雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十八回 怪談・夜泣き石 

2014-08-12 | 長編小説
 三太と新平は、急勾配の登り道に差し掛かった。小夜の中山である。峠に至るまでに、木碑が立っていたので、道行く人に尋ねると脇道の奥に「夜泣き石」があると教えてくれた。特に気にも留めずに峠まで来て茶店で休憩すると、出てきた老婆に話しかけてみた。
   「坂の途中で、夜泣き石と描いた木碑があったが、あれは何だすか?」
   「お教えしますが、近付かない方がよろしいですよ」
 そう前置きをして、他に客も居ないことから、長々と詳しく話をしてくれた。
   「あれは、十年前のことです…」

 掛川の商家に嫁いで若女将になっていた娘が、島田宿の実家の父が倒れたことを伝えに来た下男に聞き、居ても立ってもおれずに不在の夫が帰るのも待てずに、生まれて一年目になる末の息子を背負って実家を目指した。途中小夜の中山に差し掛かったとき、雲助駕籠に目をつけられて駕籠に乗せられた。
 女が下ろされたのは街道を横道に逸れた草深い山道であった。女は草叢に倒されて我が子が見ているところで散々弄ばれた。
   「顔を覚えられたので、番所に駆け込まれないように始末をしておこう」
 相談している男たちに、
   「お願いです、どうか命だけはお助けください」
 女が泣いて頼むのを冷やかな目で見て、女の帯紐を取り、首に巻きつけた。
   「どうぞ子供の命だけでも助けてやってください」
 悲痛な叫びを残して、女は事切れた。泣き叫ぶ子供を足蹴に倒し、二人の男は、女の財布を抜き取り、空駕籠を担いでさっさと走り去った。

 この山道は、人は滅多に通ることはない。子供は母親の元へ這い寄り、動かぬ母に縋って泣き叫び、やがて母にもたれて餓死した。母子の亡骸が見つかったのは、それから十日も経ってからであった。
 女の亭主が、女房の帰りが遅いと心配して、女房の実家を訪ねたことから、行方知れずになっていることを知った。

 女房は実家に戻っては居ず、病に倒れた父親は既に亡くなっていた。腰を抜かさんばかりに驚いた亭主は、それから人を使って妻子を探したが見つからなかった。それでも諦めきれずに、一人になっても探し続けた。

 ある日、小夜の中山に差し掛かったところで、客待ちをしている雲助駕籠を見つけた。
   「十日程まえに、子連れの女を乗せなかったか?」と、尋ねてみた。
 駕籠舁は、「知らぬ」と答えたが、その時に薄ら笑いを浮かべたのを亭主は見逃さなかった。もう一つ引っ掛かったことがある。決して「駕籠に乗ってくれ」と言わなかったことだ。

 妻は子供を背負って小夜の中山の勾配をさぞかしきつく感じたであろうと思った。そんな折に駕籠屋に声をかけられたら、焦る気持ちからきっと応じたに違いないと亭主は考えた。
   「そうか、分かったぞ」
 妻子は、この峠の枝道の何処かに拘束されているか、殺されているに相違ないと、亭主は虱潰しに探し回った。

 妻子の屍のある位置は、はからずも妻子が教えてくれた。街道から脇道に逸れて暫く歩くと、普段なら気がつかないような獣道を見つけて立ち止まると、風に乗って僅かだが腐臭が漂ってきたのである。
   「やはり殺されていたのか」
 それでも、微々たる希望を捨てずに獣道に入ると、目の前が真っ暗になった。見覚えのある妻子の着物が目に付いたからだ。

 亭主は引き返し、穴掘り鍬を買い求め、再び亡き妻子の元に取って返すと、目印になる大きな石の前に穴を掘り、妻子の亡骸を埋葬した。
   「来年まで待ってくれよ、立派な墓を建てて、迎えにくるからな」
 それから亭主は、月に一度は花と線香を手に持って遣って来ては自分の落度を詫び、一頻り話をして帰っていった。
   「番所に届けても、行き倒れとして取り扱われてしまうのだ」
 町人の仇討ちはご法度である。あの駕籠舁が殺ったに違いないとは思うが証拠はない。何もしてやれないままに月日が流れた。

 秋も深まったある日、亭主は噂話を耳にした。小夜の中山で夜泣きをする石があるという。その場所というのが妻子の亡骸を埋葬した場所らしく、そこにある石は「夜泣き石」と、名付けられていた。

 亭主は考えた。例え泣き声なりとも聞いて、あやしてやりたい。その日は昼間に参るのをやめて、夜泣きの声が聞こえるという真夜中に行くことにした。旅籠をとり、夜中になるのを待って、提灯の灯りを頼りに石の前に来てみた。真夜中になるのを待つこと半刻、どこからともなく、子供の泣き声と、女の啜り泣きが聞こえてきた。
   「許してくれ、あの日わしが戻ったときに、お前達のことを聞いて後を追えばよかった」
 子供の泣き声が聞こえる。
   「こわかったろう、ひもじかっただろう、助けてやれなかったお父っあんを勘弁しておくれ」
 だが、その後も夜泣きの声は続いた。
   「月に一度と言わずに、十日に一度は来るからな」

