雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第三回 父の尻拭い?

2015-02-20 | 長編小説

  信州小諸藩士山村堅太郎の屋敷はすぐには見つけられなかった。小諸の城下町で尋ね歩いても、知っている人が居なかったからだ。罪を犯して追われる身で小諸城へ足を運べず、武家屋敷の佇まいの中をうろつき、屋敷から出てきた使用人らしき男を見つけて尋ねた。
   「西村堅太郎様というお武家の屋敷を探しているのですが…」
   「西村さまなら、この道を真っ直ぐ行って、家並みが途絶える辺りにあります」
   「ありがとう御座いました」
 男に頭を下げると、辰吉(たつきち)は駈け出して行った。
 
 山村の屋敷は、質素な佇(たたず)まいであった。辰吉は門前に立ち、潜戸を叩いてみたが応答が無かった。潜戸を押してみると、「ぎーっ」と音を立てて開いた。
   「御免下さいまし、何方かお出(い)になりませんか」
 何度か声をかけて、漸(ようや)く応答がたった。
   「はい」
 堅太郎の奥様らしき女が、母屋から出てきた。彼女は堅太郎の妻お宇佐と名乗った。お宇佐は、鵜沼の卯之吉の妹である。一時は源蔵と名乗っていた卯之吉は、もとの卯之吉に戻り、今は八百屋文助の娘と夫婦となって、別の場所で八百屋の主人に収まっている。
   「山村堅太郎さまにお会いしたくて参りました」
   「主(あるじ)は登城しており留守ですが、どなた様でいらっしゃいますか?」
   「江戸から参りました福島屋辰吉と申します」
   「おや、福島屋さんとおっしゃいますと、福島屋亥之吉さんのご家族のかたですか」
   「はい、倅です」
   「それは残念です、亥之吉さんは昨日お帰りになりました」
   「そうですか、江戸へ帰ると言っておりましたか?」
   「さあ、それは…、そうそう、夫、堅太郎の弟、斗真がおります」
 話が聞こえたのか、見慣れた真吉(斗真)が七・八歳の男の子と一緒に出てきて、兄の子供だと紹介した。
   「若旦那、どうしてこちらへ?」
   「旅の途中で、天秤棒を担いだ男が居たと聞きましたので、もしや父ではないかと思い、やってきました。
   「そうです、旦那様ですよ、若旦那はどうして旅に出られたのですか?」
   「父の影響を受けたと言いますか、突然旅がしたくなって家出をして来ました」
   「女将さんはご存知なのですか?」
   「いいえ、家出ですから」
   「いけませんねぇ、女将さんが死ぬほど心配していらっしゃいますよ、きっと」
   「でしょうね、仕方がなかったのです」
   「突然旅がしたくなったというのは嘘ですね、何か訳がありそうですが、今はお聞きしないでおきましょう」
   「すみません」

 父、亥之吉が江戸へ向けて帰って行ったのなら、どこかで出会った筈である。
   「父は、どこへ行くとも言っていませんでしたか?」
   「帰るとしか聞いていません、てっきり江戸へお帰りなったものだと思っていましたが、出会わなかったのですね」
   「はい」
   「それでしたら、緒方先生のところへ行ったのではないでしょうか」
   「十年ぶりですから恐らくそうですね、今からそちらへ行ってみます」
   「私も付いて行きたいのですが、店を出す準備がありますのでここを出られません」
   「上田の城下で尋ねて行きますから独りで大丈夫です」
   「ところで辰吉坊っちゃん、路銀は十分お持ちですか?」
   「そちらも大丈夫です」
   「そうですか、亥之吉旦那様にお会いしましたら、お世話になりましたと真吉が言っていたとお伝えください」
   「わかりました」
   「もし、私にできることがありましたら、いつでも訪ねて来てください、くれぐれも軽はずみなことをしてはいけませんよ」
 
