内、既に支払われた利息が三両にも達していた。
   「なる程、利息が月一両二分になっておるのう」
   「二十両も返すことはないですよね」
   「いいや、むしろ過払い金があるので、十二朱ほど金貸しから戻して貰わねばならない」

 代官の命で、娘の親は金貸しから三分(十二朱)を戻して貰い、娘を売る必要もなくなった。金貸しは財産を没収されて、四国へ処払いになった。
   「三太さん、どうか今夜、私の家に泊まっておくれやす」
   「うん、分かった、ご馳走食べたら、お姉ちゃんと一緒に風呂に入ろな」
   「うちの風呂、一人ずつしか入れない小さな五右衛門風呂でおます」
   「ああ、そうか、ほんなら、一緒の布団で寝よか、わい、お母ちゃん思い出すねん」
   「ああ、それやったら、うちのお母さんと寝たらどうです、その方がお母ちゃんに近いで」
   「まだ時間早いから、せめて草津まで歩くわ」
 三太、別れを告げて、大津から草津まで三里、ぶつぶつ文句を言いながら歩いた。


 暫く歩くと、二十四・五の女が、腹を押さえてしゃがみ込んでいた。
   「おばちゃん、どうかしたのか?」
   「へえ、持病の癪で難儀…、なんや子供かいな、シーシー、あっちへ行き」   
   「何やこのおばはん、わいを野良犬みたいに追いやがって」

 新三郎が三太に教えた。
   「あれは、巾着切りですぜ、看病させておいて、隙を見て巾着の紐を切って掏り盗るのです」
   「悪いヤッやなあ」
   「ほら、見なさい、後から来た若い侍に目を付けましたぜ」
   「わっ、ほんまや、すけべの侍が引っ掛かっとる」
 侍は親切に女の背中を両手の親指で押してやっている。
   「あっ、楽になったらしい」
 侍は、女に「立てますか」と、聞いている。女は立ち上がろうとして、よろけて侍の懐に手を入れた。次の瞬間、女が侍の財布を指に挟んで抜き取った。…が、その手を侍が掴んだ。あっと言うまに、女は縛られ、三太が見ている方へ来た。
   「これは、三太さん、拙者は代官所で逢った代官の家来です」
 江戸であれば、与力であろうか、代官の家来は掏摸の囮捜査をしていたらしい。
   「三太さんは、掏られませんでしたか?」
   「はい、大丈夫です」
 
 女掏摸は、代官の家来に連れられて去っていった。
   「新さん、あの掏摸のおばさん、どうなるのですか?」
   「腕に刺青を入れられて、寄せ場で仕事をさせられるのでしょうね」
   「どうして刺青なんかされるのやろ」
   「そうですね、罪を償って娑婆にでてきても、刺青者は仕事がもらえない」
   「だから、また悪いことをしてしまうのですね」
   「そうかも知れない、三太は、掏摸のおばさんのことが気になるのですか?」
   「うん、おっ母ちゃんみたいに思えるのです」
 ませたことを言うようでも、独り旅に出ると、やはり母が恋しいのであろう。新三郎は、三太を抱き締めてやりたい気持ちになった。

  第四回 三太、母恋し(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ


最新の画像もっと見る