 それから十日目の夜、夜泣き石の前まで来ると、道の真ん中に空の駕籠が置かれていた。不審に思い、辺りに提灯の灯りを向けてみると、駕籠舁の二人が折り重なって死んでいた。番所に届けて経緯を話したが、駕籠舁たちは外傷もなく、首を絞められた形跡も、毒を飲まされた様子もなかった。
   「なんらかの病気であろう」
 この不自然な状況下で死んでいる駕籠舁たちを、いとも安易に片付けてしまった。
 

 峠の茶屋の婆さんは、三太たちに言った。
   「どうじゃ、怖いだろ」
   「いいや、怖いことない」
   「おいらも怖くない」
 老婆はほんの少し眩暈がした。
   「この話は、まだ続きがある」
 老婆は、そう言って話を続けた。

 この亭主、心労と疲労の為に、寝込んでしまった。夜泣き石のことが気掛かりで、死んだ妻子の夢ばかりを見る毎日であった。
 だが、毎晩深夜になると提灯の灯りが夜泣き石を目指してふらりふらりと歩いていくのだ。それを見つけた近くの若い村人が後を付けて行ってみると、提灯を持っている筈の人影が見えない。目を凝らして見ても誰も居ないので、声を掛けてみた。
   「もしもし、こんな夜更けに何処へ行きなさる」
 提灯が振り返り、パカンと大きな口を開くと、長い舌をべろべろと出した。
   「へえ、ちょっと夜泣き石のところまで主人の代わりにお参りを…」

 それを聞いた三太と新平は、抱き合って震えた。
   「怖い!」
   「おいら、おしっこちびるー」

 老婆はキョトンとしている。
   「何です、少し時をおいて怖がるなんて」
 提灯お化けの話は、老婆が話したものではないらしい。三太と新平は峠の下り坂を転げ落ちるように逃げて行った。

   「三太達を急かせるには、これに限る」
 新三郎が呟いた。
   
 
 三太と新平は、金谷宿に入った。
   「怖かったなあ」   
   「おいら、提灯を見たら思い出す」
 新三郎は、それを聞いて「ちょっとやり過ぎたかな」と、反省している。幽霊を怖がらないのは、自分の存在の所為であろう。しかし、お化けに関しては度が過ぎる怖わがりかたである。何とかしてやりたいような、このままの方が面白いような、新三郎の迷うところである。

 
 三太と新平は、道草を食ったので疲れてしまった。この辺で旅籠をとろうと相談していたらコン太が「クゥーン」と鳴いた。
   「どうした、腹が空いたのか?」
 下ろしてやると、ちょこんと行儀よく座って三太の顔を見上げている。
   「そうか、腹が減ったのか、よしよし」
 明日まで置いたら腐るかも知れないので鶏の皮と卵を食べさせることにした。竹の皮に包んだ鶏皮は、痛んでいないようであった。前に置いてやると、尻尾こそ振らないが、喜んで食べているのが分かる。その場の土に浅い穴を掘ると、食べ終わってあいた竹の皮を乗せ、少し窪みを付けて卵を割って載せた。
   「コン太、うまいか?」
   「うん」
 代わりに返事をしたのは新平であった。


   「お客さん、犬をお部屋に上げて貰っては困ります」
   「赤ちゃんやさかい、外へ繋いだら野犬に食われてしまう」
   「それでしたら、土間に繋いでくださいな」
   「ひとりにさせたら、寂しがって鳴きます、それにこいつは犬やおません、狐だす」
 女中は驚いて番頭を呼びにいった。
   「お客さん、狐なんか捕まえて飼ったりすると、祟りがありますよ」
   「わいは稲荷神の使いだす、何で使いの者に祟りなんかありましょう」
   「ふざけていると、狐共々追い出しますよ」
   「では、稲荷神の神通力をお見せしましょう、女中さん、よう見ていてや」
 「つう」と言えば「かあ」で、新三郎は三太のしようとすることは心得ている。
 三太は、「コン」と叫ぶと、番頭が「ふんにゃり」と、崩れ落ちた。女中も腰を抜かしたようである。
   「わかりました、早く番頭さんを元に戻して…」
 番頭は気がついて、きょとんとしている。その番頭に身振り手振りで、今見た状況を女中は説明している。
   「糞やおしっこで畳を汚しませんか?」
   「それは大丈夫だす、わいがお尻を舐めて始末しますさかい」
 新平が、「げっ」と吐きそうになっている。
   「嘘だす、ちゃんと教えてくれますさかい、わいが外へ連れ出します」
   「戸締りは、ちゃんとしてくださいよ、夜中は物騒ですから…」
   「へえ、泥棒が来たら、わいが退治をします」

 昼間、寝てばかりいたコン太、夜は三太を遊びに誘う。ぴょんと跳ね上がっては、三太の股間を目掛けて飛びつく
   「こら、わいのちんちんで狩の練習をするな」
 足の指に噛み付いたり、耳たぶを舐めたり、これでは三太が寝不足になってしまう。
   「よし、明日からは、昼間は寝かせへんで」
 それには、昼間に遊んでやるしかないと、覚悟を決める三太であった。

  第二十八回 怪談・夜泣き石(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)
「チビ三太、ふざけ旅」リンク
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「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
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「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
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