 斗真とお宇佐に見送られて、辰吉は山村の屋敷を後にし、同じ信州の上田藩に向かった。


   「おい、其処行く杖をついたガキ、ちょっと待ちやがれ」
 辰吉は、人相の悪い遊び人風の男に呼び止められた。見れば右手首に晒しを巻いている。
   「お前、天秤棒を担いだ男の身内じゃないのか?」
   「そうかも知れまへん」
   「確か、池田の亥之吉とか名乗っておった」
   「へえへえ、俺の親分だす」
   「やっぱりそうか、あいつも上方言葉だった」
 どうやら、親父の尻拭いをさせられそうな気配になってきた。
   「この腕を見ろ、お前の親分にやられたのだ」
   「へー、さよか、あんさんたち、わいの親分に何か悪さをしたのでっしゃろ」
   「お前の親分は賭場荒らしだ」
   「嘘つきなはれ、親分は立派な侠客だす」
   「それが、沓掛の時造とつるんで、いかさまをしやがった」
   「親分はいかさまどころか、博打は一切やりません、おおかたその時蔵さんがおっさん達に襲われていたのを、俺の親分が助けたのやろ」
   「喧しい、憂さ晴らしにお前の右腕を斬り落としてやる、覚悟しやがれ」
 男は、いきなり長ドスを抜いて両手で持ち、辰吉の右腕に斬りかかった。牛若丸程ではないが、辰吉も身が軽い。ぴょんと後ろへ飛び退くと、ドスは空振りした。その手首を辰吉が六尺棒で思い切り打ち据えた。
   「ぎゃっ」
 男の手首に巻いた晒に血が滲んできた。
   「おっさん、顔ほどでもないなぁ、親分は歳をとっているさかいに手心を加えたのやろが、わいは若いからそうはいきまへんのや、手首折れたかも知れんが堪忍してや」
 男は悔しいのか、痛みの所為か涙を堪えて顔をしかめている。

 
 上田藩城下に入り、商家で緒方三太郎の診療所を尋ねると、親切にも手代と思しき若い男が先に立って案内してくれた。建物は辰吉が思っていたよりも大きくて、名前は「緒方養生所」と変わっていた。
   「先生にお会いしたいのですが…」
 女が出てきたので伝えると、ちょっと首を傾げた。
   「先生は三太郎、佐助、三四郎と三人おりますが、どの先生でしょうか?」
   「緒方三太郎先生です、江戸の福島屋辰吉が来ましたと、お伝えてください」
   「あの、福島屋亥之吉さんのご子息ですか?」
 親父は、やっぱりここへ来ていたのだ。
   「はい、そうです」
   「ご案内いたします、どうぞお上がりください」

 先生は、親父や三太の兄貴が言っていたように、優しそうで親父と同年代と聞いていたが、親父より可成り若く見えた。この先生が甲賀流剣道の達人かと思うと、辰吉は「ぶるっ」と身震いをする思いだった。
   「亥之吉さんは、今朝早くお発ちになりましたが、上方へ寄って帰るのだとおっしゃっていました」
   「そうですか、一足違いだったのですね」
   「辰吉さんが強くなったと、お父さんがよく自慢をしていましたよ」
   「お恥ずかしゅうございます」
   「私は、あなたがまだ小さいときに一度お会いしていますよ」
   「はい、父とお手合わせしているところを薄っすらと憶えております」
   「そうでしたね、昨日もやったのですよ、お陰で腰が痛くて…」
   「父も、今頃腰を擦りながら歩いていることでしょう」
   「そうかも知れません、ところで辰吉さん、亥之吉さんの後を追うのが目的の旅ではないでしょう」
   「はい」
   「何か訳がありそうですね、今夜から暫くここへ泊まって行きなさい、話はじっくりお聞きしましょう」
   「ありがとう御座います、お察しの通りです」

 その夜遅くまで、三太郎は辰吉に付き合った。
   「辰吉さん、どうやら何か仕出かしたようですね」
   「はい、喧嘩をしてドスで刺されそうになったのですが、揉み合っているうちに相手を刺してしまいました」
   「そんなことだろうと思いましたよ、その相手の男は死んだのですか?」
   「はい、多分」
   「それで…?」
   「父の迷惑にならないようにと、その脚で旅にでました、もう店に戻ることは出来ません」
   「そうですか、実は私も人を刺したことがあるのですよ」
   「お侍のときに悪人を刺したのでしょ」
   「いいえ、私の実の父親です」 
   「えっ」
 辰吉は驚いた。
   「父の暴力から母を護るために、自分の意志で刺したのです、まだ子供でしたがね」
   「今でも心の傷になっているのですか」
   「なっていないと言えば嘘になりますが、止むを得ないこともあるのだと自分に言い聞かせています」
   「お強いですね」
   「反対です、弱いから強く居ようと思うのです」
 辰吉には、父を殺すなどということは有り得ないことだが、先生にはそうしなくてはならなかったのだろう。
   「辰吉さんもそうだろうと思いますよ、やってしまったことは有耶無耶には出来ません、悪人であれ人の命を奪ったのです、その罪意識を供養として強く生きて行ってください」

 父を追いかけて上方へ行こうかと思った辰吉だったが、先生のお言葉に甘えてここで心を鍛えようと思った。先生も、「そうしなさい」と、快く辰吉を受け入れてくれることになった。
   「お絹さんと三太さんが心配しているでしょう、私が手紙で知らせておきます」

  第三回 父の尻拭い?(終)-次回に続く- (原稿用紙12枚相当)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」


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