雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第六回 辰吉危うし

2015-03-05 | 長編小説
 辰吉の周辺で「ガサッ」と音がした。
   「出やがったな、山賊ども」
 またもや、「ガサゴソッ」と音がした。
   「何をしてやがる、はやく姿を現してかかってきやがれ」
 辰吉が虚勢を張って六尺棒を振り回そうとしたが、辺りには灌木が茂っている。六尺棒は灌木の枝に引っかかり、動きがとれなくなった。辰吉が焦って外そうとしているところに、四人の男が一斉に飛びかかってきた。
   「何でぇ、卑怯者、離せ!」
 辰吉が精一杯藻掻(もが)いたが何せ相手は四人、たちまちねじ伏せられてしまった。
   「女はどうした、殺っちまったのか」
 辰吉が叫ぶと、横から女の声がした。
   「あたいのことかぇ」
 どうやら女は仲間だったらしい。
   「姉御、また一匹引っかかりやしたぜ」
   「そいつ、金は持っているかい」
   「へい、懐に巾着がありました、五両がとこは入っていますぜ」
 男は辰吉の巾着を姉御と呼ばれた女に差し出した。
   「身包みを剥いで、後始末はしておきな」
   「へい、殺して川に放り込んでおきます」
   「そうしな」
 女は冷たくそう言ったが、裸にされて木に縛られた辰吉を見て「ちょっと待ちな」と男たちを制した。
   「若い男じゃないか、いい体をしている」
 近付き、辰吉の顎(あご)を押し上げた。
   「おや、よく見ると男前だねぇ」
 男たち、はうんざりしているようである。
   「また、姉御のスケベ心が、頭を擡(もた)げやがった」
 小声で言ったのだが、姉御に聞こえてしまったようだ。
   「今言ったのはどいつだい、二度と言えないように、その首を胴と引き離してやる」
   「済まねえ、勘弁しておくんなせぇ」
   「源、またお前か、お前は文句が多くていけないね」
 他の三人の男達に命じて源の自由を奪わせ、姉御の両刃の剣が辰吉の心の臓に狙った。
   「待ちな、お前ら仲間だろ、何てことをする気だ」
 辰吉が叫んだ。
   「煩(うるせえ、あの世へ行く前にこの姐さんが楽しませてやろうと言うのだ、有難く思え」
   「ふん、こんな汚ねえ姐さんじゃ、楽しくねえやい」
   「言いやがったな、この糞ガキ、あの世へ行きやがれ」
 女は、源を後回しにして、剣を辰吉に向けて襲いかかったが、辰吉が「やめい」大声を上げると、女はへなへなっとその場に崩れ落ちた。
   『辰吉、あっしを当てにするのはいいが、せめてあっしが居ることぐらい確かめなせぇ』
   「新さんごめん」

 四人の男達は、こそこそと話し合っていた。
   「このガキ、人間じゃねえで」
   「化けものか?」
   「声だけで、姐さんを倒しやがったじゃねぇか」
   「そうだなぁ」
 その時、辰吉が叫んだので、男たちは揃って「びくっ」とした。
   「お前ら、何をボソボソ言ってやがる、早く俺の縄を解け!」
 ビクつきながら、辰吉の縄を解くと、またしても辰吉が叫んだ。
   「お前ら、何をボサッとしてやがる、早く女に縄を打て!」
 気を失っている女に縄を打たせると、
   「お前ら同士で縄を打つのだ!」
 残った一人は、辰吉が縄で縛り、五人を数珠繋ぎにした。
   「我慢して、役人が来るのを待っていろ」
 辰吉はその場を立ち去ろうとしたが、新三郎に止められた。
   『辰吉、何をうかうかしとる、お前の着物を取り返さんかい!』
   「おっと、裸で行くところだった」
 辰吉が着物を着て行きかけると、新三郎がまたしても止めた。
   『辰吉、まだ取り返すものがあるだろ』
   「ん?」
   『頼りないなぁ、巾着だよ』
   「あ、忘れるところだった」
 チビ三太は、『七歳でもしっかりしていたぞ』、新三郎はそう言いそうになって止めた。人はそれぞれだし、苦労知らずの辰吉と、苦労人の三太を比べるのは良くないと思ったからだ。

 守護霊の新三郎は考えた。三太が辰吉の罪を被って「江戸十里四方所払」の刑を受けたことを話すべきか、このまま暫く伏せておいて旅を続けさせるべきかである。
 『可愛い子には旅をさせよ』とは、正しくこの事である。両親の亥之吉とお絹には、恐らく三太が説明するであろう。また、辰吉が三太に負い目を感じてはいけない。熱(ほとぼ)りが冷めるまで、暫くはこのまま旅を続けさせよう。新三郎が考えた結論である。


 辰吉は暫く歩いて、不意に立ち止まった。
   「新さん、俺に何か話しかけようとしたが、あれは何だったの?」
   『しーっ、黙って歩くのだ、後ろを振り向いてはいけませんぜ』
   「何?」
   『辰吉の後を尾行している男が居るのだ』
   「何だい何だい、一つ終わればまた一つかい」
   『そうらしい』

 だが、悪い男ではないようだ。男はツツっと近寄ってきて、辰吉の前にまわりペコンと頭を下げた。
   「旅人さん、ここらで十七・八の一人旅の娘を見かけませんでしたか?」
   「いいえ見ていませんが、若い女の一人旅とは物騒ですね」
   「そうなのですよ、わたしは追いかけながら心配で、心配で…」
   「何か訳が有りそうですね、力を貸しますから話してくれませんか?」
   「いえ、それには及びません、お店の恥になることですから」
   「そうですかい、では訊かないでおきましょう」

 辰吉が行きかけると、また男が追い掛けてきた。
   「すみませんやっぱり話します、どうぞお力添えください」
   「おや、気が変わったのですか、では聞いてあげましょう、お話なさい」
 辰吉は、依頼の口調(くちょう)ではなく、命令の口調になった。
   「あるお店のお嬢様なのですが、旦那様が薦めた縁談を「どうしても嫌だ」と仰って家出をしてしまったのです」
   「親御さんは、お嬢さんが嫌がるのに、そんなに無理やり押し付けようとしたのですか」
   「そうなのです、お嬢様も我儘(わがまま)なのですが、旦那様も頑固で…」
   「それで家出ですか」
   「はい、後先も考えずに、無謀なことをしたものです」
   「いま頃、悪い男に捉まって、弄ばれた挙句に女郎屋(じょろや)に売りとばされているかも知れません」
   「驚かさないでくださいよ」
   「別に驚かせている訳ではありませんが、考えられないことではありませんよ」

 男は近江にあるお店の番頭だと名乗った。旦那様は意地を張って「放っておけ」と言うが、そうも出来ずにお嬢さんが心配になって追ってきたのだと言う。
   「どうして中山道(なかせんどう)に向いたと思ったのですか?」
   「お嬢さんの惚(ほ)れた男が、番場(ばんば)の出だからです」
   「その男もお店を出たのですかい?」
   「一月前、馘首(くび)になって故郷へ戻ったのです」
   「お嬢さんに惚れられたからですか?」
   「そうです」
   「これは放っておけないですね、その男が気の毒です」
 男は罪が無いのに「主人の娘と駆け落ちした」と訴えられたら死罪である。そんなことも考えずに男の後を追った娘は、「無謀」では済まされない。男一人を死に追いやるかも知れないのだ。
   「新さん、俺は二人をなんとか助けてやりたいが、俺には何も出来ない」
   「出来るさ、とにかく追いかけて番場まで行ってやりなさい」
   「うん、わかった」
 辰吉は番頭に向かっていった。
   「番頭さんは、このままお嬢さんを追い掛けていてもいいのですか?」
   「はい、馘首(くび)になっても構いません」
 辰吉はここから北陸街道に進むつもりであったが、中山道を番場まで脚を伸ばすことにした。
   「番頭さんは、お嬢さんの惚れた男の家を知っているのかい?」
   「番場ということしか知りません」
   「その男が、番場に戻っているとは限らないが、探してみましょう」
 
 番頭と二人で番場に向かっていると、駕籠舁(かごか)きとすれ違った。
   『今の駕籠、怪しいですぜ、ちょっと待っていてくだせぇ』
 新三郎が、スーッと辰吉から抜けた。辰吉が振り返ってみると、駕籠かきの一人が棒立ちになっている。
   「おい相棒どうした、進まないかい」
 男は固まったように動かない。辰吉が駆け寄ってみた。
   「ちょっと駕籠の中を見せてもらうぜ」
   「待ちやがれ、役人でもないくせに何をしやがる」
 辰吉は簾(す)を捲ると、女が縛られて猿轡(さるぐつわ)を噛まされていた。
   「あっ、お嬢さんです」
 番頭が声を上げた。新三郎が辰吉の元へ戻ってきた。
   『危ねえところだぜ』
 番頭が娘の縄を解くと、娘は番頭を詰(なじ)った。
   「私を連れ戻しに来たのだね、帰っておくれ」
 娘は、例えお女郎(じょろ)にうられようとも、金輪際(こんりんざい)店へは帰らないと言う。

   『困ったものだぜ、お女郎が男の相手をするものだと分かって言っているのかねぇ』
 これで万事終わった訳ではない。この後が大変だ。頑固者の近江商人を相手にしなければならないうえ、娘が惚れた男の命も救ってやらねばならない。一番面倒くさいのは娘である。
   「任せておきな、俺がまるく治めてやるからな」
 なんて、辰吉は娘に大口を叩いている。

  第六回 辰吉危うし(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)
「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」


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